第三章 騎士道とは乳を護ることと見つけたり
プロローグ①
神様など居ないと確信したのは何時からだっただろうか。少なくとも、この王国に神はいない。
こんな事を発言すれば、また第一騎士団の連中から非難が殺到するだろう。
だったら逆に言ってやりたい。貴方達は神に逢ったことがあるのかと。
世には【神威代任者】と呼ばれ、神官でも無いのに神の代行を気取るもの達がいる。肩書きはともかく強大な力を持っているのは間違いないようで、幾度となく苦渋を舐めさせられた。
それ故に『夜霞の徒』とそのリーダー【神威代任者】が死亡した件については、我々騎士団も決して平静では居られなかった。
何十年も王国や帝国、冒険者達を翻弄し続けた組織が一夜にして壊滅したのだ。残党はまだ多く残っているだろうが、組織の長であるライジルの死は致命的だったであろう。
それを為したのが腕利きの冒険者達でも王国や帝国の精鋭騎士でもなく、通りすがりの旅人だったという。
ほら見た事か、神様などいない。
真に神様とやらが居れば自分の【神威代任者】を無名の男に害させるものか。仮にそれを為す存在が居るとすれば、使命をもった勇士や神に仇を為す大敵のはずだというのに。
いや、それもきっと勘違いなのだろう。誰もが劇的に生きて、劇的に死ぬというのは安いロマンチシズムだ。
そう思ってしまうという事は、私はまだ神に未練があるというのか。
もう神などに逢いたいとは思っていないのに。私は酔ったように神の名の下に正義を謳う帝国とも第一騎士団とも違う筈なのに。
私は腰に下げた剣を胸の前まで持ち上げ、柄を握り鞘から払おうとしたが刀身が姿を現すことは無い。
今日もこの剣は抜けないままだ。
・
・
・
日の出が山の輪郭を白く浮き上がらせる。牧場に朝が来た。
「……」
俺は彼女の前に座し、ただその一点を見つめていた。
視線の先の豊穣と子孫繁栄の象徴は、今日も目を見張らんばかりに膨れている。俺が焦点を合わせているのはプクと突起になった一部。緩やかなカーブを描く膨らみの数少ない例外、乳首だ。
「…………」
何時間経っただろうか。もしかしたら何十分かもしれないし、何秒かもしれない。薄暗い中で俺はただ彼女の乳首だけを見ていた。
背景は消えていた。音も風も何物も俺の五感を刺激しない。ただ裸の乳首だけが俺の前にある。いや、乳首しかない。それを瞬きもせずただジッと見つめていた。
モーゥ
「……三十分たったか」
豊穣の乳房の持ち主、ハナの声で意識が水面上に浮上するのを自覚した。
精神的な時間感覚と現実の正確な時間を一致させつつ腰を上げ、息を深く吐き彼女の頭を一撫でする。
「さんきゅーハナ。今日も良いトレーニングになったよ」
モーゥ
「わかってるわかってる。ちゃんと搾るから安心しろ」
モーゥ!
「そうかそうか! お前が嬉しいなら俺も嬉しい。じゃあ、ひひひ……今日もタップリ気持ちよくしてやるぜぇ……」
モ、モーゥ
「くーくくくっ……今更そんな声を出したってムダさ。お前はもう俺からは逃げられないんだからなァ……」
モーッ
「本当に会話してるし……ねえちょっと、大丈夫なの?」
ちょっと驚いたがもう慣れた。こう何度も経験すればうろたえる事もない。人は環境に適応する生物だと身をもって知った。
「リリミカ、早起きだな。まだ寝てて良かったんだぞ?」
俺の奇行を心配して声を掛けてきたのは、亜麻色の短い髪にくりっとした青い瞳が特徴で、小柄だが活発なエネルギーを感じさせる少女、リリミカ・フォン・クノリだった。彼女は訳あって俺の管理している土地、B地区に姉と共に居候している。
「ミルシェからアンタが牛達とナチュラルに会話してるって聞いたから確かめに来たのよ。でも、本当に意思疎通しているように見えるわね……」
「そういえばなんでだろうな? なんとなくハナ達の言いたいことが理解できるって言うか、気持ちが汲めるっていうか……」
不思議と疑問に思ったことは無い。泳ぎ方を訊かれた魚の気分だ。
「ま、いいわ。ムネっちが今更どんな変なスキル持っていたって驚かないし」
変なスキルについては全くの同意である。俺自身、これからどのような物が増えていくか分からない。まず間違いなくおっぱいに関係することだけは分かる。
「しっかし、立派なおっぱいねー……これを毎日飲んでるっていうんだから、ミルシェがあそこまで大きくなるのも分かるわ」
リリミカも俺の隣に座り、ハナの乳房をしげしげと見つめる。
ハナが『貴女とは違うのですよ』と鳴くが、リリミカには伝わらないだろうから通訳はしない。ハナ比べれば人間の大半は慎乳なんだから、手加減してあげて。
「ね、ちょっと搾ってるの見せてよ」
「俺は別に良いが……」
視線をハナに向けると『仕方ないですね、ムネヒト様のお願いだから特別ですよ』と許してくれた。なんかお前、リリミカに当たり強くないか?
