騎士団のお仕事(中)

 

 件の男を第二騎士団の詰め所に運び入れ、彼の意識が戻るとすぐに取り調べが開始された。


「だから俺は何もしてねぇっていってんだろうが!」


 始まりはしたのだが、一向に進展はしていない。


「だったら、あの場所で何をしていたというんだ!?」


「ンなもん俺らの勝手だろ!? 楽しくお話しちゃあ駄目なんですかぁ!?」


 南東区詰め所の駐在騎士の詰問に、俺が運んで来た男は噛み付くような表情で返答していた。腕が体の前で縛られて居なければ、殴りかかって来そうな勢いだ。

 二人の激しい言い争いを、やや離れた所から俺とゴロシュ、ドラワットの三人で見ていた。

 大金星どころか、なんとなく雲行きが怪しい。


「……もしかして俺、余計な事しましたか?」


 何となく居たたまれなくなり、恐る恐る訊いてみた。返ってきたのは双子騎士の眉を寄せた顔だ。


「かっ! 馬鹿言うんじゃねえぞ新入りィ! 悪いヤツを捕まえて何が悪ィっつうんだよ!?」


「気を使ってんじゃねーぞタコ! どっちかと言ったら『転移符』のせいで取り逃がした俺達の方が悪いだろが! ごめんなさいだよボケ!」


 なんだこの双子、優しいぞ。

 俺とメリーベルが詰め所に到着した後、やがて十数分後に二人はやって来た。ゴロシュから『男を取り逃がしてしまった』という連絡があり、メリーベルが合流を指示したらしい。


「二人と言うとおりだ。ハイヤ衛生兵がした事は褒められるものであり、責めるものではない」


 そしてそのメリーベルが第二騎士団の本部に連絡を済ませ、取調室に入室してくる。


「す、すいやせん副団長!」


「俺らとしたことが取り逃がしてしまいやして……」


「いや、それは私の判断ミスだ。『転移符』を使用されるという可能性を考慮していなかった」


 全く同じタイミングで頭を下げる双子に、メリーベルが逆に謝罪する。だが、三人の顔からは無念さが一グラムも軽減されていないように見えた。

 『転移符』は基本使い捨てのアイテムだが、その便利さから、並みの剣や防具などの装備より遥かに高額らしい。下級品ですら平均的な冒険者の一月分の稼ぎに相当するというから驚きだ。


「仮にお前の言うとおりだとして、ならば何故『転移符』を使ってまで逃げ出した?」


「けっ! 前に同じようなあって留置所へぶち込まれたからだよ! その時も冤罪だったんだぜ!? ホンっと、大概にしろよなぁ! 虎の子の『転移符』弁償しろよ!?」


 男は机の上に足を投げ出し、踵で苛立たし気にテーブルを叩く。

 冤罪……?


