エピローグ② 第二章最終話


 

 王立統合アカデミー第三魔法科担任、ノーラ・エーニュの独断に対する批判のほとんどは、第一騎士団からのものだった。


『教師ごときが、騎士団管轄の事件に首を突っ込むなど越権行為も甚だしい』

『アカデミーに招き入れ、被害と混乱をもたらした責任は大きい』

『第一騎士団に対し故意に情報を隠蔽した事は明白』


 などが主な主張である。これに対し第二騎士団がノーラの弁護に立つ形になった。


『当時の状況下では、彼女の判断は適切だった』

『王都都外に牽引するにしても、人的、時間的資源が著しく不足していた』

『ノーラ女史は被害を最小限に留めるべく、アカデミーに残留していた生徒や教員などを事前に避難させており、自ら矢面に立った』


 この意見に対し口を噤まざる得なかったのは第一騎士団の方だ。特に、人的資源の不足という意見に対しては。

 第二騎士団のレスティア副官とエリアナ事務員は、自団の主力に応援を要請すると同時に、再三にわたり第一騎士団に対しても応援の要請を行っていたのだ。

 それを管轄外として、無視を決め込んでいたのは第一騎士団の方だ。緊急性の低い任務や訓練を理由に要請を拒否し続けていた。


 ならばと、次に彼らは第二騎士団だの力不足を罵った。自分達が出動さえしていれば事態の収拾は容易だった、そちらの情報伝達に問題があったのでは? と厚顔無恥な言い分すら平気で口にしたのだ。

 結局、両陣営の口論は泥沼化し、この事件における責任の所在は未だ付かないでいる。


 ノーラ・エーニュは終始沈黙を守っていたが、彼女がアカデミーを決戦場所に選んだ理由を、かつての同級生であるレスティアは正確に察知していた。

 ノーラは第三科を護ったのだ。

 予てより第三魔法科、騎士科、商業科は閉鎖すべきという意見が貴族達の主張だった。


『第一、第二、第三と区分を設ける事は生徒達同士の差別に繋がる。これらは撤廃し、一つの学科として統一すべき』


 そんな尤もらしい意見を掲げてはいるが、つまり第三科に裂く資源などがのだ。

 第一科、第二科生徒達の親は大半が貴族であり、多額の寄付をアカデミーに寄せている。その資金の一部が、ほとんど平民で構成されている第三科の生徒達の教育にも使われていることを、快く思わない貴族は驚くほど多い。


『第三科という劣等クラスがある為に第一、第二の箔がより輝きを増すのだから、撤廃はやりすぎだ』


 貴族の中にはそういう意見も無かった訳ではないのだが、より長期的な視点、特権階級によるという未来の甘い蜜により、そういった意見は沈黙した。もちろん、そんなほの暗い展望などおくびにも出さず。


 そんな中で第三騎士科の生徒が問題を起こせば、第三科不要論を唱える声が高まるなど火を見るより明らかだ。

 故にノーラは自身の魔術で、ゴーレムからの被害を抑えると共にその姿を隠蔽しアカデミーでの決着を望んだ。それは貴族の息がかかった教員達も避難させる徹底ぶりであり、戦闘場面を実際に目撃したのは、あの場にいる数名だけであった。


 それを察知しえたからこそ、レスティアはわざと第一騎士団の批判が第二騎士団に向くように仕向けた。最初はレスティア個人にそれ向けさせようとしていたらしいが、それに先駆け他の隊員たちが進んで第一騎士団を挑発するような事をしたので、第一と第二という図式になった。


『昔から仲が悪いから、因縁が一つ二つ増えたところで大した事ありませんよ!』


 とは、ヒヨコみたいな頭をした女性が言っていたことだ。

 貴族に連なる者のみで構成されている第一騎士団にとっては後の祭りであり、今更詳しい内容を尋ねることも出来ない。詳しい事件の内容を訊こうとしなかったのは彼ら自身なのだから。


