エピローグ② B地区より始める者達

 

 眷属? 生涯の忠誠? 誰が誰に?


「卑しくも、我がファイエルグレイ家はかつて尊き神に仕えていた身。とうに錆びた名誉なれど、ここに神とまみえた奇跡へ感謝する栄誉をお許し下さい」


「あ、はい、うん。どうぞ……?」


 お言葉、恐悦至極に御座いますと堅苦しい返事があった。


「永久に変わらぬ忠義を捧げ、常に傍らに寄り添い、御身をお守りいたします。我が火は貴方の道を照らし、我が剣は貴方の道を切り拓くものなり。どうかこの誓いをお受け取り下さい」


「え、イヤです」


「――ありがとう御座います。それではこれより、私の全ては御身のもの。この身、この心、この誇りを……――って、ヤダぁ!?」


 ノリツッコミだった。

 メリーベルの場合は、俺が何か言ったら直ぐに続きを話すつもりだっただろう。

 それが途中でキャンセルされるとは思っていなかったのか、彼女の顔は狼狽一色だった。


「え、え? え? 何故だ!?」


「いや何でって……怖いし……」


「怖……!?」


 怖いよ。

 騎士団に入ったばかり(正式ではないが)の俺に、副団長が眷属になりたいと言ってきた。

 おまけに自分の全てを捧げるとな? ちょっと普通とは思えない。やっぱり昨日のお酒が残ってんのか? ちゃんとお水飲んだ?


「そうかー……私はやはり怖いのかー……一度、アカデミー小等部の子等に剣を教えるため特別講師として招かれたのだが、はりきって剣を振ったところ『お姉ちゃんなんでそんなに怒ってるの?』とか『お顔が怖いよー!』とか言われて、泣き喚かれた事があったのだが……そうかー……お前も怖いというのかー……」


 何かを踏んじゃったみたいで、メリーベルは蹲り虚ろな目で牧草をつつき始めた。また拗ねちゃった。


「違うって! メリーベルが怖いんじゃなく、この状況の流れというか……シチュエーションが怖かったんだよ!」


「それはそれでショックだ……スラスラ言える様に練習してきたのに……」


「マジかよ」


 神への誓いを練習するメリーベル。シュールだ。


本気マジ本気マジだ! せっかく父上にまで話してきたのに、このまま帰ってしまえば良い笑いものだっ! 恥かしい……消えてしまいたい……!」


「……ちょっと待て、お父さん――団長に話したのか!?」


「お、お義父さん……!? ああいや、大丈夫だ! 勿論、お前が神と言う事は伏せて伝えてある!」


 超絶嫌なお約束の予感。


「……一応訊くけど、なんて団長に言ったんだ?」


「事情が事情だからシンプルにしか伝えていない。ただ『ハイヤ・ムネヒトへこの身を捧げます。今まで育ててくれて有り難う御座いました』とだけ」


「何でだ! ワザとか!? つーかよく団長が黙って聞いてたな!?」


「そう言えば、朝早くから剣を持って修行に出掛けると言っていた……何でも、倒さなければならない男が出来たとか……いったい誰なのだろうな?」


「絶対に俺だー!? メリーベル! 悪い事は言わないから、今すぐ帰って団長と話して来い! いや俺も一緒に行くから! 早く誤解を解かないと!」


「断る! 私を眷属にすると言ってくれるまでは帰らないからな! もう既に引越し用の荷物も持ってきたのだから、今更後に引けるか!」


「逆に要求すんなよ!? そしてやっぱりその荷物はそう言う事か!? 駄目だ帰れ帰れ! 若い女が男の家に押しかけてくるんじゃない!」


「私とお前は既に他人ではないはずだ! 何日も一つ屋根の下で暮らしたしたというのに、今更何を言っている!」


「仕事だっただけだから! 色気のある展開なんて全く……いやまあ、昨日の飲み会以外は……特に何も無かっただろ! 私は酒の勢いに負けて~ってワンワン泣いたのを忘れたのか!?」


「私は一秒も泣いてなどいないっ!」


 どの口が!?


「そ、それにだ……ムネヒト、思い出してみてくれ。私とお前は、劇的な出会いをして、それからは割と順当に関係を進展させたように思う……」


 なぜ急にしおらしくなる?