「副団長、あの男が言っている事は……?」


「……事実だ」


 本部に確認をところ、かつて別の騎士団員がこの男を捕獲した事があるらしい。状況は今回と似通っていて、ほとんど現行犯だったという。

 しかし、結果はあの男が言った通りだった。苦り切ったメリーベルの顔に、納得できないものを感じる。


「ほとんど現行犯逮捕だったってのに何故?」


「それは――……」


 メリーベルの言葉を遮り、男が大声を上げる。


「いい加減うざッてえんだよ! だったら俺を第一騎士団に引き渡しゃあいいだろ!? そこでなら洗いざらい話してやる!」


 ここではなく第一騎士団でなら話しても良いという。何か妙な自首だと思ったが、男の主張を意外と感じたのは俺だけだったらしい。

 皆は一様に顔をしかめ件の男を睨む。


「……以前は第一騎士団に連行された後、取調べの後に『疑わしい点なし』と判断され釈放されている」


「それは……」


 それはどう考えてもおかしいだろう。さっきも言ったがほとんど現行犯で連れて来て、それで終わり? いったいどんな調べを行ったというんだ。

 コイツはきっと過去にそんな風に釈放されて味を占めているのだろう。いや、もしかしたらその第一騎士団は……。


「どうせココで話しても、お前らの都合の良いように事実を捻じ曲げられるからな! 同じ騎士団でも第一なら更正な取調べをおこなってくれるだろうぜ!?」


「馬鹿なことを言うな! 我々は良心と法の番人でもある! どこでどの騎士が取調べを行おうが、そこに差異など無い筈だ!」


 俄然反論に声を荒げたのは駐在の騎士だ。それを男は薄笑いを浮かべながら睥睨する。


「どーだかな。俺の何処にその違法薬物なんて持ってんだ!? 何度も言うが、俺は最初からもってねえんだよ!」


 それが決定力不足になっているのだ。

 確かに此処に連れてきたとき男の持ち物にも、先程の空き家にもそれらしき物は無かった。

 俺とメリーベルから逃走中に際し誰かに渡したか、何処かに隠したかと考えるべきだ。前者なら人の気配で俺が気付いたはず。少なくとも追跡中に第三者が割り込んできたという事は無かった。


「だったら、人員を集めてこの辺りを捜索したらどうですか? 俺も探しますよ!」


 なら考えられるのは後者。

 俺の提案を鼻で哂ったのは、今この場でもっとも行儀の悪い男だ。


「マジで何にも知らねえんだな! あの辺りは第一騎士団の管轄だ! そんな大規模な捜索を行うってんなら第一が取り仕切るべきで、お前らの出る幕じゃ無いんだよ!」


 誰も反論を寄越さないということは、つまり間違いではないらしい。

 現代日本においても警察が管轄外の捜査には、その地域担当の警察にも依頼する必要がある。しかし現行犯の場合は、職務執行という権限によりその限りでは無い。

 だから妙な話だ。あるかもしれない証拠品の回収は緊急性が高いのに、現場に居合わせた俺達が動けない。

 俺が王国の法律を全て知り尽くしているわけ無いが、みすみす証拠を放置するような迂遠な事が王都ではまかり通るのか。時間を稼いでいると思われても不思議ではない。


「俺が怪しい手荷物を見たってのも、そこの見習いの団員が勝手に言ってるだけだろ!? 口からデマカセを言ってるだけだ!」


 口撃の矛先が俺に向けられる。その突き方はとても無視できる物ではなかった。


「お前、さっきは『俺の後ろにはデカイ後ろ盾があるから見逃したほうが良い』とか言ってたじゃないか!」


「そんな事言ってねーし? それとも他の誰かが聞いてたのか? ただでさえ第二騎士団の連中は無能ぞろいって噂だってのに、そんな犯罪者上がりの言う事なんて信じられるわけねえだろうが!」


