エピローグ①

 

「色々と、有難う御座いました」


 泣きはらした瞼を隠そうともせず、彼女はそう言って頭を下げた。


「俺は何もしてない……それどころか逆に迷惑を掛けたんじゃないか? お礼は有りがたく貰っておくが、一度謝罪はさせてくれ」


「いいえ」


 きっぱりと言う。


「貴方がいなければ、もっと大変な事になっていました。重ね重ね、有難う御座います」


 より深く頭を下げ、彼女のつむじしか見えなくなってしまった。

 もちろん俺だけの働きじゃない。リリミカ、ダルカン、ノーラ、ミルシェ、騎士団の皆、そしてバンズさん。

 誰が居なくてもこの結末には辿り着けなかっただろう。

 あれからリリミカとダルカンは騎士団の聴取を受けている。件の先輩のアカデミーでの生活態度などを話しているらしい。

 例の少年は騎士団直轄の療養所に搬送されたという。ミルシェはバンズさんとその他の騎士団員とで、ノーラ女史の指揮のもと瓦礫の撤去を行っていた。

 俺もそれを手伝おうとしたところで、レスティアに声を掛けられたのだ。


 亜麻色の後頭部を見ながら頭を掻く。照れくさい。どうもこの空気には慣れないな。


「じゃあ俺の役目は終わりだな……」


 精神的なムズ痒さを誤魔化すため、かねてより考えていた話題に転じた。

 表現しがたい寂寥感が沸く。あのささやかなおっぱいは、手の届かぬところにいってしまったのだ。

 グッバイ、かつてはGだったりAだったりしたBよ……。お前の行く末にサチチあらんことを。


「? 何を仰ってるんですか?」


「何をって、育乳の事だけど……」


 リリミカとミルシェとも話し合わないとなと思い出した。

 この件を先送りにはしたくないが、バタバタして今日はもう疲れたから、別の日が良いというのが正直なところだ。


「それとこれとは別の話です」


「は?」


 きっぱりと、いっそ力強くレスティアは言い切った。土埃ですすけた顔の中で、二枚のガラス板がヤケに眩しく光る。


「私はKカップになるという目標を捨てたわけじゃありません。まだまだ貴方には付き合って貰います」


「……は?」


 それはつまり、俺がレスティアのおっぱいを大きくするという任務を継続するということであって。


「よろしいですね?」


「よろしいわけないだろ!」


「な!? 何故ですか!?」


 俺が断るとレスティアが驚愕の表情を浮かべる。


「当たり前だ! お前バンズさんが好きなんだろ!?」


「声が大きいです! それがどうかしたんですか!?」


「だったら別の男に身体を触らせるような事するな! 言っておくが、俺は寝取りも寝取られも嫌いなんだ! 理想は『初恋の相手と結ばれる、泣けちゃうほど切ない純愛ラヴストーリー』なんだよ!」


 俺が生前(?)収集していた成人向けペラい本は、ほとんどその系統だ! ラヴラヴイチャイチャからの二人は幸せなフュージョン! 何ページにも渡っておっぱいが描かれているならなお良し!


 ちなみに後日、この話をミルシェ達にしたら「分かる……」「ふふふっ……ムネヒトさんって時々、夢見がちな乙女みたいな事言うよねー。ね、リリ」「えっ!? う、うんそうよね! 今時そんな恋愛模様なんて流行んないわよっ!」という事が起きるが、それは今は関係ない。


