借金返済大作戦②

 

 久しぶりのサンリッシュ牧場のB地区、そしてそれに見えるは我が城コーポ・ムネヒト。ビーチク・ビギンズともいう。

 一週間にも満たない数日ではあったが、戻ってこれて心からホッとしている。ここはすっかり俺の故郷となっていた。


 それにしてもと、思った以上にすんなり休みがとれて自分でも驚いていた。

 借金を抱える者にも労働環境を考えてくれるのだから、おっぱいギルドの皆は心が広い。彼女達のためにも1日でも早く金を稼がねば。


 久しぶりに鼻をくすぐる牧草の香り。俺は草原の真ん中に立ち、大きく深呼吸して背伸びをした。

 ここ数日は酒に香水、煙草の臭いばっかりだったから、より一層身体に沁みる心地だ。

 このまま牧草で昼寝と行きたいところだが、時間が惜しい。まずは『ルミナス草』の種を植えてしまおう。

 俺は我が家の屋外に設置してある物置小屋から、米俵三つ分程の種袋を外へ出した。これを全てB地区の空きスペースにばら撒く。灰屋宗人、一世一代の大博打だ。


(あと、皆に事情を話さないとな……)


 リリミカとレスティアは知っているだろうが、ミルシェ、メリーベル、バンズさんはどうだろうか。

 女の子達にエッチなことして多額の借金抱えましたって事を話すとなると、気が重い。特にミルシェが怖い。ビンタとかで済めば御の字だが……。


 モーッ!


 耳を打つ鳴き声にはっと顔を上げると、愛らしい顔をした牛が勢いよく走ってくるのが見えた。


「ハナ! 俺のハナ!!」


 近くに寄って確認するまでも無い。サンリッシュ牧場のミルクエース、ハナだ。

 何年も会っていなかったような郷愁にかられ、思わず涙ぐみながら彼女に抱きついた。

 生命力にはち切れんばかりのハナの身体は、日向ぼっこでもしていたのだろう、太陽の熱でポカポカと温かかった。


 モーッ!


「俺もだ、会いたかったぞハナ。元気そうでなりよりだ!」


 モゥ、モーゥ!


「よしよし、種は後だ。まずはお前らに飯をやらないとな」


 モゥモゥ! モ、モーッ!?


「おっとゴメンよ。ついついおっぱい触っちまったぜ。ふひひ」


 ほとんど無意識のうちにハナのおっぱいを触っていた。彼女の乳房は朝の搾乳も済んでいるだろうに、豊穣そのものといった風にパンパンに張っていた。


 モー、モゥモゥ……。


「くくくくっ……! まだまだたんまり溜め込んでそうじゃあないか……。そんなに俺に搾って欲しかったのか? ん? ん?」


 乳房の表面を乳首へ向かって撫で回す。ついでに『乳治癒』や『乳分析』を発動させ、老廃物や極小の炎症を排除しながらハナのおっぱいをマッサージしてやった。

 四日間もサボってしまったが、俺の大切な日課だ。


 モーッ、モーッ……!


 すると彼女は気持ちよさそうに、だがどこと無く申し訳無さそうに鳴き出す。


「遠慮するな、俺が好きでやってることだ。それとも、俺におっぱい触られるのが嫌か?」


 モモーッ!


「じゃあ良いだろ。こうやってお前と触れ合えるだけで嬉しいんだ。どうしても気になるってんなら、俺のためと思ってくれ」


 モゥ……モゥモゥモゥ……。


「足らない? 恩返し? なに言って――」


「何かブツブツ話し声が聞えると思ったら……ムネヒト、帰っていたのか」


「げェーッ! メリーベル!?」


 突然声を掛けられ、ハナの背丈ほど飛び上がってしまった。

 なんでココに!? と問おうとしたが、余りに馬鹿な質問なので止めた。そりゃ彼女だってB地区の住人だ。居たって可笑しくなどない。

 非番なのか、彼女はラフな私服だ。

 無地のTシャツに紺のホットパンツ。剥き出しの長い二の腕と太ももが眩しい。

 グラビアアイドルのオフショットと言われても、無条件で信じてしまいそうだ。


「げー、とは傷つく反応だな……久しぶりに会ったのに、ソレは酷いんじゃないか?」


 メリーベルは俺のあまりの驚きっぷりにムスっとしてしまった。彼女の拗ねてるときの表情だ。


「す、すまん……まさか会うとは思ってなかったから、驚いたんだよ……」


「ふむ……ま、そういう事にしておいてやろう。それで、お前はただ帰ってきただけなのか?」


 なんとなくトゲを感じる言い方に聞えるのは、俺に思い当たる節があるからだろう。

 ゴロシュとドラワットは、特別任務をでっち上げるみたいな事を言っていたが、メリーベルにどう伝わっているかは不明だ。

 この辺りの情報共有をレスティア達としておくべきだったと、今更ながら悔いている。


「いや、残念だけど明日にはまた仕事に戻る。此処に戻ってきたのは……ええっと、ポミケの為に、その、薬草をだな……」


 言葉を選びながら、まずは此処に戻ってきた理由を正直に伝えてみる事にした。


「なに、ポミケ……? なるほど、しっかり仕事はしていたようだな。ジョエルさんの言っていたのは裏から情報収集をさせるということだったのか……」


 メリーベルは何か得心したように一人で頷いてた。なんのこっちゃ?


