リリミカと王都にて

 

 俺はリリミカと一緒に王都へ足を運んだ。ここは、いつ来ても大勢の人で溢れかえり活気に満ちている。

 横の大通り【トラバース通り】に面した一角、薬草の苗や種などをメインで扱っている露店に俺達はいた。所狭しと並べられた鉢に入ったままの薬草や、乾燥し瓶に詰まったもの、粉末となっているものなど多様な商品に最初は圧倒された。


「そうそう、葉の青くて茎がしっかりした物を選ぶのよ。あ、オジサンこれ虫喰ってるけど安くならない?」


 今は治癒薬の必須材料、『キューア草』の苗をリリミカと一緒に選んでいるところだ。彼女は小さな色の変化や虫食いなどを見逃さず、そのたびに値段交渉を行っている。


「この貴族庶民派。しかし虫って薬草も食うのか……ドクダミとか虫も寄らないって聞いてたんだけど」


「食べない種類もあるけど、どくだみって何よ?」


「日本にある植物なんだけど、これがまたスゴい臭いでな……」


 薬膳大全(今度は本物)を片手にやっては来たが、実際に図鑑に載っている植物を品評し選ぶのはリリミカが早くて正確だ。図鑑には種や苗の図が無い場合や、文字しか掲載していない場合もある。

 活きた知識を持つリリミカは想像以上に頼りになるというか、俺が素人過ぎるというか。


 ここは一つ目利きムーヴをして『これは伝説の○○!? 最上級冒険者でも見つけ出せない物なのに!』とかしてみたい。

 もちろんそんな都合よくお宝が転がっている訳もなく、値段交渉をリリミカに任せている間はつい視線を遊ばせてしまう。すると人が寄り付かないのか、妙に埃くさい一角が目についた。


「お? この種メチャクチャ安いな……」


 それは茶色の小袋に小分けされ、無造作に陳列されている種だった。見本として袋が空いており、中身が見える。白くてゴマよりは大きいが、アサガオの種よりは小さい。それがお年玉袋サイズ三つで銅貨一枚だ。


「どれどれ……あー、あまりオススメは出来ないわねソレ」


「なんでだ? 俺には難しい種類か?」


「ムネっちだけじゃなく、ほとんど人にとって難しいのよ。それ、最上級治癒薬の材料になる薬草の種で――」


「なにィ!? だったら尚更買いだ! おっさん、全部くれ全部!」


 最上級治癒薬と言えば、一本でお屋敷が立つレベルの貴重品じゃないか! その種こんな銅貨何枚のレベルで売ってるなんて、掘り出し物以外の何物でもない!

 俺は店主を捕まえ、在庫の全てを用意してもらった。店主も最初は驚いたようだが、人の良い笑みを浮かべ迅速に用意していった。


「聴きなさいって! それは生育方法が――! あー……買っちゃった……」


 買い占めた後でリリミカは語った。

 最上級治癒薬の原料になる『ルミナス草』は成体では金貨十枚単位で取引される超高級薬草だが、種は驚くほど安い。理由はいくつかあるが、まずは生育が非常に困難であるということ。


「帝国、冒険者組合、王国の宮廷魔術士や宮廷薬師が日夜研究に明け暮れているけど、成功例は極端に少ないわ。再現性も無くて、偶然上手く行った方法を繰り返しても育たないなんて当たり前。現在出回ってる『ルミナス草』のほとんどは、自然に群生していたものを採取したものだし」


「……」


「もう一つの理由が、育成に成功しようが失敗しようが『ルミナス草』は種だけは大量に作るってことね。一株から千単位で種子が採れるから、価格割れが凄いのよ。でも種子は薬の材料にも料理の素材にもならないわ」


「…………」


「最後の理由が……まあ、ムネっちが今やったことね。大儲けを企んで種を大量に買い上げて、悉く失敗するの。大量購入と大量返品を繰り返すうちに価格割れが更に進んだってワケ。今となっちゃそれを買う客は、研究中の宮廷薬師か変人かモグリくらい」


「…………おっさん、返品とかは――」


 全部で米俵三つ分程になった種子袋を苦笑いで見やりつつ、対価として差し出した銀貨数枚の輝きを思い出していた。

 店主はにこやかに笑い値札の端っこを指差す。『返品お断り』と蟻の様な字で書いてあった。


「どんまい。文字通り、いい薬になったわね!」


「ふ、ふん! やってみなきゃ分かんないじゃないか! これだけあれば、一つや二つくらいは出来るかもしれないしな!」


 強がりというか負け惜しみだった。

 異世界召喚者はこういう植物こそを容易に作り出してしまうのだ。そう思えば俺も少しだけ慰めらる。

 しかしそれはチート知識やチートスキルを持っているからこそ可能なのであり、俺の前世は世界を代表する名医とかでも無かったし、持ってるスキルは全ておっぱい関連だ。

 言うまでも無い事だが、種にも薬草にもおっぱいは無い。


「そしたら直ぐにでも筆頭宮廷薬師になれるわね。期待してるわ!」


「ちくしょう……」


 意地悪な笑みを浮かべやがって……! まあ不良品じゃなくて、売れ残り品だったならまだマシか……。


「予算がそれくらいなら取り敢えずこんなものね」


 ほどなくして持っているカゴは緑色が大多数の苗に、種の入った小分けされた紙袋で一杯になった。牧場の気候にあったもの、簡単に栽培に出来る初級者向けの物がメインだ。予定外に購入した種は店主が荷車を貸してくれた。