「良いってさ。よし、ちょっと見てな」
腕を捲くりハナの乳首に手を添えた。彼女の今日の様子と乳房の張りから、力加減を調整する。下の鉄缶を再度確認し手を絞る。勢い良く吹き出たミルクは鉄缶の底で音を立てた。
「うわぁ! 本当に良く出るわねぇ……昔、私がしたときはこんなに沢山は出なかったわ」
「思った以上に難しい作業らしいからな。ミルシェもバンズさんも、俺みたいなのは極稀って言ってたよ」
「ふふっ……魔術の天才とか剣の天才とかは見たことあるけど、おっぱいの天才なんてのは初めてよ」
そう何人も居るような天才のタイプじゃないだろうしな。そもそも、そんな才能あったからといって自慢の種になるわけも無い。
「ハナちゃん、気持ちよさそう……」
最初の頃は分からなかったが、今ではハナがリラックスしているのをはっきりと感じる。彼女は安心して俺におっぱいを預けてくれているのだ。俺はその信頼に応え続け、精進してより高みへと上らねばならない。
串打ち三年、裂き八年、焼き一生といううなぎ屋の格言のように、我が乳道に終わりは無いのだ。
「……とまあ、こんな具合に慣れてきたらリズミカルに出来る。勿論、牛達のその日の体調によっても……」
みるみるミルクが貯まっていくバケツを、リリミカはふんふん言いながら覗き込む。
大貴族の寝間着というにはラフな格好だ。現代でいう所の薄いピンクキャミソールに薄い黄色のショートパンツという薄着で、斜めに伸びた日光に反射する二の腕や太ももが眩しい。
一人でだらける時用のルームウェア、少なくとも若い男の前でするような服装ではない。
……俺は男として見られていないということだろうか……。毎夜している事を思いだし、悶々としているのは俺だけのようだ。
きっとリリミカにとって、俺は温泉施設にあるマッサージチェアみたいなものだろう。十分銅貨一枚って金取るぞ。
「……――ましい……」
「ん? なんか言った?」
「ううん別に! ねえ、ちょっと私にもやらせてよ! 今の私なら上手に搾れると思うの! 毎日、ミルシェで鍛錬してるし!」
「どこからその自信が出てくるんだ」
ハナの許可を取り、俺はリリミカに場を譲る。そしてリリミカは顔つきだけは熟練の酪農家みたいになり、手の平に包んだ乳首へそっと力を込めていく。
「あ、あれ……?」
予想通りというか案の定というか、俺が搾っていたときの三分の一もミルクは出てこない。
「え~? 私とムネっちと何が違うの?」
憮然としてイメージと現実の乖離に不機嫌そうな声を漏らす。
「全部の指に同じタイミングで力を込めるんじゃなくて、基本は上からだ」
聞こえないように小さく笑ったあと、彼女の後ろから手を伸ばしリリミカの手に上から重ねた。
「あ……」
「こういう風に握るときには人指し指から小指に向かって、ドミノ……は知らないか? まあつまり、流れるようにだな……」
「う、うん……」
返事はあれど、彼女の指は俺の言われたとおりに全く動かない。
どうしたと声を掛けようとして、俺がしている事をようやく客観視できた。背から手を伸ばしリリミカの手を握っている。あえて色気のない言い方をするなら疑似二人羽織、ロマンス増し増しなら擬似あすなろ抱きだ。
なんてベタな! 慌てて手を引くこととリリミカに謝ることを同時にしようとして、結局は緊急停止する。
小柄なリリミカを背中側から抱くようにすると、ちょうど俺の斜め下に彼女の顔がある。更にそこを見下ろすように視線を向けたので、キャミソールの襟元からなだらかな双子の膨らみが見えた。
言うまでもありませんね、おっぱいですね。
谷間とういう言葉はまだ早いにしても、女性特有のガイノイド脂肪が確かに肉付いている。そよ風に揺れるキャミソールの襟の布は、俺にとってマタドールの赤いマントに等しい。
日を浴びて彼女の白肌が瑞々しく艶めき、ささやかな乳房に影と濃淡を描く。その形がやけにハッキリ見えることから、リリミカは下着を着けていないらしい。あと少しでその先端が見えそうだ。
生唾が石のように固かった。見えそうで見えないというチラリズムには、エロの真髄が宿っていると俺は思わずにいられない。
「――も! もういいからッ! 仕事の邪魔してゴメ……う、わっ!?」
「リリミカ!?」
散らばっていた干草に足を滑らせたらしく、リリミカは盛大に転ぶ。その際に牛乳を入れてあった鉄缶も巻き込み、一緒に倒してしまった。
「いったぁー……あ!? ご、ごめん! せっかく搾った牛乳が!」
