参加者たち(上)

 

 前触れ無く現れた青年は、まず受付嬢に、そしてスゲクロと連れていたスキンヘッドの薬師に話を聞いた。


(こいつがルーカス……!)


 アメリアから聞いていた人物の特徴が目の前の男と一致した。アメリアの反応や周りのリアクションから、彼がルーカスで間違いないらしい。


「……――」


 仮にコイツをこの場で叩き潰せば、アメリアの復讐の半分は終わったとみても良い。

 彼女の怒りや悲しみをそのまま受け取ってしまった俺は、初対面である筈の彼に苛烈な怒りを持っていた。義憤と形容すれば聞こえの良い、危険な先入観だ。

 無意識の内に左右の拳に熱が入り、肩の筋肉が膨らむ。ひょろそうな優男だ。コンビニの割り箸より簡単にへし折れる。


「――っと、お?」


 左右の腕を誰かが掴んでいた。コレットとアメリアだ。Hカップの色っぽいお姉さんは心配そうに、Cカップの才媛は無表情ながら唇をかみ締めて、計四つの手の平で手首を掴んでいた。


「……分かってる、大丈夫だ。ちょっと生おっぱいを前にした童貞になってただけだ」


 軽口を叩いて誤魔化しいた。つまり先走ったって言いたいのです。伝われ。コレットが「いやソレ、いつも通りじゃない」と言ってたが無視を決め込む。


 俺だって分かっている。

 この場でルーカスを捻り潰せば後々が面倒だ。確実な証拠が出揃うまでは手を出すべきでない。

 アメリア曰くルーカスは頭の回る男だという。

 俺が力で叩くだけでは無く、悪者として挙げなければアメリアの復讐は成ったと言えない。

 ルーカスが事件の下手人である事だけは第二騎士団に伝えた。レスティアやジョエルさんなら何かの役に立ててくれる筈だ。

 例えば、第二騎士団が言い逃れの出来ない証拠を携え『ポミケ』に出動してくれれば、力比べの土俵へルーカスを引き摺り込める。そうすれば、俺とアメリアは晴れて彼をボコボコに出来るのだ。

 また、ルーカスがアメリアを必要としていたらしい事も気になる。何かするにも、せめてアメリアの安全を確保した後でないと。


 それに――。


「ふむ……そうか――」


 件のルーカスは各々から事情を聞き、小さな相槌を繰り返している所だった。そして彼は、腹の立派な商会の代表に向かって頭を下げた。


「ご無沙汰しておりますスゲクロさん、ルーカスです。ご記憶でいらっしゃいますか?」


「おお! ルーカス殿! もちろんですとも、もちろんですとも!」


 スゲクロは、俺達に向ける笑顔より更に人の好く、脂ぎった笑みを浮かべていた。


「せっかくのお越しなのに、早速に嫌なお思いをさせて申し訳御座いません。ここはどうか、私の顔に免じてご容赦下さい」


 言って彼は懐から通信機を取り出した。


「『私だ。八番ゲートに人員を補充してくれ。ああ、それは後で良い。まずはコチラを優先するんだ』」


 ルーカスが通信機に指示を飛ばすと、直ぐに小走りで運営のスタッフらしい者達が現れた。酷く忙しいのだろう、誰の顔にも疲労の色が濃い。

 彼らは受付用のテーブルや椅子を増やし、長蛇となっていた列を手際よく分解しそれぞれに誘導していく。見事な手際だった。運営に関わっている商会はかなりの錬度らしい。


「改めて、ご迷惑をお掛けしたようで申し訳ございません。スゲクロ商会さんとお連れの方々は、我々が改めてご案内させていただきます」


 そう言ってルーカスは、改めてスゲクロへ頭を下げた。特別扱いされ、優越感を刺激されたらしいスゲクロは機嫌よく笑った。


「なぁに、貴方の責任では御座いませんよ! 斯様な場所で、礼儀のなっていない参加者に絡まれた不幸こそを恨むべきでしょうなぁ! 全く、有象無象がこうも集まると貴殿も苦労されるようで!」


