第6話 誓約

「では、話しましょうか」


 女神様は何事もない顔で私のことを見つめ、説明を再開する。

 私は先ほど女神様が言っていた誓約を受け、第二の生を送り『罪滅ぼし』をしようと考えた。


「今から貴方には第二の生を送って貰い、『執行人Executor』になって貰いたいのです」

「Executor……執行人、ですか。それにしてもなぜ執行人でしょうか?」

「それには理由があります」


 女神様がそう言うと、淡々と私が行く世界について話してくれる。

 どのような話かと言うと、このような感じだ。

 

 私が行く世界には、女神様以外にも神がいて、その神様たちは人間たちがいる地上界にあまり干渉しないようにしていたらしい。

 だが、それをしてしまったせいか本来、裁かれる人たちが裁かれず女神様にとっては苦しいものだったらしい。

 その結果、その世界には裁かれるものが真に裁かれない悪の世界になってしまったらしい。これ以上、悪を野放しにせず、きちんと裁きを与え、悪と正義のバランスを保たなければいけない。

 ということらしい。

 だが、その言葉に、私は疑問を抱いた。


「? それはおかしく無いですか?」

「はい、多分、貴方が思っている通りこれを成していている貴方は人殺しを成す。いわば悪になるというのです」

「では、それは一種の自己では?」

「それも重々承知しています。ですが、だれかがそれを成さなければ世界は平和になりません。それほど、その世界は腐っています」

「…………」


 うむ、そう言われると、そうだが、どこか矛盾的だ。

 私自身、満足できる内容ではない。


「このままでは、その世界は腐り落ちるか我々神から見放され切り取られてしまいます。そうなってしまえば、新たにそのような世界が現れ、増殖します」

「む、まるで菌みたいですな」

「貴方の世界では、癌細胞と言った方がいいと思います」

「がん?」


 なんだそれは?


「あれ? 貴方の世界では普及していないのですか?」

「わかりません。もしかしたら、私の無知が原因かもしれません」

「むぅ、そうですか。……っと、ここで話を逸れてはいけません。貴方には今からその世界に行ってもらい、裁きを与える対象に裁きを与えてください」

「………………………」


 私はその言葉に、沈黙を貫く。

 なぜなら、それが本当に正しい選択なのか。必要なものなのか、私には判断しかねるものであった。

 一歩間違えれば、女神様にも影響を与えてしまうと考えてしまい。ただの悪と言う偏見で他人を殺しても良いものなのかと、私は深く迷い躊躇った。


「大丈夫です」

「えっ?」

「裁くのは『大いなる悪』です。ただ一方的な内容では私が審判と正義の女神を名乗れませんから」

「………」


 堂々と胸を張り、私に向かって優しい笑みを向ける女神様に私は未だにただ正しいだけと言って人を殺していいものかと、ただ敵は悪と言うだけで討っていいものかと私の心の奥では深く迷っていたが、一つだけ確信があった。


 かの女神には、嘘偽りなく、その言葉には正しい重みがある。


 ただそれが私の身体の他にも感情にも精神にも、そして魂にも語り掛けていた。


「………………分かりました」


 私は迷いに迷った結果、そう口を開く。

 女神様はその答えを聞きながらも、先程と優しみを含んだ笑顔で私のことを見てくる。それは選んでくれた喜びの笑顔なのか、選んでしまった悲しみに憂う笑顔なのか、私には分からなかったが、女神はただ淡々と見てくる。


「ですが、」


 だが、私はただ決めた、と言うだけでは言葉を決めず、再び言葉を言うために口を開く。


「それをするのでしたら私は最後まで〈悪〉でいたい」

「………………」


 私自身、何を言っているのか分からなかったが、心の奥底には今はただそう言いたかいと思っていた。


「人を、私は殺すのであれば、最後まで〈悪〉でいたい。生前、人の幸せを奪い、私腹を満たしていた私は、また再び、人の幸せを奪うのであれば、〈悪〉でいたいのです」

「………………」

 

 私はそう淡々と語っても、女神様は何も言わない。

 聞いているのか、聞いていないのかさえも、長年の商人人生を送っていた私にさえも分からないものであった。


「分かりました」

「!!」


 女神様がそう言いながら頷くと、私はその言葉に一瞬だけ強張る。


「それに、………もし、貴方がそう言わなければ、私は貴方をここには呼びませんでしたし、すぐさま貴方の願いを無視をし、裁きを与えていました」

「」


 女神様はそう淡々と語り、にっこり説いた笑顔で私のことを見てくる。


「ですが、貴方がその答えを言ってくれると分かっていましたから、貴方をここにお呼びしたのですから」

「………………」


 なんと、

 私は唖然とした。私のこの答えさえも女神様にとってはお見通しであり、私の何もかも信じていたという。


「ほっほっほっ、また再び、一手取られましたな」

「ふふ、そうでしょうか?」


 私がそう言って女神様を見ると、女神様も優し笑顔で私のことを見ていた。


「では、老人は女神様の言う通り、動きましょうかな?」

「あら? もう行ってしまわれるのですね」

「老人は生き急ぎたいんですよ」

「ふふっ、そうですか」


 大きな声で笑い終えると、私はすぐに息を整え、その別の世界とやらに行く準備をし始める。


「ではいいですか?」

「えぇ、もうそれは」


 私が準備を終え、と言っても準備をするほどの大荷物は持っておらず、着ていた服をパンパンッ、と叩くだけなのだが、これも立派な準備とすれば準備なのだろう。

 まぁ、準備を終えると、女神様は最初に出会った時のように私の事を見つめ、静かに語る。


「では、第二の生、私との誓約を果たすための果てしない旅路を………」

「えぇ、分かりました」


 私がそう言うと周囲の光が強くなり、私の体を包み込んでいく。


「あっ、それと、」


 光が私の体を包み込む中、女神様は何か思い出したかのように、私の方を見て話しかけてくる。


「先ほどから、私のことを女神様と言っておりましたが、私はアストライア又はアストレアと言う名前がありますから、今後はご注意してくださいね。リンイチロウ=ヤシロ?」


 なんと、女神様はそのようなことを第二の生を送る前に言うとは、

 そう思いながらめっ、という顔で私に対して言ってくるが、私は体が消えゆく光の中、女神様に言った。


「知っていましたとも、アストライア様」

「えっ?」


 私がそう言うと、完全に意識が途切れ、身体全体や意識が光の中に消えていった。

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