 悪意の泥に塗れた侮蔑を何とか堪え、努めて冷静に声を掛けた。


「……俺はともかく、副団長の目も信じられないってのか?」


「あぁ信じられないね! その剣と同じで、目も錆びてたんだろうさ!」


「……――ッ!」


 言っている意味は分からないが、それが彼女にとってとてつもない侮辱だということは分かった。


「てめえ! 黙って聞いていりゃあいい気になりやがって!!」


「俺ら全員でお前らが怪しい取引をしたのを見たって言ってんだろうが!!」


「止めろゴロシュ、ドラワット!」


 沸騰した部下二人を制するが、猛犬の如きゴロシュとドラワットは直ぐにでも飛び掛りそうだ。

 男はそれを、檻に閉じ込められたライオンを見る密猟者のように口を歪ませていた。


「はん、第二の程度が知れるってもんだ! 一皮剥けばゴロツキばかりじゃねえか! あーあ! こんなんが王都の平和とやらを護ってるなんて、不安で不安で仕方ねえぜ」


 もういい、時間の無駄だ。

 コイツの良心を期待し、プライバシーを考えた俺が馬鹿だった。


「……すいません、俺が取調べしてみても良いですか?」


「は? いや、まあ構わんが……暴力は振るうなよ」


 駐在騎士の了解を得て俺は彼の座っていた向かいの席、には着かず容疑者の傍に立つ。


「ちっ! まーたてめぇかよ。ほーら、言わんこっちゃねえ……俺は親切心から見逃した方が良いって言ったんだぜ? これでお前は一生日陰モンだな」


「ちょっと失礼するぞ」


 一応断ってから、俺は男の左胸に手を当てる。まったく、一日に二度もこんな男の乳首に触れることになろうとは……。


「あん? なにすんだよ気色わりぃ」


「実は俺、心臓付近の手を当てるとその人の心が読めるんだよ」


『奪司分乳』を発動させながら、考えていた理由を口にする。容疑者はおろか、第二騎士団の皆までポカンと一瞬呆けた。


「は? あ、ははははははははは!! 何を言うかと思ったらそんなハッタリかよ!? オイオイオイ、いくら人材不足だからって第二騎士団はこんなペテン師まで仲間に――」


「……マゾルフ男爵、って誰だ?」


「――……!?」


 俺の口から飛び出した特定人物の名前に、手の下で心臓が強く跳ねた。


「マゾルフ男爵と言えば、確か王都北西に宅を構える貴族だ。王都から南へ下った場所に領地を所有している。果樹園を多く経営しているらしいが……」


 俺の疑問に答えたのは、詰め所駐在の騎士だ。


「その果樹園の先で『タイド草』を栽培してる。その男爵がコイツの取引相手だ。高価な筈の『転移符』を持っているのも、そいつから貰ったからだな」


 息を呑む音が室内に満ちる。質量を生み出す沈黙は、しかし直ぐに破られる。男が身を起こしたときの勢いで、椅子が激しく軋んだのだ。


「でっデタラメだ! おいお前、テキトーなこと言うとただじゃおかねえぞ!? 貴族へ不敬を働いたとしてブタ箱に――」


「違法薬草は別の『転移符』を使って第一詰め所の屋外にある……これは焼却炉? の中に飛ばしたらしい。中には領収書も入ってる」


 男が絶句する。憤怒に赤くなっていた顔がどんどん青ざめて行く。

 わざわざ領収書まで用意するのは、コイツの仲間がかつて売上金をチョロまかしたからだというのも伝えた。


「……ゴロシュ」


「おうっす! ダッシュで行ってきやす!」


 メリーベルの簡潔な指示に、打てば響くようなゴロシュの返答がある。彼はまさに電光石火といった具合にドアからすっ飛んでいった。


「お、おい待……てめえ! 何時まで俺に触れてやがる!? とっとと離せ! 離せっつってんだろうが!」


 俺だってもう止めたいよ。

 暴れる男を空いた手で抑え、気持ち胸を掴む手に握力を発揮させる。


「第一騎士団に連行された後、彼らに回収させる気だったんだ。どうやら内通者が居る。紙とペンはある?」


 駐在騎士が持ってきてくれた紙とペンに、慣れない王国語で第一騎士団員の名前を書き連ねていく。どの人物にも一度としてあった事はないが、顔と名前は俺の頭の中で大体一致する。勿論、この男が把握していない人物に限ってはその限りでは無い。

