アメリア様の華麗なる日々(下)

 

「うぇぷ……とんでもない目にあったわ……」


 胃袋と眼球が直列しているような眩暈に耐えながら、アメリアはヨロヨロと執務室の椅子に座る。

 次の食事からは、効能より美味しさを優先するように料理長を説得せねばと密かに誓った。しかしあの様子では説得は困難だろうと思われる。


「完治したと皆に話しますか?」


「……いいえ。昨日も話した通り、結婚式当日に大々的に発表したほうがインパクトがあるわ。ベルバリオ様とルーカスの驚く顔、貴女もみたいでしょう? それより――」


 ジェシナが机に置いたグラスの水を一口飲み、本題に入る。


「例のポーションを作った者についての情報は?」


「……申し訳有りません……。一次情報が漠然としすぎていて、未だ有力な手掛かりは届いておりません」


 ジェシナの申し訳なさそうな返答に、アメリアは首を振って慰めた。


「仕方無いわジェシナ。それに、貴女で無理なら他の誰にも不可能でしょう。でも、せめてベルバリオ様が居て下されば……」


 欲しい情報が無いと知り失望の溜め息を漏らすが、この程度の失望など可愛いものだ。取るに足らないと言っていい。


 あの後、アメリアに奇跡を起こしたポーションを持ってジェシナはとんでも無い形相(ただしアメリア以外には、いつもの無表情に見えただろ)でその入手先を探した。

 そしてそれはすぐに紹介状持ちの薬師が持ち込んだものであり、ベルバリオが執務室の机に置いたものだと判明した。

 あいにくベルバリオは所用により、しかも通信機を持たずに館を離れており、コンタクトが取れない。

 ならばと、ジェシナは対応した従業員を呼び出し面接……いや、尋問を行ったらしい。


『ああ、そのポーションですか? 訊いて下さいよ、とんでも無い粗悪品でしたよ!』


『最下級ポーションにも劣るクソポーション……ほとんど毒でしたね! あんなクソみたいなポーションを作れるなんて、ある意味才能に満ち溢れてましたね(笑)! え? 名前ですか? 訊くわけないじゃないですか!』


『実はね? 自分も一つ味見したんですけど……半分くらい飲んだところで急な腹痛に見舞われまして……ほんと、無能の作るポーションなんて味見するモンじゃありませんね』


『まあ何故か熱も咳も頭痛も治まってましたけど……へ? その残ったポーションですか? ははははっ! そんなの棄てたに決まってるじゃないですグはぁっ!?』


 従業員は何故か早退したそうだ。

 それからジェシナは当日働いていた従業員の話を聞きながら、持ち込んだ者の情報を集めた。

 歳は十代後半から二十台前半で金髪の男性。馬小屋を利用していたから、恐らく馬に乗っている。


 漠然とし過ぎていた。馬に乗っているというのはよく分からないが、金髪の男なんて王都にいったいどれだけ居ると思っている。


 他の手掛かりとしてポーション瓶に書いてある文字が有ったのだが、これも誰も読めなかった。

これは』なんと読むのだろう? それとも何らかの絵だろうか? 言われてみれば、どことなく双つ斧が並んでいるような絵にも見える。

 きっとこれがその者の家紋に違いないと探し始めたのだが、従業員が棄てたというポーション瓶を回収してみると、『こんなの』が書いてあったので、更に混乱する事になった。


 それでもジェシナはアメリアの為に何とか情報を集めようと東奔西走するが、これだと思う人物像は未だに掴めないでいた。

【ジェラフテイル商会】で現在取引している薬師を片っ端から調べ上げ、別の商会に出入りしている薬師も、また宮廷薬師も調査した。それでも、手掛かりらしい手掛かりは無い。

 アメリアの身体を癒してしまったことから、それは新技術で作られた『最上級治癒薬グレート・ポーション』で間違いないだろう。早退させた従業員が聞いた薬師自身の言葉からも察せられる。


 ――つくづく惜しい。


 若くして『最上級治癒薬』に至っており、しかも『ポミケ』に一度も参加していないという。

 まさに逸材の中の逸材だ。恩を返すためだけではなく【ジェラフテイル商会】のためにも何としてでも縁を結びたい。

 今は手隙の者に紹介状の出処を探らせているが、特定には数日を要するだろう。


「必ず突き止めてみせるんだから。早く逢いたいわ……私の運命のお方……」


 透き通ったグラスに映る自分の顔を見ながら、アメリアはうっとりと呟く。


「おやアメリア様、やはりその方に心惹かれているのですか? ではルー、カス……様は捨てますか? バイバイしますか? 流行りの婚約破棄しますか?」


「流行ってるかどうかは知らないけど、婚約破棄はしないわよ? 何も恋する相手だけが運命の相手とは限らないでしょう? 昨日も言ったけど、私は身に受けた恩を返したいだけよ。貴女、ことある事に婚約破棄を薦めてこないで」


 アメリアはジェシナと自分に言い聞かせる。

 そう、これは恋などではない。自分には婚約者がいるのだから、そのルーカスに恋するなら分かるが、別の……しかも逢ったことの無い男などに恋するほど自分は節操無しではないはずだ。


「しかしアメリア様は今まで恋をしたこと無いのでしょう? なのに何故その感情が恋じゃないと言えるのですか? アメリア様がルー、カス……様に抱いている感情が恋や愛だと、何故言えるのですか?」


「……感情の持ち主である私が恋じゃないというのだから、恋じゃないのは疑いようもない事実だわ。あと、あまり恋だの愛だの連呼しないで頂戴。恥かしくないの?」


 自分の秘書には恥というものがないのだろうかと、アメリアはどうでもいい心配する。どうでもいい心配に頭脳を使えるほど、彼女の心には余裕が満ちていた。

 二十年以上も堪えたのだ。その薬師が見つかるまで何年でも待てる気がした。

 それに『ポミケ』ももう間近。調査に全力を注げないのは残念だが、他に優先すべき事が――。


「――そうよ、『ポミケ』よ!」


 雷光のような天啓に打たれ、アメリアは勢いよく立ち上がった。


「彼ほどの薬師なら『ポミケ』に出ないはずがないわ! 新規に発行された参加証を持っていたのでしょう!? 出ない気なら、参加証そんなものを用意するはずが無いもの!」


「確かにそうですが、参加者は何百名にもなりましょう。どうやってその薬師を探すのですか? 大会の結果が出るまでお待ちになるのですか?」


 もし本当に『最上級治癒薬』を作れるほどの薬師なら優勝候補筆頭だろう。高確率で彼と出逢えるに違いないだろうが、他の競合商会と争奪戦になるのも間違いない。

 ジェシナの懸念を想定の内だと笑っていなし、アメリアは口を開いた。


「当然、普通の優勝では他の商会と面倒な事になるでしょうね。だから、別の評価部門を立ち上げるのよ!」


「あ、新しい評価部門を……今からですか?」


「ええ、運営を取り仕切っているルーカスには私から伝えておくわ」


『ポミケ』の本番まで、もうやがて一週間。ほとんど運営の段取りも最終段階に差し掛かっているというのに、今から新評価部門を立ち上げるという。正直言って、運営側の思いついて良いことではない。


「評価対象は、ずばり美味しさよ!」


「――美味しさ……!?」


 ジェシナの顔が無表情ながら驚愕に染まったのを確認して、アメリアは更に語を継いだ。


「名付けて『誰がポミケで一番美味しいポーションを作れるか!?』!! 審査員は、もちろん私よ!」


 アメリアは高らかに(職権濫用を)宣言した。

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