8
空が白み始めた頃。
教会の裏庭に咲く花を前に、エルは片手にスコップを持つもいっこうに動く気配はない。じーっと紫の花びらを見つめ、何か考えているようにも見えた。
「連れていかないの?」
「わっ」
背後からの声にストンと尻もちをついたエルを見て、声をかけた張本人は思わず笑みをこぼした。
「驚かせちゃったかな」
「…お姉ちゃんひどい、ユウリさんもいるなら教えてよお」
いつの間にかエルの近くにいたユウリとセラ。
汚れた部分を軽くはたき、頬を膨らます少女は先日よりも明るい印象があった。
本来の性格はもっとはつらつとしていたのかもしれない。
「向こうにも同じお花、いっぱい咲いているんだよね?」
「うん、いろんな場所に」
うーん、と可愛らしい唸り声を出しながら腕を組み、エルはまたも一生懸命に考え込む。
大陸に渡ってしまえばこの花は特に珍しいわけでもない。それでもエルにとっては大切な物に変わりはないのなら悩むことなく持っていけばいいのにと、セラは思わずにはいられなかった。
「せっかくここで綺麗に咲いたのに、勝手に連れて行っちゃうのはかわいそうかもって。ここが気に入ったのなら、このままの方がいいのかもって思ったの。でも、枯らしちゃったら嫌だなって」
花の気持ちを汲もうとする少女にほっこりとするも、ここで花が枯れずに咲き続けるのか自信が持てない。ユウリとセラはこの花の名前も知らなければ植物の知識も持ち合わせておらず、何よりパスクはこの花が主に咲いている環境とはかけ離れているのは確かに気がかりだった。
「そっか、難しいねえ」
「でしょー?」
とは言うものの、島の南西に隠してある船までおよそ半日かかるため、ヴィオルがバギーの調整が終わればすぐに出発しなければならない。悩める時間もそこまで残されてはいなかった。
「どうしよう…」
「ユウリはどうしたらいいと思います?」
「そうだな…」
こういう事は正解があるわけではない。
かと言って悩める少女に何も力になれないのもユウリとしては少し情けない気がした。
やや黙りこくって。
「俺はエルのしたいようにすればいいと思うよ」
逃げの一手を取ってしまった。
「うーん」
頭を抱える少女の横から、ジトっとユウリを睨みつけるセラ。
子どもが苦手な身にしては頑張った方だと思っていたが、逆効果だったようだ。
「枯れちゃったりしないかな」
「植物の生命力はすごいからな。案外、杞憂かもよ」
辛い視線に冷や汗を流しながらエルの問いに答えてみたが、そこそこいい回答ができたのではないかと視線をセラに送る。
目元が少し柔らかくなったところ見ると、さっきよりはマシのようだ。
「そっか…そうだ!」
突然エルが教会の中に走っていき、すぐさま戻ってきたかと思えばまた花の前にしゃがみ込み、恭しくデア教のペンダントを持って祈りを捧げている。教会内に置いてきたのだろうか、どこにもスコップは見当たらなかった。
「お待たせ!」
「連れていかないの?」
二人の方を向いたエルの目には潤んでいて、けどニコリと笑った顔はどこか憑き物が取れたように晴れやかだった。
「お墓も造花もあげられなかったから。みんなに安らかに眠ってもらえるように癒してあげてって、お花にお願いしたの」
「そっか、きっとみんなも喜んでくれるよ」
「うん!」
「それじゃ行こう!」
すっかり明るくなったエルと手をつなぎ歩いていくセラ、二人の後を追おうとしたユウリは、何気なく花の方を振り返った。
大切な思い出の花に祈っていたのは、故郷の人達への鎮魂。
少女の決断は傍目に見れば小さなことかもしれないが、ユウリはそうは思えなかった。
「枯れんじゃねーぞ」
小さな紫色の花は潮風に吹かれ揺れている。
その姿が頷いてくれているように見えたが、いつからそんなメルヘンでロマンチストな思考をするようになったんだと自嘲した。
けれど。
自分の柄ではないとしても、こうして神だの天使だのが存在する癖に過酷な世界にいるのだから。
それくらいの奇跡があってくれなきゃ、割に合わない。
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