祭りの終わり(蛇足)

 ・


『えー!? じゃあ結局、あの証拠品使ってないんですかー!? せっかく半年も集めたのにー!』


「ゴメンて、怒んないでよエリアナちゃん。勝ったんだから良いじゃんさ」


『いやまあそれはそうですけどー……第一騎士団の不正の証拠を突きつければ、わざわざ危険な橋を渡らせなくても良かったんじゃないですか?』


「かもね」


 喧騒から離れた本営のテントの中で、ジョエルは通信機を使って本部に残っているエリアナと会話をしていた。

 彼の傍らには幾つもの木箱があり、その中には大量の書類が入っている。


「でもさ、メリーベルちゃんもアイツらもやる気になってたんだ。そんな野暮が出来る雰囲気じゃなかったのさ」


『む、むうぅ……』


「それに、例え証拠を突き付けたとしても、すんなり俺達の勝利に繋がる可能性はあまり高くないよ。何だかんだと理由を付けられて、引き分けか無効試合になるのが関の山さ。そーすりゃ、また次……ってね」


 ジョエル、エリアナ、レスティアは既に第一騎士団が今大会で行っていた不正の証拠を掴んでいた。巧妙に隠蔽された依頼主の大元や、収集された素材の行き先まで彼らは把握していた。

 あるいは不戦勝を得ることが出来たかもしれない。

 だが第一騎士団やバックの貴族達の影響力は大きく、例によってトカゲの尻尾切りにより中枢に打撃を与える事は難しい。

 今回の狩猟祭は無かったことになり、決着は次へ持ち越されるだろう。


 そうなった時、今度はレスティアの参戦など認めよう筈もない。今回で彼女の『能力映氷』の威力は、充分に彼らの知るところとなっただろう。


「なにより、そんな奸計を真っ正面から叩き潰す方がカッコいいでしょ?」


『……ホント、男の人ってバカですよねー……』


 違いない。第二騎士団はバカばっかりだとジョエルは苦笑いを浮かべる。

 結果的とはいえ、自分達はカロルのやりたかったであろう事を反対に返した事になる。

 彼は恐らく過去最高の第二騎士団でも、第一騎士団には及ばないというイメージを真実の物にするためレスティアの参戦を認めたのだ。

 だが結果はまるで逆だ。

 第一騎士団は、策謀を巡らせておきながらも大敗したという烙印を押される。

 残酷な話だが、陰謀が正当化されるのは勝者のみ。敗者にはより大きな影となり彼らを呪うのだ。

 つまり、この資料たちは最高の形で役立たずになってくれたという訳だ。


「だからまあ、この資料は皆に見られない内にポイって棄ててくるよ。いつまであっても邪魔だしさ」


 勝利にケチをつける野暮こそ全くの不要。それに、第二騎士団の倉庫は狭いのだ。


『えぇぇー!? そ、そんな……私の苦労がぁ……』


「ははは。後は俺に任せて、エリアナちゃんは祝勝会の予約でもしといてよ。この証拠は……そうだね、の資料室にでも押し込んでおくから」


『……! 祝勝会の場所は酔い醒まさず亭で良かったですよね!』


 ニヤっとジョエルは意地の悪い笑みを浮かべ、エリアナと二三言を交わして通信を終えた。


「さーて、ちょっと荷物でも運ぶかね。何処かで馬車でも借りて……」


「運ぶって……何をですか?」


 ちょうどその時、眼鏡をかけた理知的な美女、レスティアがテントに入ってきた。

 ジョエルはあぁと返事をし、視線で木箱達を指した。


「ホラあれさ。第一が半年間もやってきた狩猟祭の不正の証拠だよ」


「……? あ、そういえばそんなのも有りましたね」


「おいおい、忘れてたのかい?」


 レスティアにしてはすっとぼけた冗談だと、ジョエルは笑った。最悪負けはしないだろうと彼女だって知っていただろうに。


 いや……もしかしたらレスティアは、本当に忘れていて自分たちの勝利を信じていたのかもしれない。

 無謀な賭けに乗って見せたのも、不正を暴いていたからではなく第二騎士団を信じていたからか。

 最近の柔らかい雰囲気を纏うようになった彼女を見ていると、ジョエルは何となくそう思った

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