いざ、ポミケへ(下)
自分達の番を待つ間、俺とコレットはアメリアから『ポミケ』の概要を聞いていた。彼女が取り出したチラシを受け取り、それを見ながらアメリアの話に耳を傾けた。
「薬師達のポーションは『通常ポーション部門』『解毒ポーション部門』『体力ポーション部門』『魔力ポーション部門』そして――……」
「お、『美味しいポーション部門』だって!?」
アメリアの説明の半ばで、俺はチラシに書かれている文字を見て愕然とした。
まさかの美味しいポーション!? 俺の為にあるような部門じゃないか!
「そう。今回から加わった『美味しいポーション部門』と各五部門で評価される。複数部門に参加する者も居れば、自分の得意分野のみに絞ってる者も居るわ」
「そうか……今回からかぁー……なんてこったい……」
『ポミケ』に参加すると言っても、あれから一度も牧場に帰れて無い俺には、ポーションも薬草も用意出来ていない。
上級者になると、アピールの一環として会場内のみで購入した薬草から、即席ポーションを作成するというパフォーマンスをするらしい。またそういった薬師も一定数以上いるから、『ポミケ』では薬師が使う実験器具などの販売も行われている。
とはいえ、未熟な俺にはどちらにも縁がない。しっかりミルク・ポーションを準備できていれば、俺も良い所を狙えたかもしれないのに……惜しい。
「『ポミケ』の概要なら先月あたりに私も見たけど、何処にも『美味しい~』なんて載ってなかったわ。急に決まったの?」
「……――ええ。ほとんど直前になってからよ。誰が言い出したワガママかは知らないけれど『ポミケ』の運営関係者は苦労したでしょうね」
何かがツボったのか、アメリアはクスクス可笑しそうに笑う。
「今まで無かった部門を作り上げるくらいだから、きっと偉い人が美味しいポーションに興味があったってことよね」
「何でも、とても美味しいポーションを飲んで運命が変わったというのよ」
「そりゃ凄い。そんなに旨いなら俺も飲んでみたいもんだ」
やや大袈裟とは思うが嘘とも思えない。
事実、美味しい物には人生を変える力が有ると思う。俺だってサンリッシュ牛乳のお陰で人生が変わった。
まったく、俺の生涯には色々な意味でおっぱいが必要不可欠らしい。
また俺はポーションに好奇心を抱くと同時に、メラメラと湧いてくる対抗心を自覚した。
どんなに美味いかは知らないが、ハナ達のおっぱいから作ったポーションなら簡単に負けやしないぜ!
「しかもただ美味しいだけじゃなくて『最上級治癒薬』にも勝る効能もあった……らしいわ。あらゆるポーションが通用しなかった不治の病が……って、どうしたのよムネヒト? 何でガッカリしてるの?」
「……世の中には、どんなジャンルでも凄い人が居るんだと思い知らされて……」
「ふーん?」
対抗心はボヤで消し止められました。
美味しい上にグレート・ポーション級の薬効を持ってるとか、勝ち目ないだろ……。
味だけならあるいはと思うが、俺のは回復どころか腹を下す怖れもある。どちらが優れたポーションかなど議論する必要も無い。
結局、俺が『ポミケ』に参加しても上位入賞は叶わなかったってことか……。
牛乳が負けたのではなく、俺の技術が足りなかったのだと、せめてそんな負け惜しみでも呟いておこう。
「そんなに凄い人ならきっと優勝候補よね。せっかくだし私も飲んでみたいけど……何処に居るんだろ? 見付けられるかな?」
「そうね……せめて名前だけでも分かれば良いのだけれど……」
会場は広い。『ミスリル・タワー』に囲われた草原は、何とかドーム何十個分程もあるだろう。おまけにこの人ゴミでは、名前も分からない特定の個人を探すのは困難に違いない。
「……でも絶対に見付けてみせるわ。何十人居ても、何百人居ても……」
「……――」
アメリアは何処か静かな決意を込めて、そう呟いた。
「……そういえば、どんな賞品が貰えるんだ?」
ついつい賞品とか賞金とか気になってしまうのは、俺に金の亡者がまだ取り憑いているからだろうか。でも、誰だって御褒美は欲しいはず。
「最も参加者の多い『通常ポーション部門』の最優秀薬師に選ばれた者には、クリアタグへの昇格と金貨500枚。それに宮廷薬師への推薦状。あとは、薬草畑付きの実験室が与えられるわ」
「土地もかよ」
薬師ドリームはんぱねぇ……。
「うふふふっ、驚くのも無理ないわ。どれ程の賞品を用意出来るかってのは、商会や企画立案者の力量にかかっていると言って良いもの。それに、今回は特に力を入れたというわ」
俺とコレットの顔を見て、アメリアは形の良い唇を得意そうに綻ばせた。美人ってのはドヤ顔も絵になるらしい。
「私もまだ知らないけれど『美味しいポーション部門』の優勝商品だって、当然豪華な筈――――あ、ほらアレよ。あそこの看板に記載されてるわ」
「お! どれどれ……」
・
【美味しいポーション部門 優秀者商品一覧】
優 勝
金貨300枚+王国指定最上級、上級薬草各種及び苗・種+オリハルコン製実験器具一式+高級クリスタルガラス製ポーション瓶200本
準優勝
金貨150枚+王国上級薬草各種及び苗・種+高級クリスタルガラス製ポーション瓶100本
第三位
抜毛が減るポーション※
第四位
美人になるポーション※
第五位
水虫が治るポーション※
※効果を保証するポーションではありません。ご注意下さい。
・
「三位以下の賞品しょっぼい上に怪しいな!?」
明らかに途中で予算が尽きてんじゃねーか!
