動く者達(下)
「事件はスピード解決だな。直ちにアメリア代表を保護し、ルーカスを拘束する」
言いながらメリーベルは収炎剣の柄を撫でた。副団長の言葉には、既に何割か腕力が含まれているらしい。
「待ちなよメリーベルちゃん、話はそう単純じゃあないのさ」
「単純ではない? 罪を犯した男が被害者を装って、そ知らぬ顔で生活しているだけです」
副団長の真っ直ぐな正義感は既に熱を帯びている。メリーベルの在り方を好いとレスティアは思うが、今は待ったを掛けたジョエルに一票を投じた。
「落ち着いて下さい副団長。まだ、証拠がありません」
「証拠ならハイヤから連絡で充分だ。奴は心臓……付近に触れる事で、その人物の記憶を視ることが出来る。信憑性は限り無く高い」
レスティアもメリーベルの弁には同意していた。
お人好しではあるが、いざとなれば人の記憶を読み取ることの出来る彼だ。もしアメリア代表こそが犯罪者であっても、最終的にムネヒトを騙すのは困難を極める。
……では何故『クレセント・アルテミス』のハニトラに引っ掛かったってしまったのかはまた別の問題だ。彼は自分に課した謎のおっぱい誓訳で、自ら墓穴を掘ってしまったのだろう。
むしろ彼女らの胸を積極的に触って記憶とか読み取れば、こんな面倒な事態にならなかったのでは? と思わずにいられない。ムネヒトにおっぱいは怖くないと改めて教えねば。
「ええ。ですが、それを誰が信じるでしょうか?」
質問の意図を理解しかねたのだろう、メリーベルは眉を寄せた。
「……まさか、ムネヒトが嘘を付いているとでも言うのか?」
「いいや。レスティアちゃんが言いたい『誰が』ってのは、俺達以外の連中さ」
「…………」
副団長は不服そうに口を閉ざした。ジョエルの言いたいことを、彼女も察したのだろう。
ムネヒトの立場は、レスティアにとっても他人事では無い。クノリの血筋に稀に現れるエクストラスキル『
鑑定用のスキルやアイテムは、珍しい部類では有るが広く普及している。
しかし『能力映氷』に匹敵する魔道具やスキルは皆無だ。ジョエルが持っている高級魔道具ですら、レスティアのスキルに遥か遠く及ばない。レスティアが視ている世界はレスティアだけの物でしか無く、他に共有させる事は叶わないのだ。
優れ
また素晴らしい能力は、悪用しようと思えば幾らでも出来てしまう。
仮にレスティアが悪意を以って『能力映氷』を用いれば、黒も白になるだろう。第一騎士団――背後に居る有力貴族達が恐れ、また利用しようとした一因は其処にある。
優秀な個に依存するシステムは大きな危険を孕んでいるものだ。
その『能力映氷』が証拠として認められるようになったのは、レスティアの努力と実績に他ならない。
だが、ムネヒトにはそれが無かった。
先日のマゾルフ領『タイド草』事件での実績を軽視しているわけでは無いが、記憶と言う無形の事象が証拠と成り得るかどうか、判断は慎重にならざるを得ない。
彼自身それも理解しているのだろう。あまり使用したがらないし、他には隠しているような様子さえ窺える。
「それに、ルーカス新会長の真意が不明です」
「……真意?」
レスティアの言葉にメリーベルは眉を潜めた。隣に居たジョエルもレスティアと同じ事を思っていたのだろう、不精髭を一撫でして口を開いた。
「例えばだドラワット。人数分しかないプリンをツマミ食いしている時に、運悪くゴロシュに見つかったらどうする?」
「一緒に食べてアニキも共犯にしまさあ!」
「……俺の喩えが悪かったよ……メリーベルちゃんならどうする?」
「そうですね……素直に謝罪します」
「…………正直さは美徳だけど、俺の欲しい解答じゃなかったかなー……」
「あ! 『此処に置いておく方が悪い!』って、逆ギレするんスか!? そして上手くやれば更に追加のプリンを貰えるかもって事ッスか!?」
「そーいうのは盗人猛々しいって言うんだ。ドラワットも『ぱねぇアニキ、極悪だぜ……!』みたな顔するな」
三人は困惑顔で顔を見合わせ、何やら相談を始めた。時間の無駄なので、レスティアは自分の意見をジョエルに伝える。
「口封じする、でしょうか」
