大きな少女
「すまなかった……」
ボロボロになった貴賓室の中で、バンズさんはその大きな体を縮め何度も頭を下げてくる。頭の先には鼻に布切れを突っんでいる俺だ。
あれから俺は意識を取り戻すと、事の顛末をかいつまんで説明した。
大体の話が終わるとバンズさんは見てるこっちが申し訳なくなる位に謝罪をしてくる。
「謝って頂かなくていいですよ! 紛らわしい事をしてた俺が悪いんですから! それに……あながち誤解って訳でも……」
後ろめたさにゴニョゴニョしてしまう。
お礼におっぱい触らせて貰ってましたとか、言うべきなのだろうか。
チラりと横目でミルシェを見ると、
「……ッ! ……ッ!」
首を高速で横に振る。
黙っててくれってことだろう。ミルシェがそうしてと言うなら大人しく甘えておくとしよう。
「お前が来てるなんて思って無くてよ……本当にスマン」
「あれ? 俺の手紙見てないんですか?」
「手紙? ああ! 置いてあったアレはやっぱりお前のか! いやぁ悪いが、俺は王国語しか読めなくってなぁ……」
「あっ」
バンズさんの申し訳なさそうな言葉で、自身の誤りに気付いた。
そういえば日本語で書いてたし。この世界の字が読めないって事は知っていた癖に、手紙を書くとき忘れていたとは……。何事も慌てて行動するのは良くないな……。
「そうか、ミルシェを助けに……ありがとな、ムネヒト」
「そんな……ただ、俺は……」
ありがとうなんて言ってもらうような事はしていない。
最初はそんなヒロイズムを掲げていたような気もするけど、俺がしたことは怒りのまま暴れただけだ。
ビビってなるべく穏便に済ませようと行動したくせに、最後はスキルを発揮して後先考えずサルテカイツを叩き潰した。
「ミルシェッ!!」
思考を遮ったのはバンズさんの一喝だった。言われたミルシェは身体をビクつかせる。
「なんだってこんな真似をした!! たった一人でこんな所まで来やがって、ムネヒトがいなきゃどうなっていたか分かんねぇんだぞ!?」
それはマルや仕事中の俺を叱る様なレベルでは無い。感情が面に現れた本気の怒りだった。
「わ、わたし、だって……おかーさんの、牧場を護りたくて……」
怒りの矛先を向けられたミルシェは、視線を合わせるのも躊躇いがちにそう告げた。
それをバンズさんは馬鹿野郎! と一喝する。
「牧場が大事なのは俺も同じだ、だがな! お前に代えられる訳がないだろうがッ!!」
「あ……」
父親の叫びは悲鳴のように聞こえた。
強い音波に俺とミルシェは体を震わせる。そして多分、ミルシェの方は体だけじゃなかっただろう。
「……ごめんなさい……ごめ……ごめん、なさい……ッ!」
ポツリと口を突いて出た声は、そのまま涙に姿を変える。
止め処なく嗚咽を漏らし始めたミルシェを見て、バンズさんは乱暴に自身の頭を掻き毟りミルシェを太い腕に抱き寄せた。
「違う、そうじゃねぇ……悪いのは俺だよ。俺がもっとしっかりしとけば良かったんだ……あぁクソ、なんて情けねー父親だよ……すまねぇ、すまねぇなぁ……」
バンズさんも震えている。岩石のように大きな身体は、娘の身体を覆い隠すほどだ。
ミルシェの顔はバンズさんの腕の中で見えなくなり、彼女の肩の向こうで俯く彼の顔も見えない。見えなくていい。
俺は鼻を啜り、背を向けてこれからのことを考えることにした。
・
「しかし、追っ手とか誰も来ませんね……まさか、どこかで待ち構えているとか?」
この部屋で散々暴れたが、最初に入ってきた連中以外誰も来ていない。もっと大勢の召使いが居たと記憶している。敵地でこれは逆に不安になる。
「ああ、それなら大丈夫だ」
俺の疑問はバンズさんの話を聞く前に氷解する。
よくよく耳を済ませてみれば庭園の外から何か聞こえてくる。大勢と大勢のぶつかる様な喧騒だ。
怒号が飛び交い、金属同士が鳴り合い夜の静寂を切り裂いている。
王都第二騎士団が来訪したのだと、バンズさんから聞いた。
「屋敷の直前で会ったんだよ。来たは良いが、何故か待ち構えていたサルテカイツの連中と鉢合わせになったそうだ。中に入れろと言ったらしいが、今は客人が来ているからそれは出来ないだの、許可無しにこの屋敷に入ることは許さないだの……」
言い争いをしていると突然、屋敷の内部で凄まじい音がしたらしい。そして丁度そのタイミングでバンズさんが現れたという。
正体不明の爆音、牧場襲撃の件、サルテカイツ側からすれば何故か大怪我から復帰しているバンズなど、無視できない要素を揃え、強引に突破することとなったという話だ。
(そうか……俺が侵入した時、誰も居なかったのは騎士団が来ていたからというのも考えられるか)
俺が侵入したということはライジルは知っていた。騎士団の来訪をも察知していたかどうかは不明だが、普通は単独で襲撃するとは考えないのかもしれない。
ライジルは俺が誰かの差し金で動いていたと勘違いしていたし、後ろ盾を警戒してても変ではない。
騎士団がやってきた理由はやっぱりバンズさんだろうか?
