ムネヒト騎士団加入フラグ(起)

 

 王都【クラジウ・ポワトリア】には十字に走る大通りがあり、俯瞰すれば十文字に分かたれケーキのように四等分された王都の全体図が見えるだろう。

 南北へ縦断する大通りを【バーティカル通り】といい、東西へ横断する大通りを【トラバース通り】という。単純に縦の大通り、横の大通りと読んでいる者も多い。

【バーティカル通り】は三つある入り口のうち最も大きな門、いわゆる大正門という王都の玄関から、真っ直ぐ北の城に通じている。

【トラバース通り】は、東西のそれぞれの門へと横一文字に繋がっていた。いずれの大通りも数多の店が立ち並び、昼夜を問わず人と物と金が飛び交っている。

 その大通り同士が交差する場所が王都の中央広場であり、勇者像と初代女王像が鎮座している。老若男女問わず、待ち合わせなどに利用される王都で最も有名な場所だ。


 そして王都はその造りから大きく四区画に分ける事ができる。

 制度や法律として決まっているわけでは無く、長い歴史の中で自然とそうなっていったのだ。

 北端に城があり、四等分された区画は北西に貴族達の高級住宅、南西にはアカデミーやその教員達の住まい、南東に商人の屋敷町、北東には主に騎士団の詰所と、団員達の宿舎があった。

 北東について更に細かく分別するなら、最も城に近い北北東の【バーティカル通り】沿いに第一騎士団。城にもっとも遠い東北東の【トラバース通り】沿いに第二騎士団の本部がある。


 ・


「本気ですか団長!?」


 レスティア・フォン・クノリ副官は自身の上司、第二騎士団団長ガノンパノラ・ファイエルグレイにやや強い口調で尋ねた。彼女は王都の第二騎士団本部に到着した後、すぐに団長室を訪れていた。

 入室しすぐに聞かされた話に、レスティアはやや過剰とも言える反応を示した。


「あくまで可能性としての話だ。決定ではない」


 返答は静かだが鉄のように重厚な声だった。赤錆色の短く切りそろえられた髪と、同じ色の瞳。日焼けしやや浅黒くなった肌は歴戦の勇将を思わせる。

 そしてその印象は正しい。一兵卒より叩き上げられた生粋の武人であり、武功をもって団長の座に就いた男であり、またバンズと同期だった。

 体格自体はバンズが上回るだろう。しかし剛牛という名の通り、彼が野生味溢れる豪傑ならば、ガノンパノラは何百回と叩かれ削られ造形された鋼鉄の豪傑だった。


「ハイヤ・ムネヒトは確かに尋常ではない戦闘力を有してはいます。ですが、善良さは疑いの余地がありません! 彼に裏があるならば、バンズや私を害する機会など幾らでもありました!」


「……数週間で随分と気を許したようだな、クノリ副官」


 レスティアは口を噤む。ガノンパノラ団長は皮肉を言うような男ではない。純粋にレスティアの態度が不思議だったのだろう。最初、ムネヒトを最も危険視していたのは他ならぬ自分なのだ。

 心変わりを指摘され赤面しつつも、自身の見識と将来の息子、弟候補の為に言葉を尽くすことにする。


「個人的に親しくした故の判断です。王国や民の不利益になる存在では断じてありません」


 親しくして胸を育ててもらっています、とは勿論報告していない。レスティアはプライベート露出狂ではないのだ。

 団長は机の上で手を組み替え、副官を見据える。


「貴官の言うことなら十分に信頼に値するだろう。だが、今回言い出したのは私ではない。副団長の進言によるものだ」


「……! 副団長が!?」


 レスティアは舌打ちしたい心境だった。

 あの人物に疑われてしまえば、それを覆すのは容易な事ではないとレスティアは知っている。


「あまり秘密裏に進めすぎたのかも知れん。副団長の耳に例の事件とともに、ハイヤ・ムネヒトの名が伝わってしまったらしい」


 先日の事件で現場の団員たちは副団長が指揮する本隊に応援を要請していたし、ムネヒトの姿を見た者だって居るだろう。ノーラの魔術で外部から干渉を避けていたが、第二騎士団内でそれら全てを規制するワケにもいかない。

 更に先日のサルテカイツ家襲撃、及び『夜霞の徒』の壊滅。そこに居た第三者の青年とムネヒトが一致するのは時間の問題か。

 ならば遅かれ早かれこうなっていただろうと、レスティアは短く諦めの混じったため息を漏らす。


「だが、私としてはいい時期だと思っている。バンズの判断、貴官の判断、そして私や副団長の判断を以ってハイヤ・ムネヒトの潔白を証明できるだろう」


 きっとガノンパノラ団長はムネヒトに対し完全な信頼を寄せてはいないだろう。旧友の言い分とはいえ見ず知らずの旅人、国籍もはっきりしないムネヒトを安全と断じてしまう方が問題だ。