「お前も睨んだ通り、その『ポミケ』を運営する商会連の一つ【ジェラフテイル商会】が、『魔石』を高価買取している大元だという事が分かった」


 赤毛の副団長からもたらされた情報に、そう言えばそんな話も有ったなとやっと思い出した。もちろん顔には出さないで、神妙な顔で相槌を打つ。


「しかも妙な事に、買い取った『魔石』は販売も加工もせずに倉庫で保管しているらしい。今ではわざわざ貸し倉庫まで使っているそうだ」


 確かに妙な話だ。『魔石』は貴重な資源には間違い無いが、それそのもので価値を見出すような物ではない。

 精製し、加工して初めて優秀な素材として活きる。装備、魔道具の材料、あるいはバッテリー代わりに使用する例が殆どだ。

 メリーベルの収炎剣スピキュールに搭載された二つの『魔宝石』もそれに類する。


 純度が高く、アクセサリーや美術品として価値を認められた物はその限りでは無いが、話を聞く限り、買い取っている魔石は純度も属性もピンきりだという。

 流通もさせず使いもせず、ただただ高く買い取っているだけ。実は『魔石』マニアのコレクターとかなのではと思わずにいられない。


「一時的に『魔石』市場を麻痺させて、価格を更に高騰させてから転売するつもりとか?」


「有り得ない話では無いが、いかに【ジェラフテイル商会】といえど『魔石』の流通を全て止める事は不可能だろうとアザンは言っていたし


「だったら、やっぱり何かに使う予定なんだろうけど……」


 怪しいからといって、ただ高く買い取っているだけで罪を訴えるわけにもいかない。不当な買占めも市場操作も行われて無い以上、彼らのやっている事はビジネスの一環と言える。

 高価買取が間接的な原因と言えなくはないが、魔石泥棒達を直接裏から操っているというワケでもないので、これらの調査は徒労に終わる可能性もある。

 もちろん、事件性が無く骨折り損で終わるのが治安的には一番いいのだけど。


「ともかく、今後もアザンなどと協力しながら情報を集めるつもりだ。ムネヒト、お前が裏から探っているなら有力な情報に触れる機会もあるかもしれん。気をつけていてくれ」


「…………分かった」


 俺はただおっぱいの代金を稼いでるだけなんだけど、もうそんな事を言える空気じゃなかった。

 メリーベルとの業務報告(仮)を終えると、牧歌的な空気が戻ってくる。そよそよと風にそよぐ影の下では時間という物は緩慢だ。

 ハナの鼻面を撫でながら皆に餌をと考えていると、ふとすぐ側から視線を感じた。

 というより、メリーベルがチラチラとコッチを窺っていた。俯いたり、手をもじもじさせたりと、妙に落ち着きが無い。

 もしかして異世界の窓でも開いてる? と、ズボンのチャックを確認したが大丈夫だった。


「二人きり、だな……」


「ハナが居るぞ?」


 モーゥ!


「いきなり出鼻を挫くな! そういう事が言いたいんじゃない!」


 顔を真っ赤にして怒られてしまった。どうやら機嫌が悪いらしい。


「……ムネヒト、お前は私と仕事以外の話は出来ないというのか……?」


 拗ねたような、また、どこか不安そうな声色だった。質問の意図を図りかね、思わず彼女の顔をマジマジ見つめてしまう。

 どうも別の話がしたいらしい。違う話題か……あ、そうだ。


「そう言えばミルシェは? 今日はアカデミーは休みじゃなかったっけ?」


「…………………………ミルシェは用事でエッダさんの所へ行っている。明後日まで帰ってこないそうだ」


 何故かメリーベルはムスっと具合を三割り増しにして教えてくれた。

 そうか、ミルシェは居ないのか……会いたかったような、怖くて会いたくなかった様な……残念だがホッとしている心の矛盾を自覚する。


「…………………………」


 どうしたのだろうか。先ほどからメリーベルの様子が変だ。


「俺が居ない間に何かあったのか? それともお腹でも痛い?」


「だっ、だから! 私だって……お前と――『おーい! ムネヒトーーーーー!』


 ふと牧場のそよ風を越えて、男の太い声が俺の耳を叩いた。バンズさんの呼び声だ。どうやら俺が帰ってきた事を知ったこと以外に、何か用が有るらしい。

 思えばバンズさんとも四日ぶりだ。俺の方にも、積もる話というより自白すべき話が山ほどある。


「すまん、バンズさんが呼んでいるんだけど……」


「……どうしてこう、私はタイミングが悪いんだ……」


 ?


「いや、なんでもない……。バンズさんにも用件が有るのだろう? 牛達へは私から餌をやっておくから」


 微妙にしょんぼりしている表情だったが、此処は素直に甘えておくことにした。

 焦って話をするより、バンズさんに事情を説明した後、ゆっくりメリーベルと話した方がいいだろう。


「…………――ヒトのバカ……」


 ハナを連れた彼女が最後に呟いた言葉は、半分だけ届いた。

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