おっぱいには敵わない(下)


 

(ちくしょう……涙でミルシェもおっぱいも見えねぇ……)


 右手はどこまでも沼に、いや沼になんぞ喩えるのは失礼だ。極上の柔らかさに沈み込む。指が溺れる。くしゃと皺をうつ数枚の布が柔肌の防御の全て。それすらもたまらなくイジらしい。


「ん……ふふっ、ムネヒトさん……面白い顔してます……」


「え、ウソ、マジで……?」


 ミルシェはそう言って笑うが、当然自分じゃ分からない。おっぱいを触っている時はこんな顔をすべし、なんてネットにも指南書にも載ってなかった。


「……ふぅ、あっ、急に……真面目な顔になりましたね……」


 ミルシェの言葉に顔に血が上る。

 逆じゃない? なんで揉んでる側が羞恥プレイされてるんだ?


「仕方ないだろ……こんなの平静でいる方が無理だって」


 抗議の声もなんとも震えてしまい情けない。

 ミルシェの胸の感触と暖かさが伝わってくる。文字通り手に余る豊穣さは見た目以上のポテンシャルを誇り、たっぷりの重量感に対してふわふわの強度がむしろ心配になってしまうくらいだ。

 それに反して指を外へ押し返そうとする反発力は、不可侵の純潔性と将来への更なる飛躍を思わせた。


 つまり最高のおっぱいである。またしても最高の報酬を受け取ってしまった。

 彼女を助けられた事が最高の報酬だったしもちろん本心だ。でも最高が二つあったって良いじゃん。おっぱいは二房あるんだし、最高が二つなのはむしろ自然だよ。


(ふわわぁ~……おっぱいってしゅごいのぉ……)


 秒単位で知能指数が低下していく。しばし亡我のまま五指をやわやわ動かしてみる。揉みしだくなんて恐れ多い真似は出来ない。一揉みごとに三回は拝みたいくらいだ。一揉三パイだ。


「……っ! だ、だめっ……」


 至福の夢想から浮上させたのはミルシェの声だった。すわ調子に乗りすぎたか!?


「ごめん! 止め……に……?」


 駄目と確かに言ったミルシェだが、俺への制止ではないらしい。目を下に向けたまま、肩を震わせながら呟いた言葉が俺の耳に届いただけだった。


「だめ……これは……お礼、なんだから、気持ち……良くなった…………ら、だめ……でも……な、んで……こんなにぃ……」


 耐えるように、自分に言い聞かせるように口を動かしていた。イジらしく上体を突き出しているが、息も荒くモジモジと小刻みに体を動かしている。


(ミルシェ、もしかして……?)