「それについては大丈夫です。ちゃんと考えてあります」


 クイと漫画のように眼鏡を持ち上げ、


「貴方、ミルシェさんの将来の旦那様なんでしょ?」


「ブッフォ!?」


 そんな爆弾を口から投下した。


「げほげほ、はぁ!? イキナリ何を言ってるんだよ!?」


「話が進まないのでその体で聴いて下さい。そうなれば貴方はバンズの義理の息子になるわけです」


「ま、まぁ、そりゃあそうだな……」


「私がバンズの妻になれば、ハイヤさんも私の息子になるわけです」


「……そうなる、のか?」


「息子が母親の乳房に甘えるのは何の不思議もありません」


「な、なるほど――……いやなるほどじゃねえだろ! なんだその理屈!?」


「と、言うわけでコレは不貞でも浮気でもありません。さぁムネくん……ママのおっぱい、大きくして?」


 レスティアは両腕を広げ、抱擁を待つ聖母のような薄い笑みを浮かべる。表情こそ慈愛に満ちているが、言ってることはインモラル極まりない。


「アブノーマル過ぎるだろうが! ダメダメダメ! 絶対に駄目だ!」


 ほとんど悲鳴を上げた。


「私の完璧な理論に何か問題でもあるのですか!?」


「完璧って言葉を覚えなおせ! つーかムネくんってなんだよ!? 最初の頃は『俺と必要以上に仲良くするつもりはない』的な事言ってたじゃねえか!」


「過去の事になりましたが、それも私の作戦だったのです!」


「ん!? さく、はぁ!?」


「貴方が私を呼び捨てにすると、バンズが『なんだムネヒトのやろう……レスティアに馴れ馴れしくしやがって……俺のほうがアイツと付き合いが長いんだぞ』と嫉妬します。対し私はハイヤさんという他人行儀な呼び名を守り、ムネくんを異性と意識していないことをそれとなくアピールするのがポイントです。やがて『おいお前……ムネヒトと随分と仲が良いみたいじゃねえかよ』『おや、もしかして妬いているのですか?』『ばっ!? あのなあ! 俺はただ……』『ふふふ……心配しなくても私とハイヤさんはそんな関係ではありません。私が……その、本当に親密になりたいのは……』『……お前――……』『ブルファルト……いえ、バンズと、呼んでもいいですか?』っていう帰結です」


「あっさい打算だな!?」


 あの時そんなこと考えてやがったのか! 分厚い氷かと思ったら、薄いアクリル板が何枚も重なっていただけだったって気分だわ!


「俺にさせるくらいなら、バンズさんにして貰えば良いじゃないか!! どの道偽乳はバレてんだから!」


「なーーーーーっ!?」


 レスティアの顔が真っ赤になる。対照的な青い瞳まで潤み、まるで真夏の海のようだ。


「ば、バンズにそんな恥ずかしいことお願いできる訳ないでしょうッ!? 破廉恥! スケベ! チブサ名誉ニホン人!! 常識でモノを仰って頂けませんか!?」


「お前にだけは常識をとやかく言われたくねーッ!」


「そもそも何ですかその口の利き方は!? ママはそんな言葉遣いを教えた覚えはありませんよ!」


「確かに教えてもらった覚えはねえよ!?」


「ちょっと待ったーッ!!」


 そこにリリミカが割り込んでくる。どこから聞いていたかは不明だが、看過し得ないものを会話の中から拾ったらしい。


「さっきから聞いてたらなんなのよ! 義理の息子だのムネくんだの、バッカじゃないの!?」


「いいぞもっと言ってやれリリミカ!」


「リリミカは口を挟まないで。これは私とムネくんとの……そう、親子の会話よ!」


「なーにが親子よ! お姉ちゃんおっぱいの話しかしてないじゃん!! 母でありながらの話ってか!? やかましいわ!」


「これは私が爆乳女教師になるためのステップなの! 邪魔しないで貰えるかしら!?」


 目標が巨乳女教師から爆にランクアップしてる!?


「私だって憧れの美バストDカップ女子になるんだから! お姉ちゃんは引っ込んでてよ!」


 リリミカも1カップ目標がランクアップしてる!?


