いざ、おっぱいギルドへ(上)
〈
一応〈召喚士〉は〈調教士〉の上位職という扱いであるが、使い勝手の悪さから普段は〈調教士〉として行動し、奥の手としてだけ『召喚獣』を振るう者も多い。
大きな違いがあるとすれば、使役するモンスターの状態による。
〈調教士〉は実際にモンスターを従属させ行動を共にしているが、〈召喚士〉は契約している『召喚獣』を
無から有を産み出すのではなく、遠方にいるモンスターを自分の居る場所へ呼びつけるという方法が一般的だ。
またはかつて存在していたモンスターの霊魂を呼び出し、魔力で現世へ貼り付けるという方法もある。
後者については、『召喚獣』がテクスチャーだとするなら魔力は接着剤だ。使役するモンスターが強大であるほど、術者の消耗は激しくなる。
必要に応じて喚び出すことが可能な為、例えば餌や寝床など不要なことがメリットと言えるだろう。身一つさえ、魔力さえあれば良い。
しかしデメリットの一つもまた魔力だ。『召喚獣』は顕現しているだけで魔力を湯水のように消費する。
術者の力量により召喚できるモンスターは限られているし、運良く高位のモンスターを召喚できても従属させることが出来ず、主の魔力を空にするまで暴れ続けるという醜態も一切ではなかった。
また、知識として知りえないモンスターも原則は召喚できない。ダンジョンの奥深くに潜らないと契約できないモンスターや、写本ではない魔導書からでないと契約を結べない種もいる。
そのため高名な〈召喚士〉の家系ともなると、強力な『召喚獣』を家宝のように代々受け継いでいくという方式をとっていた。
以上のように〈召喚士〉は強力では有るが、ピーキーな能力を持つ異質な職業といえる。
今回の相手には珍しくその〈召喚士〉がいて、最後には切り札らしい巨大な魔獣を召喚した。
並の冒険者などならそれだけで脅威になっただろうが、第二騎士団の敵ではなかった。
・
「馬鹿な……! 平均レベル30を超える、俺の『オーク・ロード』がこんなアッサリと……!? たかが第二のタダ飯喰らい如きに!?」
二足歩行の大きな豚の怪物が煙のように消えていく。召喚完了してから、実に一分未満の寿命でしたな。
〈召喚士〉の男は勝利の確信から一気に敗北へと叩き落とされ、顎が外れそうなほど驚愕していた。
俺としては初めて異世界召喚獣を間近で見れてテンション上がったけど。お礼として、乳首は優しく抓ってやる。
「
「いっ、意味のわからねコト言ってんじゃねえ! 来るな、来るなぁ! くそがぁぁあ!」
「うるさいなぁ……ほい」
「うぴぷぃん!?」
魔法的な召喚獣にもおっぱいスキルが通用するだろうかと試してみたら、普通に行けた。
デカイ棍棒だか丸太だか知らないが、振り回す得物を掻い潜り左乳首を抓ってみた。すると、
『ブモッブモモモモーーーゥモーーン!』
なんか断末魔とは違うような……。
あとは徐々に希薄になり最後は消失。空気を抜いた浮き輪みたいだった。浮き輪の空気孔も乳首も口つけるし。共通点。中身(?)の経験値と魔力、ご馳走様です。
「そっちは終わったかムネヒト?」
「はい、推定〈召喚士〉の無力化に成功しました。これよりそちらへ連れて行きます」
第二騎士団は今回、ある命令を受け王都外にまで来ていた。
ばたばた騒ぐ男を乳首を抓って黙らせ、ずりずり引き摺ってメリーベルに合流する。見れば既に他の団員達も集まっていた。
俺が合流した事を確認すると、メリーベルは続きを話し始める。
「やはり、最近巷を騒がせている『魔石泥棒』か。今回で八件目だったな」
「最近多い……と言うには偏りがありますよね」
命令とは盗賊団の調査ならびに討伐。
