騎士団のお仕事(下)
今回の作戦の骨子は、同時に複数の部隊を動かすことにある。
レスティアを中心とした事務員達が王宮へ登城し、捜査許可を取り付ける。
アザンが指揮する部隊は王都のマゾルフ邸へ赴き、男爵を捕獲し証拠を確保する。
ジョエルさんらは、捕らえた売人男が違法薬草を持ち込む予定だった売人組織を襲撃する。
そしてメリーベルの率いる実戦部隊が、違法薬草を栽培する農園を押さえるというものだ。
許可が下りると同時にというか、それよりやや早く証拠と犯人を確保してしまおうという何とも乱暴な作戦だ。
第一騎士団を介入させない為、そして証拠の隠蔽などをさせない為とはいえ、かなりアウトっぽい。
現在、俺はメリーベルの指揮する部隊に居る。
メンバーは俺にメリーベル、そしてゴロシュとドラワットの四人。先程の巡回メンバーがそのまま実働部隊に変更になったという感じだ。
しかし、装備の充実はまるで違う。
兄のゴロシュは両脚の膝から下に、弟のドラワットは両の前腕に金属の追加武装を纏っている。
メリーベルは例の妙に古い剣以外に、真新しい剣を三本ほど腰に提げていた。
俺もまた革鎧に支給されたナイフと、衛生兵という事で下級治癒薬と中級治癒薬を五本ずつ預かっている。
ゴロシュとドラワットが先に本部で用意していた馬に跨り王都から南下、マゾルフ男爵の管理する森の前に居た。
余談だが、俺は馬に乗れないのでゴロシュの後ろに乗せてもらった。
かなり揺れたのでしっかり掴まっていたら、俺の手がゴロシュの鎧の隙間から内側に入り「おふぅん!?」と双子兄が鳴いた。帰りは自分の足で走ろうと思う。
「なるほど、森が遮蔽物になっている訳か」
昼食代わりの携帯食料をかじりながら眼前に広がる森を見やる。俺が最初この世界に来た時に投げ出された場所とは違い、ほとんど手付かずの原生林は、人の立ち入りを拒む雰囲気を感じる。
本部で地図を見せてもらったときは思わなかったが、実際に目にすると思った以上に広いみたいだ。
男爵という地位のわりに与えられている領地は大きいが、立ち入りなどが困難な原生林が、領地に含まれているとすれば帳尻は合っているのかもしれない。
本来、手付かずの森林を領地に残すメリットは少ないらしい。
貴重な薬草の群生地でもなければ、開墾し果樹園のように産業として利用する方が土地の価値はあがる。
マゾルフ男爵にはそれが出来る財力がある。通常の果樹園で栽培した果物は王都の露店でも広く販売しているらしいので、金銭的な面で開墾が不可能という理由ではないだろう。
ならば森の中には強力な魔獣が生息していて、森を切り開くのが困難というのはどうだ?
前者に比べればありそうな理由だが、それについても少々気になる点がある。
何年か前までは、この森の中に生息している魔獣の討伐や、薬草の回収などの依頼がマゾルフ男爵からギルドにあったという。
しかし現在ではそれも皆無。それどころか全面的な立ち入り禁止らしい。
毎年、マゾルフ領の果樹園で働く者が原生林から出てきた魔獣により命を落としているというのに、対策は近づくな、という事のみだ。
更に言うならギルドへの依頼が無くなった時期と、例の違法薬草の流通量が増加した時期が重なっている。
つまりこの森は、件の違法農園を守護するための天然の堤防なのだ。
「ここまで怪しいと、逆に気付きにくいものなのか?」
「冒険者ギルドだって暇じゃないし、全ての依頼の背後にある理由を把握しているワケはあるまい。依頼理由を尋ねる事はあっても、依頼が
赤毛の副団長はそう言って、水筒を軽く傾ける。
そりゃあそうだ。
例えば『庭の雑草を刈ってくれ』という依頼があるとするなら、それは『依頼主の家に雑草が生えたから』程度の認識だろう。その庭の雑草を食べるために、危険な獣が夜な夜な現れるかもしれないと、依頼の裏まで知ろうとする冒険者はきっと少数派だ。
「気を引き締めろ。この森は、わざわざ魔獣を放し飼いにしているようなものだろう」
「だったら、あの男がもってた中級の『転移符』を使えば良いのでは? 持ってきたんじゃないんですか?」
危険な森という壁を越えるための『
メリーベルは小さく頭を振る。
「それも考えたが、これは恐らく一度に四人の転移に堪えられる物では無い。出来て二人というところだろう。使用して、転位先に気付かれたら厄介だしな」
それにこれは貴重な証拠だ、と彼女は付け加えた。
「ハイヤ衛生兵、剣などの武具の心得はあるか?」
「無い。でも、バンズさんから格闘術の手ほどきは受けています」
得物を持っての戦いは未だ経験が無い。でもいつかは剣とか使ってみたい。
やはり異世界召喚者の憧れといえば聖剣だが、この世界の聖剣は政治とか国家間の問題になりそうなので遠慮したい。
まあ遠慮したいと思うこと自体が傲慢だ。ダンジョンの最下層とか、ちょっと無理だろ。
バンズと聞いたメリーベルの眉が微妙な形に歪んだ。
「父う……団長から聞いた話ではあるが……バンズ・サンリッシュの格闘術は、果たして術と呼べるものなのか?」
「……」
全く反論出来ない。
バンズさんのいう格闘術など名前だけだと本人が言っていたし、内容もその通りだった。
