エピローグ① ムネヒト騎士団加入フラグ(結)

 

 モーゥ!


「会いたかったぞハナ!」


 気持ち新たに迎えた朝。俺は牛舎に駆け込み愛すべき牛達に抱きついていた。一番手前が定位置のハナは、こちらに逸早く気付き『お帰りなさいませムネヒト様!』と出迎えてくれた。

 大きく生命力に満ちる肉体、キラキラ黒曜石のように輝く眼、そして巨大なおっぱい。間違いなく俺のハナだ。


 モーゥモーゥ!


「勿論だ! すぐにありったけ搾ってやる!」


 ミルクでパンパンに張ったハナの乳房に手を伸ばし、彼女にとって最も良い力加減で乳首を絞る。

 勢い良くバケツの底を叩いたさまで彼女の健康状態を確認しつつ、手際よくおっぱいを搾っていく。もちろん『乳治癒』の発動も欠かさない。


「どうだ? 俺が居ない間に何か変わった事はなかったか?」


 モーゥ。


「マジかよ、大丈夫だった?」


 モーゥ。


「……流石だマル。清々しいくらいに勇ましいな……勇ましいといえば、森の中にもの凄いイノシシが居てさ……」


 モーゥモモーゥ。


 それぞれの十日間での出来事を話しながら、ハナのおっぱいを愛でる。パズルのピースがはまって行くような充足感が全身に満ちていく。


「ああこれだよ、これ……ハナ、やっぱりお前のおっぱいは最高だ」


 も、もーぅ。


「照れてやがる、可愛いやつめ。ヒーヒヒヒッ! もっともっと搾ってやるからなぁ……いや、今日こそは吸――」


「……なんか、私のときよりテンション高くないですかぁ?」


「!? ミルシェ! いつの間に!?」


「一緒に牧場に来たのにいつの間にって、なんかマヌケな質問じゃないですか? ムネヒトさんは目の前のおっぱい以外は忘れてしまう幸せな記憶力の持ち主さんなんですか?」


 だいぶ辛辣なツッコミ。これが嫉妬の発露によるものなら甘んじて受け入れなければならないが、やっぱりミルシェ怖い。

 バンズさんもミルフィさんに頭が上がらなかったんだろうなと、勝手なシンパシーを覚えてしまう。


 モウモーゥ! モモモモーゥ!


「ブフォッ!? ば、バカいうな! 俺とミルシェはまだおっぱいだけ……」


「え? ハナなんて言ったんですか?」


「いや、何も言ってないぞ!? うんホント!」


「えー? ムネヒトさんだけハナ達の話してズルイですよー!」


 残念だがミルシェ、これは乳首の神の特権なのだ。どうか許してくれ。

 それからもブツブツいっていたミルシェだったが、やがて牧場の端で作業していたバンズさんに呼ばれ行ってしまった。


 モーッ、モーッ


「むぅ……確かにミルシェのおっぱいは最高だったけど、そんな恥かしいこと言えるかって……大和男児ってのは、語らず驕らず揺るがずってのが俺的美学でさ……」


 モォーモォーッ


「はい、仰るとおりです……」


 ハナに恋愛説教されてしまった。仕方無いだろ童貞なんだし。

 いや、恋愛したこと無いから童貞なのか? しかし脱童貞を目的として恋愛するものなのか? かと言って、恋愛を目的として童貞卒業するのも……うーん?


「なるほど……見事な物だ。酪農の心得のない私から見ても、お前の技量が達人のそれだと分かる」


 乳搾りしながら卵が先か鶏が先か的なことを考えていると、この十日でスッカリ聞き慣れてしまった少女の声がした。


「! メ……副団長! 何でここに!?」


 立ちながら振り返り、92とFのデータを視線道中で確認してから赤毛の副団長の姿を捉える。

 今日のメリーベルは昨晩見せた令嬢のような装いではなく、いつのも鎧姿……でもなく磨きぬかれた鎧を纏っていた。

 新品では無さそうだが、手入れを怠っては出せない光沢をしている。

 腰のスピキュールはいつもどおりだったが、実戦用というよりは儀式や式典で使うような鎧に見えた。


「メリーベルで良い、下手な敬語も不要だ。勤務中ではないからな」


 不慣れな敬礼をしようとした俺を微笑んで制してくる。

 疑問は増すばかりだ。ではこんな早朝から何故ココに? 勤務でもないのに何故武装を?

 そしてなにより、その巨大なリュックはなんだ? いったい何ヶ月の旅行に行くんだ?


「昨日は挨拶もせず居なくなって申し訳ない。これから本部に行くつもりだったんだが、まさかそっちから来るなんて……」


 何となく嫌な予感がするが、まずは自分がしてしまった行いを謝罪する。誰にも挨拶を告げず去ってしまうとか、旧社会人としては失格だ。

 だがメリーベルは気分を害している様子も無く、赤い髪を左右に小さく振った。


「気にするな。父上の方こそ何か悪い事をしたと仰っていた。ならば原因は此方にある。で、だ。私がここに来た理由だがな……」


 彼女の様子から、真面目な話らしいと察する。

 ハナの頭を一撫でし、俺はメリーベルを連れてB地区のほぼ中央に向かう。ここなら仮に大声で叫んでも、牛舎にもA地区の母屋にも聞こえない。内緒話にはうってつけだ。

 大事な物でも入ってるのか、彼女は巨大なリュックを背負って一緒に持ってきた。


「ご配慮、感謝する。では、改めて――」


 オホンと、やや演技めいた咳払いをして彼女は切り出した。


「ハイヤ・ムネヒト、君を第二騎士団に招きたい」


「……なに?」


 予想していない話題の提示に、リアクションが遅れてしまった。


「更正期間は終了した。団長、副官、そして副団長の私が協議した結果、君は王国に何ら害をもたらすものではないと判断された。犯罪の前科も……といっても、ほぼ全てが誤解に基づくものだったこともあり、これ以上の更正は不要だ。しかし、だ」


