ムネヒトvs.三日月の女神達(中)

 

「へ? パーティ? 今夜?」


 洗ったばかりの皿を拭いていると、シンシアがそんなことを言ってきた。


「そ! ちゃんオリがこのギルドに来てから明日で一週間じゃん? よく働いてくれてっし、歓迎と慰労を兼ねてパーティしようぜってなったんだし! 夜はみーんなでお仕事休んでさ!」


 一週間で歓迎&慰労パーティとか……ブラック企業なら真っ青な従業員サービスだな。


「いや、休めばそれだけ売上が無くなっちまう……今が大事なときなんだ……金を、金を稼がないと……」


 生真面目な日本人の血が残っていたのか、社畜根性に目覚めたのか、遊ぶ気になれなかった。シンシアの言葉にも耳を閉ざし、視線を洗剤塗れの食器へ戻す。


 金だ。金が欲しかった。

 金、金、と思考をグルグルさせるのはダメだと知ってはいても、心が急く。昨日の出来事もそれに拍車を掛けている。

 俺はディミトラーシャの身体に負けてしまうところ……いや、充分に負けた。あの時の俺は確かにマッサージや奉仕という枠を越え、欲望のまま彼女のおっぱいを貪ってしまった。


 ミルシェのおっぱいに溺れた経験が無ければ、また『奪司分乳』で賢者にならなければ、行くところまで行っていたに違いない。ミルシェを裏切る行為だ。

 彼女が本当に俺を誘惑してきたのか、冗談の範疇でからかったのかは不明だが、これ以上罪を重ねるべきではない。

 惜しい事をしたなぁ、とか、おっぱい吸いたかったなぁ、とかは断じて思っちゃならないのだ。


「話なら後にしてくれ。今は皿洗いしないと……その後は絨毯の掃除に洗濯に窓磨きに買出しに――」


「きゃハんッ」


「!?」


 顔を下げたまま次の皿を取ろうと手を伸ばしたところで、陶器ではありえないほど柔らかい物体を掴んでしまった。


「もう、それはぁ……お皿みたいに薄くはないっしょ?」


 シンシアのおっぱいにインターセプトされてました。

 くっそ! とってつけたようなラッキースケベで仕事を邪魔しやがって! メチャクチャ良いおっぱいじゃねぇか!


「イヤだ! 俺はパーティなんて行かないぞ! 行ったら大変な目に遭うって、二十二年間コツコツと培った童貞の勘が囁くんだ!」


「捨てちまえしそんなもの! いいからパーティしようって! ねぇ~、いいっしょ? いいっしょ? みんなでぇ、ちゃんオリを労ってあげたいんだしぃ」


「だ!? 抱きつくな! 胸を押し付けるな! やめ、やめてーー!」


 溶けたチョコレートのように身体をしな垂れ掛かかり、俺の胸辺りと尻での字を書くシンシア。なんでコイツ服の上からだってのに、俺の乳首を正確に捉える事が出来るんだ!?


「ねぇ、二人でなにを騒いでるの? こっちまで聞えてくるんだけど……」


 騒ぎを聞きつけたのだろう、いつものように薄いTシャツ一枚だけ着たコレットが厨房の奥に顔を出した。


「あ、コレット! ちょうど良かった、シンシアをなんとかしてくれ! このままじゃ、また俺の『不壊乳膜』が……」


 助けを求めると抱きついていたシンシアがヒラリと離れ、そのコレットをいきなり羽交い絞めにした。


「動くな!」


「!?」


 当然の凶行に当惑していると、シンシアは意地の悪い笑みを浮かべて口を開いた。


「パーティに参加するって言わないと、コレットのおっぱいをポロリって出すぞ!」


「ちょ、ちょっとシンシア!? アナタ、何を……きゃぁ!?」


 言うや否や、Tシャツの裾を掴んで勢いよく捲り上げた。くびれた腰やへそ、下乳までが大胆に露わになった。洗ったばかりの皿よりも白くて、冷蔵庫で冷しているメロンみたいに大きなおっぱいだ。


