神様と騎士

 

「ムネヒト、ちょっと良いか?」


 宴もたけなわ。食と酒に比例しテンションが最高潮になった頃、メリーベルに不意に呼び掛けられた。

 俺は箸休めにミルクババロアなる甘味を突付いていたところだ。

 彼女は飲酒の為かやや赤い顔で、何故か眉間に皺を寄せていた。赤い瞳も若干据わっている。


「良いですけど……別の場所でですか?」


「ああ。ここではちょっとな……店主、悪いが上の部屋を借りるぞ」


 メリーベルは店主の了承を得ると、視線でついてこいと促す。

 俺はこの時点で既に嫌な予感がしていた。

 二人で祝いの席を外しての会話。しかも険しい顔のメリーベル。これは間違いなく怒られるパターンだ。


 思い当たる節がありすぎる。特にマーダー・タランチュラーでの件で、メリーベルの乳首をクリクリした理由は未だに説明されていない。

 だが、あれ以上どう説明すれば良いのか。真実は最初に述べた筈だが信じてもらえなかった。


 俺は、自分が無罪であることを知っているが、状況証拠が揃ってしまった容疑者の気分だった。物語の中で彼らの疑いを晴らしてくれるような名探偵は、勿論この場にいない。


(これは久しぶりに土下座の出番か……)


 俺は彼女の後ろ着いていきながら、謝罪の言葉を考えていた。


 ・


「誠に申し訳ありませんでしたー!」


「えっ」


 この『酔い醒まさず亭』に大衆向けの酒場でありながら、宿泊も可能だ。酔い潰れた客を介抱したりするのは勿論、ここを拠点にする冒険者もいるらしい。

 規模は我が城であるB地区のコーポムネヒト(仮)と同じか少し小さい位だろう。

 そのうち二階の一室に入った。ベッドと、衣装を入れるクローゼット、タンス、机のある質素な部屋だ。部屋の中からは下の喧騒が随分遠くに感じる。


 そしてドアを閉め、即土下座である。メリーベルが。

 俺はというと土下座のモーションに入る直前で、ムエタイの構えみたくなっていた。


(俺が土下座の速度で負けただと……!? そんな馬鹿な……!)


 メリーベルに何か言われたら直ぐに頭を下げる気でいた。しかしメリーベルは部屋に入るなりにそれを行った。つまり最初から覚悟が違った。その差が初動の差となったのだ。


 いやいやそうじゃないだろ、何で敗北感に打ち震えてるんだ俺。


「おい、どうした!? 頭を上げてくれ!」


 おめかしした少女を土下座させて悦に浸る趣味など俺にはない。ましてや、俺がメリーベルに謝って貰う理由など皆無だ。

 頭を上げるように何度か言ったところで、正座のままではあったが彼女はやっと顔をこちらに向けた。その顔は深い慙愧に染まっている。


「急にどうしたんだ? いきなり土下座なんて驚くだろ」


 今まで土下座してきた俺の過去を棚にあげ、メリーベルへ視線をあわせるように俺も片膝を付いた。

 するとメリーベルは肩をすくめ、おどおどと顔を伏せる。

 これじゃ予想と逆だ。メリーベルが怒られているみたいになってる。


「……酒精の力を借りねば謝罪も出来ぬ浅ましい女とお笑い下さい。ですが、そうでもしないと貴方様の前に面を並べること叶わず。どうかこれまでのご無礼、ご容赦下さいませ……!」


 なんか口調もおかしい。なんだコレ、酔ってゴッコ遊びでも始めたのか? やっぱり未成年の飲酒は考え物だ。


「えっと、状況が全く把握できないんだけど……つまり、無礼って何のことだ?」


 メリーベルは眉をハの字にして、更に恐縮の顔になる。逆に俺が申し訳ない気持ちになってきた。


「懺悔は自らの罪を口にしてこそと仰るのですね……かしこまりました。実はこのメリーベル、貴方様の正体にようやく思い至ったのです」


「正体? 俺は変身ヒーローなんてやった記憶無いけど……」


「……自ら明かしにならないというのであれば、恐れ多くも私から申し上げます! ハイヤ・ムネヒト、貴方様は神なのでしょう!?」


「――って、ええぇぇ!?」


 まさかまさかの大正解。え、嘘、何で!? 今まで乳首の神様ですって名乗っても誰も信じてくれなかったのに!

 しかも今のリアクションが、what?何言ってるの?ではなく、why?何故知ってる?だったことを耳ざとく聞き分けたらしく、メリーベルのが「やはり……」と呟いていた。


「神と知らぬこととはいえ、数々のご無礼! どうか、どうか平にご容赦下さいませ……!」


「……はっ!? え、神!? いやいや待ってくれ! メリーベルの頭の中でいったいどんな議論の末に俺を神とか言い出したんだ!? いやまずは頭を上げてくれ! 謝る必要なんてないから!」


