いざ、おっぱいギルドへ(下)

 

 ――おっぱいギルド――


 いつか訊こう訊こうと思って、そのまま忘れていた魅惑のパワーワード。

 リリミカの口から度々飛び出して来たが、未だにどういう場所か俺にはわからない。しかしおっぱいと名のついている以上、おっぱいが関係しているのは間違いないはずだ。

 恐らくはだが、大人向けのお店なのだろう。ミルシェやリリミカの口振りからも、それは推察できる。少なくとも公認の冒険者ギルドではあるまい。さしずめ、裏のギルドというところか。


「今日はソコに連れてってやるよ。お前も嫌いじゃねえだろ? ん?」


 仕事終わりに後輩をエッチな店に誘う先輩というのは、日本でも異世界でもそう変わらないとみえる。

 日本に居た頃の俺なら、ホイホイ付いていっただろう。


「いや……せっかくのお誘いだけど、止めとくよ」


 でも今は違う。


「はあ!? あ、金の心配してんのか! 今日は俺とアニキが奢ってやるから気にすんなよ!」


「これは内緒だが、給料の他に狩猟祭でやってた賭けで大勝ちしてなぁ! 財布が重くて重くて仕方ねえんだわ! 一月分の給金を全部第二騎士団俺達つぎ込んだ甲斐があったってモンよ!」


 あの十八倍に賭けてたのかよ。つーか騎士がそんなギャンブルしても良いのか?


「そうじゃなくてさ……あー、えっと、心に決めた人が居るんだ……」


「「はぁっ!?」」


「出来れば、将来、その……お嫁さんにしたいと思ってる……」


「「はぁぁぁぁーーっ!?」」


 いざ口に出してみると、照れくささしかない。しかし、どうにも顔がニヤけてくる。コレが惚気る側の心境ってヤツか。

 嫁にしたい人というのは勿論、ミルシェのことだ。

 太陽のように笑う彼女を裏切る事など出来ない。裏ギルドで裏切るどって、洒落にもならん。

 厳密に言えば俺と彼女はまだ恋人ではない。

 そういう仲で無いクセにおっぱい触りまくったとか、爛れているという謗りを受けても仕方無いが、ミルシェにそれを後悔させたくない。

『お前の隣に居る男は凄い男なんだぞ』と胸を張って言えるように、俺は俺を磨き続けると決めたのだ。

 今となっては、日本で大人向けのお店に行かなくて良かったとも思える。

 それに例の条約だってある。

 リリミカ、レスティア、メリーベルも決していい顔はしないだろう。


「だから俺はもう、いかがわしいお店には……ん?」


 ふと見れば、双子騎士は俺に背を向けてヒソヒソ内緒話をしていた。


「おい……? ムネ――の、嫁……まさか……!?」


「間違いねぇ……メ……ふ………長だ! あんにゃろめ、ガノ……団長と、結納……挨拶……噂――……は本当……のか!」


「くぅーっ! やるじゃ……えかムネヒトの……郎! こ……ヒヨコ……良、土産話が――……るぞ!」


 なんかチラチラこっち見てるし、俺に関する事か? やがて得心がいったような顔して近寄ってきた。


「おほん、なるほどな……だからお前は浮気になると思って、そういう店には行かないってんだな?」


「なるほどなるほど、真面目なんだなぁムネヒトは……」


「有り体に言えばそういう事だ。誘ってくれたのに、悪か――」


「「バッキャローーーーー!!」」


「ぐはァ!?」


 殴られた。双子の右ストレートと左ストレートをそれぞれ両頬に受け、真後ろにぶっ倒れてしまう。


「イテテ……いき、なり何すんだ! コ……ラ?」


「ばっきゃろがよ、ムネヒト……ひっぐ」


「……お前というヤツはよぉ……ぐすっ」


「いや、なんで二人とも泣いてんだ?」


 二人は泣いていた。え、なんでコレ俺が悪いみたいな空気になってんの?


「まだ若いのに、今からテメェの価値観を狭く絞ってどうすんだよ……!」


「お前も痛いだろうがよムネヒト……けど、俺とアニキも痛ぇんだよ……が痛ぇんだよ……!」


 ドラワットは親指でコンコンと自分の胸を突いた。

 なに言ってんだコイツら。殴った方も痛いとか青春の何ページ目だ。


「いいかムネヒトォ! お前、童貞だろうが!」


「声がデケぇよ!? 関係ないだろそんな事!」


「無いワケないだろ! お前、俺達の副団長に恥をかかせるつもりか!?」


「俺の童貞とメリーベルにいったいどんな関係が!?」


 つーか現在進行形で恥をかいてんのは俺だけど!?