 上目遣いでそんな事を訴えてくるメリーベルに、俺は十日間の思い出を脳内で再生させていく。


「順当……? 出会いは確かにショッキングではあったが、ロマンティックではなかったなような……」


 メリーベルとの初対面はリリミカを半裸にしていた時だ。

 ブラジャー談義で盛り上がり、彼女を強制露出させようとしたところで乱入してきたのだ。

 出会いといえば出会いだが、異性間ドラマチックではなく罪を犯した者と取り締まる者の対峙だ。


 首を捻る俺に気付かず、メリーベルは「あれから十日か……あっという間だったな……」なんて呟きながら遠い目をしていた。


「初めて逢った時、喫茶店で一緒に食事をしたり……」


 俺、その時は留置所で昼食だったけど。


「深い森の中、二人きりで一晩過ごしたし……」


 それは遭難です。


「昨日は、一緒にシャワーまで……」


 お前のお父さんとな!


「だから、やや駆け足ではあったが、お前と……その、男女として親密になれたと思うのは、気のせいだろうか……?」


「うん、気のせいだよ」


「!?」


 少なくとも男女の仲ではないな。どちらかといえば戦友だ。


「そんなことよりもだ。お前のB地区への引越しは断固として許可できない。大人しく帰りなさい。父親を心配させてはいけません」


 先程のイメージどおり、優秀だけど聞き分けの無い妹を諭す気分だ。仮想妹(旧ミルシェ)でイメトレしてきた甲斐があっというもの。


「そ、そんなこと…………うぅぅ~っ! 部屋は余ってるって聞いているぞ! それに、リリミカやレスティアさんは良くて私は駄目なのかー!?」


「騎士団の副団長のクセに卑怯な言い方をするな!」


「詭道も用いることも兵法だ! こうなってしまっては是非も無い……この牧場の隅を占めて、了承が出るまで何日でも野宿してやるからな!」


「怖!? それ不法侵入じゃないのか!? あ、そうだ! 帰って団長に『先程の言葉は間違いでした』って言ってくるのが罰ってことでどうだ!?」


「却下だ! そんな罰は要らん!」


「仮にも神からの罰を拒んだだと!? なんて我儘な眷属(自称)なんだ!」


「誰がカッコ自称だ! 今こそファイエルグレイ家の宿願を叶える千載一遇の機会! それに、お前が神だと知れれば誰もがムネヒトを狙うに決まっている! 貴方は私が『お休みからお早うまで』見守ると決めたんだ!」


「逆だ! それを言うなら『お早うからお休みまで』だろうが! 俺と夜を共にしちゃってるぞ!?」


「の、のののの望むところだ! むしろ『お早うからお早うまで』側にいるとも!」


「二十四時間!?」


「イチイチうるさいぞ我が神よ! 私はやると決めたらやる女なんだ! ともかく、ここを野営地とする!」


「あ、こら! 荷物を広げるな! テントを準備するな! 朝飯の支度するな! ちょ、あ、だ、誰か来てくれー!!」


 恐るべき速さで一人用のテントを組み立てていくメリーベル。テキパキという概念を超越し、ほとんど魔法だ。


「ちょっとー! アンタ達なにしてんのよー!?」


 遂に魚を炙り出したメリーベルに、火気厳禁だと今決めたB地区ルールを諭していたところで、聴きなれているが十日ぶりの少女の声がした。

 リリミカ・フォン・クノリ。B地区に住まう少女であり、ミルシェの親友でレスティアの実妹だ。

 息と短い亜麻色の髪と、最近成長した慎ましやかなバストを揺らしながら彼女は走りよってくる。彼女からやや遅れて、ミルシェとレスティアの姿も見えた。


「リリミカ! 良いところに来てくれた! ムネヒトを説得してくれ、聞き分けがなくて困っている所だったんだ!」


「それは俺の台詞だ! なんで自分にこそ正しい言い分があるみたいな空気出してんだよ!?」


 リリミカと再開を喜ぶ暇もありゃしない。


「ベルんもムネっちも落ち着いてってば! なにこんなトコでキャンプしようとしてんのよ!?」


「キャンプではない、護衛だ!」


「護衛じゃない、不法滞在だ!」


「どっちも意味不明なんですけど!? とりあえず落ち着いきなさいよ! ベルんは魚焼かないの! 一旦置いて!」


 リリミカが、俺とメリーベルの仲裁に入った。

 それから神だとか神官だとか護衛だとかの事は話さず、メリーベルがB地区でお世話になりたいという旨のみを伝える。


「ふむふむ、なるほどね……ベルんは此処で暮らしたいと……」


 顎に手を当て何度か頷いていたリリミカだったが、直ぐに顔を上げる。俺とメリーベルの顔を往復し、そして頷いた。


「良いんじゃない? 私は歓迎するけど」


「はあ!?」


「本当か!?」


 リリミカが俺を裏切った! 育ててもらった恩(おっぱいを)を忘れたのか!?