王都周辺では今、商人の馬車や冒険者を襲い、金品の強奪……特に『魔石』を狙う事件が多発していた。
更には『魔石』の採掘場などにも忍び込み、夜な夜な盗掘に勤しんでいるという情報もある。
今回も、押収した盗賊団の黒い馬車から大量の『魔石』が発見されたのだ。確かに高額で取引される素材ではあるけれども、最近は些か多すぎる。
小泥棒から今回のようなちょっと大きな盗賊団まで、猫も杓子も『魔石』ばかりを求めていた。
「どうだムネヒト、何か情報は得られたか?」
「駄目ですね。
いつもの『
誰かに命じられたとか、大いなる目的とか、そんなのを期待していたのだが特に見当たらない。あまり陰謀論に執着しても仕方ないけども。
小者といわれて目を怒らせるお縄組だったが、団員の一人がその背中を軽く蹴飛ばし黙らせる。
「ハっ! 取引先の商人が、
それは確かにマヌケだったと思う。
先日の件で、第一騎士団のモーディスという副団長の補佐官だった男が捕まり、彼が代表を務めて商会がアザンさんの傘下に収まったのだ。
そこに盗賊の一味がノコノコとやって来て呆気なく逮捕。今までと同じ流れで売却しようとして、盗品だと判明。直ぐにお縄となった。
この杜撰な商品管理はワザとで、モーディスは敢えて盗品の売買を見逃していた可能性がある。彼はとっくに豚箱に入っているはずだが、余罪はまだまだ出てきそうだ。
「ただの小遣い稼ぎには思えんが、共通点が『魔石』という以外に無いな。個人の盗人も野盗達も繋がりは薄いし、純度も属性もバラバラだ。『魔石』と見れば区別無く収集しているように見える」
「アザンさんが言うように『魔石』が品薄で、価格がめっちゃ高騰しているからですかね?」
「……それも無関係では無いだろうが、何か引っかかるな……」
メリーベルは同意しつつも歯切れの悪い返事を寄越した。
需要に供給が追いつかなければ取引価格は高騰するというのは、簡単な市場心理だろう。
もとより『魔石』は貴重で冒険者の武具や魔道具の素材、あるいはそのバッテリーとして重宝されている。
今までも決して安価とは言えなかったが、最近になって俄かに価格高騰になっているのは何故か。
もしや『魔石』の新しい利用方法が発見されたとか。例えば、枕の下に置いておけば魔力が育つとか? 好きな人の夢を見るためのおまじないじゃないんだから……。
「ともかく王都へ戻り、報告を行おう。その後はアザンとジョエルさんを交えて話の続きだ」
皆を集めメリーベルは区切りを着けた。
「異常な高騰が原因なら、『魔石』を買い求めた商人たちの方に何か共通点があるかも知れん。アプローチを変え、アザンに市場を調査させてみる価値はある」
そう結論付けると、俺達は王都への帰路へついた。
・
やがて時と場所は夕焼けに染まる王都。【トラバース通り】に面した一角、鶏料理専門食堂『チキンアンドチキン』にて。
「食った食った! ごちそうさんでした!」
「どうだ! ここのランド・バードの唐揚は絶品だったろ!」
「鶏料理に関してはここは王都でも三本の指に入るんだぜ!」
店主が『王都一と言え!』と双子騎士にニッと歯を見せながら注釈していた。
丁度もっとも繁盛している時間帯なのだろう、客や従業員の声が密度を持って飛び交っていた。
隣にいるゴロシュとドラワットに話し掛けるにも、それなりの声量を張らないとならない。
「いやマジで最高に旨かった! でも、奢ってもらって良かったのか? 俺だってもう無一文じゃないぞ?」
「あ? 良いって良いって気にすんじゃねえよ。むしろお前のお陰で俺達の給金がドンと増えたし、ボーナスも出たんだから礼は当然だろが」
「そうか? じゃ、ありがたく」
太っ腹な先輩方に手を合わせ、コップに継ぎ足した水を口に含んだ。