基本的な『技巧』など以外は、殴る蹴る避ける堪える頑張って堪える、というのがバンズ流の骨子だった。術とはいったい。
つまり喧嘩の延長みたいなもの。それで副団長の地位まで上り詰めたというのだから、色々規格外な人だ。
「もちろん危なくなったらお前だけでも離脱しろ。逃げる時間は私が稼ぐ」
剣の柄を握り、彼女はそう言った。
「ちょっとちょっと副団長ー、私
「新入りのケツくらい俺らで持ってやるってもんでさあ!」
それにからかうような注釈を加えたのが、ゴロシュとドラワットだ。二人は三匹の馬を森からやや離れた所に隠し、戻ってきた所だった。
その不遜とも不敵とも言える双子の部下へ小さく笑みを作ると、メリーベルは頷いた。
「頼りにしている。では、いくぞ」
副団長の短い号令を受け、俺達は森へと侵入した。
・
王都郊外、男達の怒声と罵声が飛び交っている。
健全な喧騒とは種類の違うの騒ぎが白昼の一角に満ちるが、一時間もしないうちに沈静化へ向かう。
この建物の持ち主達、麻薬の販売組織は奇襲を受けた形であり、急ごしらえとはいえ準備を済ませて突入した第二騎士団達に対処するには、装備も心構えも足らなかったのだ。
圧せば崩れるケーキのような脆さで瓦解し、最初の威勢の良さは負け惜しみへと置換されていた。
「くそ! 離せ、離せっつってんだろが!」
「はいはい、今は我慢して頂戴ね。ちゃんと後で離してやるから」
カーテンまで締め切った三階の一室で、第二騎士団で最年長のジョエルは、その中の一人――恐らくは組織の中心人物――を完全に制圧し、文字通りお縄にしていた。
近くには他の騎士の為に同じような憂き目にあった売人仲間達が、唯一自由な口を動かし罵倒の限りを尽している。
「チンピラ崩れの半端モンどもが、今は権力者の犬かよ! 反吐が出るぜクソが!」
「汚いから吐くのは止めてくれ。それに権力者の犬は心外だね。それなら野良犬の方がまだマシさ、吠えてやろうか? キャンキャン」
売人の男はからかわれた事を当然察し憤怒に顔を赤らめるが、下手な犬真似をする男の口を黙らせる手段は皆無だ。
今回、第二騎士団を分担して配置するような案を出したのはこのジョエルだ。ジョエルは手際よく主犯格達を床に転がしながら、随伴した団員の一人に話しかける。
「逃げたヤツはいるかい?」
声を掛けられた団員は否定を寄越した。
「『転移符』を使おうとした者は何人か居ますが、全て未遂のうちに確保しました」
「よし。あらかじめ転移阻害術式を使っていて正解だったな。中級以上の転移符が無かったのはラッキーラッキー」
ジョエルは満足気に頷く。
転移符は高価な消耗品だ。それを一介の売人に持たせていたことから、他者にも所持させている可能性を無視できない。
そう判断したジョエルは、中級までの転移を阻害する魔道具を用意し建物周辺で発動させてから突入したのだ。
この魔道具は転移符と比べても安価な消耗品ではあるが、上級の備蓄は第二騎士団には無い。万が一上級転移符があった場合は阻害できない可能性もあった。
しかし流石に上級転移符以上を使用するとなると、いかに金になる違法薬草とはいえ採算が取れまい。有ったとしても一枚か二枚だろうと、ジョエルは予想していた。
それから二、三新たな指示を伝えたところで、別の団員が入室し会話に参加する。
「ジョエルさん! レスティア副官とアザンさんから通信がありました! 内容は強制捜査の許可が下りたということ、そしてマゾルフ邸の制圧が完了したという事です! ですが……」
「よしよし二人とも流石だねぇ。で、『ですが』ってのは?」
「……マゾルフ男爵の姿は見えず、逃亡先は現在調査中とのことです。また、取引記録などの証拠も発見できていないと……」
任務を完全には果たせなかったアザンの悔いを代弁するかのように、青年騎士の顔が曇った。
ふむ、と最年長の男は不精髭にまみれた顎を一撫でする。
メリーベル達が巡回途中で発見した二人の男、片方は捕らえたが、もう一人は逃亡を果たしていた。恐らくその男がマゾルフ男爵へ急を告げたのだろう。
メリーベルが取引後の違法薬草を回収したことから、最初にそれを運搬していたのは逃亡した方の男、つまり、男爵により近い側の人間だ。
「そんな顔すんじゃねーの。行き先の検討は付く」
ジョエルの返事に、二人の団員はやや驚いたような表情を浮かべた。
「十中八九、件の森さ。メリーベルちゃん達の負担が増えちゃうなぁ……」
ここには居ない自分より若い上官を思いぼやく。彼女が害されるなどとは思わないが、今回は判断の難しいファクターが存在する。いまだ人物像の図れない、黒髪の異邦人のことだ。
「俺達もアザン達と合流しマゾルフ領へ向かおう。第一騎士団へは王宮騎士団が向かうはずだ」
新入り団員の活躍により今回の件に踏み切れたというが、彼が虚偽を言っていないと完全には信じることは出来ない。陰にこもる疑いを持つことに、レスティアやメリーベルは抵抗があるだろう。ならばそれは俺の仕事だ。
「ただのスケベな兄ちゃんだったら、話は楽なんだがなぁ……」
冗談とも本気とも付かない彼の言に、部下の団員達は首を傾げるばかりだった。
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