「ふふふ、スゲクロさん。出来る限り多くの薬師を集めるようにと常に仰せになっていたのは、ベルバリオ様ですよ? そのような言葉は思っていても口に出すべきではないのでは?」


「はははははっ! おっと、これは失礼! ついつい口を滑らせてしまいました! しかし、かの伝説の商人も今は亡き身、そう遠慮する事もありますまい?」


 しばし談笑した後、ルーカスはスゲクロ達を連れ、結局は一番早く中へ入ろうとした。例のスキンヘッドの男が憎々しげにコッチを睨んでいたが当然相手にしない。


 やや釈然としないが、此処で問題を起こすよりは良いか――。


「待ちなさい。私達に挨拶は無いのかしら?」


 ――と思っていたのに、アメリアさんがルーカスに噛み付いちゃった。

 未だお喋りしていたルーカスは振り返ると、むしろキョトンとした顔でこっちを見た。


「…………失礼だが、君は?」


「リア。ここに居るムネヒトという薬師の助手よ」


 ルーカスは俺に視線を一度だけ向けると、偽名を名乗ったアメリアに視線を戻した。彼女は堂々としたものだが、俺は色々な意味でハラハラしていた。


「彼が先に並んでいた所に、そこの男達が割り込んで来たのよ。だというのに、此方には何もないのかしら?」


「……――」


 しばしの沈黙の後、ルーカスは不機嫌そうな顔に戻ったスゲクロ達を先に向かうように促した。そして、薄い笑みを浮かべたまま此方へ歩み寄ってくる。


「……気の強い女だ。私の知っている女性にそっくりだ」


「それは災難ね。きっとその女も貴方に迷惑を掛けたのでなくて?」


 さっきからずっと喧嘩腰だ。いや、よく喧嘩腰で済んでいると言うべきか。俺が抱く彼への反感はアメリアの影響だが、アメリアのそれは俺より深く重いはずだ。


「先程の何もないのか? という問いは、むしろ私が君達に言いたい」


 ルーカスは目を細めると、アメリアと俺とコレットをそれぞれ睥睨する。


「君達が妙な気を張らずに素直に頷いていれば、私も彼らも時間を浪費せずに済んだんだ。どうせ大した……失敬、どうして格上の薬師に道を譲ろうとしない?」


 キリキリと、アメリアの眉毛が上がっていく。先ほどスキンヘッド薬師に言った事と同じ訓戒を、彼に説けるほどアメリアは冷静じゃないらしい。

 畳み掛けるように、ルーカスは唇を開いた。


「オマケに貴重な人員まで裂かせて……運営に支障があったら、どう責任をとるつもりだい?」


「――それは貴方の責任よ。運営を担う商会の、今の代表である貴方の」


 アメリアの強い語気に、ルーカスは僅かに眉を潜めた。


「見たところ、そもそもの人員が不足しているように見えるのだけれど? 適切な人時、適切な仕事量を振り分けるのは上に立つ者の重要な能力よ。運営スタッフに、しっかりと休息は与えているのかしら」


「……君は予算という概念を知らないようだ。無限の労働力も時間も存在しない以上、我々は用意された資源の中で『ポミケ』を運営しなければならない。それに私は、彼らスタッフはこれくらいの仕事をこなせると信頼している」


