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 陽がすっかり沈み、蒸し暑さが残る神殿の客室。

 湯浴みを終えて久しぶりにさっぱりとしたユウリとセラはのんびりと談笑していた。


「ここか!」


 ドン!と扉が勢いよく開かれると、応接間から戻ってきたヴィオルが息を切らしながら部屋に入ってきた。


「シーッ!エルが起きちゃいます」

「あっ悪い」


 ベットで小さく寝息をたてる少女をの横から注意するセラに脳筋男は軽く手を合わせて平謝りする。


「この前までと部屋が違うしよお、ただでさえ馬鹿みたいに広いくせしてちゃんと部屋の案内してくれねえんだよ」

「ご苦労さん。それで何話したんだ?」

「ふふふ、取引だ」


 ニタリと笑うヴィオルはどことなく悪役顔に見えた。


「フィルの話じゃ、アイア率いる討伐隊は出現中の魔獣を仕留めるために構成されているんだと。俺達はそれに協力しろってよ」

「…そういや魔獣とはまだ一戦も交えてないな」

「簡単に言えば、天使に届かないくらいの戦闘力を持った動物だわな。色んな種類が確認されてっけど、知性がない分まだ天使よりやりやすいかもな」


 まだ実物を見たことのないユウリの頭の中では、テレビゲームに出てくるようなモンスターを想像していた。


 魔獣の出現頻度はそれほど世界的に見てそれほど多いわけではない。ただ、その一つ一つの被害規模はある程度大きいようだが。


「えっと、どうして取引なんです?そんな事しなくても協力するのに」


 すやすやと眠るエルの頭を撫でるセラは取引の単語に引っかかっているようだ。


「俺が持ちかけたのさ。東の大陸に行くための船を出してほしいってよ」


 そもそも島の調査に使った車両や船は元はと言えばフィルから借りたものである。余程バギーが気に入ったのか愛車宣言していたが、当然ながら拒否されて返却を余儀なくされていたところを、ユウリは目撃していた。


「そしたら船どころか旅に必要な物も全部支援してくれるとよ!」

「…あの人ホント太っ腹だな」


 魔獣の討伐が困難なのはユウリも理解した。しかしこの聖戦の余波を受けている状況でそこまで親切にしてくれるものだろうか気になっていた。


「まあ利害の一致ってやつよ」

「他に何か条件でもあるんじゃないか?」


 ユウリの問いに、頬をかくヴィオル。


「…フィロスもあっちから援軍要請があるみたいだが、人手不足で手が回らねえ。挙句の果てに魔獣まで現れたとなっちゃてんてこ舞いよ。そこで俺達が魔獣の討伐を手伝い、援軍として送られりゃフィロスの負担も激減って話だ」


 ユウリ達の目的は東の大陸に行き聖戦を止めること。

 フィロスの援軍となればこちらも利害も大方一致する。何よりフィロスは自治都市の中でも東の大陸から離れていることもあって、今のところ安全地帯と言える。難民の受け入れに力を入れることが出来るのであれば、それに越したことはない。


「なるほど!そういう事なら問題ありませんね。いつ討伐にむかうんですか?」

「アイア達の事情もあって五日後だそうだ」


 応接間を出る直前、アイアの報告書が大雑把すぎるとフィルが嘆いていた。

 ヴィオルも細かいことは気にしない質だが、今度ばかりは若輩の長に同情した。


「んで、討伐に行く前にやっとかにゃいかんこともあるしな」


 ヴィオルはユウリに視線を移した。


「せっかくの機会だ、明日から天使戦での課題をある程度克服しておくぞ」

「ああ。ぶっつけ本番を繰り返してたらいつか痛い目見そうだしな」


 この数日間、ユウリは天使との戦闘を脳内で何度も反芻していた。


 日常生活に支障なく動かせるようになっても、無意識の反射となると以前の動きの癖が出てしまう。これを改善するための手段を考え続けてみたものの、そもそもこの世界での戦いのセオリーをまだ知らない。


 ヴィオルに教わったことは何度かあってもまだ染みつくまでに至っていない。前回の勝利もゼノのスペックと愛銃、そしてヴィオルが近くにいたことが大きい。


 例えこの世界での偉業だろうと、舞い上がっている場合ではないことは理解している。


「それじゃ私はエルとお留守番ですね」

「セラも今度の討伐隊に参加してもらうぞ?今のうちに経験値積んどかねえと東じゃ野垂れ死んじまうし、訓練しとかねーと」

「もちろんどっちも参加しますよ。でも、その時はユウリと交代で」


 セラは寝返りでずれたエルのタオルケットをかけ直す。


 幼い少女を見つめるその姿は、ユウリには本当の母親のように見えた。

 パスクの教会にあったデア像が比にならないくらいの温かな慈愛が、彼女からちゃんと感じられたのだ。


「了解だ。ユウリもいいよな?」

「構わない」


 魔獣の討伐が終われば、エルを置いて旅に出ることになる。

 大陸に連れていくなどの危険な選択肢は元よりない。ただ、フィロスが安全であってもまたエルが寂しい思いをしてしまわないだろうか。

 本当に短い間であっても懐いてくれた少女に、これ以上辛い思いをさせたくはないなと。


 セラに感化されつつある自分の柔らかくなった部分に、ユウリは驚いていた。

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