「いや大丈夫だ、まだ大した量じゃなかったしな。それよりお前だ。怪我は――」
息を呑む。
どうやらお約束とは続く物らしい。缶の中身はリリミカにぶち撒かれ、彼女の服をぐっしょりと濡らした。
濡れた生地が肌に張り付き、細い身体のシルエットを浮かせる。小ぶりな膨らみまでも、その慎ましい形状を布の下から見せていた。冷たい牛乳だったからだろう、その先端が小さく尖り、ツンとキャミソールに凸を作る。薄ピンク色の布を更に濃くする要因があった。
「ううん、怪我は無いわ。うへぇ……つめたー……」
「わっ!? 馬鹿、おまっ!」
更に有ろう事か彼女はキャミソールの裾を捲り上げ、それで顔を拭おうとする。捲れた細いウエストと、小さなヘソ、そして下乳の始まり(ここが重要)が見えた。
「は? アンタ何……ぁ――……」
ようやく自分の現状を把握したらしく、慌てて服を正し両腕を胸の前で交差させた。
私を見ないでという、チラリズムと羞恥の合わせ技は、普段は快活な美少年にも見えるリリミカに信じがたい色気を付加した。
「――……」
「――……」
俺とリリミカの間を、風じゃない何かが通り過ぎる。
はっ、と我に返り俺は腰のベルトに挟んでいたタオルを彼女に差し出す。視線は斜め上遠方、意味無く山木を数えだした。
「ほら、使えよ。風邪引くぞ……」
「うん、ありがとう……」
おいなんだこの空気。なんか別の話題を捕まえろ。
「そうだ! まだ時間あるし、朝風呂ってことで温まって来たら――」
「ねぇ」
ぞく、と耳をくすぐる声は確かにリリミカの物だった。
「手、少し捻っちゃってさ……」
「そ、そりゃあ大変だ! 捻挫の種類によっちゃ暖めると悪化するかもしれないから、なるべく患部はお湯に付けるんじゃないぞ!」
「だからさ……代わりに拭いてくれない?」
慌てて冷静を取り繕うとする俺に、リリミカは一石を投じた。
交差していた腕を広げ、その身体を俺に向けてくる。濃厚な牛乳の匂いに、新鮮な柚子のような香りが混ざっている。じっとりと牛乳を吸ったキャミソールが、主人の肌を隠すという任務を半ば放棄し、その若い造形美をむしろ自慢するかのようだ。
持ったタオルが俺の手を離れようとしない。
俺のせいだから。これは仕方ないことなんだ。デリカシーのない振る舞いでリリミカが怪我して濡れ鼠になったの責任は俺にある。そうだ、拭きながら『乳治癒』で治療すれば正に一石二鳥じゃないか。
いやらしい意味なんてない。これは自然な行為なのだから、条約違反には繋がらないはずだ。
そっとタオルを拭きやすい大きさに畳みなおし、リリミカへ手を伸ばした。特に酷く濡れている右胸辺りから――
「もしもーし? それはなんのお仕事なんですかぁ?」
そうだった。お約束はオチが付くまでがお約束なのだ。
振り返ると朝日を背に受け、干草用の農用フォークを槍のように突いて立つミルシェの姿があった。メリハリの利きすぎる身体は、影になっても身間違えようも無い。
栗色の髪に琥珀色の瞳。女性にしては高い身長に、類を見ない豊かなバスト。人口の0.1%も存在しない天然のKという称号を燦然と輝かせていた。
逆行になってミルシェの表情は良く見えないが、何故か笑っていると分かった。外面と内面が一致しているかどうかはともかく。
「リリは私が拭きます! ムネヒトさんは干草でも集めてきてください!」
「あ、ああ……」
手に持っていた農用フォークを俺に押し付け、代わりに手に持っていたタオルをひったくっていった。そのままリリミカの腕を取り、大股で去っていく。何か言いたそうな青い瞳が俺を見たが、結局口を開くことは無かった。
「はあ――……」
安堵と残念さとをブレンドしたため息をつく。
何てことはない。この程度のハプニングなら、この十日間で幾度と無く遭遇した。リリミカとレスティアがB地区の部屋に住まうようになってから、何度もだ。
飽きるほどという表現は正しくない。何故なら我ながら情けないくらいに翻弄される。
リリミカとレスティアの慎乳にも、ミルシェの爆乳にも抗えない。魅惑のバストから繋がる見えない糸で引かれる哀れなマリオネット、それが俺だ。
「いつか神様らしくとまではいかなくても、せめてもうちょっと威厳のある男になりたいもんだ」
モーゥ
「はははは。ありがとな」
『どんな貴方様も素敵ですよ』と言ってくれたハナの頭をもう一撫でし、搾乳作業に戻る。
今日も俺の一日はおっぱいから始まった。
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