「信頼という言葉は、過酷な労働を強いても良いという免罪符では無いわ」


 空気が乾燥しているのか、静電気でも走ってるのか、肌がひりつく。微笑によって均衡を崩したのは、ほとんど同時だ。


「……残念だ。外見はとても私の好みなのに、考え方は合わないらしい」


「嬉しいわ。貴方の好みじゃなくて」


 表面上は朗らかな笑顔が交わされる。ルーカスはそれを潮に、アメリアへ背を向けた。

 ……せっかくだし、一手打っておくか。


「……失礼、ルーカスさん。胸の辺りにゴミが着いてます」


「なに? 何処かね?」


「っと、俺が取りますね」


 服に手をやろうとしたルーカスを遮り、彼の左胸辺りに手を伸ばした。もちろん汚れなど付いてなかったし、野郎の胸なんて進んで触りたくない。


「……――はい、綺麗になりました。もう良いですよ」


 手を離すと、ルーカスは「変な男だな……」と呟き、今度こそ去っていった。遠目で先程の連中に合流した事を確認して、身体に残っていた緊張を解いた。


「よく我慢したな、アメリア」


 振り返り、懐からオリジナル刺繍入りのハンカチを取り出す。アメリアの手に握られた、彼女の血潮を拭うためだ。


「それ、私に言うこと? 貴方よりは我慢できたと思うのだけれど?」


 アメリアは苦笑いを浮かべながら、傷ついた手を素直に差し出した。俺は血のりを拭きながら、ついでに『乳治癒』を発動させる。


「――アイツだな?」


「……ええ」


「……新しいハンカチやるから持っとけ。手を怪我したら、いざ野郎を殴るとき思いっきり出来ないからな」


 それ以上は俺もアメリアも何も言わなかった。彼女の声も手も足も、僅かに震えていた。掌の爪が食い込んだ跡は消えたが、彼女の心に残った傷は未だ癒せていない。

 ルーカスがまだ何かを企んでいるとすれば、今すぐ叩き潰した方が良い。しかし、どうにも嫌な予感が拭えなかった。

 第二騎士団の皆を信頼していないワケでは無いが、俺がブラジャーでルーカスが犯人だと伝えてから数日が経過した。もし騎士団が真相に辿り着いているのなら、ルーカスが此処にいるわけ無い。彼の居場所は取調室か牢屋だろう。

 あるいは、ルーカスを重要参考人として騎士団本部へ招集していても良いはずだ。


(でも、そうはなっていない。また第一がちょっかいを出してきたのか、動くに足る証拠が見つかっていないのか……それとも、やっぱりコレが原因か?)


 ルーカスを見たとき、そして、記憶を盗み取ってやろうと胸に触れたときに見た事を思い出していた。


【ルーカス】

 トップ ―

 アンダー ―

 サイズ ―

 0日物(3時間31分)


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 ・

 ・


「遠路はるばるよくいらっしゃいました。私が【ジェラフテイル商会】の現代表、ルーカスと申します。


 屋敷の貴賓室に第二騎士団の二人を招き入れ、ルーカスは笑みを浮かべた。


「突然の訪問、申し訳ありません。此方が第二騎士団所属のジョエル、私はアザンと申します」


 若い方の騎士が口を開き、年長者の男と自分を紹介していく。ジョエルの事を知らないわけでは無いが、アザンの名前は特によく知っている。王都有数の商会である【カタスティマ商会】の現代表だ。

 自分達とは取り扱う商品や客層が異なるため競合とは言い難いが、いま最も勢いのある商会として記憶している。

 アザンとは初対面同士ではあるが、今回『ポミケ』に出資した商会でもあるため耳にも新しい。噂どおりの俊英らしく、一つ一つの動作に理知があり、また身嗜みにも隙が無い。


 対して、片方のジョエルという男はいかにも昼行灯といった風体だ。ボサボサの髪に不精髭、オマケに手で数枚の紙切れを持て遊んでいた。トランプかと思ったが、どうやらただのメモ書きらしい。どちらにしても非常識な振る舞いだ。