「き、貴様ァ! 質とは卑怯だぞ! コレット(のおっぱい)は関係ないだろ!?」


 裾がカタツムリのような速度で上へ持ち上がっていく。シャツによって、おっぱいが柔らかそうに潰れていた。


「ほらほらぁ……? コレットってば乳輪チチワが大きめだから、すぐにポロリしちゃうし……?」


「し、シンシア! それ、気にしてるんだから! オリくんの前でそんなこと言わないで……あっ! 服でコリコリって、しちゃダメだってば……! あ、あぁっ!」


 ちょうど服の皺の真下に、頂上があるのだろう。それをシンシアはあろうことか、上下に微細に動かして刺激しているらしい。服で乳首コリコリとか、俺もやってみたいがそうじゃない。


「こ、コレットォォ! おのれぇ、なんて卑怯な! やるなら自分テメェのおっぱいでやれ!」


「なになに? あーしのおっぱいのが見たかった? んふふっ! しょーがないなー」


「別にヤレとは言ってないだろ!? 揚げ足取るんじゃねぇぞ!」


「えー?」


「いや、あのオリくん? 別にコッチを見なければ良いだけなんじゃ……」


「バッキャロー!」


 人質の正論を斬って捨てた。


「お前のおっぱいを見たくない男なんて、この世に居るわきゃないだろ!」


「お、オリくん……!(きゅん)」


「(きゅん)じゃねーわ。で、どーすんの? ちゃんオリがコレットのパイパイみたいってんなら別に止めねーし?」


「お、おのれぇ……!」


 また『戦場の咆哮ウォー・シャウト』を応用してシンシアを無力化するか……?

 ダメだ。偶然か故意か、俺とシンシア'ズ乳首を結ぶ延長線上にコレット'ズ乳首が重なっている。シンシアを攻撃しようものなら、人質の乳首にも当たってしまう!


「気にしないで、オリくん……」


「コレット……!?」


「貴方が、本当にパーティに出たくないなら、私の事は見捨てて……?」


「――ッ! でも、そうしたら、コレット(のおっぱい)が……!」


 顔を赤くして首を横に振る。


「良いよ、見ても……わ、私ので良ければ、いくらでも見て……? オリくんになら、見られても……大丈夫だから……っ」


「コレット、お前……!」


 好きでもない男に、身体を晒す屈辱をコレットは甘んじて受けるという。なんてイジらしいんだ……!


「なんなんソレ。つーか、ちゃんオリがOKって言わないと他の冒険嬢全員のおっぱいもポロリしてくるだけだし?」


 うおー! この外道がぁぁぁぁ!


「くそ、分かった! 出る、パーティに出るから! コレットや皆に手を出すのだけは止めてくれぇぇぇ!」


 俺はおっぱいに屈してしまった。仕方ないじゃん。目の前でHカップのおっぱいがポロリしたら、誰でも見るでしょ?


「……あーしからやっておいて何だけど、ちゃんオリってバカじゃね?」


「オリくん……! そんなに私の事を……!(きゅん)」


「いやだから(きゅん)じゃねーわ。んじゃま、今日の18時からヨロね?パイパーイ!」


「そこはちゃんとバイバイって言えよ……」


 結局、パーティに参加する事になってしまった。用事が済むと、シンシアは鼻歌混じりに、コレットはどこか申し訳無さそうに去っていた。

 厄介ごとを抱えちまったかなぁ……。


(でも、もしかしたら言うほど深刻じゃないのでは? 本当に俺を労いたいだけの可能性もあるし、俺には無敵の『奪司分乳』もあるし……)


 不安はあるが、それは結局のところ俺が小心者だからだろう。自分で言った童貞の勘とやらもアテにならない。童貞の勘が魔法の領域にまで進化するのは、三十年を超えてからなのだ。