 後日、ノーラは自宅に眼鏡をかけた真面目な同級生を迎えて、麦酒を片手に笑いあったらしい。


「お疲れさん。お節介焼きの頑固者」


「貴方こそね、お節介焼きの怠け者」


 ・


 レスティア・フォン・クノリの場合


『女性の身体の中で最も老化が早い部分をご存知ですか? ……そう、胸部です。実年齢より、おおよそ三年老化しているといいます。ちなみに、私の年齢はご存知ですか? ……はい、二十六歳です。ふふっ、そんなお世辞は言わなくていいですよ』


『おほん。ええ、もちろん歳の差なんてのも気にしません。たかが十六歳差です。話が逸れてばかりですね……ええとですね、やがて私は二十七歳になるわけです』


『察してください! 私だって言いたくないんですから! 私が二十七歳になる頃には私の胸は三十歳になってしまうんです! ううっ……! おっぱいだけ三十路……一足先に二十台を脱してしまうのです……なんて哀れなのでしょう私のおっぱい……まだ、何の役にもなっていないのに……ぅぅうう……!』


『ですが! 貴方はその時間の流れにすら抗う力を持っているのです! リリミカからも聞いたでしょう!? まさかの乳年齢十代ですよ! 最上級治癒薬でも到達できないような、正に神の如き力です! ……? 何故苦笑いを? とにかく、これはもう活用する他ありません! ねぇ聞いていますかムネくん!?』


『リリミカにはまだ早いしょう。ええ、あとせめて三年は待つべきです。イエス姉、ノー妹です。…………まさか。三年もあれば差をつけられるなんて、思ってませんよ。本当です。何ですかその顔は』


『ミルシェさんについては注意を。彼女の才能はもしかしたらミルフィさんすら超えるかもしれません……今度は何ですかそのだらしのない顔は? 話を続けますよ。怪物を大怪物にするよう所業は見逃せるものではありませんが、将来の夫婦の営みについてはとやかく申しません。どうか節度を持ったお付き合いを』


『なので当面、ムネくんは私の乳房のみを触るべきです』


 ・


 リリミカ・フォン・クノリの場合


『私と一緒に世界おっぱいを変えよう、ぜ? ――言った! いま、おう! って言ったでしょ! やったー! ……はあ!? 勢いで!? くっそー、証明プルーフしときゃよかった……』


『真面目な話さ。おっぱいで悩んでる女の子って凄い多いのよ。自分の身体になんの感想も持っていない人間なんて、男女問わず存在しないわ。背だったり鼻だったり目だったり、もっとこうだったらなっていうのは誰しもあるでしょ? もちろん、私だって……』


『全ての悩みを解決するなんて大きな事は言えないけど、私とアンタなら、せめておっぱいだけは誰かの支えになることが出来るかもしれないじゃない! コンプレックスを抱えて、自信持てないまま日々を送ってる乙女たちの力になりたいのよ! ん? とーぜんでしょ、私は将来クノリ家の当主になるんだから、人々の事に心を砕くのは当たり前よ』


『うん、お姉ちゃんはお嫁に行くって子供の頃から決めてたから、次女の私が次期クノリ家当主なの。この家宝のレイピアが継承者の証でもあるのよ。将来はお母様やお婆様がそうだったように、婿を迎えることになるわね』


『政略結婚なんて嫌。私は私の旦那様を自分で見つけたいし……私だって、お母様やお婆様みたいに恋愛してから……は? いらない、いーらーなーいー! 遠慮なんてしてませーん! アンタに応援なんてされたくないから! あーもう、脱線禁止! 誰が私の恋人候補の話をしなさいって言ったのよ!? おっぱいの話でしょ!』


『ともかく、私は色んな人達の味方でありたい。かつて初代クノリ様が無名だった時ように、血統じゃなくて権威でもなくて、私自身が支えになりたい。その為にはまず、初代様のやり方を踏襲しようと思うの。つまりおっぱいよ』


『ええい! 何をビビッとるか! アンタだって、本当は心のうちに欲望という名前の魔獣を飼っているんでしょう!? 私がソレを手伝ってあげるって言ってるの! ムネっち一人が、健康のために胸部を触らせてって言えば即逮捕だけど、私が仲介すれば立派な医療兼慈善行為よ! 詭弁じゃないわ!』


