ムネヒトはルミナス草を育てたい

 

 朝食後、仕事やアカデミー前の紅茶を皆で楽しんでいる時だった。


「ところで『ルミナス草』の生育は上手く行ってるの?」


「ん? いや、てんで駄目だな……種ばかりがジワジワ増えていくよ」


 何かの会話の中で、リリミカの記憶を想起させるものが有ったのだろう、一月ほど前に王都で買い占めてしまった『ルミナス草』の種の話になった。


「浅く植えたり深く植えたり、一粒ずつ十粒ずつ、乾燥した土、水、砂、粘土質、思い付く限りの方法で試してるけど、全部空振りだ」


「素人の考えねー。それくらいの方法なら誰でもウン万回は試したわよ」


 笑いながらそう指摘するリリミカに、返す言葉も見つからない。

 ルミナス種の成長スピードは思ったよりずっと早く、一週間もすれば成形体になった。

 最初は一面に生え広がる『ルミナス草』にテンションが爆上がりし、リリミカにドヤ顔で自慢したのだが、彼女はニヤニヤしながら首を振っただけだった。

 いわく、完全な成形体なら一目で分かるという。

 どんな風になるのかと尋ねてみても、リリミカは笑うばかりで教えてくれなかった。


「0.01%くらいの確率が有るなら、方法を凝らさずにどんどん種を撒いた方が良いのかもな」


「そんななワケないけど、数打って当たる戦法なら、いつかは完全成体が出来るかもしれないわ。でも――」


「でも?」


「明日かも知れないけど、十年後かも知れない。それに一度完全な『ルミナス草』が出来たからと言って、それで生計が立てられるとは限らないわ」


 リリミカの言葉にふむ、と唸ってしまう。完全な『ルミナス草』の取引価格は最低でも金貨10枚程度。

 王国金貨の正確な純度や重さは知らないけど、仮に金貨一枚の価格を日本円で十万円~二十万円程度とすると、『ルミナス草』は百万~二百万円という大金だ。


「失敗するならまだマシですよ。成功して、逆に借金を作った人だっているわ。種を植えて一発で『ルミナス草』を育て上げたから、のぼせたのでしょうね」


 リリミカの話からある逸話を思い出したらしく、レスティアも話してくれた。

 彼、もしくは彼らは、いきなり金貨10枚という大金を手にして舞い上がってしまったのだろう。

 その金で新たに種を買い占めて、更には土地も購入し『ルミナス草』専用の農場を作り上げた。

 それからどうなったか? 痩せた土地と『ルミナス草』の種と巨額の借金だけが残ったという。

 大金が逆に不幸を作るという、怖い逸話だ。


「ほとんどギャンブルと同じだな……」


 百万円は大金だ。だが、百万円あれば一生涯安泰とは言えない。

 それこそ宝くじで一等何億円か当選して金銭感覚が狂ってしまったり、その金で事業を起こして悲惨な末路を迎えた人は少なくない。

 無論、成功を収めた人だっているだろう。だがそれは、勝算のあったビジネスにおいての話だ。

 ルミナス草事業に手を出すのは、投資ではなくギャンブル的な投機に等しい。宝くじの当選金額だけで生活しろというような物だ。


 つまり、俺の『ルミナス草』の種は資産にはならないらしい。分かってはいたがショックだ。


「王宮の宮廷薬師達が、その0.000うんぬん%の桁を一つでも上げるために日夜研究してるの。人員の数も知識も、土地の広さも保管している種の絶対数も、費やしている時間も、残念だけどムネっちとは比較にならないわ」


「……聞けば聞くほど自信を無くすなぁ……もっと明るい話は無いのか?」


「面白い話なら有るわよ? ルミナス種を食べて一日中トイレの国民になっていたバカな男の話とか」


「俺の事じゃねーか」


 種の新しい活用法を探すため、パンに混ぜて食べた男がいる。俺だ。今思い出しても腹がシクシクしてくる。

 あの時は凄まじい腹痛を起こし死ぬかと思った。半泣きになりながらトイレットペーパーとおっぱいを呼び続けたものだ。


「ま、可能性は0じゃないし、趣味の範疇で育成するなら丁度いいんじゃない?」


「だな。もし上手く出来たら、売り払って皆で美味しい物でも食べよう」


 運試しくらいなら丁度良い。他の薬草と一緒にチマチマ自家栽培し、出来たらラッキーくらいに考えよう。幸い土地はあるし。


「あれ? ムネヒトさん時々ポーションも作ってますけど『最上級治癒薬グレート・ポーション』の製作とかにはチャレンジしないんですか?」


「それも少し思ったけど、『最上級治癒薬』は作るのも大変って話だろ? 薬師の〈職業ジョブ〉を修めている訳じゃないし、とてもじゃ無いがチャレンジする気にはなれないな」


