第3話 助けなければ

 部下の斎藤に案内され二十五分近く経っただろうか?

 やっとの思いで、この軍事施設の出口に着いた。


「どうぞ」


「あぁ、有難う」


 部下の斎藤が軍事施設の扉を開けると、私は彼に感謝の言葉を言いながらこの軍事説から出る。


「「お疲れ様でした!!」」


 すると、出口にいる若い憲兵が敬礼をしながら私にそう言ってくる。

 まだ、あんなに若いのに、なぜこの炎天下のなか、厚着で立っているのかと私は心の中で悲しむ。額や首には汗が湧き水かのように沸き上がって、顎の下から下たち落ちていることが私の目からも十分に分かる。

 彼等のような十分な若者がこの国の未来を担うのに、私は何一つ、彼等を救うことも助けることもできなかった。

 それだけでも私の心を苦しみ、蝕んでいく。


「では社長、車を出口に」


「うん」


 部下の斎藤がそう言いながら、私のことを車まで案内する。

 真夏の強い日の光が私の体にへと照り付けながら、軍事施設の領内を歩く。軍事施設の門を通り過ぎると先程よりも強い日差しが、私の体に照り付けて一瞬だけ目が眩む。


「大丈夫ですか?」


「あ、あぁ、」


 私は逐一、私の状態を気にする部下の斎藤に向かって何も無かったかのように返事をする。が、私は正直言うと大丈夫でも、何もなかったわけでもない。

 苦しいのだ。

 目の前に広がる風景は、いつものような町中の風景だが、歩く住人たちはどこか元気が無く、不安げ、けれどもそんな中でも笑顔で歩き、いつものような変わらぬ日常を過ごしていたのだ。

 歩く人たちの中にはボロボロな服を着ていたものをもおり、目が死んでいるけれども、まるで紙に書いたような笑顔で歩き回っている者もいた。それに私は、とってつもない恐怖感と悲しみに襲われる。

 私が作って売った武器が無ければ、彼らの家族の命を失うはずもなかったのに、どこでもないだれかの命の命を奪う必要もなかった。

 だが私は、私は、許されるのなら、


 『罪滅ぼし』がしたかった。


 私一人の命では到底足りないと知りながら、私が奪った命の分、罪滅ぼしがしたかった。

 誰かの命を奪い、家族を奪い、土地を奪い、文化を奪い、国家を奪った私は、自らの子供たちが失われるという自己エゴを背負いながら、苦しんだ。

 だが皮肉か、私がそう考えるうちに時間は徐々に徐々にと過ぎていき、あっという間に私は老けてしまった。


「では、こちらに」


「うむ」


 私はそう自虐的に思いながら苦しみと悲しみの中、部下の斎藤に既についていた車の扉を開き、私のことを車内へと案内する。

 トヨダ・AC型乗用車。本来、帝国陸軍に搬入されるはずの車であるが、私が口添えをして手に入れた車でもあった。

 町中を歩いている人たちと今、こうとして車に乗ろうとしている私。先ほどまで武器がなんたら、と語っていた人物が言えるだろうか? 彼らは飢えをしのぎながらも頑張っているというのに、私はこうして、裕福そうな生活をしている。

 これこそ、私の自己だ。


 助けたいと思いながら、私自身、我が子作った武器たちを知って欲しいという矛盾の中、毎日、苦悩し苦しんでいる。

 こんなことをしていれば本当に何をしているのだろうと思われるかもしれないが、そうかもしれなかった。

 蟻のように、歳老いたものが危険な場所に行くように私も戦場に立たなければいけない。のに、私は今このような場所で平和に呑気に生きている。


「社長? どうかしましたか?」


 さすがにこう考え事が増えると、部下の斎藤からも話しかける回数が増える。

 不信感からだろうか、それもと不安? まぁ、どっちにしろ。私はこの気持ちをどのような者にも相談できなかった。

 なぜなら、私がもし、この不安を言ってみれば「矛盾した奴」や「裏切者の非国民」などと罵られるかもしれない。それで家族に迷惑を掛けたくはない。

 妻や息子がいる私には更に、軽い感じで口を開くことも許されなくなったのだ。なら、なおさら私はこの苦しみを理解できるものはいなかった。


「まぁ、行く」


 私はそう言って、部下の斎藤が開けているトヨダ乗用車に乗ろうとした瞬間、私の目には一つのものが差し込んだ。


 女の子だ。

 玉遊びをしているのだろうか? とんとん、と音を鳴らしながら小さな玉を弾きボロボロでありながら可愛らしい着物を揺らしている。


「社長? どうかしましたか? 先ほどから、ボーっと呆けておりますが」


「あ、いや。なんでも」

 

 なぜ、私はあのような少女を眺めていたのだろう。

 あのような女の子が欲しかったから? それとも、何かほかの理由でもあったからだろうか? まぁ、どちらにしてもあのような、行為をしていれば部下やほかの人に変な目で見られてしまう。

 私はそう思いながら、腰をかがめやっとの思いで社内に入ろうとした瞬間、ブウウゥゥゥン、とどこか聞き覚えのある排気音が聞こえる。

 まさかと思い、顔を上げてみると玉遊びをしている少女の背後から車が一台、見た事もない速さで少女の方に向かっていた。


「危ないっ!」


「しゃ、社長!?」


 すると何ということか私は手に持っていたバックを落とし、少女の方に向かう。

 部下の斎藤の制止する声さえも私は無視をして、ただ先にいる少女の方へと向かう。

 少女が自分の方が走って近づいていることに気付くと、既に車は少女の後ろまでに接近していた。

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