 やがて二十名ほどの名前を書き終え、一応男に見せると目に見えて驚愕する。俺と紙を何往復もするが、舌は目ほど働かないらしく無音のまま口を開閉するだけだった。


 もしかしたらと思ったが、第一騎士団内部には本当に内通者が居たのだ。手書き名簿を駐在騎士に渡しトドメとばかりに、もう一つ情報を口にする。


「あとは……ベルトの内側に、麻薬農園に出入りするための専用『転移符』が縫い付けられている。一回きりの使い捨てじゃなくて、五回まで使える中級品だな」


 ドラワットが歩み寄り、売人の身体を押さえる。そしてメリーベルが手早く男の腰からベルトを抜き取った。


「てめえらァ! コレは明らかな暴力行為だぞ!? おい!? やめろって言うのがわかんねぇのかッ!!」


 彼女は相手にせずベルトのバックルを外し、縫い付けられた皮製のベルトを裂いた。

 一瞬凄い力だと驚いたが、この男のベルトは革を二重にしたものであり、縫い目を引きちぎったに過ぎない。それでも決して脆弱などとは形容できないけども。

 ブチブチという音に混ざり、ポトりと床に落ちる四つ折にされた紙幣らしいもの。メリーベルはそれを手に取り男に突きつけた。


「……本当に出てきた……。おいお前、これは一体どういう事だ?」


「そ、それは…………ダンジョン、を、いや、から脱出する、為の奥の手で……」


 メリーベルの灼熱の眼光にシドロモドロになりながらも、男は言葉を拾うように言い訳していく。手にした『転移符』を広げ、メリーベルは表裏をつぶさに観察する。


「転移地点が指定されているタイプだが、ダンジョン出口付近を登録した『転移符』なのか? これを調べれば直ぐに分かる事だぞ」


「ぅ、ぐ……」


 脂っぽい汗を額に滲ませ男は視線を泳がせた。もちろん、いくら探してもこの部屋に彼を弁護してくれる物などありはしない。


「副団長、本当に第一の屋外焼却炉の中に『タイド草』の乾燥したヤツがありやしたぜ! ご丁寧に領収書まで付いてら!」


 その時、ドタドタとかバチバチとかいう異な足音を立てながらゴロシュが乱入してくる。肩まで弾む息は、走ってきたからだけじゃないだろう。そして手には見覚えのある紙袋があった。

 つか、足速いな! 詰め所まで大分距離あったぞ!?

 ジロリと、皆の視線が売人と確定した男へ突き刺さった。くしゃくしゃと顔を歪め、視線だけで俺を殺さんばかり睨んでくる。


「俺が喋ったんじゃねえ! コイツが勝手に俺の頭を覗き見しやがったんだ! この薄汚い卑怯者めがァッ!」


 それを言われたら心苦しい。実際、人の頭の中を覗くってのは人権侵害の最たる例だろう。

 俺が何か言う前に、メリーベルが一歩前に出た。


「それをお前の雇い主は信じるのか? それとも、お前の好きな第一騎士団にこの調書と一緒に引き渡しても良いぞ?」


 赤くなっていた男の顔が再び蒼白くなっていく。事実、彼が喋ったかどうかは最早関係ない。第二騎士団への情報提供と、男爵や第一騎士団への裏切りはイコールだ。

 そして、そんな奴等が裏切り者に対し寛容である筈は無い。


「まあいい。本当かどうかは男爵に問い質せば済む話だ。すんなり事が進めば良いが……そうはいかんだろうな。まずは、第一騎士団にでも……」


「ま、待ってくれぇ!」


 この部屋を後にしようとした副団長を呼び止めたのは、降参の悲痛な叫びだった。


「俺が悪かった! 謝るよ! 罰だって受ける! だから頼む! バレたとなると俺が殺されちまう! 知っている事は何でも話すから、引き渡すのだけは止めてくれよぉぉ!」


 連れてけと言ったり止めてと言ったり、忙しい奴だ。

 メリーベルの視線を受け俺は無言で頷く。殺されるというのは事実だ。売上金をちょろまかしたり、告発しようとした者達がどうなったかというのを、この男は知っている。


「俺だって好きでこんな事してるわけじゃねえんだ! たった一人の妹が、借金のカタにマゾルフ男爵の屋敷でこき使われてて、逆らえば奴隷として帝国に売り飛ばすていうからッ! それで仕方なくやってたんだよぉ……!」


 男の瞳は見る見る間に潤んでいき、大粒の涙が零れ落ちた。唇をわななかせ、声を震わせ懇願する、哀れな妹想いの兄が完成した。いやはや大した演技力だ。


「……そうか、君にはそんな事情が――「お前一人っ子だろ、何でそんなバレバレな嘘を付くんだ。それとも妹ってのは、姉妹プレイ専門キャバクラ『シスぱらだいすき!』のカナリアちゃんの事か?」――えっ」