『言いなさい! おっぱいを見たいって! 見たい、触りたい、揉みたいって力の限り叫ぶの! ほら言え、言えーーッ! よっしゃー! よく言ったー!』


『はぁ、はぁ……まあヘタレチキンのアンタにはハードル高いの分かってるわ。だからまずは私で練習するのが一番よ。胸にコンプレックス持ってるのって、大多数が小さい側だもの。私はその気持ちがよく分かるわ。お姉ちゃんはアンタも言ってるとおり、人妻になる可能性があるし駄目。ミルシェも却下。ミルシェの場合は到達した者の悩みね、絶対強者の孤独ってやつ。そんな極少数より先ずは多数を何とかするべきよ』


『つまり、私のおっぱいが最適最良。OK?』


 ・


 ミルシェ・サンリッシュの場合


『言いたい事は山ほどありますが! 言っても言い尽くせないくらいありますが! これだけは言わせてください! このおっぱい馬鹿! ……だから何で照れてるんですか!?』


『二人を説得して見せるとか言って、きっちり論破されてるじゃないですかぁ!? 口論弱いにもほどがありますよ!』


『えーえー、そうでしょうとも。最初から負けるつもりで無いのは知ってますけどねぇ、ムネヒトさんは心の中でリリやレスティアさんのおっぱいを触りたいと願ってるから、結局は勝てないんですよ!』


『私は反対です! ふしだらです! まだ恋人とかでもないの、いきなりそんなエッチなこと……あ、あれはお礼だったからいいです! ……まったく、私のおっぱいにあんなに夢中だったのに……新しいおっぱいが有ればそっちに行くんですねっ』


『でも……二人が本気で悩んでるってのは分かりました。まさか、レスティアさんが……その、パッドしてるなんて……はい、もちろん内緒にします。天国まで持っていく覚悟です。だから……リリやレスティアさんがどうしてもっていうのなら……ちょうど良い塩梅というか、何かしらの落とし所はあると思うんです!』


『あ、待ってください! 次は私が行きます! 今度ムネヒトさんがのこのこ行ったら、そのままクノリのお屋敷で住み込み執事見習いってことになりそうです! 三食おっぱい付きとか……! 絶対に負けられません……! ムネヒトさんはハナのお世話でもしてて下さい!』


 ・


 そしてやがて数日後のことだ。

【第一次ポワトリア王国和乳条約】が締結された。


 ・ハイヤ・ムネヒト(以下、甲)はミルシェ・サンリッシュ(以下、乙①)、リリミカ・フォン・クノリ(以下、乙②)、レスティア・フォン・クノリ(以下、乙③)らの乳房(以下、乙乳おつパイ)について最大限の努力を誓訳する。

 ・甲、及び乙双方の合意の上でのみ、乙乳への行為が認められる。

 ・甲が乙乳へ接触する際には、乙①~③は衣服を纏うものとする。

 ・上記が困難な場合は、甲の視界を目隠し等で隠すこと。

 ・甲が乙乳へ接触する時間は24時間に付き10分までとする。

 ・甲と乙①~③の関係については秘匿する。

 ・また、条文、加盟者を追加する際には全員の合意を得ること。


 テスト前の学生諸君を暗記で悩ませるような条約だが、俺も頭を悩ませている。


「……色々と本気か?」


 俺を含め四人に配られた羊皮紙を見て、やや憮然としながら言った。


「当たり前でしょ。ようやくまとまったんだから、ちゃんと守ってよね」


 リリミカはヒラヒラと紙を団扇のようにしながら言う。


「大袈裟じゃないか……?」


「本気で仰ってますか?」


 俺の反論を短く切り捨てるのがレスティアだ。彼女の青い瞳には、冗談など一切感じられない。

 リリミカの目もミルシェの目も同様だった。


「誇張ではなく、貴方の力を巡って争いが起きる可能性すらあります。貴族、冒険者、他国にまで及ぶかもしれません」


 本当に大袈裟な、という言葉を飲み込んだ。そういう軽口を叩ける雰囲気じゃない。

 俺だって本当は分かっている。いや、分かっているつもりだ。

 例えばクーパー靭帯。これは乳房の形状を支える繊維状コラーゲンの一種であり、一度切れてしまうと回復は出来ない。それは元居た世界の現代科学ですら修復は不可能だという。