(結果的に俺の有利に働いたわけだが、こんな無謀な行動は出来ればもうしたくないな……)
「あの……ムネヒトさん」
「ん、なんだ?」
「その……お願いがありまして……」
俺が肝を冷やしていると、おずおず言いにくそうに語りかけてくる。俺がミルシェのお願いを断る理由など皆無だ。無言で続きを促す。
「……パルゴアさん達を、治療していただけませんか?」
「! それって……」
向こうの部屋に転がってるこの一件の首謀者の一人を見る。ワザと急所を外し殴ったとはいえ重傷だ。放っておけば致命傷になりかねない。他の連中、ライジルやその手下も同様だ。
ミルシェは黙って首を横に振った。
「パルゴアさんがしたことは許せません。でも、このままじゃ……それに……」
「それに?」
「仮にも自分を好きになってくれた人を悪く扱ってはいけないって、おかーさんに言われたことがあるんです。だから……」
「……」
「……変、ですか?」
「大きいな……」
「えっ!?」
ミルシェは両腕で自分の体、というか胸を隠した。バンズさんの目が光った気がした。
「違う違う! (いや決して違わないんだが)そうじゃなくて俺は器が大きいなって言いたかったんだよ!」
なんだー……、とミルシェは自分の勘違いを恥じたように息をつく。
俺が四六時中おっぱいのことばかり考えてると思われてんじゃなかろうか。大体そうなんだけどさ。
「分かった、治そう。ここで待ってる?」
横に首を振った。
「いえ、パルゴアさんに言っておきたいことがあるんです」
何となくミルシェにはもうパルゴアに関わって貰いたくなかったが、彼女自身がそういうのなら仕方無い。バンズさんに目配せをして、彼が頷くのを見てから俺は倒れているパルゴアへ足を向けた。
・
「うぅぅ、ぐぐ……ん……ひぃっ、お前ッ!?」
意識を呼び戻しすぐ側にいる俺を見て、恐れに染まった声を上げた。
「動くな。治療中だ」
「はぁっ!? 治療……!?」
仰向けのままのパルゴアの左胸に手を当て、『乳治癒』を施している。あちらこちらバキバキだった骨は、ほとんど回復し今は痛みが残る位だろう。
「ミルシェに感謝しろよ。お前が怪我したままじゃ心配っていうから」
「み、ミルシェが……?」
首だけ上げ、俺の横で治療の様子を見ているミルシェを見やる。その彼女はパルゴアのすぐ近くに膝を突いていたが、俺の背中で庇うように半身を隠していた。その後ろには更にバンズさんがいる。
「そうか、ミルシェ……! 君ってヤツはぁ……!」
体ごと起き上がろうとするから俺は治療しながら床に押さえ付ける。まだ動くなって言ってるだろうに。
まあミルシェの底なしの優しさに触れ感極まるのも分かるが。
「やっぱり僕達は相思相愛なんだね!!」
……ん?
「分かった、君の気持ちはよーく分かった! 許嫁は第二夫人にする! ミルシェを僕の正妻にしてあげるよ!!」
聞き間違えたかと思う。けど嬉々としてパルゴアの発した言葉は現実らしい。コイツ実は凄いメンタルなんじゃないか?
「お前なぁ……」
「うるさい!! これは僕とミルシェの話なんだ! 平民は黙って僕を治療しておけ!!」
「……おぅ……」
厚顔無恥も、ここまでくれば自己PRに使えるのでは無かろうか。
ウンザリした顔をバンズさんに向けると、向けられた方も呆れかえった顔をしている。
「あのな、テメェ――……お?」
バンズさんが青筋を浮かべながら近づこうとして、ミルシェがその前に遮るように立つ。
パルゴアに向けるには勿体無いくらいの優しい笑顔を浮かべている。
俺は笑っているように見えたが、
彼女はにっこりと笑みを濃くする。そして、
「――パルゴアさん。貴方と結婚とか、正妻とか……」
「うん、うん!!」
くわっ!!
「お断りです!! このクソ野郎ッ!!」
「ぅんぼぎぃっ!?」
蹴った。ワオ。
気持ちの良いキックは半円を描き、パルゴアの首をねじ切らんばかりだ。折れてない? 大丈夫? 『乳治癒』する?
「よくもよくもよくも!! そんなことが言えますね!? 貴方の事なんて、大大大大大嫌いですッ!!」
まさに烈火の如く、だ。部屋中を響かせる大声をパルゴアにぶつける。後ろにいた俺すら耳がキーンとなる位なのだから、直撃を受けた方は如何なものか。
「かひゅ、しょ、しょんなぁ……ぁぅっ……」
色んな意味で大ダメージの様子。
ミルシェのこの上ないほどハッキリした拒絶を喰らい、パルゴアは失意のまま悪夢の淵に戻っていった。
強烈なキックをお見舞いした本人は興奮収まらない様子で肩と胸を揺らしていたが、やがて俺のポカンとした顔と大爆笑するバンズさんを見て我に返ったらしい。
「はっ!? そ、その……せ、せっかく治療してくれたのに……ごめんさないっ!」
勢いよく頭を下げるミルシェを見て、俺は
「は、ははは、あはははははは!!」
笑わずにはいられなかった。
「ちょっ……なんで笑ってるんですかぁ!? おとーさんも笑いすぎだから!!」
「ははははははははは!! いや、ごめんごめん……どうする? また治療しとく? あと十倍は蹴っていいぞ」
「もう! からかわないで下さいよ!!」
顔を真っ赤にして怒る彼女を、俺とバンズさんはさんざんからかって笑いあう。
これからの苦労を考えると、きっと笑っている場合じゃないのだろう。けど、笑いたいときに笑えるのは良い事だと思う。面白いことを大声で笑うだけで俺らは前向きになれる。下を見ているよりずっと良い。
ミルシェが拗ねて二人で平謝りするまで、俺達は笑い続けた。
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