 恨みがましくリリミカを見ると、彼女は意地の悪い笑みを浮かべて見せた。このまま任せろと言うのか?


「でもね、残念だけどベルんにはきっと無理よ」


「なに!? それは一体どういう意味だ!」


 リリミカはワザとらしく肩をすくめ、ヤレヤレといった具合に顔を振って見せた。


「あの『ビーチク・ビギンズ』で暮らすには条件があるの。とっっっても厳しい条件が」


「条件……? 当然、家賃などは支払うし、酪農の仕事だって手伝うつもりだ!」


「……ちょっと待ってくれリリミカ。その『びーちくびぎんず』ってのはもしかして、あの家の事か?」


 会話の中で出てきた耳新しい単語に、つい口を挟んでしまった。

 口にしたリリミカはともかく、後ろに居るミルシェもレスティアも特にリアクションは取っていない。二人は知っていたのか?


「ん、そうよ。アンタが居ない間に、ミルシェとお姉ちゃんとで考えたの。いつまでも名前が無いのは不便だからね、B地区から始める者達ビーチク・ビギンズ、分かりやすくて良いでしょ?」


「なるほどな……気持ちはありがたいんだが、実は俺も考えていた名前があるんだよ」


「へえ、そーなの? なんて言うのよ」


「んん、コホン。色々考えたんだが、シンプルに『コーポムネヒト』にしようかと思ってたんだ!」


「だっさ」


「却下ですね」


「ふふふ! ムネヒトさんって、時々面白いこと言いますよねー」


 俺の自尊心はボロボロだぜ。


「話を戻すけど、それは条件のうちには入ってないの。そもそもムネっちってば、大した額を受け取ってくれないのよ。食費込みでも、騎士団の宿舎より随分安いんだから」


 一瞬だがメリーベルの目が輝いた。騎士団の予算が増えるのに、やっぱり貧乏性は変わらないらしい。


「お、おほん! ムネヒト、お前のお人好しも大概にした方がいいなっ! それで、条件というのは?」


「条件ってのはね、つまりおっぱいよ!」


 リリミカはとんでも無い事を言った。


「おっ……はあ!?」


「家賃ならぬ、家乳んね!」


「やちちん!?」


 やちちんって何ぞ!?


「そう! ここの家主であるムネっちに、毎日おっぱいを献上するのよ!」


「なんと……」


 言い切ったリリミカに、メリーベルは顔まで真っ赤にした。

 口をパクパクさせ、リリミカと俺とミルシェとレスティアを順々に見つめていく。

 リリミカはいっそ堂々と、ミルシェはやや恥かしそうに俯き、レスティアだけはメリーベルを用心深く観察していた。


「(おいコラ! そんな言い方したら誤解されるだろ!?)」


「(こうでも言わないと本気でメリーベル居座っちゃうわよ? それに例の条約があるんだから、あながち嘘でもないじゃない!)」


「(いやしかし、断る口実にしたってもっと他になんかないのか!?)」


「(いいのよ、ベルんこーいうコトには免疫が無いんだから! このビーチク・ビギンズがおっぱいマニアの巣だって知れれば、顔を真っ赤にして止めたっていうに決まってるわ!)」


「(……でもそれじゃ、俺また騎士団に捕まるんじゃね?)」


「(お姉ちゃんが副官だから大丈夫よ! いざとなれば、権力で揉み消すわ! おっぱいだけに!)」


 やかましいわ。


「(それはともかく、ミルシェのおっぱいが105センチになってる件は後でちゃんと訊くからね?)」


 ジロリと、半目で睨まれた。

 やっぱり気付かれてた! だからお前ら人のおっぱい見すぎだろ!


