第4話 助けた

 ドンッ、私は強く少女の背中を押しだす。

 少女は驚いた顔で、私の身体から徐々に離れ、地面へと倒れる。

 瞬間、私も老いた体で無駄にはしゃいでしまったせいか、すぐに動き出せず、地面に倒れたままになる。


「社長!」


 あぁ、部下の斎藤の声が聞こえる。

 そう思い顔を上げと、眼前には先程の走っている車があった。


 あ、死ぬのか。


 軍の車に轢かれて死ぬ。なんと、数多なる命を奪った自分にはよく合う滑稽的な死に方だろうか。私の体が、車とぶつかった瞬間、私の体は勢いよく跳ね地面へと強く擦り付けられる。

 そのほかにも、タイヤが私の体を挟んだのか、身体の節々の何個かはとてつもない痛みと苦しみに襲われる。口の中は既に血の味が広がっており、内臓が破裂したのかとてつもないほどの痛みが体の中から響く。


「社長! 大丈夫ですか!?」


「あ、………さ………………と………ぅ………」


 そんな私に部下の斎藤は話しかけてくる。

 だがうまく話せない。なぜだろうか。肺の中ににまるで水が溜まったかのように空気がうまく吸い込めないし、呼吸をするたびに体中が悲鳴を上げるように痛い。


「社長! 社長! 社長は少し話さないで安静に、だ、だれか! 担架を!」

 

 部下の斎藤の大きく辺り一面に鳴り響く、私はそんな彼をぼやけた視界で見ていた。


「大丈夫ですから! 社長! ………何やっているんですか! 貴方たち軍人でしょう! 早く屯所から医者と担架を!」


「…………わ、私は悪くはない。そ、その男が、勝手に前に出てきたんだ」


「そんなこと言っている場合ですか! 早くしてください! 人が死にそうなんですよ!」


 斎藤の厳しい声に対して、車を運転していただろう陸兵は戸惑ったような顔で私や斎藤のことを見ていた。


「何をそんなに焦っているのだ。たかが老人だぞ?」


「なっ! 貴方、一体誰にものを言っているんですか!?」


「それはこちらのことだ。私は陸軍の将官だぞ?」


 そう言いながら陸兵の上官と思わしき陸将は、不躾に車の中から降り、私のことを見下ろしてくる。


「それにそんな老人死んだところで、この国には影響は出ない。それに私は急いでいるんだ。今すぐにでも帝都に向かわなければ。……おい、何をぼさっとしている! さっさと車を出さんか!」


「ひっ、わ、分かりました!」


 運転手の陸兵は陸将にそう言われると、そそくさと逃げる様に車の中へと入ってしまう。

 そして、今ここに残っているのは、地面に倒れている私と部下の斎藤、そして、先程から不躾な発言をしている陸将だけであった。


「どけ、貴様。邪魔だ」


「どきません」


「どけと言っているのだ。でなければ貴様もそこの老人と同じく轢いて死体になりたいのか?」


「くっ!」


 陸将はそう言いながら、冷ややかな視線で斎藤のことを見る。


「…………ふむ、我らに逆らうとは貴様、『非国民』か?」


「っ!!」


 陸将のその言葉に斎藤は動きを鈍くする。

 斎藤は私のことを目じりに涙を溜めながら、苦虫を噛んだような顔で私のことを見てくる。

 なぜなら、この国にとっては軍とは最高で、絶対だ。

 それに歯向かうだけで、敵とみなされ、国民と言われなくなる。


「そうか、我らに逆らうのか。…………それにその老人、まだ生きているようだな」


「!!」


「まだ生きているとなれば、医師や担架なんぞが必要になる。………ならいっその事殺してしまえばいいだろう」


「!! 貴様っ!」


 陸将はそう言いながら懐から小さなピストルを取り出し、私の方に突き付けてくる。そのような姿を見せると、斎藤は怒りが混じったような顔で陸将のことを見つめ、今すぐにでも噛みついてきそうな勢いだった。

 私も徐々に視界がぼやけていき、頭から流れる血のせいか赤く染まる。


「死ね。非国民」


 そう言った瞬間、パンっ、と言う音と共に私の頭に鋭い痛みと衝撃が伝わる。

 衝撃が伝わった瞬間、私の思考と視界は歪んでいき喉の奥から血の塊が逆流するような気分に襲われた。


「っ! しゃ、社長! 社長!」


「おい、南波上等兵。さっさと車を出せ、進路を変えてもいい今すぐに帝都へと移動しろ」


「は、はっ!」


 大きく泣き叫ぶ斎藤とは真逆に、先程の陸将は運転席にいる陸兵にそう言いながら車の中にへと入りこんだ。


「社長! 社長おおぉぉぉぉ!!」


 うわあぁぁん、と泣き叫ぶ斎藤を声を無視するかのように陸将が乗っている車が走り出す。

 結局、なんと皮肉なものか、私は売った武器で殺されるのかと、大粒の涙を流し泣き叫ぶ斎藤を最後に意識を閉じた。

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