 切れると垂れる。『あまり大きいと、将来垂れるよ』とは、冗談や僻み混じりで彩られた台詞だが、当人にとっては深刻な悩み種だろう。

 アニメとかで激しく揺れるのを見るのは眼福だが、俺はつい心配になってしまう。ヒロイン達のバストは大丈夫なのだろうか、と。


 俺はそのクーパー靭帯を治せる。微細なダメージもだろうが、完全に切れていしまった物だろうが、最適な状態へと修復が可能なのだ。それを知ったときの俺の歓喜を、誰かにも分かって貰いたい。

 しかし結局は俺に完全な理解などできよう筈もない。俺におっぱいは無いからだ。22年生きていたが、女だったことなど一秒も無い。

 女性のおっぱいに対する思いなど完全には理解できないから、神が定めた人体のルールを破壊する存在、俺が世間の女性達にどう見られるかなんて想像しかできない。

 強大な異世界召喚者が台風の目になるという例は、物語にだって多くある。俺の場合はちょっと違うけど、本質的には同じだろう。


「貴方の力は隠匿すべきです。少なくとも不用意に口外すべきではないでしょう」


「……ああ、分かってる」



 皆で出した結論だ、もう逆らいなどしない。

 合法的におっぱいを触れそうだと、緩みそうになる口元を必死に引き締め真面目っぽく努める。しかたないなぁ……俺が皆のおっぱいを守ってやるかフヒヒ。

 しかし俺の理性が心配だ。

 今はまだ三人、いや十分すぎるほど恵まれているが、リリミカが言ってきたようにいずれ悩める乙女達の力になるとしたら、もっと大勢のおっぱいと触れ合うことになる。

 正直、夢みたいな話だが俺は俺の自制心を信用していない。強靭な精神力を身に付けねばと強く思う。

 そして不安はもう一つ。


「それで、そろそろ訊きたいんだが……リリミカ、レスティア、その荷物はなんだ?」


 俺の問いに姉妹二人はニヤリと笑みを作る。ミルシェは俺と同じように疑わしい目を向けていた。

 現在の話し合いの場はB地区ログハウス、その居間だった。テーブルを囲うようL字に並べられたソファーに座り、ミルク入り紅茶などを飲みながら談話していた。

 リリミカとレスティアの横には、登山用かと思えるほど大きな荷物袋が置いてある。特に小柄なリリミカが背負うと危なっかしい。


「何って、当面の生活用品よ?」


「は?」


「騎士団の宿舎は引き払いました。今後はこちらでお世話になります」


「は?」


 事も無げに言う妹と会釈してくるその姉。シンと静まり返る居間に、モーゥと外から鳴き声が聞こえてくる。


「生活用品?」


「うん」


「誰の?」


「自分達のに決まってるじゃん」


「……野宿でもするのか?」


「ふふふ、変な冗談ね。ここに住むのよ。部屋余ってるんでしょ?」


「ははは……やっぱりそうかぁ……」


 ミルクティーを一口啜り舌を滑らかにした。


「駄目に決まってるだろ!」


「「!?」」


「断られると思っていなかったのか!?」


 この姉妹にはダメと良くいってるなと思った。


「いきなりそんな荷物を持ってきて、ここに住まわせてくれって……なに考えてるんだ!」


「大丈夫よ! この荷物袋は特別製で、容積拡張に重量軽減の魔付加が掛かってるの! 見た目以上にたくさん入ってるから、ムネっちに用意してもらうものなんて無いわ!」


「生活用品の心配なんてしてねーよ! ここに住むこと自体がダメだって言ってるんだ!」


「タダで住むなんて言わないって! ちゃんと家賃払うから!」


「お金の心配でもねーよ! 何でそんな話になったんだ!?」


 音も無くカップをテーブルに置きリリミカは口を開いた。


「1日につき10分しか無いのに、私やお姉ちゃんはアンタと毎日会える訳じゃないでしょ? ウチからB地区ここまでけっこう離れてるし、毎日通うのなんて効率が悪いじゃない。ムネっちをクノリ家に連れ込む事が出来ないのなら、逆に私達が来てしまえば良いと考えたのよ」