 ルーカスは警戒のリソースを若い俊英に多く裂く事にしたが、ジョエルの事を無視するわけではない。この非常識な振る舞いが計算の上だという可能性も無視できないからだ。


「お疲れでしょう、どうぞお掛け下さい」


 二人がソファーに座った事を確認し、ルーカスも座った。部屋の隅に控えていたメイドに目をやり、飲み物を用意させようとしたことろでジョエルが先に口を開いた。


「喉が渇いちまった。悪いけど話を始める前に何かくれないかい? 出来れば――……」


 十枚程度の紙切れを扇子のように広げて、自分の顔を扇いだ。


「出来れば紅茶か、酒か、ポーションか、毒薬が良いな」


 壮年騎士の要求に、ルーカスは表面上は完璧な微笑で応えた。


「……紅茶を用意しましょう。当商会のオススメポーションを出しても構いませんが、商談にいらっしゃったワケで無いのでしょうし」


 まだ午前中で、しかも相手は勤務中であったため酒を出すのは憚れた。権力を振りかざす第一騎士団の幹部であったなら酒に女も付けたのだが、そうするメリットは薄そうだ。


「ベルバリオ・ジェラフテイルの殺害と屋敷放火の件について、改めて窺いたい事が御座います。既に一度お話は聴かせていただきましたが、よろしいでしょうか?」


 やがてやって来た紅茶をテーブルに置いたまま、アザンは本題を切り出した。ジョエルの方は、ずずず、と品の無い音を立てて飲んでいた。


「ええ、もちろん。私の知る限りは何もかも話しましょう」


 やはり、それか。ルーカスは、むしろ当然の事だろうと内心で頷いた。

 屋敷の焼け跡からアメリアの遺体は発見されなかったことから、生き延びているだろうとは思っていた。ならば、彼女がルーカスの犯行を訴える可能性もある。

 とはいえ、複数回の事情聴取は予期していなかったワケではない。ルーカスは充分に用意していた答えとアリバイを並べていく。第三者からみても、完璧な問答であっただろう。


 ただ、この展開が予想よりもずっと早い事だけは気になった。

 アメリアの身体については、ある意味。たとえ全くの無傷で火事から脱出したとしても、体力的に即座に行動を移せるとは思えなかった。


 ――ならば、協力者が居ると考えるべきだ。


 アザンの質問に淀みなく答えながら、逃亡中の醜悪な婚約者へ考えを巡らせた。

 一番に考えられるのはジェシナあの犬だが、それはありえない。

 犬は自分が用意した偽りの商談に招かれ、とうにこの世には居ないはずだ。任務完了の報告も既に受け取っていた。

 仮に生きていたとしても、幾重にも張り巡らせた此方の包囲網を突破し、王都まで逃げてこれるとは思えない。甘く見積もっても、怪我を負っているか仲間の慰み者にされているのが関の山だ。


 ――まあ、良い。あの醜く愚かな女に手を貸したというのなら、その協力者も愚か者だろう。警戒するまでも無い。


「はーっ、なんか腹まで減っちまったなぁ……俺達、実は朝飯もまだなんだよ。サンドイッチか、分厚いステーキか、毒入りのあまーいパンケーキとか、どれか用意してくんね?」


 会話に参加せず欠伸を堪えているだけだったジョエルは、今度はそんな要求をしてきた。

 本当に毒入りのケーキでも食わせてやろうか、と微笑の下で毒づく。舌打しそうになりながらも、ルーカスは言われたとおりメイドにサンドイッチを用意させた。


 だが、ルーカスには何となく分かったきた。

 この二人は、ジョエルというロートルが相手の感情を逆撫でし、アザンという真面目な青年が理詰めで追求してくるスタイルなのだ。自分達のペースに乗せて、隙を刺そうという魂胆に違いない。


 分かってしまえば何の事はない。この程度の交渉術など、ルーカスの蓄積した経験の前では何の意味も為さなかった。


「他に何かありましたら、何なりと仰ってください」


 相手の考えを正確に察知したルーカスには、ジョエルの要求すら哀れな足掻きとして愉快に思えてきた。


「おっそう? じゃあさ、サンドイッチ食う前に手を綺麗にしたいから、バスタオルか、おしぼりかをくれない?」


 例によって、選択肢があるようで一択の要求だった。やれやれと思いながらも、ルーカスは言われたとおりにおしぼりを用意した。

 それでジョエルは手を拭き、更には顔まで拭き、サンドイッチを美味そうに頬張った。あまりの態度に隣のアザンも眉をひそめているのが見えた。


「さて……お話は終わりですか? 捜査に協力したいのは山々ですが、何分なにぶん私もスケジュールが詰まっていましてね。直ぐに自由貿易国付近にまで赴かなくてはならないので……」