「バカ、アニキ! ちょっとこっち来い!」


 ドラワットは興奮するゴロシュの腕を掴み、二人して俺から離れた。そして先程と同じように背を向けて何やら話し込んでいる。


「俺達…………――口出してど……すんだよ!? あく……も俺達は……の仲を知らな……装うん……! 人様の……恋に……」


「お、おお……そうだな、悪かっ……――、俺達はあくまで、副……と……の、恋……応援……――影の功労し……って事に……」


 二人とも内緒話好きだな……。


「おほんおほん。まあなんだ、副団長は置いといてだな?」


 ゴロシュから言い出したくせに、置いといてとか意味不明すぎる。


「心に決めた相手がいるといったな? 根掘り葉掘り訊くわけじゃないが、例えばその子もそういう経験は無いとするだろ?」


「ああ。きっと今まで仕事やなんやらに追われて、恋人も作った事無いに違ぇねぇでさぁ」


 うんうん腕を組んで勝手に納得する双子の右と左。

 二人ともミルシェの何を知ってるんだ? 恋愛事情とか経験の有無とか下世話に過ぎる。普通にセクハラだぞ。


「って事はだ。いずれ童貞と処女が初夜を迎える事になるんじゃねーの?」


 生々しいよ。


「だからいざという時の為に、オンナに対して免疫を付けろ。過度に緊張して自分がヘマするのはまだ良い。だが、相手を傷つけてしまったんじゃ後々まで響くっスよ?」


「むう……」


 御節介すぎる言い分だが、一理あるような気もする。

 言うまでも無く俺は童貞だ。他人に違うと言うことは出来ても、自身に嘘は付けない。童貞とは言葉ではなく、一種の状態だ。

 いざ肌を合わせる時になって、うろたえて失敗してしまう事は充分にありえる。

 実際、俺はミルシェの裸を前に暴走してしまった。あのザマでは、スムーズに本番を迎える事が出来そうにも無い。

 しょうがないじゃん、童貞なんだもの。


 しかしだ。

 少年少女が初体験で失敗する例は確かに多いのだろう。しかし、上手く行く例だって一切ではない。

 それは情報社会の賜物、あるいは弊害と言える。

 見も蓋も無い言い方をすれば、肉体交渉のが数多く存在する。

 動画、小説、漫画など実践ハウツーは巷に溢れていて、知ろうと思えばいくらでも知れるため、初めての経験でも割とすんなり成功する事だって多いのだろう。


 ならば、この世界は? この世界ではどうすれば良い?


 初代クノリが布いた製紙技術のお陰で、本などは特別に高価な物ではない。

 王都には巨大な本屋があるし、ミルシェの部屋にも小さいが本棚があった。(先日、部屋の主本人立会いのもと成人向け本を探したが、そういった本は一冊も無かった。ミルシェは初心だ)

 だがエンターテイメントとしての書物に関しては、まだまだ黎明期と言わざるを得ない。

 御伽噺や絵本はあれど、漫画は無い。官能小説はあれど、成人向け漫画はない。

 カメラなどもないから、動画も写真などもない。


 故に、そういった知識を得る方法は現代社会に比べて限られている。

 そういう意味では、日本にいた頃は恵まれていたのだろう。

 この世界に来た事は幸福だと思っているが、自分は日本での境遇を活かせなかったのではないか? という悔いは少しだけホロ苦かった。


「ムネヒト、ハッキリ言ってお前には練習が必要だ」


「その場所を俺達が用意してやるって言ってるんだ。此処は甘えとけって、な?」


「むむう……」


 だからこの世界で最も手っ取り早く、あるいは現代日本でも通用する最高効率の知識取得方法は、先人に手ほどきして貰うことだ。

 平たく言えば、経験豊富なお姉さんに実戦形式でイロイロ教えばいい。二人が言うのは、そういう事だろう。


「いや、しかしだな……」


「もちろん、あんまり場慣れしすぎていると『ああ、ムネヒトは私以外の女と遊びまくりだったんだな』と思われてしまう。それも良くない。メ……お前の将来の嫁とやらは、きっと気にするんじゃないスか?」


「別に娼館に行こうって言ってんじゃねえんだ。ただ、多少エロい大人向けの酒場だと思えば良いんだよ。なんの準備もせずに臨むより、心に余裕が出来るぜ?」


 俺を遮り、二人は自身の理論を展開していく。いわゆるキャバクラとかのレベルだろうか。


「この世には女を軽視する男が掃いて捨てるほど居るが、逆に男を喰い物にするような女だってワンサカ居る。そのどっちに出逢っても騙されないように、少しでもに対して冷静な目を養っとくべきだ」