「そう! いやぁ、レスティアちゃんが居ると話がスムーズに進むなぁ」
副団長と双子騎士がしょんぼり肩を落とすが、ジョエルはそれを無視して話を続けた。
「アメリア代表がルーカス氏の犯行を本当に目撃していたとするなら、犯人にとって目撃者は邪魔でしかない。消してしまった方が安心さ」
「……でも、ルーカス新代表はわざわざ彼女を行方不明者として探している。確かに妙ッスね……」
「探すにしても、
「考えられるのは言い逃れ出来るだけの材料があるからか、リスクを犯してでも彼女の身柄が必要だからか……」
あるいは両方とは、レスティアは敢えて言わなかった。
更に言うなら、ルーカスが全ての黒幕か否かも不明だ。騎士団が焦って彼の身柄を拘束すれば、影で操っていた者がルーカスを切り捨てる恐れもある。哀れなトカゲのしっぽ切りなど良くある話だ。
「じゃあつまり……ルーカス新代表は、アメリア代表が見つかるのをむしろ待っている?」
「俺はそう思う。彼女を何に使う気かは知らないが、彼とアメリア代表を会わせるのは何か嫌な予感がするんだよねぇ」
アメリアが身を隠しているのには、何か理由があるのだろうとジョエルは言 っているのだ。
もっと情報交換する時間があればと、今更ながらレスティアは悔いる。偽乳パッドでは無く、予備の魔石を積んでおけば良かった。
「じゃあ、このまま他の証拠を探すのですか?」
「いーや、此処で話は最初に戻る。ルーカス新代表を引っ張ろう」
「は!?」
先ほどと違うじゃないかと、そう言いたげな瞳をメリーベルと双子騎士は第二騎士団の最年長者に向けた。
「ただし、アメリア代表とは会わせないように。ルーカスを
「つまり……ルーカスの野郎を油断させておいての騙し討ちッスか?」
「騙すとは人聞きが悪い。なるべく楽に……んでもって、なるべく血を見ないで済む様に考えたつもりだぜ?」
今の自分達は、推理小説の内容を知らないのに真犯人を知っている状態だ。物語ならヒンシュクものだがコレは仕事だ。ネタバレ上等だよと、ジョエルは人の悪い笑みを作った。
「繰り返すけど、この件はムネヒトくんにとって良い実績になるのさ。彼の能力は、
おお、とメリーベル副団長と双子騎士は小さな感嘆を漏らす。
狩猟祭終了以後、レスティアの『能力映氷』で未解決だったいくつもの不正を暴き、何人もの
悪事を働いた者の最期は、いつだって惨めなモノだ。
いずれの郎党も怒り泣き叫び、あるいは慈悲などを懇願したが既に手遅れだった。今は恨み言や呪詛を冷たい石壁に染み込ませているだろう。
ここにムネヒトの能力が加われば、まさにオーガに金棒だ。
「もちろん、俺達騎士団が一丸になって彼を支えないとな。彼の立場が
ジョエルはそこで一度言葉を切り、三人へ……特にメリーベルへ熱を込めて言う。
「王国史上最強の第二騎士団が誕生する」
「……!」
副団長の瞳に火が灯ったのがレスティアにも分かった。
レスティアも聞き及んでいることだが、ガノンパノラ団長はムネヒトをメリーベル直轄の騎士にするつもりだという。そしてゆくゆくは、両名に団長と副団長の席を与えるつもりだとも。
悪くない話だとは思う。強さと思想と人望とを兼ね備えた者が組織のトップに収まれば、この上ない吉事だ。
但しそれが――。
「ま、堅苦しい話は置いといて……俺としちゃあ、ムネヒトくんみたいなヤツがメリーベルちゃんの側に居るのが一番良いと思ってるだけなんだがね?」
「なぁ――!? じょ、じょ、ジョエルさん! 何を言ってるんですか!? ゴロシュとドラワットも! 勤務中だぞ!!」
ジョエルに茶化され、顔を真っ赤にするメリーベル。ゴロシュとドラワットも「ウェイウェーイ!」と囃し立て始めた。
「――――……」
「レスティアちゃんもそう思わない? 王国千年の安寧を思えば、ムネヒトくんはこれから先の騎士団に必要不可欠だよ」
人の好い笑みをしたジョエルは、無言のままだったレスティアにも同意を求めてきた。彼女もまた、唇を優しく綻ばせて頷く。
「……――ええ、勿論。ハイヤさん自らがそう決めてくれると、私としても心強いです」
「……――だよね」
互いに朗らかな笑みを