 立ち上がり、ルーカスはそう言った。申し訳なさそうな雰囲気を出しつつ、急いでいるという此方の要求をそれとなく混ぜる。

 ルーカスの言葉に、アザンも立ち上がり軽く会釈を寄越した。


「ご協力感謝いたします。ご多忙のところ、お引止めして申し訳ありません。では最後に此方のジョエルから窺いたい事があるというのですが、よろしいでしょうか?」


「……ええ、どうぞ」


 若い商人は、最後の一切れを飲み込んだ壮年の騎士に視線を落とした。ジョエルは手持ちのハンカチで口元を拭うと、ニヤと歯を見せて笑った。


「なに、俺が訊きたいのは簡単な事だよ。正直に話して欲しいだけだから、そう身構えなくて良い」


 いい加減に辟易していたルーカスだったが、ジョエルの手の中にあった紙切れが今は一枚のみになっている事に気付いた。


「ベルバリオ・ジェラフテイルを殺したのは、アンタかい?」


「ああ、そうだ。私が彼を殺した――――――ッ!?」


 口を突いて出た言葉に、ルーカスは自分で驚愕した。馬鹿な。自分とした事が口を滑らせてしまったというのか? すぐに冗談だと訂正しようとしたところで、ジョエルは更に言葉を重ねる。


「動機は怨恨?」


「そうだ。彼は私より義理の娘であるアメリアを後継者に選んだ。だから、殺してやった」


 言いたくも無い事を、訊かれるままに話してしまう。自分の感情と思考と舌がバラバラになって、統一を欠いている。怒号を上げようとしても、喉が全く言う事を聞かない。

 額にビッシリと脂汗を浮かべ、ルーカスはジョエルとアザンを見た。壮年の騎士はソファーに座ったままであり、若い騎士は冷然と此方を見つめている。二人ともルーカスの言葉に特に驚愕した様子は無い。


 それはつまり、この状態は彼らが作り出したということ。


(まさか、何かしらの魔術を使っていたというのか!?)


「他に何か企んでいる事はある?」


「ああ。私はポワトリア王国に女神を呼ぶつもりだ……――き、貴様、私に何をした……っ!?」


 ようやく自由になった口を必死に動かし、ルーカスは聞き返した。ヒステリックに叫ばなかったのは、彼の商人としてのプライドが強固だった為だ。


「……此処までか。でも、思ったより訊けてラッキーラッキー」


「まったく、心臓に悪いんだから……いつも付き合わされる俺の身にもなって下さいよ……」


「悪ぃ悪ぃ。あ、サンドイッチ食う?」


「ジョエルさんが用意したサンドイッチじゃないでしょうに……」


 ジョエルは愉快そうに笑うが、アザンは疲れたように溜め息をついていた。そんな二人のやり取りを、若い商人は呆然と見ていた。


 ルーカスがジョエルのスキルを知るはずも無い。彼が用いたのは『減りゆく選択肢シュリンク・アンサー』という精神系魔術スキルだ。

 下級や上級といった魔術ランクの外に分類される『枠外エクストラ』スキルであり、ジョエル固有の物だ。


 まず前準備として自分の要求を書いた魔力紙を用意し、自分と相手の選択肢として手札に持つ。

 紙切れにはそれぞれ『酒を用意させる』『ポーションを用意させる』『サンドイッチを用意させる』など、彼がルーカスに要求した全ての選択肢が書かれていた。

 そのうちの四枚、『紅茶を用意させる』『サンドイッチを用意させる』『オシボリを用意させる』『真相を話させる』の紙には、ジョエルの血液が付着していた。彼自身が選んだものだ。


 最後に相手にその選択肢達を公開し、相手にその判断を委ねる。

 二人で四枚のうち一枚、三枚のうち一枚、二枚のうち一枚、そして一枚のうち一枚。確率にして二十四分の一を完全に一致させれば、最後の一枚選択肢は強制的に発動する。


 卑怯とも狡猾ともいえる、初見殺しの魔術だ。


「良かったな、しばらくは仕事が休めるぜ。たまには忙しさから解放されるのも悪くないは無いだろう?」


 ジョエルは肩をすくめておどけて見せた。


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