 いくらレスティアやバンズが言っても、自分の目で確認しないことには最終判断を下すまい。この辺りの真面目さはレスティアと似ている。


「……分かりました。それで、何時ハイヤ・ムネヒトをここに呼び出すのですか? それとも――」


 かつて自分がそうしたように副団長が牧場に赴き、ムネヒトと面接でもするのだろうか。


「それについては既に副団長が動いている」


「……と仰いますと?」


「いわく、抜き打ちだそうだ」


「――!? それは、いったいどういう……」


「言葉通りの意味だ。ハイヤ・ムネヒトの普段の生活態度、行動を副団長が隠れて観察する」


 プライバシーを侵害しない程度にな、とガノンパノラは続けた。

 まさかそこまでするのかと、レスティアは内心で呟いた。証拠を掴めないで泳がせている犯罪組織の幹部でもあるまいし、それにまさか副団長自らがそれを行うなど、ムネヒトにとっては嬉しくないVIP待遇といえよう。


 しかし、あの副団長がそんな隠密行動に向いているとは思えない。人選ミスではなかろうか? いや自分で自分を登用したのだから、人選ミスとも違う気がしてきた。


「貴官に限ってそんなことは無いだろうが、この事をハイヤ・ムネヒトには知らせてはならん」


「……分かっています」


 勿論、団長の決定に逆らうつもりなど無いが簡単に処理できない感情がある。罪悪感という苦みだ。

 ムネヒトの人物像を知る前なら、それこそバンズが大怪我して死の淵をさ迷ったと聞かされた直後のレスティアなら、問答無用で彼を拘束したであろう。

 初対面時に失礼な態度をとってしまったのは、その感情が影響している事は疑い無い。まああの時は、ムネくんも私の偽装をよりによってバンズの前で暴露したのでお互い様です。


「以上だ。下がれ」


「失礼します」


 会釈しレスティアは団長室を後にした。


 ・


「お? おかえり、ずいぶん早いじゃねぇか」


 急ぎ足で牧場に帰ったレスティアを迎えたのは、荷車に商品を載せているバンズだ。


「……ただいま。ただの昼休みですから、またすぐに詰所に向かいます」


 ここ数日ほど毎日言われているのに『おかえり』と言葉が嬉しくて、思わず三ダースほどの口付けをしたくなるが、多大な自制心を発揮し堪えた。私は我慢強い女なのです。


「ハイヤさんは今どちらに?」


 今はこっちだ。

 団長に言われたことは守るつもりだが、それとなく釘を刺すくらいは良いだろう。それくらいの融通さを効かせるくらいには、レスティアも柔らかくなった。

 何もかも固すぎるのは良くない。AからBになったのだから考え方も柔らかくならねば。もちろん、大きさと柔らかさが比例する訳ではないと知ってはいる。


「ああ、アイツならリリミカと一緒に王都に買い物にいったぞ?」


「え!?」


「薬草の苗とかを買いに行くんだと。いや、リリミカが言い出してな、ムネヒトは最初駄目だと言っていたが、クノリ家令嬢のボディーガードってことにしたらどうだって話になってよ」


(しまった行き違いになってしまいましたか……!)


 王都には、今まさに鉄の如き副団長が待ち構えているかも知れないというのに。出くわして謹慎中でありながら、のんびりお買い物というのが知られたら心象が良いわけ無い。しかもリリミカから誘ったとは、何ということだ。

 こうしてはいられない、急いで戻らねばとレスティアは踵を返す。


「よお、メシがまだだったら一緒に昼食でもどうだ? 良い生ハムを貰ってよ、せっかくだからサンドイッチにしてみたんだ」


 聞けばミルシェは先にエッダの家に行って、そこで昼食をご馳走になる事になったらしい。

 そんな時間はない。

 レスティアは長いとはいえない昼休みを使い、急いで戻ってきたのだ。牧場から王都の第二騎士団詰所までの往復時間だけでもギリギリ、更にムネヒトを見つけねばならないとなると一分一秒も惜しい。


「頂きます。ではお茶を用意しますね」


「おう、頼むわ」


 レスティアはちょっと図太くなっていた。


 別件が入って戻ってくるのが遅くなったとエリアナに言えば良いと、誰に聞かせるでもない言い訳を笑顔の下に隠す。

 この世には仕事よりも大事なことがあるのだ。例えば意中の相手とランチとか。


(リリミカも一緒ですし、そうそう初日から遭遇するものでも無いでしょう。それにムネくんが普段通りの振る舞いをしていれば問題ないはずです)


 レスティアはそう自分に言い聞かし昼食の準備を開始した。

 沸いてくる妙な胸騒ぎも、多分パッドが合わなくなった為だろう。なんせ素の胸が大きくなったのですから、と強いて誤魔化した。

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