 男である以上、俺には彼女の心情を完全には理解できない。だが俺は自分にとって都合の良い妄想をチラつかせる。


 それを補強するかのようにミルシェに変化があった。

 俺の右手下にある柔らかい大地が、正確にはその一部が俺の親指付け根辺りを突付く。柔肌の中で隆起したそれは布の下から自己を主張していた。


 ピコン! と例のマヌケなアナウンスが脳内にお知らせを流す。


 起立率 88%


 またしても馬鹿みたいなスキル表記だったが、血潮の猛りを加速させるには十分だった。

 脳はただミルシェの恩寵おんちょうを感受するのみの低能な器官にし、心臓は生涯最大の働きを見せ、勤勉にせっせと血流を五体へ送る。


 視線を左へ流す。未だ手付かずの彼女の右胸、その最も前に突き出された所がツンと膨らんでいた。白のシャツに1センチにも満たない影を生む小さな尖塔がある。

 部屋も薄暗かったし注意しなければ気付かないような変化だったが、この俺が見逃すはずない。


「あっ……!」


 俺の視線に気付いたのだろう。ミルシェは右手で自らの右胸を、正解には硬くなった一部を覆い隠した。


「違います、これは違うんですっ!」


 涙目で首を振る。


「ここは……勝手にこうなっちゃった、だけで……」


「…………」


 何も言わず彼女の右手に自分の左手を重ねた。ミルシェが一度震える。そのまま十秒ほど経過あと、左手を動かしミルシェの手の下に潜り込ませようとした。


「ひゃ、ぁぅ……ムネ……ヒトさん……っ!?」


 彼女はまた震えた。

 指先が侵入し、手の甲には彼女の掌の熱が伝わり、指には俺の右手と同様にバストへ触れる。

 やがて左人差し指が胸の先端に到着した。彼女が三度目、大きく震える。そっと指の腹で最も熱い部位を擦った。


「んっ!? ぁぅっ……!」


 1ミリ動かすのも躊躇いながら上下へ左右へ。連動するようにミルシェはピクンピクンと身体を揺する。

 精一杯背伸びした頂点を、子猫の額を撫でるように優しく触る。熱く、硬い。夢のように柔らかい果実のただ二箇所の例外だ。


「はぅ……ゃあっ! そこはっ、ぁあっ……!」


「……痛かった?」


 栗色の髪が横に揺れる。


「痛くないです……でも、でもぉっ……痛くないから、駄目なんです……!」


 何度生唾を嚥下しても喉の渇きは一向に癒されやしない。首から上だけ砂漠にいるみたいだ。

 これもスキルの影響か。あるいは前世で培ってきたおっぱい学習の成果か。力加減や指の動かし方、どこをどうすれば痛くないとかどうすれば心地いいとか全て分かる。


 左指であくまで優しく絶え間なく硬くなったソコを転がし、右手はやや浮かし手の平全体でくすぐる様に撫でる。先端が負けじと手の平を突付いて来る。


 もちろん急所だけではない。手の全体を使い、重量感たっぷりの膨らみを下から持ち上げるようにほぐす。

 いま俺の手は最前線を立派に戦っている。なんという大役、名誉ここに極まれりだ。


「あ、あぁぁっ、ひゃん! ぁうぅ、ふぅん!」


 耳に届くミルシェの声が熱と色を帯びてくる。それは俺の脳髄を砂糖の剣が貫くような刺激だった。


(まだ、まだまだ……!)


 制限時間ギリギリの爆弾を抱えているような焦燥の中で、俺は機を待っていた。暴れ狂う血液をそのものが意思を持つかのような錯覚に陥る。


 熱と硬度を増す彼女の一部、今はあえて触らずその周辺を円を描くように指を動かしていた。

 服で隠れて分からないが俺なら当然分かる。白肌から別の色へ変化する微妙な境界をクルクルと、中央の蕾には触れないように。

 急所には触れていないというのに起立率という数値は徐々に上昇していく。


「くぅ……! はぅ! ぁア……ぁっ、ひゃっ……ん、んんっ! む、むねひと、さん……!」


 ミルシェの潤んだ瞳が俺を咎める色に染まる。しかし純色ではなく、構成する大部分は甘えるようなねだるような物が混ざっていた。

 起立率数字が99%になった瞬間ーー


 いまだーーーーーーー!!


 確信と共に左右の親指、人指し指でミルシェの体で最も前にある部分つまみ上げた。今までより強く、だが痛みを与えないように尖塔を挟み込み僅かに捩らせる。


「ひゃっ、あぁッん、んんんぅーーー!」


 今までで一番大きな声を上げ上半身を仰け反らせた。ミルシェは自身の大きな声を恥じたのか、両手で口を覆った。それでも手から漏れるくぐもった少女の声は耳に熱っぽい。


 起立率は100%に到達した。


 よっしゃぁぁぁぁーー!!


 生まれて初めての達成感に、心の中で凱歌を上げた。

 指からミルシェの敏感な部分から手を離し、再び両胸に軟着地(誤用)させた。


 よっしゃぁぁぁぁーーじゃねぇぇーー!!


 そして押し寄せる罪悪感の大波。何やってんだ俺の馬鹿! でもまだまだ揉んでいてぇーー!