「あらー……きっとアレね……優勝準優勝で張り切りすぎて、息切れしちゃったのねぇ……」
コレットも同じような感想を漏らした。一位と二位が文句なしに豪華な分、それ以下の賞品が何とも侘しい。いっそ無かった方が良かったんじゃ? と思えるレベルだ。
「…………こ、こんなハズじゃ……っ」
隣で、アメリアが顔を真っ赤にして看板を睨んでいた。どうやら怒っているらしいが、何故か恥かしそうに震えていた。
・
消化されていく長蛇の列、ようやく俺達の番という所で後ろから誰かの怒鳴り声が聞こえてきた。
「どけどけぇ! ゴールドランク様と【スゲクロ商会】様のお通りだ! 道を開けろ!」
振り返ると、スキンヘッドの大男が列を強引に裂きながら受付へ向かって来た。
見れば彼の後ろには、荒事に慣れてそうな男が数名、立派な髭と服と腹を持った男も歩いている。
その集団に割り込まれ顔をしかめる者が大半だが、強面達が目を光らせて居るので閉口せざるをえないらしい。
「オラ邪魔だ! 俺らの番だろうが!」
そう言って、男は俺を突き飛ばそうと太い腕を勢いよく振り回してきた。
しかし、と言うか当然と言うか、撥ね飛ばされたのは相手の方だ。棒立ちだった俺に腕を
「……ぉ、はァ?」
「あ、ごめん。大丈夫ですか?」
男はポカンとしていたが、俺の差し出した手とクスクス周りからの向けられる嘲笑に、顔をドス赤くして猛然と立ち上がった。
「テメェ、いきなり突き飛ばすたぁどういうつもりだ! ァア!?」
えぇ……そんな言い掛かりあるー?
「いきなりはそっちでしょ? 急にやって来て、何で自分達だけ割り込もうとするの?」
コレットに年下を諭すように言われた男は、苛立たし気にそっちを向くが彼女の上から下まで舐めるように見回すと、口の端を持ち上げて笑った。
「ブロンズのクセに、良い女共を連れてるじゃねえか。おい、詫びにコイツら寄越せ。ちょうどポーションの売り子をやらせる女を探してたんだよ」
売り子……ははぁ、なるほど。確かに見目麗しい娘さんがポーション売ってくれるだけで、売上が変わりそうだ。美人さんがお釣りを手渡しして「御買上ありがとう御座います(はぁと)」とかしてくれるだけで、男はメロメロだもんね。
「悪いけど、私達はオリくんと『ポミケ』に来たの。割り込んで来た上に売り子になれだなんて、聞けるワケないでしょ?」
「おいおいツれない事を言うなよ、何も悪いようにゃしねーって。女なら、薬師としても雄としても格上に靡くのが当然だろ?」
「あら、そうなの? アドバイスありがと。
コレットは強烈な皮肉を乗せて笑い返した。あまりに完璧な笑顔だったためか、男も一瞬は何を言われたか分からなかったらしいが、すぐに不機嫌さを瞳に写した。
「……言葉には気を付けろ姉ちゃん。この『ポミケ』ってのは結局の所、ゴールドやシルバータグ以上の連中の祭だ。ブロンズ程度なんかじゃ
彼は自分の首にかかる金色のタグを指で摘まんで見せ、俺の首にかかる銅のドッグタグを見て鼻で嗤った。この男、見た目の割にインテリなのかな? と、俺はちょっと感心していた。
「だから、なんだっていうの?」
「だからよ、俺達みたいな高ランクが優先されるのは当然だろうが。オイ兄ちゃん、分かったのなら女を置いて失せな。テメェには『ポミケ』もこの姉ちゃんも勿体ねえ」
気がつけば、俺達は彼の連れていた他の男達に囲まれていた。
ご丁寧に俺の後ろはがら空きだが、コレットとアメリアの背面には男の壁が出来ている。コイツらがどっちを逃がしたくないのか丸分かりだ。
「妙な事を言うのね」
「あん?」
今まで静観していたアメリアが、男達の視線を浴びながら一歩前に出た。秀麗な眉目には、不快な色が見えた。
「タグというものは、実績や研鑽が認められた薬師に与えられるものであって、決して他を貶める為に用いるものじゃ無いわ。金色になっても、まだそんな事も分からないのかしら?」
「……生意気言うじゃねえか。いくら綺麗事を並べ立てようが、実際に王国の利益に貢献してきたのは俺達みたいな高ランクの薬師だ。その辺の雑魚薬師じゃねえんだよ!」
頭一つ半ほど上から怒鳴られても、アメリアは煩そうに顔をしかめるだけだった。