 まさに逆転の発想よねー、とリリミカは得意気だ。


「――――……」


 絶句し、姉の方に視線を向ける。


「我ら第二騎士団は予算が少ないですから、新人隊員の為にも宿舎の空きは貴重なのです。どうか御容赦下さい」


 言いながらレスティアは既に荷物袋を開け中身を取り出していた。やけに古いメジャーを大事そうに握り、うんうんと強く何事かを決心している。


「だからってな! 男の独り暮らしに若い女が押し掛けてくるという意味を、お前ら理解してないのか!?」


「え、なぁに? まさか私達に手を出すつもりなの?」


「けっ決してそういう意味じゃなくて! 俺は一般論としてだな……」


「じゃあ良いじゃん。硬いこと言わないの」


 駄目だ……会話にならない。


「そうだ、ご両親は何て言ってるんだ!? いくら何でも放任過ぎるんじゃないか!?」


「それについては父と母より書状を預かっております。お目通しをお願いします」


 レスティアはそう言って懐から一通の手紙を取り出した。

 赤い封蝋をされた上質な紙を受けとり、恐る恐る開けてみる。内容はたった二行で終わっていた。


『覚えていろ貴様』

『40代後半でも効果はありますか?』


(あかん)


「じゃあ、そういうこと、でっ!」


「えっ、うお!?」


 そう言うとリリミカはいきなり俺の方へ身体を投げ出し、というか抱きついてきた。


「今日の分、しちゃおっか……?」


 息の掛かる距離まで顔を近づけ囁いてきた。柚子のような香りが鼻をくすぐり、心拍数がレッドゾーンに叩き落さる。


「お、おま、まままま……!?」


 みっともなくうろたえるのが俺だ。細い、軽い、柔らかい、暖かいなど、リリミカの身体情報が脳を占領し、冷静な判断が出来ない。書面を持っていた右手がいつの間にかリリミカに奪われ、それを俺と彼女の内側に誘っていく。それを俺は抵抗らしい抵抗も出来ずに――。


「待ちなさーーーーーーーーーーーい!!」


 鶴の一声というには熱を帯びすぎていた。


「こ、こ、こ、こここここここで暮らすって本気なの!? というかはーなーれーてー下さーい!」


 クノリ姉妹の此処で暮らす宣言を受けてから放心状態だったミルシェが、激烈な再起動を果たしていた。


「もちろん本気よ。ここってもうムネっちの土地なんでしょう? じゃあ、ミルシェが駄目って言ってもムネっちがOKを出せば良いじゃん」


 ミルシェの激発を平然と受け止め、離れるどころかむしろ身体を俺に強く押し付けてくる。

 琥珀色のレーザーが二条、俺の目を焼く。


「い、いや……リリミカ、俺はまだOKを出した覚えは……」


 その攻撃から目を逸らし、居候未遂達に説得を開始する。


「条約に最大限の努力を誓訳するって書いてあったでしょ?」


「それはそうだが……」


「もちろんアンタだけに労力を掛けるわけいかないし、私達も出来ることをするべきだと思うの。それとも、私かアンタが毎日どちらかの家に通う?」


 文面の内容を思い出し言葉に詰まる。正直、二人のご両親に会うのは恐ろしい。


「時間とか経費とかのコストを抑えられる所は抑えるべきよ。B地区を使ってビジネスする気が無くても、そういう数覚を養っておいて損は無いわ」


「まあ……それはそうだな……」


「ここからの方が実家よりも若干だけどアカデミーに近いし。それに、大貴族令嬢達に恩を売っておいけば後々得になるわよ?」


 貴族っぽいことは嫌いとか言ってたクセに、視点が権力者のソレだ。


「何度も言ってるけど、私も嬉しいしアンタも嬉しい。もう私達を拒む理由なんて無いわ!」


「……また論破されてしまった……」


「いい加減にしてくださいよムネヒトさん!」


 もうすっかり負け癖がついてしまった。俺が舌戦で勝利を収める日は来るのだろうか……。


「そんなに言うんだったらさ、ミルシェもこっちに泊り込めば良いじゃん」


「!?」


 憤慨するミルシェに事も無げに、そんな提案を投げて寄越した。


「ええ!? な、なにを言い出すのよ!?」


「私達とムネっちの同居が心配ならミルシェが時々にでも泊り込めば解決じゃない? お互いに条約を破らないか監視できるし、ここでムネっちが暮らすまでは元々一つ屋根の下だったんでしょ? 今更何を気にしてるのさ」