「で、では……リリミカも、そこのサンリッシュの娘も、レスティアさんまでもがムネヒトにおっ――……胸を差し出しているというのか……!?」


「ええ、そうよ! 美味い話には裏が……いえ、乳があるのよ! そりゃもう毎日モミモミなんだから!」


「そんなもの信じられるか! ムネヒトはともかく、そこの三人全員が同意するような規則とは思えん! 嘘を言って私を追い出そうとしても――わぷっ!?」


 何処からとも無く羊皮紙が跳んできて、なおも反論しようするメリーベルの顔に覆いかぶさった。

 俺はそれを見て背が冷たくなるのを自覚した。見覚えのある羊皮紙だったからだ。


「ええいまったく、いったい何処から……なんだコレ……【第一次ポワトリア王国和乳条約】……だと……!?」


 紙を握り締め、更に顔を赤くしながらワナワナと震える。

 俺以外の三人は「あっ」って顔をして俺とその紙を見つめてきた。はい、俺の条約文です。

 図らずも、帰ってきた条約文がリリミカの主張を補填する事になった。ナイスタイミングだが、これで俺は住まう者達のおっぱいを貪る鬼畜大家として知られる事になる。

 やっぱり、更正団員のやり直しではないだろうか。


「そう、それが証拠よ! 自分のおっぱいを晒せない初心な弱虫に、住まう権利は無いのわ! その無駄に大きいおっぱいをぶら下げたまま、王都へ帰りなさい!」


 これ幸い(?)に、リリミカはいっそ堂々と言い放つ。その気迫に押されメリーベルは二三歩後ずさった。


「……いや待て! 言いくるめられてしまう所だったが、そもそもそんな破廉恥な規則など認めておくわけにはいかん! 騎士団の副団長として立ち入らせてもらうぞ!」


 しかし今度は、メリーベルとしてではなく副団長として立ち直り職権を振りかざしてリリミカに向かっていった。

 いかん、話が余計な方向にずれて来た。思えば法を取り締まる側のメリーベルに向かっておっぱいが~なんて訴えるのは、罪の自白でしかない。

 俄然、目を三角にして反論したのはリリミカだ。


「おっぱいギルドみたいな非公式組織は黙認されているってのに、私達は駄目なの!?」


「この場にいる半数は未成年だろうが! そういうお店は、18歳以上になってからだ!」


 その辺は日本と大差ないんだ。


「じゃあ言っとくけどねえ! 別にスケベな目的でおっぱいを捧げてるわけじゃないのよ!」


 二人はおっぱいを大きくする為なんだよな、とは勿論言わない。最大限に好意的解釈を行えば、健康や美容の為と言えなくも無いが、話がこじれそうなのでコレも言わない。


「バカをいうのも大概にしろ! 情欲以外の理由があるというのか!? 乳房を触らせると言う事に、他に……どんな、意味…………が……――はっ!」


 メリーベルは突如目を見開き、右手を自分の胸……正確には中心に近い左胸の下のほうに添えた。

 それから俺へと視線を飛ばし「なるほど、そういうことか……!」と何かを勝手に納得し、強く頷いた。また嫌な予感だ。今日は朝からイヤな予感ばかりだ。


「構わん、それが条件なら受け入れよう」


「やっと分かったくれた? じゃあ、帰りの馬車を呼んであげる、か……らってえええええ!?」


 リリミカもノリツッコミした。


「はぁ!? いま構わないって言ったの!? ベルんちゃんと聞いてた!? おっぱい献上するって、冗談でも嘘でもないのよ!」


「ああ、ようやく合点が行った。お前がソコまで力説する理由も、彼が乳房を求める理由も……まったく、回りくどい方法を取るのだな、ムネヒト」


 先程までの狼狽が嘘のように消え、頬は赤いままだが余裕すら感じさせる表情で語りかけてくる。コイツ、俺をまだ心臓の神と勘違いしているな……。

 逆にリリミカの方が信じられないといった表情で狼狽の淵に立たされていた。


「ど、どうしちゃったのよ……!? ベルんは『色恋になどかまけている暇は無い。私は剣として生きる』とか言ってたくせに! 剣じゃ無くて、鞘になっちゃったの!?」


「鞘……? ッ! な、何を馬鹿なことを言っている! 貴様、私を尻軽呼ばわりするつもりか!? こんな事を許すのは、む、ムネヒトだけだ……」


 リリミカとレスティアとミルシェの二色六条の眼光が俺を貫く。特に琥珀色のレーザーがヤバイ。眼光の威力で人が死ぬのなら、俺は輪廻転生からすら零れ落ちているに違いない。


