祭りから宴へ
馬鹿みたいに騒ぎながら本部へ帰って来た俺達は、泥のように眠った。ベッドにたどり着けた者は少数で、ほとんどがその辺に雑魚寝だ。
メリーベルは自分の部屋がある宿舎に戻ったらしいが、その辺りは俺も眠すぎて覚えていない。
目が覚めた頃には、すっかり日も落ちていた。
そして場所は変わり、王都の繁華街。
体力も何もかも使い果たした後であっても、騒ぐ力はあるらしい。疲れは残っている筈なのに、まったくもって逞しい。
俺達はエリアナが貸し切ってくれた『酔い醒まさず亭』に詰めかけていた。メリーベルと団長を除く全員がだ。
第二騎士団本部が全くの無人だが、第一騎士団が残りの業務を引き継いでくれたらしく、騎士の仕事に問題はない。サンキュー、フィリップ。
(メリーベルはやっぱり来ないのか……)
こんな時くらい、羽目を外しても良いだろうに。まあ、宴会が好きじゃないというなら無理強いはしないけど。
『酔い醒まさず亭』は軽くぎゅうぎゅう詰めだ。屋外にまで臨時の机や椅子が置かれていた。
どのテーブルにも、所せましと並べられた料理と高級そうな酒達が俺達を迎えている。
安い麦酒はともかく、いかにも名酒という風体の酒が山ほどあるのは何故か?
「いやー! しかし驚いたぜ! 第一騎士団からこんなに酒を贈られるなんてよ!」
「負けた相手に対して中々の伊達男だよな! ま、俺らにゃあ負けるがな!」
ゴロシュとドラワットが言った通り、これは第一騎士団から贈られた物である。しかも贈り主はカロル・フォン・ベルジーニュとなっていた。
宛名にはレスティア・フォン・クノリの名前があり、妙に豪華なメッセージカードまで添えられていた。
曰く『親愛なる、麗しの第一騎士団副官殿へ』と。噴飯物だ。
俺達は一
「レスティアさんを副官にしたつもりで祝い酒を用意していたって事だよな。気が早いっつーか、仕事が早いっつーか」
「いやただの馬鹿だろ。こんなに買い込みやがって、レスティアさんを酔わせて何をする気だったのやら」
「まあ、我らが副官があのヘナチョコに酔い潰される訳はねーか!」
とはいえ飲んだこともないようなお高い酒だ。皆の口端は愉快そうに吊り上げっている。
「貴方達、そんな言い方は良くありません。一応はカロル副団長からの贈り物な訳ですし、きちんと御礼を言っておきましょう」
麦酒片手にした亜麻色の髪をした女性、レスティアが彼らを咎める。そして自らが手本を見せるようにして酒のジョッキを軽く上げた。
「一生貴方の物にならない女への貢ぎ物、ありがとうございます」
御礼じゃなくて皮肉じゃね?
「カロルさん、沢山の酒あざーっす!」
「カロルさん、無様な失恋あざーっす!」
「カロルさん、身の程知らずあざーっす!」
皆もそれに倣う。ノリの良い連中だ。
「さて、皆酒は持ったか?」
「「おー!」」
アザンさんの呼び掛けに、皆が和して答える。もはや一時も待ちきれない。胃袋と肝臓が勤労精神に満ち溢れていた。
「ではジョエルさん。乾杯の音頭をお願いします」
「ああ、俺かい? よしよし」
促され、ジョエルさんは立ち上がり持った麦酒を軽く掲げる。
「えー皆さん。本年度の貴殿らの活躍には……なーんて、オッサンのダラダラした講釈なんて聞きたくはないだろ?」
どっ、と笑いの渦が起きた。
「だから、ちゃっちゃっと済まして飲んだり食ったりしようじゃねーか。それでは――」
バタンと、扉が開いたのはその時だ。
ジョエルさんに集中していた視線が一斉にそちらへ向く。またキラキラ鎧の連中じゃないだろうな? と感じたのは俺だけじゃない筈だ。
「――――……」
水をうったように静まりかえった。
そこに居たのは、第一騎士団の鎧なんかより遥かに眩しい存在だ。
「な、なんだお前ら黙り呆けて……私の事は良いから、早く始めたらどうだ……?」
現れたのはメリーベルだった。
彼女が来てくれた事も驚きだったが、皆の時間を奪ったのは違う要素だ。
「ふ、副団長……ですか?」
「…………別の誰かに見えるか?」
誰かが疑問符を浮かべるのも無理はない。
メリーベルがお洒落していた。
彼女は極控えめなフリルが付いた白いブラウスを着て、タックの入った赤いフレアスカートを履いている。
いつもの無造作なポニーテールは下ろされ、後ろ髪を白いバレッタで止められていた。そのアクセサリーの白さがメリーベルの赤い髪をより強く引き立てていている。
化粧は、唇にひかれた薄い紅のみ。
腰の収炎剣スピキュールが辛うじていつもらしい。
ドレスほど豪奢ではないが、それゆえにメリーベルという女性の魅力を強く思わせるコーデ。
お伽噺の姫騎士が本から現れたといっても信じてしまう。
