借金返済大作戦①

 

「いやーまさか、公爵家が介入してくるとはねー。『ポーション・マスター』さんの噴霧式睡眠ポーションがあって良かったわ」


「もしかしてとは思ったけど、直接乗り込んでくるなんてね。つーか、この『クレセント・アルテミス』で私らを置いてオリオン逢瀬エッチとかナメすぎだっつの」


「いやでも、妹の方は裸だったじゃん。もしかして、オリオンって貧乳好き?」


 何名かは頭を抱え、何名かはガッツポーズをとる。

 業務を終えた冒険嬢達が、部屋の片づけをしながら本日最後に起きたイベントについて語り合ってた。

 オリオンと、彼を指名した三名の女についてだ。

 貴族諸侯が色街に出入りするなど珍しくも無いが、公爵家の、しかも娘達が来店したとなれば反クノリ派は喜んで批判の種にするだろう。

 それも覚悟の上だとするなら、彼女達とオリオンの関係は決して浅くない。


「でもさ、クノリ家の姉妹に睡眠薬ぶちまけちゃって平気なの? 不敬罪とかにならない?」


「バッカだねー。平気なワケないでしょ? 次やったら、私ら全員お縄でも可笑しくないって」


 笑いながら一人が言うが、洒落になっていない。

 これは一回限りの不意打ちだ。いかに王国最大級の裏ギルドとはいっても、かの公爵家と張り合うのは不可能に等しい。

 ディミトラーシャがジョエルとの密約をクノリ家の長女に明かし、来店した事やオリオンの事を秘密にする事を条件に何とか場を収めたが、二度目は無い。

 彼女たちが本格的に介入して来たときが『クレセント・アルテミス』の最後の夜になる可能性だってある。

 もとより勝ち目が薄いのは分かっていたが、まさかオリオンを巡ってココまで話が大きくなるとは。


「で? その色男は?」


「まださっきの部屋で寝てる。ねえ、ぶっちゃけチャンスなんじゃない? 寝てる間にキセージジツしちゃおうよー」


「だーかーらー、それは最後の手段だって言ってんじゃん! 向こうから手を出したっていう事実が重要なワケ! この前〈猟師ハンター〉が言ってたけど、罠を深く食い込ませるコツは獲物自らに飛び込ませるのが大切なんだって!」


 一人が言うと一人が異を唱える。

 確かにそれも理由だが、彼女らが口には出さないもう一つの理由がある。

 オリオンを最初に落とす女は誰か、それを競っているのだ。

 彼女達は一人の男を巡って争うという図式に、久しく忘れていた追う側の闘争心を刺激されていた。

 皆は家族でありライバルだ。お金もドレスも化粧品も美味しいスイーツも、仲良く分け合おう。


 しかし、良い男と最高の女の座だけは渡すものか。

 ましてや金もあり社会的地位もあるという生まれながら勝ち組、大貴族なんかには。


 ・


「だ、ダメだミルシェ……ホイップクリームをそんなに塗ったらおっぱいがギトギトに……ええ!? お、俺が舐めて拭き取って良いのか!? しょうがないなぁ……ふひひ――ふガ?」


 ガクンと首が傾ぐ感覚で目を覚ました。

 あれ……? 『チキチキ! 第一回クラジウ・ポワアトリア乳比べ大会 ~ポロリしかないよ~』は?

 今までの夢のような祭典は無くなり、高級ホテルのような部屋に居る自分に気付いた。


「なんだ夢か……良い夢だったなぁ……」


 王国中のおっぱい自慢達が集まり、あれやこれやで自慢のバストを披露するというドリームフェスティバルは夢のように消えてしまった。

 俺が国王とかだったらおっぱいコンテストを開催し、国王権限職権濫用で全員優勝させるのに。

 というか、何処からが夢だったんだ? リリミカ、レスティア、ノーラが俺を指名してきたと思ったけどそれも夢?


(そりゃあ、大貴族が風俗ギルドにやって来て身請けするって話はそうそう無いか……)


 訳有りヒロインが超絶イケメン大貴族に買われて成り上がる。そんな逆転サクセスストーリも面白そうだが、俺にそうそう都合の良い話があるとも思えない。

 諦めて仕事の続きでも……。


(ん……? なんかポケットに入ってる……?)