どうしてこうなったかというと、時間は少しさかのぼる。
・
件の盗賊団の受け渡しが
実働部隊はこれまで通り『魔石泥棒』の調査と捕獲。事務員たちは、アザンさんを中心にして市場と商会の調査に乗り出すことになった。
そしてこれはという人物が居れば、レスティアや俺がソイツを調査する手はずになっている。
彼女は例の鑑定眼で、俺は乳首。レスティアの方が格好良いよなぁ……。
その後は引継ぎを済まし、俺達は解散となった。
見れば俺以外にも帰路につく団員達が居る。商人がいる。冒険者らしい風体の老若男女がいる。他にも長い影を共連れに行く人で、大通りは賑わっていた。
「さて、どうすっかな……」
珍しく、今夜のサンリッシュ牧場は無人だった。
バンズさんはモルブさん達と寄り合い(と言う名の飲み会)があるというし、ミルシェは、リリミカとレスティアと一緒にクノリ家本邸でお泊り会を開くらしい。メリーベルも、今日は父親であるガノンパノラ団長の住まいに泊まるという。
つまり俺一人だ。牧場に帰って一人分の夕食を用意するのも少々億劫。
「せっかくだし、たまには王都で済ませるか!」
よく考えれば王都で食事などをした経験が少ない。
あると言えば昼食や甘味などが大半で、ミルシェやリリミカと一緒だった場合がほとんどだ。
酒場などで飲み食いするのは、異世界召喚者としてはやっておきたいイベントだ。
個人的な事情から牧場を空にするのは些か不安だが、ハナ達にも餌をタップリ置いてきたし、牛舎の清掃だって行き届いている。
それにリリミカとレスティアが引っ越してきたばかりの頃、怪しげな魔道具をこれでもかと設置していた。
並みの襲撃者なら牧草の肥料にできるらしい。怖い。
(とはいうものの、美味い飯屋とか知らないな……いっそ適当に飛び込んでみるか?)
この際だし『酔い醒まさず亭』以外も見てみたい。王都には俺の行ってない場所がまだ山ほどある。すぐに全部は無理だとしても、観光気分でアチコチ見て回りたかった。
「よーぉ、ムネヒト! 何をボンヤリしてんだよ」
「んな所でボケッと立ってると、馬車にぶつかるぜ!」
そう物思いに耽っていたところをサンダーブラザーズに声を掛けられたのだ。
第二騎士団でも切り込み役を担うこの双子は、それぞれ『雷脚のゴロシュ』『雷腕のドラワット』という異名で知られている。二つ名、羨ましい。
二人は、狩猟祭の影響で急増した新入り達の訓練をしていたはずだが、どうやら本日はもう終わったらしい。
俺は王都で夕食にしようと思ったが、上手い飯屋を知らないと正直に話しす。
「はっはー! そういうことなら俺らに任せな! 美味い飯屋酒屋なんて、二人分の両手両足の指でも足りないくらい知ってる!」
頼もしい。流石だ。
そういう具合に俺は二人に連れられ、王都の食事処で腹を満たす事が出来た。
・
働く男も納得のボリュームに、値段もお手頃。味付けも絶品と三拍子揃った隠れた名店だった。今度は別のメニューにもチャレンジしてみよう。
「腹も膨れたし、そろそろ行くか!」
会計を済ませたゴロシュが最後に店を出た所で、唐突にそう言った。
「ん? 何処へ?」
「もちろんイイところに決まってんだろ? そこなら愉しく酒が飲めるぜ? まさか、このままバイバイじゃねえよな? 先輩に付き合うのも、後輩の勤めだぜ?」
二人して不必要なほど強く肩を組んできた。
そしてゴロシュもドラワットも、見本のようなニヤリという笑みを浮かべる。
「ムネヒトお前、おっぱいギルドって知ってるか?」
「!!」
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