さようなら、クソ貴族サマ
「バンズさん、これ」
「あん? なんだこりゃ」
「この屋敷の鍵です。その一番右にあるのが書斎の鍵で……ちょうどそこの穴から斜め下に見える部屋ですね」
執事長から奪った鍵を取りだしバンズさんに渡す。
「鍵って……お前そんなものまで手に入れていたのか!?」
「執事長から成り行きで……書斎にはサルテカイツ家が今まで行ってきた事の証拠や、王都役人との取引の記録もあります。ちなみに牧場の権利書は金庫じゃなくて、右側本棚の執事日誌No.17に挟んでいるみたいですね」
俺の言葉を聞き、バンズさんは呆れたように言う。
「……全く、俺が現役の騎士だったならスカウトしておく所だ」
遠まわしに褒められたと気付いて、ちょっと照れくさくなる。
「俺は残りの奴等を治療しておきますから、ミルシェとバンズさんは先に行っててください」
俺もすぐに行きますと付け加える。
「……おう、分かった。ミルシェ、必要な書類を整理するから手伝え」
「あ、うん。分かったよ、おとーさん」
一瞬、バンズさんの目が俺の目とかち合う。そこから何を感じ取ったかは分からないが、俺が何をしようとしていたか薄々は気付いたのだろう。
瞼を閉じることでバンズさんへの会釈とした。
・
「さて……」
二人が入り口から出ていったのを確認し、俺はパルゴアの元へ歩み寄る。
これからする事を、特にミルシェには見せたくない。
二三発頬を叩きパルゴアの意識を覚醒させた。
「か、げはっ、ば、馬ァ鹿! おまえらはもう終わりだ! こんなことしてただで済むと思うなよ!」
気絶したり命乞いしたり求婚したりイキったり大変だな。
「お前らも牛もみんな殺して、ミルシェは奴隷にして売り飛ばしてやるっ、全員地獄を見ろ!!」
「……そりゃ困るな」
あながち負け惜しみとも思えない。悪事の証拠や騎士団の介入があったとしても万が一がある。
こいつがどのくらいの権力を持っているかは知らないが、このまま他の奴らに任せ目を離すのは不安だ。
「だから、こうする」
「あぁ!? 何をっ……ぎぃ!?」
左胸に手を当て『
「き、汚い手で僕に触るな……あぐぅ!?」
「ツれないな、さっき同じように治療したじゃんか」
それも根こそぎだ。流れ込む例の感覚、経験値という手触りだ。
パルゴア・サルテカイツとして得た物を全て奪い取る。
「言わなかったか? お前はここで殺すって」
「ひっ……!?」
パルゴアの顔から血の気が失せていく。自分を押さえている左手を見て、うわ言のように呟いた。
「ま、まさか……心臓を……!?」
心臓? 何のこっちゃ。
「いやだ、いやだいやだいやだぁ! 死にたくない、死にたくないぃぃぃ!」
自分の運命を理解したのか必死に暴れだした。当然、ビクとも動かさない。今の俺のとってコイツの抵抗は、まな板の鯉以上のものにはならない。
ミルシェに悪いからな、命までは取らない。
だがそれ以外は全て捨ててやる。
ミルシェの事や牧場に関わった事、貴族のマナーやペンの持ち方までコイツの十数年の記憶と経験値を。
人間らしさや好奇心に探究心、欲求まで何もかもを全て奪い尽くす。
脳を発達させ、道具を言語を火を使えるようになった今日までには、先人達の見えない蓄積が礎となっている。
遺伝子に刻まれた経験の蓄積を経験値というなら、もしそれすらも奪えるというなら。
「悪いな。お前の未来を奪うって決めたんだ」
それはつまり伸びしろの剥奪だ。獣と人間を分ける垣根を壊すことに等しい。
お前という人間は此処で完了する。未完成のまま完成してしまえ。
「やめ、やめてぇ……お願いじまず……! 許して、ぐだざ……い……ぼくの、僕を……
「うるさい」
指がパルゴアの胸にめり込み、あばら骨を軋ませる。
俺はミルシェほど優しい人間じゃない。とっくの昔にキレていた。これ以上、あの二人にもハナ達にも関わらせない。
その為なら俺は手を汚すことだって厭わない。
「おやすみ、パルゴア・サルテカイツ。良い夢見れるといいな」
「か……ぁ…………ぅ…………」
そして名もない男は眠りについた。
目が覚めた時、世界は新鮮さに満ちているだろう。
全ての記憶を失った男は一体どんな夢を見るのか、興味はあるが別に知りたいとも思わない。
・
「次はコイツだな」
パルゴアをこの世から消した後、倒れていたライジルへ同様に手を下ろした。
ライジル
【神威代任者】
トップ ―
アンダー ―
サイズ ―
97年9ヶ月11日物
レベル 59
体 力 55/211
魔 量 30/102
筋 力 42
魔 力 189
敏 捷 88