 ふと、ジャケットのポケットが不自然に膨らんでていた。ハンカチにしては随分かさ張る。

 不信に思って引っ張り出してみると、意外に大きくて不思議な形状をしていた。


「………………ええ?」


 というか、ブラジャー(Gカップ)だった。

 は? なんで? というか誰の? また誰かが俺に洗濯物を押し付けて来たのか? でも何故わざわざポケットに?


『――くん、ム……くん――』


「? 誰かいるのか?」


 人の声に辺りを見回してみるが誰もいなかった。変だな……いま確かに女の声がしたぞ? それも、発生源はかなり近いような――。


『ムネくん、聞こえますか、ムネくん――』


「きゃあああ!? ブラジャーがレスティアの声で喋ったぁぁぁ!?」


『違います! 私です、レスティア本人です! ああ良かった、やっと通じましたか……』


「ええ!? レスティア、ブラジャーになっちまったのか!? ズルいぞ、いったいどんな魔術を使ったんだ! いや、自分はレスティアだと思い込んでるブラジャーの付喪神つくもがみって可能性も……?」


『違います! もう全部違います! 何がズルいですかこのスケベ! つくもがみが何かは知りませんが、これはブラジャー型通信機なんです!』


 なんだって……!? ブラジャーの形をした、通信機だと!?


『とにかく声を落としてください。貴方の他には誰もいませんか?』


 声を潜めもう一度辺りを見回す。念のため乳首レーダーを使い、誰も聞き耳を立てていないことも確認した。


『良かった……。あ、でも余り良く聞こえませんから、顔を近づけて貰っても良いですか? 右カップの方を耳へ、左カップを口元へお願いします』


「え」


 これに向かって話せって? いやいやご冗談を。


『早く。伝えたいことがあるんです』


 急かされて、俺はキョドキョドしながら言われた通りにする。

 ブラジャーを両手で持ち、右胸部分を右の耳へ、左胸部分を手で支えて口の近くに固定する。

 確かに、レトロな電話受話器に似てると言えなくもない。あと何故かシトラスみたいな良い香りがするが、考えるとドツボに嵌まりそうなので無視しよう。


『通信機の方を渡すことも考えましたが、それではいずれ気付かれます。ですが、これなら何処からどう見ても誰かと話しているようには見えないでしょう?』


「『確かにな。何処からどう見てもブラジャーに顔を埋めてる変態だからな』」


 なぜブラジャーで通信機を作ってしまったんだ。レスティアが残していったブラジャー型の電話。レスティアブラジャー・phoneフォン・クノリってか。やかましいわ。


「『しかし、よくもまあ気付かれずにこんな仕掛けを残したもんだ……』」


『ふふふ……十数年もパッドを隠し通した私にとって、誰にも気付かれずにブラを脱ぎ、それを他人のポケットに押し込むなんて造作もありません』


 何気に神業かよ。つーか、脱いだって言いました? アンタこれ脱ぎたてのブラジャーですか!?


『どうかされましたムネくん?』


「『……なんでもないよ……うん』」


 ウルトラ恥ずかしいけど、レスティアが何も言わないならツッコむまい。なるべく鼻呼吸はしないでおこう……手遅れ感が否めないけど、俺はガチの変態ではないのです。


「『これがあるってことは、やっぱり三人が来てくれたんだ。けど、状況が変わってないって事は……』」


『……お察しのとおり、追い出されてしまいました。申し訳有りません、私の力不足です』


 彼女の謝罪に俺は頭を横に振った。


「『レスティアの責任じゃない。俺の借金はやっぱり俺自身が稼がないとな……』」


『……――』


「『それで? わざわざこんな仕掛けを残したんだから、話したいことがあったんだろ?』」


『はい。ムネくん、ブラパッドの右部分を開いてもらって良いですか?』


 言われるまま、耳に当てていた側のカップの内側……一目偽乳が詰め込まれていた部分を引っ張ってみる。脆い糸で縫い付けられていたのか、簡単に外れた。

 ポロリと中から出てきたのは銅色のドッグタグ。片側に小さな穴が空いていて、ネックレスにも使えそうだった。


『それはポミケの参加証です。それを持っていれば、会場でポーションや薬草を販売することが出来ます』


「『……!』」


 俺はもう一度タグをよく見た。表には数字が、裏には小さくポーション・ミーティング・マーケットと刻まれていた。


「『わざわざ用意してくれたのか……ありがとな。でもさ、参加するにしたって俺が素人なのは変わらないぞ? 初参加の無名薬師作ポーションなんて、売れるのか?』」


 レスティアの気持ちは嬉しいが、俺が作ったポーションの効能は未だ中級にも届かない。

 大きな大会ともなれば、きっと一流の品が集まってくるに違いない。そんな中で、俺の作ったポーションが売れる、もしくは品評会で優秀な成績を修められると考えるのは現実的じゃない。