「……利益や貢献が全てじゃ無いわ。それに、誰しも最初は全くの無知から始まるのよ。道半ばに居る者を高いところから見下ろす事が、貴方の薬師としての在り方なのかしら? 人格と品性はブロンズ未満みたいね」
怖い! アメリアさん怖いよ! つーか、なんで喧嘩腰なんだよ!
「……どうやら痛い目に合わないと分かんねえようだな。その綺麗なお顔、すぐグチャグチャにしてやるよ」
相手の怒気にうなじの産毛がピリピリしてくる。コレットは無言のままだったが、アメリアは「綺麗と言われても嬉しくない場合があるのね……」なんて、何か暢気な事を呟いていた。
俺は『ポミケ』的に暴力沙汰はどうなの? と受付嬢に視線を向けるが、彼女は顔を青くしてオロオロするばかりだ。こんな事態に巻き込まれて可哀想だけど、役に立ちそうに無い。
「おい、全然進まないじゃないか。何を騒いでいる?」
「あっ! スゲクロさん!」
どうしたものかと思っていると、後ろの方から色々重そうな身体をした男が歩み寄って来た。どうやら彼が【スゲクロ商会】のトップらしい。
そのスゲクロ何某は、スキンヘッドの男とコレットとアメリアと俺――俺の場合は顔じゃなくてタグ――に視線を巡らせ「ふん、なるほどな」とつぶやき、納得したようだった。
「どうやら、ウチの薬師が迷惑を掛けたらしい。だが君と違って我々は急いでいてな、早くしないと良い場所が奪われてしまう。ここは互いに賢明な判断をしようじゃないか」
急にニヤニヤした笑みを浮かべ、そう話しかけてきた。人の好い笑みだが、言葉の端々にコチラを見下したような態度が見える。
場所……あー壁際のサークルとか、そういうの目指してるのか。壁際の薬師だったら何だろう? 壁ヤー?
「なに、勿論タダとは言わん。貴様の並んでいた時間と連れている女を買い取ろう。受け取り給え」
おもむろに彼は懐から革袋を出して、地面に放り投げた。ズチャリと重量感に満ちた落下音と、隙間から見える金色の輝き。中身は金貨が詰まっているに違いない。
「……悪いけど、列も二人も譲らないし金も要りません。先に並んだ皆に申し訳ないから」
しかし、その金を受け取る気にはなれなかった。俺に憑いている金の亡者にも、誇りはあるらしい。
「……こちらが、こうも頼んでいるのにかね?」
自分の放り投げた金袋を拾い上げながら、男は不快そうに唇を曲げた。
「言っておくが、私は【スゲクロ商会】の代表でもあるし、あの【ジェラフテイル商会】と親しい間柄でもある。あまり意見しない方が君のためだよ?」
何がそんなに面白かったのか、後ろでアメリアが吹き出していた。
「他の皆も並んでます。貴方達も、最後尾から並んで下さい」
「……穏便に済ませようと思ったのにな、やれ」
スゲクロ何某が言った瞬間、金色のタグをした男が俺に――ではなく、アメリアに腕を伸ばした。まずは女から、って事だろうか。
「それは許さん」
「ッ……!?」
勿論、そんな事はさせませんけども。
俺は女に危害を加えようとした悪い腕首を掴み取った。逞しい腕だが、バンズさんに比べればコイツの腕は乾燥したヘチマだ。
コレットに手を出そうとしていた野郎共には睨みだけ向けておいて、すぐ乳首を狙えるように足元に蹴りやすい石を置いておく。
「気安く触ってンじゃねえぞ! 痛い目に合いたくなかったら……ぐ!?」
ヘチマがミシリと音を立てる。
俺が馬鹿にされるのは別に良い。何の準備も覚悟もなく、そもそも薬師でも無い身分で『ポミケ』に臨んでいるのだから、この日に生涯を賭けている者にとっては邪魔と思われても仕方無い。
しかし、俺の前でおっぱいを傷つけようとするヤツは駄目だ。
コレットとアメリアと合わせて四つだから、一人四本ずつ骨を折ってやりたくなる。
「っざ、っけんじゃんねぇぞ……俺は、薬師でありながら、中級冒険者……ぎ、ぃぃっ!?」
俺の手を剥がすことが出来ず、男は遂に膝を突いてしまった。ニヤニヤ様子を見ていたスゲクロと周りの男達だったが、度を失って騒ぎ始めた。
「穏便に済ませたいのは俺もだよ。大人しく、列に並んでくれませんか?」
それでも俺のお願いが聞き入れられないのなら、コイツらはここで日向ぼっこに一日を費やして貰う。良い天気だから、きっと良い心地だぞ?