「あがッ……!?」


「そのカナリアって子に貢ぎすぎて冒険者じゃ食えなくなったから、こんな仕事コトしてんだろ。自業自得だよ」


「いぎッ……!?」


 人様の性癖をバラすとか割と最低な行いだが、コイツに対しては良心の呵責など全く無い。

 情状酌量の余地を狙ってお涙頂戴の作り話をでっち上げたのだろうけど、俺には効かない。

 そもそもスキルなんて無くても、こんな話に騙される人がこの場に居るとは思えない。ゴロシュもドラワットも取り調べ担当の駐在騎士も、全員白けた顔をしている。嘘ばかり言うこの男の事を、誰もはなから信じてはいないのだ。

 メリーベルに至っては、分かりきった嘘に顔を赤くして怒っている様子だ。でも、なんで咳き込んでるんだ? 風邪?


「おいおいおいおいテメェ! よくもまあ好き勝手いってくれたな! 騎士をナめてたらどうなるか分かってんだろうなァ!?」


 弟のドラワットがテーブルを強く打ち、売人の男に詰め寄った。もはや立場は完全に決し男は後ろに倒れそうなくらい仰け反った。その顔は怯えに染まりきっている。

 兄のゴロシュは、椅子が倒れる前に男の襟首を捻り上げて支えた。


「覚悟は出来てんだろうな三下ァ!? 一つだけ言っとくが、カナリアちゃんは俺達の妹なんだよ!」


「先輩方も常連だったのかよ!? それは今言わなくても良いだろ!」


 カナリアの兄(偽)の嘘泣きから本泣きに変わったらしく、より勢いを増した。鼻まで垂らし、先ほどまでの威勢が涙と鼻水に流されていく。


「すいませんでした! 本当にすいませんでしたぁぁ! お願いします! この通りですぅぅ! 死にだぐないんでずぅぅぅーー!」


 ゴロシュの手から離れ椅子から転げ落ち、手を縛られたままの土下座である。此処まで見事な転落ぷりだと、いっそ哀れになってくる。


「……知ってる事は今ムネヒトから聞いたから、特に此処に置いとく理由はねえっすよね?」


「面倒ごとは第一騎士団に押し付けた方が楽ってもんでさ。いっそ男爵んトコに連れてってやるべ?」


「ひぃぃっ!? ぞ、ぞんなぁぁぁぁ……」


 二人とも自分達以外のお兄ちゃんには厳しいらしい。


「ゴロシュ、ドロワット、あまり脅してやるな」


 小さくため息をつき、メリーベルは涙濡れ男の近くに屈み込んだ。


「洗いざらい全て話せ。そうすればお前の身柄は第二騎士団が預かろう。第一にも引き渡したりはしない」


 それを聞くと男は何度も何度も頷くと、そしてそのまま項垂れてしまう。安堵したのか諦めたのか、もう顔を上げようとはしなかった。


「あとは任せて良いな?」


「ハッ!」


 今日一番の敬礼を見せた駐在騎士に頷き、メリーベルは俺達三人を見る。瞳から熱が伝わってくるようだ。


「ゴロシュ、ドラワット! 先に本部へ向かい皆と戦支度を済ませておけ! 団長とレスティア副官への報告は私が行っておく! 準備が完了し次第、マゾルフ領へ行くぞ!」


「了解っす!」


「合点でさあ!」


 短い返事と敬礼の残像を残し、二人は凄まじい速さで駆けて行った。


「ハイヤ・ムネヒト!」


 その速さに呆気に取られていると俺にもお呼びが掛かる。彼女の声には背筋を伸ばさせる効果でもあるのだろうか、脊柱筋が緊張してしまう。


「お前も私達と来い。狩猟祭への訓練に、丁度良い機会だろう」


「へ? あ、は、はい!」


 大股で歩き出した彼女について、俺も部屋を後にする。


「ああ、それと――」


 そこでふと止まり、小さく振り返った。


「よくぞやってくれた。お前の手柄だ」


「――!」


 薄く微笑んだと思ったときには、彼女は再び前を向いていた。気のせいじゃないかと思えるほど短い物だったが、それだけに鮮烈な印象を俺に残したのだった。

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