防御力 55
右乳首感度 1
左乳首感度 1
「やっぱりパルゴアの手下とはレベルが違うんだな」
相当の実力者だとは思っていたが、こうして数値になると比較しやすい。
神威代任者ってこう書くのか。しかし神の威を代任するとか、実は偉い奴かもしれない。
だが、バンズさん達に仇を為すなら誰であれ敵だ。
とりあえず『奪司分乳』を発動し経験値を奪うことにする。弱体化しておけば、もし再び立ち向かってきたときやりやすい。
もしかしたら魔術などのスキルも奪えるかとちょっと期待したが、奪取可能項目には表示されなかった。
元々俺のスキルでは奪えないのか、レベルが足らないからなのかは分からないが仕方無い。
ライジル
【神威代任者】
トップ ―
アンダー ―
サイズ ―
97年9ヶ月11日物
レベル 1
体 力 9/29
魔 量 11/30
筋 力 11
魔 力 19
敏 捷 8
防御力 8
右乳首感度 5
左乳首感度 5
ややあってチンピラ三人、執事長、パルゴアを合わせたより遥かに上回る経験値をストックできた。
これをうまく活用できるようにするのは今後の課題だ。
(じゃあ次はコイツの記憶だ。何で牧場を欲しがるのか、その旨を胸に聞こうじゃないか。なんてな)
そして脳裏に映し出される記憶。ライジルから見た俺、パルゴア、ミルシェ……あれ、ミルシェなんか光ってる? 心臓に加護? 俺がした? いつ?
最近の記憶から読み取り、屋敷でのパルゴアとのやりとり、その時のライジルの心境。
サルテカイツの家臣達を屋敷の外に出した本当の理由は、隙あらばパルゴアを殺して俺のせいにする気だったのか。なんて奴だ。
記憶の逆行は進む。
『夜霞の徒』としての活動、人には言えない仕事、時間を遡るほどに薄く細くなる記憶の海。深く潜るような息苦しさが俺の喉を絞めるようだ。
その記憶の中で明らかに異なる物があった。
不意に自分がその場にライジルとしているかのような臨場感、コイツにとってそれほど鮮明な記憶なのだろう。
『ふぅん、じゃあ君の言うとおりだったってこと?』
『はい。我々の求めていたものに相違ないかと』
ライジルが跪き誰かに頭を下げている。その記憶から読み取れる感情は尊敬、畏怖、心酔……パルゴアに使えている時とは比べるまでも無い。
(コイツがライジルの本当の主か)
『そっかー。他の連中が気付いた可能性はある?』
『不明です。ですが目立った動きが無いので、可能性としては低いかと』
二人の居る場所は、石造りの神殿……とでも言えば良いのだろうか?
俺の視点であるライジルは床に、高い位置にはそのボスらしき人物が座っている。その顔は良く見えない。
慇懃に固まったライジルに比べ、相手は随分フランクな話し方だ。
『いいよーやっちゃって。君に任せるよ。上手く手に入れたらご褒美あげるから』
『おお……! なんという……!』
身を走る恐悦。信じがたいまでの多幸感とモチベーションが沸いてくるようだ。
『必ずやあの【聖脈】の地を手に入れて御覧にいれます! 全ては我が神の為に!』
……聖脈? 神?
『うんうん、カミ期待してるよー。ところでさ……』
ヒラリと床に降り立った姿は若い女性のように見える。
顔はよく見えないが、立ち振舞いからかなりの美女だと思える。
踵まで伸びた長い黒髪をなびかせて、俺の……ライジルの前にやってくる。
そしてその顔を覗きこんできた。
『――
恐怖すら覚えるような美女が言った言葉は、俺の五臓六腑を氷漬けにした。
「……――ッ!!」
ライジルの記憶の海から浮上し、腰をついてしまった。今は貴賓室の絨毯の柔らかさが知覚できる。
「……なんだったんだ、今の……?」
吹き出る汗の冷たさに自分で驚きつつ、気を失っているライジルを見た。
――君、誰だい?
あの人物が言った言葉は、ライジルではなく俺に対しても物だ。
馬鹿な、そんなはずあるか、記憶の存在が現在の俺に話し掛けてくる訳がないだろ。
常識的に考えればそうだ。だが、拭いきれない悪寒がそれを肯定してくれない。
仮にだ。もし仮にそんな真似が出来る存在が居るのだとするなら。それは何者だ?
ライジルの主人である以上、ライジル以上の実力者である可能性が高い。
【神威代任者】が優れた力を持っているのは薄々わかってきたことだ。それを上回る実力者ということは、より上位の存在――。
「神か……?」
ポツリと呟いた言葉は、俺自身の耳にも入らないくらい小さな音でしか無かった。
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