「……――て、めぇ!」
しかしというか、なんというか、訴え虚しく男達の表情がサッと怒気に塗れた。どうやら話し合いでもお金でも解決できそうにないみたいだ。
「列が進んでいないと思えば、これは一体なんの騒ぎでしょうか?」
「――ッ!!」
暴力会議開始まであと数秒といったところで、スゲクロ何某とアメリアがハッと顔を声のした方に向けた。俺も釣られて視線を向けるが、いつの間にかソコに立っていた彼の顔に見覚えはない。
スマートな体躯に、糊の効いた高級そうなスーツ。何処と無く非凡ならざる冴えを感じるインテリ系のイケメンだ。
誰だ? と思ったのは俺だけらしい。スゲクロも、俺の腕から逃れようといている男も、半泣きだった受付嬢も、そしてアメリアも。それぞれがそれぞれの心情を表す顔をしていた。
「お疲れさまです! ルーカスさん!」
代表して、この中で唯一嬉しそうな受付嬢が彼の名前を呼んだ。
・
王都から南西へ数十キロ、自由貿易国へ至る大街道を少し避けた小道に【ジェラフテイル商会】が管理する屋敷がある。
そこは商会名義となっており、属する従業員なら誰でも利用できる一種の旅籠だ。
誰でもとはいうが新人や経験の浅い者達は、先輩や幹部の付き添いでない限り自ら進んで利用しようとしない。
気が引けるというのもあるが、此処を利用できるようになる事が一種の目標であるらしく、半人前と一人前を分ける登竜門的な扱いだった。
「一流ホテル顔負けの造りだな。道中の補給や休息に利用するだけなら、こんな豪華じゃなくても良いんじゃないの?」
正面から中に入ったジョエルは、天井から吊るされたシャンデリアの一つに目をやって呟いた。
「【ジェラフテイル商会】ほどにもなれば、セキュリティも並みでは無いでしょう。言い方は悪いですが、ホテルの従業員に任せるより信頼できる身内を置いた方が安心できるのだと思います」
ジョエルの疑問とも独り言ともとれる言葉に、律儀に返答したのは隣を歩く同じ第二騎士団のアザンだ。彼も商会の代表であるからか、そういった心理には詳しいらしい。
「それに、ジョエルさんが言ったとおり元々はホテルです。経営難や後継者の不足で立ち行かなくなったホテルを買い取り、【ジェラフテイル商会】が利用しているんですよ」
第二騎士団本部と同じだな、とはジョエルは言わなかった。自分達の本部も元は大きなホテルを改装改築したものだが、絢爛さは比べ物にならない。予算が違いすぎているからだ。
騎士団本部と言えば、王都に残っているエリアナからの連絡がない。そろそろ『ポミケ』の開会時間のはずでもあるし、開催場所に居る筈の副団長からの通信も皆無。
予想のとおり、故意に通信機の魔力波を妨害させていると考えるべきだろう。ジョエルとアザンは他愛のない話をする振りをして頷きあった。
だとしても条件は似たような物だ。ジャミングされている限りは向こうも通信機が使えないし、此方も『転移府』などを阻害する魔道具を既に展開している。
「こんなのが王国各地に幾つもあるんだから、大したもんだ……っと」
二人は大きな扉の前で止まった。この屋敷の最上階……かつてのスィートルームの前だ。扉の前に給仕服を来た女性が立っており、ジョエルとアザンの姿を見ると深く頭を下げた。
「お待たせ致しました、第二騎士団のジョエル様、アザン様。ルーカス様が中でお待ちです」
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