「どうしても、私の謝罪を受け取っては頂けないのですね……ならば!」


 そう言って、メリーベルはブラウスのボタンを上から外し始めた。


「ちょ、ちょっとちょっと!?」


 慌てて両手で目を塞ぎ(指の隙間からばっちり見つつ)メリーベルの挙動に俺の混乱が加速する。

 ハラリと前がはだけていくと、白い肌が露わになる。ブラ以外は裸だ。動くと筋肉のラインが透けて見える程度のごく薄い脂肪に覆われながら、その胸部は余りに見事。

 メリーベル渓谷は酒の為か桃色に染まっている。えっちぃ。危険だ。渓谷で警告だ。

 そして二つの膨らみをレースをあしらったブラジャーで包んでいる。今日はワイヤー入りらしい。


 全てのボタンを外し終えたメリーベルは、悲壮な決意に満ちた顔でマドラー……マドラー!? を取り出して逆手に持ち、それを左胸にぷにっと押し当てた。


「我が心の蔵を納めたてまつります! どうか、これにてご容赦をー!」


「おわー!? ちょっとーー!!」


 ガチ制止である。飛び掛り彼女の手首を掴み、あわやマドラー切腹というシーンを回避する。可能か不可能かは別にして、彼女ならやりかねない凄みがあった。

 俺に組み伏されてもメリーベルの抵抗はドタバタと激しい。勢い余ってベッドに押し倒してしまったが、お互いにそれどころじゃない。


「お放し下さい! もはや我が一命を以って謝罪する他ないのだ!」


「わ、コラ、危ない、暴れんな! いや別に危なくはないか!? どっちにしたって駄目に決まってんだろ! なんだ無礼って!? 俺何もされてないけど!?」


「嘘です! 自分で分かってるんです! 神を幾度殴ったか、地下牢に押し込めたかなど、一つ一つ挙げていけば懺悔しようにもしきれません! 生き恥を晒すくらいなら、どうかこのまま私を見捨ててください! そしてせめてどうか第二騎士団だけは……いや、どうか王国だけはお許し下さい!!」


「俺は生贄を捧げないと、国を滅ぼす伝説の魔物かなんかか!?」


「いいえ神です!」


「神だけども!?」


 しかし、殴った? 牢屋に押し込んだ? つまり彼女の口ぶりからして、メリーベルが俺に対して行った無礼というのは……ええっと……。


 人気の無い喫茶店でリリミカを脱がせ、ブラジャーごとおっぱいを撫で回している所を連行した。

 留置所の中に居ながら、レスティアのおっぱいを手放し育乳している所を見咎め更正団員とした。

 メリーベルが猛毒に侵されたので、傷口を吸いながら空いた乳首くりくりしてたから剣で殴った。


 やっぱりこの人なにも悪いことしてねえ! 立派に職務を全うしているぞ! 諸悪の根源は余所の世界からやってきたおっぱい大好きなクソ野郎……つまり俺だ!


「落ち着けって! メリーベルは何も悪いことしてないから! というか何で心臓なんだよ!? 要らないからそんなの!」


「誤魔化さずとも良い! 貴方は心臓を司る神様なのだろう!?」


「心臓!?」


「思い返してみれば合点のいくことばかり……貴方様が乳房ばかり見ていたのはカモフラージュのため! 本当は胸の奥にある心臓をご覧になっていてのでしょう!?」


 逆ー!?


「あの場でリリミカの胸を触っていたように見えたのも、レスティアさんの胸を視線のみで愛でていたのも、私を毒からお救いになるときに授乳部位に触っていたのも! 全ては心臓という本質から目を逸らさせる為の偽装! そう知らず、私は……私は……ッ、なんたる愚昧なのだ……! この世には女神しか存在しないという固定観念に囚われてしまった……!」


「いやいやいや! 発想が飛躍しすぎだ! 違う違う! 少なくとも俺は心臓の神なんかじゃないって! って、女神様しかいない? へー、そうなんだ……あー! 暴れんな! だから心臓なんて不要! したがってマドラーも不要! ポイってしなさいポイって!」


 お酒を混ぜるヤツを引ったくり投げ捨てた。


「し、しかしそれでは説明が付きません! では貴方様は何故いつも、私やエリアナやレスティアさんや街行く娘たちの胸を、慈愛に満ちた目でご覧になっていたのですか!?」


 おっぱいが大好きだからに決まってんだろ!


「私はその行いを下種に勘繰り、ただの助平だと思っておりました……思えば、貴方様の視線から嫌悪感など感じたことなど無いというのに、つくづく愚昧! どうか、この私に罰をお与え下さい!」


「罰も無しだ無し! 実際タダのスケベだったし、つーか今後は気をつけるし、反省もしなくていいし懺悔も要らない! ましてや心臓なんているか!」


「う、ぅぅ……で、では……私は、どうすれば、いいのだ……罰が与えられないことが罰だというのか……それは、あんまりです……」


 じわ、と彼女の紅い瞳が揺らいだ。


「え、おい……メリーベル?」


「うえーん!」


「ええええええ!?」


 ちょー!? 泣き出しちゃった!? どどどどどどうしよう!?


「なな、なにも泣くこと無いじゃないか! あ、そうだホラ! 何か欲しい持って来てあげるから! 飴か!? プリンか!? それともケーキ!?」


 俺のあやし方がゴミ過ぎる。


「……じゃあ、罰ぅ……」


「だからそれは駄目だって……」


「うえーん!!」


「ぬああぁぁーー!?」


 むしろ俺が泣きたくなってきた! いくら酒が入ってるからって悪酔いすぎるだろ! 


「ええと、ええと……お願いだから泣くなって……」


 とりあえず頭を撫でてみる。めかし込み櫛で丹念とかしたであろうに髪に触るのは気が引けたが、他に対処を思いつかない。

 泣いている少女をスマートに慰められるイケメンに、俺はなりたい(n回目)

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