 美味しさとかなら自信があるんだけど。


『商会私はムネくんのポーションも好きですが、何もポーションを売れと言っているワケじゃありません』


「『? ポミケでポーション売らずに何を売るんだ?』」


『貴方も諦めて無いのでしょう? 『ルミナス草』を、です』


 図星を突かれドキリとした。

 レスティアの言うとおり、俺はまだ完全な『ルミナス草』を諦めていなかった。

 一株で金貨10枚以上の価値がある最高峰の薬草。最上級ポーションの精製にも欠かせない、一攫千金のアイテムだ。

 ただし栽培が非常に困難で、王宮に使える薬師達ですら数年に一株できるかどうかという鬼畜難易度。


「『気付いてたのか……』」


 気恥ずかしさに頭を掻いた。

 そんなギャンブルみたいな方法を最後のアテにしている時点で駄目なのは分かっていた。

 しかし他に手がない。俺の『乳治癒ペインバスター』式マッサージが知れ渡るにはまだ時間が掛かる。


「『それに金貨10枚くらいじゃ焼け石に水だ。今ある種を全て使えば運が良ければ一株は出来るかもしれないが、八株もなんてとても無理だ』」


『それが、一株で充分なんです』


「『なに?』」


『採取依頼の失敗や需要過多により、相場が高騰しています。現在の『ルミナス草』の取引価格は、最低でも金貨100枚になります』


 ――! 10倍だと!?


『相場の変動を受けて、王宮が『ルミナス草』の種の買い占めを行いました。現在では王都を流通している種はほとんど無いでしょう。ですが――』


「『……俺だけは山ほど持ってる。この王都で俺が一番『ルミナス草』に近いって事……!』」


 ブラジャー受話器の向こうでレスティアが頷いたのを感じた。リリミカと王都で買い占めた種が、まさかこんな事になるなんて!

 少しでも借金の足しになれば程度に思っていたが、俄然やる気が漲ってくる。

 たった一株で、俺の借金は帳消しどころか金貨約20枚のお釣りまで出るのだ。


『もちろん、分の悪いギャンブルである事には変わりません。一株すら出来ない可能性だってあります。本当はムネくんのポーションをポミケで売ってくれるように、大手の商会へ紹介状も用意したかったのですが……』


「『いや、ありがとう! 機会を作ってくれただけで充分だ!』」


 今までは試行錯誤のため種をチマチマとしか使っていなかったが、そんな事は言ってられない。

 種が『ルミナス草』に成長するまで一週間は必要で、ポミケの開催は確か十日後だった筈。チャンスは一度キリだ。

 俺が保管しているルミナス種は米俵3つ分程。その種の全てを使えば、可能性はきっとゼロじゃない!


『……詳しくは言えませんが、ある事情から私達は一度本邸に戻ります。『ルミナス草』の栽培では力になれなくて申し訳有りません。どうか貴方に幸運がありますように』


「『任せてくれレスティア! このチャンス、必ずモノにしてみせる!』」


 こういう千載一遇の好機をモノにするのも異世界召喚者の務めだと自分を鼓舞する。

 間違って購入した種が一発逆転の芽になる。

 偶然か? いや、これはもはや神様(もちろん俺じゃない)が導いてくれた天命に違いない。


 そして俺は、明日一日休みを貰って我がB地区に帰還する事を決めた。


「『ちなみにこれ、スイッチとかあるのか?』」


『左右の乳首部分を外側から二秒間に三回押しして下さい。それで起動のオンオフが出来ます』


「『……――』」


 誰もいない部屋でブラジャーをツンツンすることも、天命と思えば恥ずかしくないと自分に言い聞かせた。

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