「リリミカがいてくれて助かった。俺じゃ苗の良し悪しまでは分からないからな」


 ばっちり滞留在庫を掴んでしまったことには、どうか目を瞑らせて欲しい。


「お安い御用よ。それに居候の身だし、家主様には親切にしないとね」


 彼女はにっと歯を見せて笑った。そんな表情をするときリリミカは中性的な美少年のようにも見える。

 ふと何かを思い出したのか、リリミカはその顔を器用に疑問の物へと変化させた。


「そういえば、ミルシェとはやっぱり何も無いの?」


「――ああ。何も無いぞ」


 何も無い、と言うのは【第一次ポワトリア王国和乳条約】が制定されてから行っている一日十分の育乳時間のことだ。

 リリミカとレスティアは条約が施行されてから十日間、つまり居候初日から毎日欠かさず俺のところにやってくるが、ミルシェは何も言ってこないのだ。

 俺から『お前のおっぱいを癒してやるよ』とか言うわけにもいかないので待ちの一手なのだが、なんの音沙汰無い。

 保健室とか風呂乱乳とかで押し付けられた事はあったが、積極的なパイタッチはサルテカイツの屋敷でした以来皆無だった。


(もちろん、それが普通なんだが……)


 いくら自身の美容の為とはいえ、男に揉ませるクノリ姉妹の方が異常なのだ。


「恥かしい……というか、あの条約の異常性に気付いたんだろ。自ら進んで胸を触らせるような破廉恥な真似をしたくないんじゃないのか?」


「なーに? 私とお姉ちゃんがエッチって言ってるみたいじゃん」


「少なくとも健全じゃないだろ」


「健全な方法じゃ上手くいかなかったから、ムネっちを頼ってるんじゃん」


 いつかレスティアに見せてもらったボロボロの育乳本を思いだし、少し泣けてきた。


「ミルシェの事はいいの? 卑下するわけじゃないけど、私やお姉ちゃんのばかりじゃ物足りなくない?」


 年下の女子からそんな心配の仕方をされる俺って一体……。


「まさか。二人のおっぱいを触らせてもらえるだけで俺は幸せだ」


「本当は?」


「ミルシェの爆乳おっぱいも揉みしだきたいです……――ハッ」


 横からのリリミカの視線が痛い。仕方ないだろ……自分に嘘はつけない。


「おっぱい触らせてくれって、自分から言えば良いじゃん」


「駄目に決まってんだろ。そもそも断られるって」


 双方の合意がないと行為に移れないのだ。俺が幾ら彼女を求めても、拒まれればそれまで。一方通行の欲求をミルシェにぶつけるという事は、最も忌むべきことだ。


「そーかなー? ミルシェ、どーも何かを企んでるよーな気がするんだよねー……」


「お前、親友を疑いすぎだろ」


「親友だからこそよ。ミルシェってばのんびり屋さんに見えるし実際そうだけど、頑固だしかなり強引よ?」


「それは知ってる。バンズさんもそうだしな」


 あの父娘が一度ペースを掴めば俺なんぞが横槍を入れる事は出来ない。

 そういえばバンズさんはミルシェの母、ミルフィさんに一目惚れして牧場に押しかけたっていってたな。昔からかなり豪快な人物だったんだろうと思う。

 突然牧場に押しかけてきたバンズさんを、彼女はどう思っていたか何となく気になってしまう。もちろん最終的に二人は結ばれたわけだから、悪感情だったとは考えづらい。


(たぶん、ミルシェはお母さん似なんだろうな)


 強引さや頑固さパンチ力はバンズさん譲りだが、容姿やおっぱいや性格は母の遺伝なのだろう。ミルフィさんは恋愛に対し奥手な女性、少なくともバンズさんのようなイケイケでは無かったのだと勝手に予想する。

 じゃあ今の押せ押せミルシェは、父親直伝の恋愛術を発揮しているのだろうか? 由緒正しき草食男子たる俺には、何とも危険な相手だ。


「ともかくミルシェを変に刺激するなよ? 怒るとめちゃくちゃ怖いんだから」


 夕食にブロッコリーまみれのシチューはもう嫌だ。


「…………むしろ刺激されてるのは私の方かも……」


「? どういう意味だ?」


「ううん! どうせアンタには分かんない話よ!」


「なんだそりゃ」


 そう言って笑うリリミカに俺も釣られて笑い返した。

 その時、リリミカの顔が俺の中で今朝や昨晩も見せた表情と重なる。スポーティーなエネルギーを全身から発する普段のリリミカとは違う、男を堕とす女の顔。心臓が一際強く脈打ち、多くの血液を全身に送り出す。


 顔が熱くなっていくのが分かる。俺はふと昨日の役目を思い出した。

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