 言われてみれば確かにそうだが、最初の頃は仕事に必死で、飯食って風呂に入ったら直ぐに寝てた。それにバンズさんだって居た。今とは状況が大きく違う。


「私はどっちでもいいけどー? もちろん、ミルシェ一人このままA地区に帰っても、ね?」


「む、ううぅぅ~!」


 もう完全に挑発してくる。栗毛の少女は頬を赤く膨らませ、サイズは既にBカップくらいはありそうだ。

 おい、あんまりミルシェを刺激するな……。ミルシェはそういうのはまだ敏感なんだ、言うなれば乳首のような乙女心なんだよ。


「わ、私だって……! 負けられません!」


「ちょ、ま、むぎゅっ!?」


 くわっと鬼灯色のミルシェは遂に爆発し、テーブルを飛び越え俺の方、リリミカとは逆側に抱きついてきた。勢い余ったのか、リリミカには無い質量が俺の顔を押しつぶしながら下に通過し、腕辺りに落ち着いた。アンコールをお願いしたいがそれどころじゃない。

 両手に花、両手に団子である。花より団子とは古来より言われていたことだが、彼女達は花であり団子でもある。何ソレ哲学的。


「私のほうがムネヒトさんとのお付き合いは長いんだから! リリミカの知らない事だっていっぱい知ってるもの!」


「ふふん、これから知り合える楽しみがあるってじゃん。私の事も色々知ってもらおうかなー?」


「なぁーーっ!?」


 これがまさかリア充というヤツだろうか。彼女居ない暦イコール年齢の俺にはハードルの高すぎる状態だ。

 右腕には細くしなやかなリリミカが、ささやかだが間違いなくそこにある膨らみを押し付けてくる。まだ少し硬さの残る乳房が服の下から俺の腕を攻め立ててきた。

 右腕には圧倒的な質量と豊穣のミルシェだ。押し付けるどころではなく、既に俺の腕は飲み込まれていた。挟み撃ちされて身動きできない。前門の右乳、後門の左乳だ。

 あと十時間はこのままがいいが、もちろんそんなわけにはいかない。


「おいレスティア! 傍観してないで二人を説得してくれ! 片方はお前の妹だろ!?」


 レスティアは上品に紅茶を飲み干し、全員のカップを慣れた手付きで片付けていた。こちらを見ようともしない。


「私は今日は非番ですし、昼食まで時間が有るのでバンズの仕事でも手伝って来ます。部屋はその後で決めましょう。あ、私は最後で構いませんので」


 丸投げ!?


「強いて私から言える事は、息子でも弟でもどちらも構わないということでしょうか」


「はぁ!?」


「ではこれで。ご武運を」


 小さく会釈しレスティアは軽やかな足取りで去って行った。外に出ると、いっそスキップしているようにすら見える。アイツ、本当に見捨てていきやがった……! バンズさんと二人きりになれるからって浮かれやがって!


「時間が勿体無いし、早速始めましょう。私と濃密な十分間を過ごそうか?」


「わっ! 私が先です! 先に大きくて手間のかかるほうから取り掛かるべきだと思うんですがっ!」


「私のは手間がかからないってかコラー!?」


 血行が悪くなってきた腕の安否を思いつつ、そして二人のおっぱいの感触を楽しみつつ、頭を抱える代わりに俺は天井を見上げた。

 木組みの天井があるだけで空なんて見えない。当然、俺を笑ってみているだろうイジワルな神様だって。

 俺がいくら神の力を持っているといわれたって、腕いしがみつく少女二人を上手に宥める事も不可能だ。とはいえできない事を悔いても仕方ないので、まずはぎゃあぎゃあ口論しているミルシェとリリミカの機嫌を直すことから始めてみよう。

 機嫌を直すには、さて、どうしよう?

 心のうちで問いてみても、神様も俺のスキルも、誰も答えをくれやしない。結局は自分で考えるしかないのだ。


(やっぱり、おっぱいかな)


 どうしても俺はそこに落ち着くらしい。今日も今日とて、俺らしい日になりそうだ。


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