「ええ……? なんでこんなに好感度が高くなってるのよ……まさか、ミルシェが言ってたコトは本当だったの……?」


 ブツブツ呟くリリミカ。完全にアテが外れたらしく、その表情は険しい。

 こと此処に及んでしまっては、俺も何て言ってメリーベルを制止すれば良いか分からなくなっていた。


 俺は心臓の神ではないと言ってみても、メリーベルが信じるかどうかは不明だし、彼女の中で俺は既に神で確定している。

 では何の神かと問われても乳首の神ですと言えるわけも無く、そっちこそ信じてもらえないだろう。


 それに、メリーベルが条件を遵守すると言っている以上、無理に彼女を追い出すとしたら、リリミカもレスティアもB地区から退去を迫られる口実になってしまう。

 基本的に、規則を守っている存在を弾劾する規則はない。


 このままではメリーベルはマジで俺の眷族になってしまう。

 しかも父親への誤解を解かないと押し掛け女房みたく思われて……いや、俺の立場的には押し掛け乳房にゅうぼうと言った方が良いか? 何いまバカな事を考えてるんだ!


「揉まれたりするのよ!?」


「ああ。過度に痛くないなら許容しよう」


「裸を見られたりするかもしれないのよ!?」


「っ! あ、ああ。見られて恥かしい身体はしていないつもりだ!」


「もういっそ舐められたり吸われたりするのよ!?」


「なすっ!? ええい! それが何だというのだ!? いっそ腫れ上がるまでしゃぶれば良かろう! 何もかも覚悟の上だ! 何故なら……な、なぜなら、どれも既に経験済みなのだからなっ!」


「はあああああああああ!?」


「ぎゃああああああああ!?」


 そして何を口走ってるんスか副団長ーーーー!


「ちょ、ちょちょちょちょっと待ちなさいよ! は!? どういう意味よ!?」


「そ、の、ままの意味だとも! この十日間で、私の乳房は既にムネヒトに触られ、見られ、吸われもした! 逆説的に、私はここに住まうことの出来る有資格者ということだ!」


 メリーベルは真っ赤な顔でそう叫んだ。明らかに正気ではない。自分で何を言っているか分かっていないんじゃないか!?


「おいムネっち! アンタ私のパセリとドングリは残したクセに、ベルんには手を出したの!? やっぱり大きい方が良いのかコノヤロー!」


「なんという事でしょう……飲み会のときから変だとは思っていましたが、まさか、息子でも弟でもないルートに行こうとしているなんて……このままでは私は、他の男に肌を許した淫らな女ということに……!」


「私が最初じゃなかった私が最初じゃなかった私が最初じゃなかった私が最初じゃなかった私が最初じゃなかった私が最初じゃなかった私が最初じゃなかった私が最初じゃなかった私が最初じゃなかった私が最初じゃなかった……」


 阿鼻叫喚だ。三者三様のリアクションに、俺の寿命はどうやら此処までらしいと悟ってしまう。


「ち、違うんだミルシェ……これには深い深いワケが……」


「なんでミルシェにだけ言うのよ!!」


「これは浮気じゃない……これは浮気じゃないのよ……ご、ごめんなさい、アナタぁ……」


「何が違うって言うんですかぁ? 副団長さんのおっぱいに嘘をつくんですかぁ? かのおっぱい王国民のムネヒトさんがですかぁ?」


 例によって情けない定型文で宥めにかかるが、もう駄目っぽい。やばい泣きそう。

 メリーベルに視線で助けを求めてみても、彼女は既にフリーズしていた。湯気が昇るほど紅潮しているというのに凍っているフリーズとは如何に。


 覗いた事は事実だが、メリーベルのおっぱいに触れたのは治療の為だ。

 しかし、そう悠長に説明しても間に合わない。返答を誤まれば俺はB地区の栄養満点な肥料になってしまう。この牧場を豊かにしたいって、そういう意味じゃないんだ。


(一言だ。一言で、事態を収拾に向かわせねば……!)


 俺は三人から激しい追求を受けつつ、富士山の名を冠するスーパーコンピュータも顔負けの速度で脳を回転させた(つもりだ)。

 皆を納得させつつ、俺は制約を破って無い事も主張しつつ、なおかつ分かりやすい簡潔な一言。

 それは必ずある。絶望の中にも希望の種子は残されている筈だ。今こそ生存という花を咲かせろ。


「ち、ち……」


 意を決し口を開いた。


「「「ち!?」」」


「乳首じゃなかったからセーフ」


 ・

 ・

 ・


 今時、暴力系ヒロインは流行らないと思います。

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