6

 パスクの町は見るも無残な半壊状態となった。

 市街地は瓦礫の山となり人が住んでいた頃の影も形もない。

 だが、それでも二人の戦闘は終わらない。


 アルカに迷いはなく、殺すことを躊躇わなく振るう剣圧は更に増していく。

 対して地上で迎え撃つユウリは緋色の瞳で動きを読み、愛銃で斬撃を抑えつつ隙を見て散弾を放つ。


「(当たらなければどうという事はない…それは私にも言えること!)」


 一つ一つの破壊力が大砲に匹敵する散弾の範囲は確かに広い。それでも死角は必ず存在している。剣を受け止められてから銃口の向くタイミングを見計らい、ユウリの背後に回った。


 しかし、それさえも見切っているかのように天使の剣は得体のしれない銃に防がれた。


「忌々しい銃だ」

「そうか?結構気に入っているんだけど…なっ!」


 乱暴に振りぬかれた銃に弾かれた衝撃で後ずさるアルカの脳裏には、ある仮説が組みあがっていた。


 装弾の機構がなくとも、銃とは弾を撃つ武器である限りはその補充が不可欠である。魔鉱が装弾出来ないのだとしたら、弾となる魔力を補充はどこからか。


「(我々の剣と同じく自らの魔力で強化を行っている。その魔力は転じて弾にも出来るといったところか)」


 撃った後の銃身からは、浮かび上がっていた緋色の文字が無くなっている瞬間があった。

 そして近接戦の時には必ずその文字は色を取り戻している。


「(だとしたら驚嘆すべきはその魔力量。あれ程のものを自ら賄っていては私もすでに魔力が枯渇しているだろう)」


 正しくは天使の使う身体強化スクロの応用、便宜上は武具強化オプスクロと呼ばれる魔法。

 天使の剣は強度に差がなくとも魔力の消費量で言えば銃ほど多くはない。射出することで込めた魔力が消費される銃と比べ、破られさえしなければ術者が解かない限り消えることがない分効率がいい。


「ゼノの豊富な魔力生成の成せる荒業か」


 一方、ユウリにも打開する余力があるわけでもなかった。

 魔力が底なしのように思える肉体だが、とうの本人がまだ使い慣れていない。

 戦闘中に本来の自分とのギャップを修正しても、咄嗟に出るのはただの人間の頃の反応なのである。


「(使う肉体の性能が上がっても、結局戦場じゃ使い手の技量がモノを言う。強い装備があっても使いこなせないなら話にならねえ。まだまだ改善の余地ありってことで)」


 懐から取り出したのは手のひらに納まるくらいの半透明な青い魔石。それをユウリは握りしめ、空高く放り投げる。

 魔石は落下を始めるその直前、その色同様の眩い発光で辺り一帯を照らした。


「今さら目眩ましなど通用すると思うな!!!」


 飛翔したアルカは輝く魔石を砕いた。

 やや眩む視界が元に戻るまで宙をジグザグに舞いながら接近し、ユウリを攪乱しながら音の速度に到達する。遠距離において銃の照準は未だ定まらない。


「私が犯す罪は聖都にて洗い流そう。今はただ、愛し子を愚弄する罪深い魂に裁きを!」


 天から流星の如く迫る裁きの剣。

 制空権を存分に使い、この星のどんな存在よりも優れた速度を振るい、敵の死角を突き斬り裂く。魔獣との戦闘がメインだった天使の、守りを捨てた必殺の一撃。


 瞬く間に詰められた距離。

 銃口は明後日の方向に、すでに修正する間はない。






 それでも、緋色の瞳は天使を完全に捉えていた。


「実験終了。いつでもいいぜ、ヴィオル」


 天使の剣がユウリの喉元に届く瞬間、アルカは左横から一瞬影が見え、激しい衝撃を受けて突き飛ばされる。


「(どこから…今の方角からだと、まさか教会?だが気配も何もなかったはずだ)」


 神に見放された町とて、アルカは信仰心から無意識に教会への被害を避けていた。察知した気配から、あそこにいたのはユウリとエルだけだと高を括っていた。


「(エルも…近くにはいない。避難したか、あるいはまだこいつらの仲間が)」


 ユウリの横には影の正体であろう、ボロボロになった日除けのマントの上からもわかる筋肉質の、マスクを被った男…ヴィオルがいた。


「危なっかしいったらありゃしねえな。んでどうよ、マジな戦闘の具合は」

「課題は見つかった」

「そんじゃ一つ目の目的は達成だな」


 倒れたアルカに視線を向ける二人。

 左腕がヴィオルの腕力によってひしゃげられ、あらぬ方向に折り曲がっていた。

 激痛に耐える中、生まれて初めてアルカの背筋に冷たい何かが走るのを感じた。

 生活も、魔法も、戦闘にさえ何一つ困難を覚えることなく生きてきた天使がようやく知った感情。


 これを、きっと人は恐怖と呼ぶのだろう。


 無意識に二人に背を向け翼を広げた直後、左翼の噴出口付近に痛みに近い感覚が現れた。

 翼が噴水のように溢れることはなく、かわりに背中の皮膚が真っ赤な炎で燃え上がった。


「覚えておけ、魔法ってのは才能によるところがデカ過ぎる。けど使う時に最も必要なのは揺らがない精神。あんな風に直で影響するからな。天使の使う魔法と翼も原理は同じだ」


 のたうち回り何とか鎮火させ、荒い呼吸を繰り返すアルカ。

 ヴィオルの右手から放たれた火球は難なく燃やしていたが、とても強い魔法には見えなかった。強力な天使の魔法がそれほどまでに弱まってしまったという証拠なのだろう。


「お前も同じ事になる可能性はある。肝に銘じておけ、心だけは折れねえようにな」

「ああ、ありがとう」


 深呼吸を一つ。

 よし、と呟いくとユウリは歩き出す。


「…辛いなら代わるぞ?」

「大丈夫。ちゃんと背負わせてくれ」


 悲しげな笑みを浮かべるヴィオルに軽く胸を叩かれたユウリは、動くことのままならないアルカの元へ近づいていく。

 その足取りは重く、表情は暗く、銃を握りしめて。


「…雑草を刈り取らねば、花は枯れてしまう」


 這いつくばるアルカは苦しげに吐き出した。


「命が等価値など戯言だ」


 剣を杖代わりに、よろめく体を支えて立ち上がる。


「大局を見ない似非正義は破滅をもたらす」


 みすぼらしく生えた、さっきまでと比べ物にならないくらいに小さな翼。

 構え直したところで、浅い呼吸と共にブレる剣先も相まってその立ち姿に何の脅威も感じることはない。


「主を信仰する者達に平穏を、それを妨げる者達には裁きを」


 もう飛ぶことさえ出来ず、強化も行き届かない足で詰め寄って来るアルカに向かって。


「貫け」


 向けられた銃口から放たれたのは散弾ではなかった。

 やや銃口よりも太く、散弾よりも更に早い緋色の一閃。

 レーザーのような一直線の弾道が、アルカの左胸に風穴を開けた。


「もともと正義って柄じゃねえよ」


 崩れるように後方に倒れていく天使を見据えて、囁くように零す。


「元の世界じゃ俺は犯罪者…お前らで言うとこ罪人だしな」


 息絶えた天使に歩み寄り、その横にしゃがみ込むと開いていたアルカの目をそっと閉じさせた。


「先に地獄に行ってな」

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