 かの大剣豪が仰っていた『千日の稽古をもって鍛となし、万日の稽古をもって錬となす』は、きっとそういう意味なんだと思う。

 足して大体三十年だし。俺はつまり鍛錬として童貞をやっているんだし。童貞界の宮本武蔵候補だし。泣いてないし。


 そんな事を考えながら、俺は今度こそ次の皿を手に取った。


 ・


「んふふふふ! 上手く行ったし! さーて、どんな服着ていこっかなー?」


「……」


 機嫌の良いシンシアに対して、コレットの表情は何処か暗い。


「ねえコレット。やっぱりパーティでないの?」


「……――」


 振り返ったシンシアの言葉に、コレットは小さく頷いた。


「気持ちは分からないでも無いけど、ぶっちゃけ今更じゃね? あーしらが、ちゃんオリを騙してるってことには変わらないんだし」


 コレットは更に深く俯いた。そう、自分達が彼を騙しているというのは否定しようのない事実だ。

 あの夜以来、コレットは彼への淡い想いを自覚していた。自分のような身も心も汚れきった女が今更と、何度も自己を戒めたが想いは日に日に増すばかりだ。

 オリオン――ムネヒトが側に居るだけで、身体の芯が疼いてしまう。恋と性欲に直通のパイプが通っている浅ましさも自覚しつつ、抑えることは出来なかった。

 彼ともっと話したい。彼ともっと触れ合いたい。駄目だと思えば思うほど制御できない感情が湧いてくる。


 だからコレットは、この作戦には反対だ。力ずくで彼を情欲の沼に叩き込み、傀儡にしようとしている事を賛同できるはずもない。

 そんなの、自分達を苦しめた男達と同じではないか。

 この『クレセント・アルテミス』の冒険嬢達は、誰もが事情を抱えている。彼女達は金、権力、暴力などによって男達に貶められきた。身も心もズタズタにされ、死を考えたものも居る。


 そんな連中と一緒に成りたくないと思う者も居たが、逆に積極的にムネヒトを襲ってしまいたいと考える者も多かった。

 トラウマを植え付けた男という生物に対して、歪んだ復讐を果たそうとして居るのかもしれない。

 ムネヒトは違うと思いつつも、何処で彼も結局は――という壊れた認識を持っているのだろう。そんな彼女達の気持ちも、コレットにはよく分かる。


 ここ数日の間、彼女がムネヒトに対してアプローチを重ねていたのもそういう感情が働いたからだろう。

 ムネヒトに、自分という女の身体で恩を返したいという気持ちも勿論あった。だがそれと同時に、コレットはがっかりしたかった。

 所詮ムネヒトも今までの男と同様に、女を性欲の対象としてしか見ていないのだと確認したかったのだ。

 そうすれば苦しまなくて済む。ただの男として、後ろめたくなく彼を利用できる。労働力として、最高級の化粧品として、好みの性欲解消玩具として。


 でも彼は、あのムネヒトは――。


 ムネヒトへの恩を返したいと思いながら、拾ってくれたディミトラーシャの恩にも報いたい。そして、家族に等しいこのギルドメンバーの力にもなりたい。


 ――私は、最低の女だ――


 結局のところ、自分は自分の事しか考えていない薄汚い蝙蝠なのだ。誰にとっても良い顔をする浅ましい女郎が、自分という女の本質なのだろう。


「ふーん? あーしはどっちでもイイケド。でもコレットが来ないんだったら、ちゃんオリはあーしが喰っても良いよね? ふふふっ、どーていクンとエッチすんの久しぶり」


「……」


「ま、気が変わったら来てよ。そしたら、あーしとコレットでちゃんオリを挟み撃ちにしてやろーぜぃ」


 それだけを言い残し、シンシアが自分達の部屋がある上の階へ上がっていった。


「…………」


 廊下に取り残されたコレットは、俯いたままそこに佇んでいた。

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