いざ、ポミケへ(上)

 

 日銭稼ぎに身をやつすこと数日。財布に重量が現れ始めた所で、その日はやって来た。


 ポーション・ミーティング・マーケット、通称『ポミケ』と呼ばれる品評会は四年に一度開催される薬師達の祭典だ。

 祭りであり、普段表に出ない薬師達の晴れ舞台でもある。

 作成したポーションを販売し食い扶持を稼ぐのは勿論、日頃の研鑽をアピールする場になっていた。

 仮に大商会への取引などが叶えば、一躍大薬師への道がひらける。彼らにとって、今日は一生を左右する大事に違いない。


 場所は王都より南へ十数キロ離れた大きな草原。

 遮蔽物などほとんど無く、地面はなだらかな起伏と瑞々しい芝で覆われている。この巨大なゴルフ場のような場所が『ポミケ』の開催場所だ。狩猟祭とは違い、毎回ここで行われているらしい。


「はぁー……盛況だな……」


 広大な草原を行く人、人、人。夥しい数の人が波となって草原の中心へ向かって歩んでいく。

 若い学生のような青年や、腰が海老のようになった老人、同じような衣服を纏った……恐らくは何処ぞの商会と思われる人も多く見受けられた。


 品評会というから堅苦しいイメージを持っていたが、実際に来てみれば野外フェスみたいな開放感がある。アチコチにある様々な屋台も、お祭り気分を高める要因だった。


「王国中の薬師が集まってるもの。その他にも商会関係者や単に遊びに来たような人も居るから、総動員数は十万を下回る事は無いでしょうね」


 俺の独り言に隣を歩いていたアメリアが応えた。


「十万……毎回そんなに集まるのか?」


「ええ。でも今回は特別多いわ。『ポミケ』運営に関わる商会が多かったから、宣伝や賞品にかなり力が入ったの。参加する薬師も客も歴代で最多でしょうね」


「そんなに居るなら審査員も苦労するな……味見だけで一日が終わってしまいそうだ」


「まさか、全てのポーションを試飲するワケないでしょ? 専用の魔道具があって、それで回復量や内蔵魔力量などを鑑定出来るの」


 鑑定……ポーションに対して、レスティアの『能力映氷』みたいなアイテムがあるってことか。


「ほー、便利な世の中になったもんだ」


「オリくんってば、ジジくさいよ?」


 鈴が鳴るような声で笑うのは、アメリアとは反対隣を歩いてたコレットだ。

 確かにちょっと年寄り臭かっただろうか。そもそも便利になる以前の世の中を知らないので、俺の感想は色々な意味で変だった。


 結局コレットも、俺やアメリアと一緒に過ごすようになっていた。妙な仲間意識を覚えるほどに、三人で行動することに違和感が無い。

 ……コレットと合流して数日間、あらゆるおっぱい事変が俺の身に起きたのだが、敢えて語るまい。


「もちろん、全参加者のポーションを一つ一つ審査出来るのならそれが一番良いのだけれど、薬師に対して審査員が全く足りてないのよ。実際にポーションの試飲を行えるのは、全体の半分もいかないでしょうね」


 書類選考の段階で落とされる就職活動みたいだな……。


「だからこその『ポミケ』よ。有名な薬師や本当に優れたポーションなら自然に客が寄って来るから、審査員達は基本的に繁盛している薬師を目指せばいいの。売上も評価の目安ってことね」


「薬師さん達もアピールが大事なんだぁ……」


 冒険嬢達にとってもアピール力は重要だからか、コレットもしみじみ頷いていた。


「けど、そういう目立つ薬師ばかりが優れているとも限らないわ。埋もれていた稀有な才能を発掘するのも、商会人の大切な役目よ。表向きの姿だけでは人の真価は分からない……お父様の教えよ」


 誇らしそうに、しかし淋しそうにアメリアは呟いた。彼女の父親……害されたというベルバリオが、彼女にとって大切な人物だった事を改めて痛感した。


「ねぇねぇ! さっきから気になってたんだけど、あの柱みたいなの何?」


 アメリアの気配を察したのか、コレットが声(後、おっぱい)を弾ませて俺達の視線を誘導する。俺の視線はHなカップに寄り道したが、それも言わずもがなの事です。


 彼女の指の先には、鈍く銀色に光る巨大な柱が建っていた。しかも一つだけではなく、見れば同じ柱が等間隔に屹立している。

 柱と柱の間はおよそ50メートル程で、草原の遥か向こうにも見える事から『ポミケ』会場全体をグルリと囲んでいるらしい。ケーブルの無い電柱か、ストーンヘンジみたいだった。

 思えば俺達も他の人達も、そのの中へ向かっている。


「ああ、あれはモンスター避けの柱……『ミスリル・タワー』っていうのよ」


 アメリアはすぐに答えてくれる。彼女の返事から察するに、業界の人にとっては在って当たり前のオブジェクトらしい。


「ミスリル……って事は、あれだけの柱が全部ミスリルで作られてるのか?」


 ミスリルは高級素材だ。タワーの一本だけでも、電柱の高さと太さの三倍はありそうなのに……それをあれだけの数作るなんて、いったい幾らかかったんだ……。


「タワーには『魔石』が内蔵されていて、組み上げられた術式がモンスターの嫌がる魔力と、侵入を防ぐ為の薄い障壁を発生させてるの。それが隣同士の柱で繋がって会場全体を囲っているわ」