「ところでルーカス新代表の居場所だけど、レスティアちゃんはとっくに調べてるんだろ?」
「はい。彼は商談のため昨晩のうちに王都を離れています。自由貿易国の国境付近にまで赴くそうで、戻るのは来週以降になるとのこと」
「……へぇ、彼は『ポミケ』には参加しないのかい……だったら急がないとな」
国境付近にまで行くとなると、早馬車を用いたとして片道最低三~四日は掛かる。
商談自体にどれほど時間を掛けるかは知らないが、はや数日後に迫った『ポミケ』までにはどう考えても間に合わない。それともルーカス個人だけ『転移符』を用い、移動時間を稼ぐつもりなのだろうか。
どのみち、追跡には迅速さが求められる。
時間的ハンデはあるが、第二騎士団の精鋭が数を絞って追駆すれば、彼が目的に到着するまでに追いつけるかもしれない。
「オホンオホンッ! そういう話なら分かった! 犯人確保とアメリア女史の身の安全を最優先にすべきだが、余計な刺激を与えてルーカスが激発しないとも限らないからな!」
双子を軽く蹴飛ばしていたメリーベルはそう結ぶ。
「こっそり迅速に慎重にルーカスの身柄を抑える! ム――……では無く、王国の平穏のために! 行くぞ、私に続けー!」
「おっと、メリーベルちゃんとゴロシュとドラワットは王都で留守番な」
「えっ」
メリーベルは『待った』と言われた犬のような顔になった。
「ど、どういうことだジョエルさん! 何故副団長である私が留守番なんだ!?」
「だってさ、メリーベルちゃんってば隠密行動苦手じゃんか」
「苦手だと!? 誰がそんな事を言いましたか! 下級とはいえ、私は〈斥候〉の職業も修めています! 相手が上級職とかで無い限りは――」
「身辺調査のためにムネヒトくんを監視して、初日でバレちゃったらしいじゃないの」
「あ! あれは……! ムネヒトが、あんな場所で、あんな儀式を……だから仕方なく……」
レスティアの胸中に申し訳ない気持ちが湧いてくる。後に妹から聞いた話だが、アレはムネヒトとリリミカが悪いだろう。
おっぱいを味わうのは時と場合を考慮して、喫茶店で味わうのは軽食とかだけにして貰いたいものだ。
ゴニョゴニョ語尾を濁すメリーベルだったが、それでも負けじと口を開く。
「【ジェラフテイル商会】にとっても大事である筈の『ポミケ』を放っておいての商談など、明らかに怪しいではないか! 多くの目が『ポミケ』に集まっているのをいい事に、何か企んでいるに違いない! やはり私も行くべきだ!」
「かもね。けど、もしかすると逆かも」
逸る副団長を宥め、ジョエルは自身の通信機を取り出した。
「ともかく、ルーカス何某は俺とアザンで追う。副団長の意に反するなんて駄目な部下の見本だけど、頼むよ。メリーベルちゃん達は万が一の切り札さ」
「……切り札? それってどういう――」
訊ね返そうとしたメリーベルらに背を向け、ジョエルは本部へと通信を入れた。こうなると、ジョエルがもう話を聞かない事を誰もが知っていた。
「……我々も、本部に戻り今後の打ち合わせを行うぞ。もしかしたら、ムネヒトやアメリア女史とコンタクト出来るかもしれんしな」
小さな溜め息を一つ漏らすと、メリーベルはゴロシュとドラワットを連れて本部への帰路へ着いた。
「……」
レスティアは一度だけジョエルの方を振り向いたが、何も言わなかった。
・
姉とメリーベルは騎士団の仕事。将来の義兄であるバンズは配達でいない。同志ムネヒトも諸事情の為、10日程前から不在だ。ミルシェと二人きりの食事はなかなか珍しい。
「……決めました!」
朝食後の牛乳を飲み干した後、その親友は突然そう言って立ち上がった。
「……――ど、どうしたのよいきなり?」
数秒してからリリミカは聞く事が出来た。立った勢いで大きく弾んだミルシェバストに見蕩れていたため、返事が遅れてしまったのだ。
片乳だけでも、クノリ姉妹バスト四つ分を上回りそうなミルシェは、鼻息荒く宣言する。
「私も『ポミケ』に出ます!」
「……はぁ!?」
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