 一息つく。俺は黙って次の言葉を待った。


「正直、お前の戦力は惜しい。公式な発表では無いが、近々第二騎士団の予算が増額される。それに際して装備や福利などが充実いていくだろう。だが人材の方は簡単には集まらない。だから、十日という短期間でありながら、経験と武勲を重ねた存在は貴重なのだ」


「……」


「ここへ伺ったのは副団長としてでなく、私個人の意見を聴いてもらう為だ。無論、無理強いはしない。アカデミーの非常勤職員に復帰して多忙になるであろう事も分かっている。だが、どうか一度考えてほしい。第二騎士団は――……」


 言い淀み、呼吸を整えてからメリーベルは語を継ぐ。


「……いや、私はお前が欲しいんだ。出来れば、側に居て欲しい」


「……――なんか愛の告白みたいだな」


 熱の篭った真っ直ぐな瞳と言葉に照れくさくなり、つい誤魔化しの茶々を入れてしまう。


「ばっ!? きさまっ……! 人が真面目な話をしているというのに!」


 途端、化学反応のように真っ赤になるメリーベル。眉が釣りあがるが、ちっとも迫力が無い。そんな彼女を可愛らしく思いつつ、俺は用意していた言葉をつむぐ。


「分かった。入るよ」


「コホン! まあ、返事は直ぐでなくとも――なに?」


「第二騎士団に入団する。アカデミーの仕事との兼ね合いについては、レスティアやノーラと相談してみてからだな」


「……本当か? そんなに、アッサリ決めて良いのか? 私に気を遣ったのか?」


 勧誘してきたくせ、逆に不安そうに尋ねてくる。彼女の問いに、俺は肯定と否定の両方で返事をした。


「せっかく出来た縁は大事にしないとな。それに、まだまだムカつく貴族なんかが居るんだろ? 今回の件は俺も関わっちゃったし、このままサヨナラじゃ薄情みたいで気にはなっていた」


 カロルや第一騎士団がどうなるかは俺の知る所じゃ無いが、逆恨みした連中が第二騎士団へ危害を加えないとも限らない。変革期におけるゴタゴタの隙を突かれ、奸計に巻き込まれたんじゃ良い迷惑だ。


 俺は下手人の乳首に触れば記憶を見れるから、強力な鑑定スキルを持つレスティアと組めば、凶悪な抑止力として期待できる。


 それに、ライジルのような連中とまた出会うかもしれない。前もって情報を得られる機会があるなら、積極的に関わっていきたい。


「これからも世話になるよ、メリーベル副団長」


 なにより、メリーベルが何となく放っておけなかった。

 強くて気高いくせに妙に目が離せない。優秀だがウッカリな妹をもつ兄の気分だ。またしても懲りずに兄の立場を強調してみる俺。


「……ああ! コレからもビシバシしごいてやるからな!」


「お手柔らかにお願いします。前も言ったが、俺は褒められて伸びるタイプなんだ」


 嬉々として恐ろしい事をのたまう彼女と一緒になって笑う。笑い声がそよ風より小さくなったところで、俺は気になっていた事を訊く事にする。


「それで、その格好と荷物は何なんだ? 遠征?」


「ぅ……あ、ああ……こ、これは、だな……」


 指摘すると、微笑んでいたメリーベルの顔が固くなる。なにやら落ち着かない様子で、剣を撫でたり前髪を弄っていた。

 気のせいじゃなければ緊張しているように見えた。昨日の乾杯の音頭でも思い出したのかな?


「……メリーベル?」


「ええい、何を怖気ている……! 決心したからココまで来たのだろうが!」


 不意に自分自身に向かって大声を出すと、俺の眼前で気をつけの姿勢を取る。


「ムネヒト! どうか聴いて欲しいことがある!」


「へ!? あ、はいどうぞ!」


 耳まで真っ赤なメリーベルの妙な圧力に、仰け反ってしまった。

 百面相の彼女は大きな胸で大きな深呼吸をし始めた。何度か繰り返すうち、肩と瞳が幾分かなだらかになっていく。


「すう――……はあ――……よし」


 やがて頬の赤さも取れ、穏やかだが決意に満ちた瞳で俺を見つめてきた。

 何か言うべきだろうかと迷っていると、メリーベルはスピキュールを抜き放ち切っ先を天へ、刀身を自分の顔を正面付近に構えた。

 そしてそのまま跪き、浅く頭を垂れ目を伏せた。騎士の誓いでよく見るポーズだった。


「偉大なる神、ハイヤ・ムネヒトよ。私、メリーベル・ファイエルグレイは貴方様の眷属として、生涯変わらぬ忠誠を捧げることを此処にお約束します」


「えっ」


 実際誓いだった。

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