「騎士の中にだって、女の色香に騙されてとんでも無い目にあった奴がアホみたいに居る。俺達にとっても他人事じゃ無いんだよ」


 清純な少女が悪い男に引っ掛かり、病んでしまうという話はいつだって聞くに堪えない。逆に純朴な少年を騙し、悪事へと引きずり込む悪い女だって居る。

 時には騙された方はやがて騙す側になり、悪事を働いた者達はいずれ本人も周りの者達も巻き込んで破滅を迎えてしまう。

 負の連鎖というのは古典的な表現だが、ある種の真理を得ていると思う。


「話が逸れたな……まあつまりうぶな乙女を、ぎこちなくも最後まで優しく頼もしく導けるような男になれってコトよ」


「童貞だけど童貞じゃない、少し童貞なムネヒトを目指すんだ」


 食べるラー油かよ。


「結論から言うとだ、俺達はな……お前に恥をかいて欲しくないんだよ」


「手遅れだけど」


 こんな天下往来でよくも童貞宣告してくれたな。


「いいから聴け! ムネヒト、だからお前は今から恥をかけ!」


「!?」


「男には負けちゃあならない時がある。恥をかくことも、かかせる事も許されない時が絶対に来る。そういう時のために、山ほど失敗して恥をかいて、そして負けちまえ!」


「いつか訪れるテメエの絶対に勝利する為に、今から挑んで挑んで挑みまくれ! 恥も失敗も敗北も、何もかもを自分の血肉にするんだよ! 周りの嘲笑なんてクソ喰らえさ! チャレンジャーを笑う暇人連中なんて相手にすんな! 全ては、お前とお前の女の為にィッッ!!」


 俺と……俺の女の為に!?


「良く聴け――」


 すうと、ゴロシュとドラワットは大きく息を吸った。


『おっぱいだけなら浮気じゃない!!』


「おっぱいだけなら浮気じゃない!?」


 目から鱗がポロリ(深夜番組風に)! そうか……おっぱいだけなら――。


「いや浮気に決まってんだろ!? バカか!」


「バカはお前だバカ! クソみたいな御託は要らねえんだよバカ!!」


 クソをサンドイッチにしてバカって三回も言いやがったな!?


「想像してみろ!? お前がなんの勉強もしないままいざその時になって大失敗したとする! そうすると、失敗はお前だけの物になるのか!?」


「――!」


「女の方だって気にしちまうだろうが! 『自分ではムネヒトはその気になれなかったのだろうか?』(裏声)とか『もしかして私の身体はどこか変なのだろうか?』(裏声)とか、悩むに決まってんだろ!?」


「た、確かに!?」


「ちょうど悩んでいるメ……女の前に、タイミング悪く下衆男が現れたらどうする?」


「!?」


「『あれあれー? 君ぃカワイイね~、どうしちゃったのー? 彼氏と初エッチ失敗しちゃった? じゃあ俺が、男を気持ち良くするテクニックを教えて上げるぜぇ……ヒヒヒッ! その身体にタップリとなぁ……(ゲス顔)』」


「!?」


 ・


『ミルシェ! その男は誰だ!?』


『チーッス! ミルシェちゃんの新しいオトコでーっす! アンタが昔のオトコっすか?』


『昔の……!? おい、ふざけた事を言うな、俺とミルシェは――』


『えー? こんな人知りませんよー? こんな人放っておいて、早く行きましょう?』


『は!? お、おい、ミルシェ……!? なに言ってるんだよ! 待て、待てって!』


『おおっと、俺のオンナに近づくんじゃねーよ、フラれた男はオトコは潔く身を引けって、の!!』バキィ!


『がはぁ!?』バシャ! ← 唐突に出来た水溜りに沈む俺。


『じゃ、ごめんねぇ? ミルシェちゃん、俺専用のおっぱいにしちゃいましたんでソコんとこ宜しくぅ! あ、ソレ♡』


『あん! もう、こんな所でおっぱい揉まないで下さいよぅ♡』


『いいじゃねえかよ、お前だって好きなクセにぃ。ま、直ぐに昨日のように夜通しモミモミチュパチュパしてやるぜぇ』


『やぁん、エッチ♡』


 グヘヘヘヘヘ! アハハハハハ!


『ミルシェ、そんな……ミルシェぇぇーー!』


 ・


「ぬおおおおおおー! 立ち直れねぇぇー! ぅぉぇ、オエ”ェェ!」


 あまりのストレスに、食べたばかりの唐揚が逆流しそうだぁ!

 想像しただけで心胆が引き裂けそうな苦痛を覚える。ミルシェに限ってそんな事はないと思うが……100%あり得ない事など、この世にどれだけ存在するだろうか。

 寝取りも寝取られも嫌いだ。そういうのは創作物の中だけで良い。

 しかも俺には、心に準備を与えないと見ることすら出来ないでいた。

 好みの絵柄とヒロインだったので表紙買いした薄い本が、凄まじい寝取られ本で一週間ほど凹んだコトもある。不意打ちは勘弁して下さい。


「お前は、顔が良くてトークと腰の使い方が巧いだけの野郎に、女を盗られたいのか!?」


「盗られたくないです!」


「愛する女に『もう、ムネヒトでしか満足できない……♡』(裏声)って言われたくないのか!?」


「言われたいです!」


「最高の一夜を過ごして、眠るまで抱き合ったまま他愛ない会話を楽しみたくないのか!? お前の腕枕は、未だ活躍の場を見出だせない哀れな在庫品のままなのかぁ!?」


「ピロートークばんざーい! 左右の腕ともに、あらゆるニーズに応えて見せます!」


「じゃあ行くぞ! おっぱいギルド……『三日月のクレセント・女神アルテミス』へ!!」


「おう!!」


 ・

 ・

 ・


 俺はやがて後悔する事になる。やっぱ止めとけばよかったと。

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