第7話 井上聞多5 佐藤貞次郎

○佐藤貞次郎

 外国商社からの購入には、「洋銀(ドル)」が必要である。その洋銀買入に名乗りを挙げた商人が、江戸の富商「大黒屋」(質商・呉服唐物商・幕府金銀座用達)横浜支店「伊豆倉」の手代佐藤貞次郎である。

 それまで「大黒屋」は、長州藩とはかかわりがなかったが、貞次郎の友人の「下田屋」(品川にある長州人の定宿)の主人文吉から、「長州藩が大きな買物をするらしい」という情報を聞き付け、「手数料は不用」という不思議な条件で名乗りをあげたのである。

なぜ、手数料不用でもかまわないのか、貞次郎は長州藩士たちに説明した。要するに、十二万両超という巨額を一度に洋銀に両替すると、市場に混乱をきたすから、情報を秘密にして、少額ずつ買い入れた方が、結果的に商業上有利であるという理屈らしい。

 当時の長州藩士は「はあ、そんなものか」程度であったろう。しかし、わからなくても、「タダでやってくれるんじゃから、ええじゃないか」という事で、貞次郎にまかせる事になった。

 わずか一か月の「英学修業」の井上聞多と長嶺内蔵太は、この交渉に山田亦介・竹内正兵衛の両責任者に付随して関与した。

この件で長州藩御用達となった「伊豆倉」佐藤貞次郎が、半年後の「長州ファイブの密航」に関与する事になる。


 大金を払って9月2日に購入したランスフィールド号は、「壬戊丸」と名を改めた。「壬戊」は文久二年の干支である。

 長州藩はこれ以降購入した船にも、「癸亥丸」(文久三年)「乙丑丸」(慶応元年)など、ただ購入年の干支をそのまま船号に使用しているだけで、味も素っ気もない。

 壬戊丸の艦長は、購入の主任者だった山田亦介(文化六年1809―元治元年1864)。英学修業者の井上聞多・長嶺内蔵太・大和弥八郎も士官として乗船することになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る