「や、やはり……変、だったか? ああ、いや、分かってたんだ……リリミカとレスティアさんとエリアナに選んで貰ったのだが、私のような武骨な女に似合う筈もなく……」
アホみたいにポカンとした俺達を思い違いしたらしく、メリーベルは指で髪をもじもじ弄んでいる。頬にさした朱が妙に愛らしい。
「まさか! とてもお似合いです! 完ッ全にヒロインですよ! コイツら副団長のあまりの可愛さにビビって、語彙力がスライムになってるだけですから!」
嬉々として反応したのはエリアナだ。隣のレスティアも満足そうに頷いている。
衣装を選んだ二人は当然知っていたのだろう。知っていて、サプライズを仕掛けてきたのだ。やられた。
「ほらほら何をボケッとしていますか! お洒落した女の子は褒めて褒めて褒め千切らないと! 貴方達の口は飲み食いにしか使えないんですか!?」
エリアナの叱咤にハッとなる一同。
目の前に不安そうな、あるいは恥ずかしそうなメリーベルが居るのだ。伊達男を気取るなら、気の利いた一言くらいあって然るべきだろう。
やがてチラチラメリーベルを伺っていた男達は、もじもじと口を開く。
「あ、ああ……はい、良いんじゃ無いですかねぇ……? なぁ?」
「……おう、か、可愛いと、うん。思います、よ……ハイ」
「あー、うん。はい、俺も、ぇぇ……。にあってるんじゃないですか?」
伊達男(笑)。お前らなんでそんなに童貞臭いんだ。
「……ムネヒト、お前はどうだ? 変、だろうか……」
呼び掛けられて、俺は手に持っていた麦酒をとり落としそうになった。
おずおず尋ねてくるメリーベルは、いつもの獅子のごとき凛々しさはなく子犬のようだ。
彼女が美少女であることは知っていた。知っていたが、参った。
スタイルだって抜群だ。しなやかな手足に、スカートで強調されたくびれ、そしておっぱい。
ブラウスを内から押し上げる膨らみは豊穣にして凶悪。誰か取り締まれ、騎士団連れてこい。しまった、彼女がその副団長だ。つまりメリーベルのおっぱいが正義。悪政じゃないか!
おのれ。視界の隅でニヤニヤしているエリアナとレスティアが妙に腹立つ。
「てやんでい、似合わない訳あるかってんだバッキャロめドッコイショ。たいぎゃメンコイやんけ」
俺が一番童貞臭かった。俺の語彙力は日本の何処へ帰ってしまったのか。
「ふふっ……そうか、そうか……!」
それでも伝わったらしく、メリーベル顔を綻ばせる。なんだこの負けた感。
「いやいやメリーベルちゃん、見違えた……はちょっと違うな、見とれちまうぜ。なぁ?」
「ええ、全く。とてもお似合いです。副団長、よく来て下さいました」
俺達に引きかえ、ジョエルさんとアザンさんの落ち着きっぷりたらどうだ。
「そうだ! せっかくだから、メリーベルちゃんに乾杯の音頭を取って貰おうぜ!」
「え!? わ、私がですか!?」
「それは良いですね! さ、副団長。いつまでもそんな所に立ってないで、こちらへいらっしゃって下さい!」
「い、いやアザン……私は遠慮するから……やはり此処は年長のジョエルさんが……」
「なーに言ってるんですか! 着飾った女の子は皆に見せびらかす責務があるんです! 早く皆の前に行きましょ! 早く早く!」
「わっ、こらバカ!? エリアナ押すな!」
突如白羽の矢を受けたメリーベルは何とか断ろうとしていたが、あれよあれよという間に正面まで背中を押されていった。
「あー、えっと、そのぅ……皆、今日はお疲れ様でした……」
店のカウンター席前に立たされたメリーベルは、すっかりしどろもどろになってしまい不安そうな瞳をキョロキョロさせている。
麦酒入りのジョッキを両手で不馴れそうに持つメリーベル。いつものキビキビハキハキした副団長の姿はない。年相応の少女のそれだ。
「(ほっこり)」
団員達の顔が、成人式を迎えた娘を持つ父親の顔になった。
思えばメリーベルはこの中で最年少。年長組にとっては娘のような年頃であり、または年の離れた妹のようでもある。
なるほど。可愛くない訳がない。
「……宴会に参加したことないのだから、こんな挨拶を任された経験も無い。だから、一言……一言だけで勘弁してくれ……」
チラと、真っ赤になったメリーベルと目が合ったような気がした。
視線が一瞬だけぶつかると、彼女は目を伏せ大きな深呼吸を一回だけ行う。やがてジョッキを持った右手を大きく掲げ、そして。
「――――ザマァみろ!! 乾杯!」
「「乾杯――!!」」
誰もが確信する。間違いない、今日の酒は格別の味だろうと。
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