「はぁ……はぁ……あぅ、まだ……」


 肩で荒く息をしていたミルシェはしつこく胸を覆っている俺の手を見やる。ごめんなさい、しつこいってことは分かっているんです。でも離れたくないんです。おっぱい最高です。


「待っ、てください、これ……以上はダメ、です……」


 息も絶え絶えに拒絶の言葉が届く。そりゃあそうだ、そもそもこんな展開おかしいのだ。

 だが俺は今どんな顔をいているだろう。自分じゃ良く分からないが、ミルシェには見えているだろう。

 クスリと困ったように、妖しく微笑む。始めて見るタイプのミルシェの笑みだった。上気した彼女の頬の色がそう見せるのだろうか。


「このままじゃ、ダメです……制服が皺になっちゃいます」


 だから、


「服、脱いでも良いですかぁ……?」


「ーーーーーー」


 ミルシェの両手はいつしか俺の手を掴んでいた。いや掴んでいるというよりは添えている。自分の乳房を触る異性の手を拒むことなく添えているだけだった。


「ムネ、ヒトさん……」


 彼女が呼んだ己の名前に、どんな思いが込められていたか分からない。


「……ミルシェ……」


 己が呼んだ彼女の名前に、どんな思いが込められたかも分からないのだから。


 パルゴアとか、屋敷からの脱出とか、追っ手とか、何もかも一切が頭から吹き飛ぶ。

 琥珀色の瞳は涙が零れそうなほど潤み、しかし沸騰しそうな熱を思わせる。

 そしてその瞳へ俺の熱を投げ入れるように見つめた。十指に意思が戻った。もうミルシェしか見えない。


 お互いがお互いの名を、あるいは別の事を言おうと再び口が開きーー……。


「ミルシェーーーーーーーーーーーーーーーーーー!! 無事かーーーーーーーーーーーッ!!」


 ドアから大男が乱入してきた。


「あっ」


 冷や水を浴びるというのはこういう事か。

 マグマのような血液が急速に冷却され岩石にでもなりそうだ。

 薄暗い室内では顔が分からないが間違いなくバンズさんだ。だって娘の名前を叫んでいる。

 その大事な娘であるところのミルシェさんに狼藉を働く男がつまり俺でして。


「俺の娘に何してやがるこのクソカスがあああーーーーーーーーーーーーッッ!!」


「ゴバァーーッッ!?」


 当然、走り寄ってきたバンズさんにど突かれました。

 それはもう見事なフックで、俺の横っ面を撃ち抜き首を半分トルネードさせた。初対面時に喰らったミルシェのビンタとそっくりな起動。

 なるほど、ミルシェの才能は父親譲りだったのね……。


 薄れ行く意識の中、そんなことを思った。


 ・


「ミルシェ! 大「バカーーーーーーーーー!」丈夫かって、えええーーーー!?」


 娘の危機を救った父親に返ってきたのは、その娘の罵倒だった。


「なんてことするのーーーー!? バカバカバカーーーーーー!!」


 息の続く限り罵倒を叫ぶミルシェ。罵倒を向けられた側は混乱する。バンズにしてみれば当然の攻撃であり、仮にムネヒトが起きていれば彼を弁護しただろう。

 大切な娘の危機と、病み上がりの身体を引きずり正に決死の覚悟で乗り込んできたバンズに対し、これはあんまりな歓迎だった。


「バカって、だ、だってお前いま襲われてたじゃねぇか!」


「おそわっ……それは、えっと、治療……そう治療だよ! 私に怪我が無いかムネヒトさんが診てくれてただけだよ!」


「はぁ!? ムネヒトだって!? ……あー! ホントにムネヒトじゃねぇか! なにしてんだこんな所で!?」


 そこでようやく自分が殴り倒したのはムネヒトだと気づいた。打ちどころが悪かったのか、鼻血を噴き出し酷くニヤけたまま失神している。


「だから私を助けに来てくれたんだって! それを……おとーさんのバカーーーーーー!」


 とはいえミルシェは今まで文字通り乳繰り合っていたのだ。

 自分の中で燻ぶる謎の感覚を持て余していたし、父親にそんな場面を目撃された恥ずかしさや自覚していない名残惜しさも手伝い冷静さを著しく欠いていた。

 彼女自身が考えを整理できないまま口汚く罵るしか出来ない。


 そんな言葉の暴力にさらされた父親は、


「ふぇぇ……」


 哀れ、半泣きである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る