「だいたい貴女! 見ればバストが3センチも大きくなってるじゃない! 私との約束を破ってムネくんに揉まれたのね!?」


「ええそうよ! それはもう蕩けるような乳揉みだったわ! アレを味わっちゃったら、もう自分のマッサージなんかじゃ満足できないのよ!」


「何言ってんだよ!?」


 際どい発言は止めて下さい。


「貴女まだ子供でしょ!? 男の人がどれだけ怖いか知らないクセに我儘言わないの!!」


「お姉ちゃんだって似たようなモンじゃんか! 貞操に蜘蛛の巣が生えてるような女のおっぱいなんて、ムネっちだってゴメンよ!」


「す、す、巣ー!? い、言っていい事とダメなことくらいあるでしょーっ!?」


 いかん収集が着かなくなってきた。なんでコイツらおっぱいの話ですぐ喧嘩になるんだ。おっぱいを見習え、右も左も仲良く並んで以下略。


「こうなったらムネっちをクノリ家で監禁して白黒つけよーじゃない! どっちのおっぱいを育てるのが相応しいかって!」


「望むところです!」


「望まぬところだよ!? おいまて落ち着け! 話がかなり物騒なことになってるぞ!」


 現実逃避している間に俺の未来がピンチ。


「クノリ家の権力をナメないでよね! 私達が赤といえば、白も赤になるんだから!」


「お前貴族っぽいこと嫌いとか言ってただろ! 強権に訴えるやり方は良いのか!?」


「真の権力者というのは権利を護るために何をするのかじゃなくて、権利を使って何を為すかで資質を問われるのよ!」


「そうです! たとえ後の世で悪族と罵られても、成し遂げなきゃ行けない時があるのです!」


「それはきっと今じゃ無いよ!!」


 喧嘩していたハズなのに結託して俺を囲おうとしているあたり、姉妹の絆の強さを実感する。もっと別の所でそういうの見たかったなー……。


「ムネヒトさんを囲んで二人でなにをしてるんですかー!?」


 俺達の言い争いを聞きつけたのか、ミルシェまでやって来た。


「むっ! あいや遂に出おったなギガトン・ニュウボー!」


「悪いですが、谷間の有る者はこれより先に進めぬものと思って頂きたい」


 誰なんだよお前ら。


「リリはともかくなんでレスティアさんにまで!? いえ、それはどうでもいいです! ムネヒトさんをクノリ家のお屋敷に連れてくなんて絶対にダメです!」


「なんでミルシェが反対すんのよ!?」


「ムネヒトさんは既にウチで暮らしているからです!」


「はぁー!?」


 あ、知らなかったのかリリミカ。視線をその姉のほうへ向けると『言うのを忘れてました』と目で言ってくる。まあ、最近は色々あったし仕方ない。

 驚愕に二の句が継げないリリミカに好機と見たか、ミルシェは更に語を繋いだ。


「それだけじゃないよ! ムネヒトさんにB地区のお世話をしてもらってるんだから!」


 よりによってソレを言いおった!


「ミルシェってばビーチクのお世話をしてもらってるの!?」


 そして間違って伝わっちゃった!


「いやいやいやいや! なにソレ!? はあ!? あ、あんた……ミルシェん家に暮らしながらそんなことしてたの!? マニアックすぎよ! いったいどんな人生を歩んだら、ちく……ビーチクのお世話って話になんのよ!?」


「確かにちょっと特殊な経緯だったけども! 違う違うB地区ってのはな「マニアックは言いすぎだよリリ! それにこれはおとーさんが言い出したことなんだから!」


「なんでバンズさんがそんな事を言い出したのよ!?」


「ちが、誤「お礼だって、B地区は好きに開発しろって、ちゃんと言ってたもん!」


「いったいどんな公認の仲だー!?」


「ミルシェちょっと俺にも話させてくれ!」


 どんどん沼に嵌っていく! やっぱりワザといってるんじゃないだろうな!?

 B地区ってのはつまり乳首ではなく牧場の事であり、俺が預かっている土地のことであり、それをバンズさんが俺に譲ってくれたって話で、ミルシェのビーチクは確かに俺が護っていて……ええい! 考えが纏まらん!


「な、なにかの間違いよね!? ミルシェってば、まさか大人の階段を逆立ちで上るようなコトしてたの……!?」


 その喩えはよく分からんな……。


「間違いじゃないよ! ムネヒトさんは毎日真面目に(ハナ達の)おっぱいも搾ってくれてるもん!」


「ナニやってんだコラー!!」


「お願い俺の話を聴いてぇ!」


「いつも美味しいって、これを飲むために生きてるんだって言ってくれます!」


「ヘンタイじゃないか貴様ーーッ!!」


「だからお願い俺の話を聴いてぇぇ!」


 ようやく落ち着いて話が出来たのは、瓦礫の撤去がほとんど完了してからだった。なんて無駄な時間を過ごしてしまったのだろう……。

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