 ミルシェの言葉に俺は苦笑いを浮かべて答えた。

 アカデミー非常勤職員の仕事として、最下級や下級ポーションを作っているが俺の技術はまだまだ未熟だ。

 中級位以降のポーションを作るには、より専門的な薬草や魔法の……特に錬金術類の知識が必要になるという。

 特に『最上級治癒薬』ともなると、何もかもが段違いだ。

 俺も一応は魔術士ソーサラーとなっているが、錬金術の知識はおろか攻撃魔術も支援魔術もロクに使えない。

 それゆえ無理に手を出して『ルミナス草』を駄目にするよりは、いっそ売ってしまった方が無難だ。


「一流の素材は一流の技術者に任せて、超一流の品にしてもらうのが一番だ。俺にはまだまだ早すぎる」


 将来出来るようになるかどうかも不明だが。


「ふーん。じゃあ、その一流の品ってのを一度見てみれば? はい、これ」


 そう言うと、リリミカは四つ折りにされた紙切れをポケットから取り出した。


「……治癒薬大品評会、開催?」


 広げた紙にはまず大きな見出しでそう書かれていた。

 あとは治癒薬のイラストやら、薬草のイラストやら、詳しい日時やらが記載されている。今から約二週間後だ。


「四年に一度開かれる、王国中の薬師達が集まって自作のポーションを披露する大会よ。宮廷薬師とかは滅多に出ないけど……」


「へえ、大会……」


「薬師の参加資格は特に無し。ただ見物やポーションを買いに行くだけでもOK。むしろ、買い付けと薬師発掘の為だけにやってくる商会もあるくらいだし」


 無名の薬師達にとって生活費を稼ぐ場であり、巨大な就職活動の場ということか。

 また優秀な成績を修めた者には賞金賞品も出るし、商会と独占契約を結んだりするという。そうなれば、大薬師として将来の安泰は約束されたようなもの。


(野球で言うなら、甲子園大会とドラフト会議を一緒にしたみたいな物か……?)


「ポーション・ミーティング・マーケット……通称『ポミケ』よ」


「ポミケ」


 何だその同好の人々が集う夢の祭典的ネーミングは。ドラフト会議じゃなくて即売会だったか。


「興味があるなら見に行ってみれば? 会場にはレアな薬草や種とかも売ってるし、良い勉強になるんじゃない?」


「確かに、後学のために覗いてみるのは良いかもな」


 上等なポーションがどのレベルにあるのか、その場に足を運ぶだけでも決して無駄ではないだろう。もしかしたら、完全な『ルミナス草』も見れるかもしれない。


「ふむ、狩猟祭を私達騎士団の祭りだとするなら、その『ポミケ』は薬師や商人たちの祭りか……質の良くて手頃な価格のポーションがあるなら、仕入れておきたいな……」


 メリーベルが例によって倹約家めいた発言をする。

 先日の一件で第二騎士団の財政も待遇も大幅に改善されたが、まだまだ不足な点が目立つ。特に上級ポーション類は未だ数えるほどしか配給されていない。

 ゼロだった過去を見れば、それでも大きな進歩と言えるのだが……。


「ベルんも行ってみれば良いじゃない。スポンサーとして参加している商会連もいるし、運が良ければ彼らとコネクションが作れるかもよ? 特に【ジェラフテイル商会】なんて、王国でも最大規模の――」


 第二騎士団のスポンサーはクノリ家が最大であり、次いでアザンさんが代表を務める商会、そして新規に援助を申し出てくれた中立の貴族達だ。王都に住まう人々からの果物や野菜なども忘れてはいけない。

 その上に有力な薬師や商会とコネを設けることが出来れば、第二騎士団としても望ましい。

 メリーベルは嫌がるだろうが、話題の『炎鉄のシンデレラ』を上手くアピールすれば、それも可能なような気がする。アイドルを企業のコマーシャルに推挙するプロデューサーの気分だ。


「さ、そろそろ出ないと遅刻しますよ? ムネくんは今日は騎士団の方でしょう? 急がないと」


 レスティアに突っ込まれ、自分達が割りと長く話し込んでいたらしい事に気付いた。

 ややぬるくなった紅茶を飲み干し、俺達はそれぞれ今日の仕事へ向かう。

 バンズさんはこのまま牧場で仕事。ミルシェとリリミカ、レスティアはアカデミー。俺とメリーベルは第二騎士団へ。

 メリーベルと歩きながら今日の打ち合わせをしていると、先程の『ポミケ』の事などはすっかり忘れてしまった。リリミカから貰ったチラシも、ポケットに入れたままになる。


 俺が『ポミケ』の事を思い出すのは、これから約一週間後の事だった。

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