 なるほど……つまりあの柱は、バリアを発生させる巨大な魔道具ってことか。


「その中に私達も入っちゃって大丈夫なの?」


 やや不安そうに尋ねてきたコレットに、アメリアは軽く頷いて見せた。


「普段は人に影響無い出力で抑えられてるけど、いざとなれば障壁の強度を上げて中に居る人達を護るの。出力を最大にすれば、どんなモンスターも侵入出来ないって言われてるわ」


 内蔵している魔石容量バッテリーを大量に消費するから、あまり頻繁には使えないけれど……と、アメリアは続けた。


「へぇ……草原の中に見えない城塞があるみたいだな……」


 等間隔に並んだ鉄柱を眺めながら、俺はしみじみ呟いた。

 屋外でコレだけ大規模の催しをするのだから、大規模な備えがあるのは当然かもしれない。お祭り中にモンスター乱入とか、考えたくも無いしね。


「城塞……そっか。でも、私には城塞というより――……」


 コレットがふと何かを呟きかけたたが、首を振って口を閉ざした。


 ・


 会場の入り口……といっても、此処は草原なので門扉などがある訳もない。先程の柱と柱の間をゲートとして扱っており、運営の関係者達が入口の前で受付を行っているのだ。参加者と思われる薬師達が、その受付前に列を作っている。

 俺達は並ぶ前に最後の確認を行う事にした。


「じゃあ打ち合わせ通り、俺が参加する薬師で二人はその助手って事で良いか?」


 参加者では無く客として『ポミケ』に臨もうとも考えたが、ルーカスという商会のお偉いさんには薬師としての方が近づきやすいだろうという事で、俺達は事前に話合っていたのだ。


「ええ」


「何でも命令してね、オリくん! な、ん、で、も、よ?」


 アメリアの返事は簡素な物だったが、コレットのそれは何処と無くえっちぃ。身体を前に傾け胸を強調し、パチリとウインクと投げキスを寄越してくる。

 むぎゅと寄せた胸の間に「今から検査を行いまぁす!」とか言って『銀賢者のマドラー』を突っ込みたくなるが、我慢である。我が煩悩こそが毒ですね。


 俺は一つ咳払いをすると、銅製のドッグタグを首からかけた。レスティアから貰った例のタグに紐を通した物だ。

 このドッグタグは参加証であると同時に、『ポミケ』に於ける薬師のランクを表す物でもある。

 下から順にブロンズ、シルバー、ゴールド、そして水晶クリア。表に刻まれた数字は、参加回数を表しているという。

 ちなみに俺のタグには『0000』と刻まれていた。『ポミケ』童貞でした。やかましいわ。


 基本どの薬師もブロンズから始まり『ポミケ』の実績に応じてタグが更新されていくシステムだ。

 しかし、アカデミーを卒業した者や〈職業ジョブ〉の〈上級薬師〉などを修めている者はその限りで無い。シルバーやゴールドから始まるエリートも居る。

 ブロンズで、しかも参加経験皆無だったのだから【ジェラフテイル商会】の従業員が塩対応だったのも仕方ないと、今ではそう思える。


「ところで、アメリアは変装とかしなくて良いのか? 見付かったら面倒なんだろ?」


「平気よ。むしろ、こうやって顔を出しておく方が私だって気付かれないわ」


 アメリアは王都で買ったフード付きの外套を纏っていたが、顔を隠さず堂々としていた。どういう根拠かは不明だが、彼女がそういうのならそうなのだろう。


(だからって、目立たないとは限らないけど……)


 俺達は周りから、主に男性達の注目を集めていた。

 アメリアは純金色の髪に非凡な才覚さを窺わせる美貌の持ち主で、地味な外套では彼女の魅力を削ぐことは出来ない。アメリアが髪をかき上げるだけで、うっとりしたような溜め息がアチコチから聞こえた。


 コレットもまた優しげで、しかし何処と無く妖艶な雰囲気を纏う美女であり、衣服を押し上げる女性らしい膨らみ……特に豊満なバストは隠蔽不可能だ。歩く度にユッサと揺れる乳房は、誰であれ目を引かれる。

 現代では歩きスマホが問題だが、歩きおっぱいもかなり危険らしい。


 ちなみに俺に突き刺さる視線は、嫉妬と憎悪のハイブリッドだった。首にかかる銅のタグを見て、露骨に冷笑を浮かべる者もいる。

 大した実績も無いのに、美女を侍らせている生意気なガキにでも見えるのだろう。しかも、あながち間違いでは無い。


「……変装用のカツラでも持ってくれば良かったな……」


 居心地の悪さを感じてポツリと呟くと、アメリアがチラとこっちを見た。


「……買ったこと無いから分からないけれど、カツラって種類は多いのかしら?」


「ん? ああ、たくさん有るぞ。毛が長いの短いの、茶色に金色、赤に青に紫に緑に……ウィッグやエクステってのも有るな」


「高級品だと三日間限定で髪の色を変えたり、装備するだけで力や素早さといったステータスが上がるような物もあるわ。ギルドの皆もよく使ってるし」


 それもう装備カテゴリーのアクセサリーじゃん。凄いな異世界カツラ。


「そう……なるほど……変装していた可能性は考慮していなかったわね……」


 気になる事でもあったのか、アメリアは顎に手を当てて思考に沈んだ。


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