ぼよんぼよん

この港町は、港以外は高い壁に囲まれ、とてもじゃないが忍び出るなんて事は無理だ。唯一の出入りは北にある門だけなのだ。その門は不審者を捕まえるまでは開くことはない。キトラさんから聞いた話では、港で捕まっていた若者の仲間がこの町に潜んでいるようだ。


それを炙り出すために門を閉ざし、出入りをできなくしたんだ。


この町の住人なら門が閉ざされた事ぐらいで困ることはない。町の中には商店もあり、生活に必要なものは一通りそろうからだ。


僕たちが南の方で見たスラム街については、広大なフル=フランでは仕方ない光景だそうだ。


あまりにも広大な領土で目が届かない。戦争によって急激に領土を広げた弊害とでもいう状態だ。


治安維持のために兵力が置かれるが治安維持というよりは、反乱を起こさせないために置かれているだけだ。


しかし、本来この港町は豊かなはずだ。それなのにあの惨状は何故なのか。僕は気になった。アイ=レン国との違いが顕著なここフル=フランの港町ルー。何か大きな謎があるのかもしれない。


僕は宿をとり、部屋の中に入るなり、キトラさんに尋ねた。


「門に行く前に道に迷って南のスラム街に足を踏み入れてしまったんですが、それはもう酷い有様でした。大きな港町なのに、あんなところがあるなんて、アイ=レン国じゃ考えられない。一体何が起きているんですか?」


キトラは思案顔で僕に答えた。いつも思案顔だな、この人。


「港町ルーはアイ=レン国と戦争になると最前線になってしまう町だからね。兵士を増やしているだけで、内政は行われていない。最前線駐屯所になるから、むしろ住人は邪魔だと考えているぐらいだ。アイ=レン国は数ある国の中でも特別民に優しい国だ。フル=フランは大国だけあって内政も充実し、治安も維持できている方だよ。フル=フランの東にある国では、王族以外は全て人扱いすらされていない国もあるぐらいだから」


ああ、そうか。僕、いや、俺の価値観は21世紀の日本のものだからおかしいと感じるんだな。ここは2020年の日本じゃない。アイ=レン国があまりにも物資的にも精神的にも豊かな国だったから気付かなかった。


「そうなんですね。僕の知識不足でした。フル=フランとアイ=レンは全く異なる価値観を持っているということですね。ますます、僕たちの任務が重要だって思いました。豊かなアイ=レン国をフル=フランのような国に蹂躙されていいわけがない」

「そのとおりだ。フル=フランはまだマシとはいえ、敗戦になるととてつもない蹂躙が起きるだろう。なんとしてもアイ=レン国に勝利をもたらさないといけない」


僕とキトラさんが二人で深刻な話をしていたとき、同じ部屋に入ってきていたアリサちゃんたちはベッドでぼよんぼよんしてはしゃいでいた。


「おにーさん!このベッドぼよんぼよん!」

「あはは。シュンさんも、ほらこっちきて!」


僕たちは国から密命を帯びてフル=フランに来ているから良い宿をとれたのだ。最近は自分たちでも稼いでいたから自腹でもなんとかなるが。


「せっかくの深刻な話が台無しだけど。メイムちゃんのぼよんぼよんがぼよんぼよん」


異常な色気のメイムちゃんもベッドではしゃいでいたため、ぼよんぼよんがぼよんぼよんだった。


僕は真剣な顔をしながら、鼻血をたらしていた。


「この部屋は君たち五人が使うといい。王宮から連絡が来るかもしれないし、私は別部屋に泊まらせてもらう。それでは、シュン殿、後は頼むぞ。外に出かけてもいいが、騒ぎは起こさないようにな」

「わかりました。せっかくの他国ですが、どこにも行かず、部屋にこもっていようと思います。あの子たちにも言い聞かせておきます」


キトラさんは後ろ手をあげて、部屋から出て行った。

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