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「んでなんだ、話って」


 フィルが兵士に席を外すよう促したあと、応接間に残ったヴィオルが口を開いた。


「ユウリについてだ。天使を二人倒したらしいが、君から見てどうなんだい?」

「うっそ。ユウリってそんな強いの!?」


 大袈裟に驚きのリアクションをとったアイアだが、もともと天使とは例え傭兵であっても対等に渡り合う事は出来ない存在。聖戦において戦いが成立しているのはあくまで集団戦であるところが大きく影響しているためなのだ。


「正直、まだまだ弱い」


 首を横に振るヴィオルに対し、釈然としない二人。

 天使二人を倒した功績を鑑みれば、むしろ後世に名が残る偉業ともいえる。

まだまだ弱いなどの評価は全くを持って正しくないはずだった。


「どういう事だい?」

「体を動かすことに不自由はない。あの銃との相性が良かったのもあって天使を屠ることは出来る。問題はな、癖と適応だ」

「癖と適応?」

「アイアに話しても大丈夫なんか?」


 フィルは苦笑いを浮かべながら首肯する。


「この人は変わっているけど、我々側に間違いないから大丈夫だよ」

「さっきから何の話?」

「お前、月の聖戦くらいは知っているよな?」

「そりゃねえ。月で三柱の神様大激突、デア様大勝利~ってやつだろ」


 この世界なら誰もが知る実在した物語で、御伽噺として語り継がれている。

 それは宗教の垣根を越えて伝わっているのだからほとんどの人間が説明できるのだが。

 アイアの答えは間違ってはいないものの、大人が要約したとは思えない大雑把な表現に流石のヴィオルも面喰ってしまう。


「こいつを隊長にしてよかったのか?」

「言わないでくれ、人手不足なんだ」

「失礼な!」


 またも話が反れそうな空気を察知し、ヴィオルは咳払いでアイアに歯止めを効かせる。

 アイアも空気には敏感なのだろう、すぐに大人しくなり話を聞く態勢に戻った。


「…話を戻すぞ。じゃあゼノは知っているか?」

「ゼノ?何それ、初めて聞いた」

「ま、知らなくて当然だわな。ゼノってのはある特別な教典にのみ記された存在、デアの切り札なんだよ」


 切り札の単語に心をときめかされたのか、アイアは目をキラキラと輝かせヴィオルに詰め寄った。


「そんなのがあったんだ!ものすっごい武器なの!?」

「いや、お前はもう見てる…ってうっとおしい!」

「ふへ?」


 ねえねえと詰め寄るアイアの頬を押しのける。

 普段は周りに突っ込まれることが多いヴィオルだが、どうやらアイアはそれ以上に厄介らしい。


「ユウリの肉体そのものが、ゼノって生命兵器なんだよ」

「うっそ!じゃあユウリって大昔の人なの?」

「それは違う。ゼノはあの肉体に付けられた名前で、謂わば魂の入っていない器だ。動かすには別の魂を入れる必要があって、今入っているのがユウリって男の魂ってわけだ」

「へえ。随分詳しいのね」

「元は俺もセラも聖都にいた人間だからな」

「なぬ!?」

「アイア、彼らは既に棄教しているよ」


 咄嗟に構えたアイアをなだめるようにフィルが制止する。

 棄教とはつまりデア教から離れ、その加護を受けることを拒否する事。

 聖戦中の今となっては、それはデア教徒全てを敵に回すことに等しい。


「聖戦が始まってから入信しようとした人の話はよく聞くけど、まさかの逆?」

「そうだ。不可侵の戒律を自ら破る神についていけっかよってな」


 豪快に笑うヴィオルに賛同するアイアだったが、このご時世ではかなりの自殺行為だ。

 聞いているだけで頭痛に見舞われるフィルも、この流れに負けじと口を開いた。


「それで、癖と適応というのは?」

「あーそれについて何だが…早い話がまだ昔の体の癖が抜けきってないんだ。だから天使との戦闘となると反応が遅れたり勝機を逃す。これにはあいつも気づいていたよ」


 戦場をよく知るアイアもこの手の話には頭がよく回る。


 例えるならば新調した武器だ。これがいくら切れ味がよい剣だったり高性能な銃であっても、使い手が正しく使えなければ無用の長物でしかない。

 使い慣れていればいるほど武器の個性を活用した動きが体に染み込む。別のものに変わってしまえば微妙に感覚が狂ってしまう、それが命取りになることだってよくあることだ。


「適応は癖とは違ってな。ユウリのいた世界じゃ、対人戦において空中を想定した戦闘はほぼ皆無だったらしい。まして天使みたくすばしっこい奴なんてなおさらな」

「ユウリがいた世界?」


 こんがらがっているアイアの頭は、そろそろ限界のようだ。


「確か、地球と言っていたかな」

「他にはアースとか色んな呼び方もあるらしいしな」

「え、でも別の世界ってそんな突拍子もない…あ」


 傭兵稼業で様々な土地に行く中でいくつもの不思議な話を耳にしたことがあった。

 あくまで噂話だろうと聞き流していたが、何か引っかかりを感じていた。


「やはり君も心当たりがあるようだね。私にも一つだけ思い当たるものがあるんだ」


 月の聖戦がデア教の教典由来の御伽噺だとすれば、それは各地に残る伝承の寄せ集め。


 ———曰く、三柱の神のみが支配していたはずのこの世界に伝わる、名もなき神々の伝承。

 ———曰く、神のいない世界に繋がっているとされる、所在不明の二つの洞窟。

 ———曰く、魔法に頼らない者達が編み出した出典不明の業、科学と呼ばれる技術。



「多分ご名答だぜお二人さん。あいつのいた世界ってのは恐らく、もう一つの神話の世界。神のいなくなった世界だ」

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