おっぱいには敵わない(上)
「あの~……ミルシェ?」
もぞもぞ……
「すいません……ご迷惑じゃなければ、もう少しだけこのまま……」
彼女は俺の胸に顔を当てている体勢のため、言葉が鎖骨にあたり振動となる。骨伝導する声がくすぐったい。
「め、迷惑なもんか。いくらでもいいよ……」
もぞもぞむにゅむにゅ……
「ありがとう、ムネヒトさん……」
もぞもぞむにゅむにゅぷにぷに……
泣き止んだミルシェは、未だ俺の腕の中に居た。お互いの両腕がお互い背中を抱えたまま結構な時間が経ったと思う。
俺の手は所在なく背から離陸許可を待っていたが、彼女の手は全く動かない。
動いてるのはむしろミルシェ本体だった。時々もぞもぞと収まりの良い位置を探すように上半身が動く。
そうするとね。凄く押し付けられる訳ですよ。はい、おっぱいですね。
立派すぎる膨らみがむぎゅむぎゅ潰れちょうど俺の鳩尾辺りを押してくる。あまりに密着しているから、双つじゃなくて一つにも感じる。
(ヤバい、スーパー気持ちいい)
我ながら現金なもので、戦闘の興奮が去り冷静になった途端にコレだ。
思えば女の子と抱き合った経験など俺には無い。全身に伝わる少女の熱というものは、さながら心地の良い猛毒だ。
「不思議なんです。こうしてると……ムネヒトさんにこうされてると、とても安心出来るんです。怖かったことや悲しかったことが、流れていくみたいで……」
「……そうかぁ」
そう返すので精一杯だった。
もしやミルシェがリラックス出来ているのも『
余りに柔らかすぎる物が俺の上半身を行ったり来たり。
ミルシェの柔らかい抱き心地、息遣い、金木犀にミルクを溶かしたような甘い香りが三次元的に俺を責め立てる。
コレ本日一番凶悪な攻撃だコレ。さっきのシンイなんとかなんて屁でも無いよ。
ミルシェが強く抱きつきながらすりすりむにゅむにゅしてくるから俺の体は動けない。対して腰の方は不自然に引けていく。今の俺、横からみたら数字の『5』みたいになってるもん。
「私、こんな目に遭うなら女の子で生まれてこなければ良かったって、思っちゃいました……」
「それは――!」
「パルゴアさんに言われたんです。お前は男を悦ばせる体以外に魅力なんか無いって……」
あの野郎そんなこと言ってやがったのか。あと3.14倍は殴るべきだった。いやもう今からゲンコツの追加発注だ。
「でも、ムネヒトさんは違うって言ってくれるんですか?」
「当たり前だ」
そんなことは絶対にありえない。
現在進行形で俺もその抗いたい魅力を押し付けられているわけだが、それでもそれ以外に価値が無いなんて暴言は死んでも言うものか。
「パルゴアは常に真実しか言わないような、意地悪な神様の使徒かなんかか?」
俺の胸元で首が横に揺れる。
「アイツは良い所を見つける事が出来なかったってだけだ。自分の見る目の浅さを、ミルシェのせいにして押し付ける様なヤツだったって事だよ」
「……」
「そんな奴の為に自分のことを嫌いになるなんてのは無しだ。だから、えっと……その……」
ええい、もっと上手く慰められないのか!
「ミルシェならいつか絶対に大切な人が出来るから、その人には好きな自分を見せないと損というか、勿体ないというか……」
「……――!」
なんだこの慰め方。傷付いた女性をスマートに癒せるイケメンに、私はなりたい。
そろそろ離して頂かないとマズイなー。でもあと七時間はこのままがいいなー。
とか考えている内に、ミルシェの方から体を離した。俺と彼女の間に一瞬の涼しさが通り過ぎるほど、引っ付いていたらしい。
「お礼を……させて下さい」
「え? いやいや、いいよお礼なんて……」
彼女を助けられた事が既に最高の報酬なんだ。おまけは今貰ったし。ご馳走様です。
「駄目です!」
ミルシェは例の頑固さをここでも発揮した。
「ムネヒトさんは私を助けてくれました! ハナもおとーさんも牧場も、みんなムネヒトさんが助けてくれました! これはもうお礼を受ける義務があります!」
「義務て」
熱の籠った彼女の謎弁論は、俺の頬を緩ませる。
「そっか、ありがとう。じゃあ牧場に帰ってから……」
「駄目です!」
「!?」
「その……ここでお礼をさせてください……」
次の言葉は、語尾が小さくなっていく。
「え? いやここはサルテカイツの屋敷だしコイツらだっていつ起きるか……」
辺りには未だ悪夢の中を漂う連中しか居ない。とはいえ目を覚ませば面倒な事になるだろうし、騒ぎを聞きつけ第三者がくるかも知れない。なるべく早くここから脱出するべきだ。
もしかしてこの屋敷の金目のものを伝統的RPGよろしく永遠に借りて俺に渡すという事をするつもりなのだろうか?
「……だって、ウチに帰ったらおとーさんがいるでしょうし……それに、勇気が消えちゃうかもしれません……」
「はい?」
「ムネヒトさん」
困惑する俺に彼女は追撃をかける。
「私に出来る事なら、何でも言って下さい……なんだってします」
「……はい?」
ん? いま何でもって……というお約束の台詞が続きそうな言葉が聞こえて来た。
「お願いします。貴方のお願いを……お願いさせてください」
やけに潤んだ瞳で俺を見上げてくる。近い近い。いわゆる上目遣いというあざといポーズだが、俺(童貞)には効果大だ。
「お、おま……お願いって……」
舌の機能が著しく低下する。そういう事は、特にミルシェみたいな美少女が男に対して言って良い言葉じゃない。誤解と暴走を生んでしまう。
しどろもどろになりながら何とかミルシェを説き伏せようとして、それが目に入った。
見下ろす形なら当然だ。おっぱいですよ。
服を押し上げる乳房は、襟付近ではボタンの窮屈な拘束から逃れていた。つまり第一、第二ボタンが外れ限られた自由な空間から溢れる乳肉。
圧迫され余計に深々見える谷間だ。白いシャツとは違う種類の肌の白さが俺の目を釘付けにする。
中央に刻まれたその深さはまさに人類未踏の地、いや乳だった。
「あっ……」
そんな視線にミルシェが気付く。当たり前だ。女性はそんな目に敏感というし、今まで合っていた目が下にずれれば誰だって気付く。
恥ずかしげに両腕で両胸を抱えた。俺は隠しきれないボリュームをしっかり見つつ慌てて弁明する。
「あああ、ちが、違うんだ……」
弁明ですらなく、ただの見苦しい言い逃れだった。そもそも違わない。
「あの……えっと~……」
組んでいた両腕を恥ずかしげにゆっくり外し、自身のバストを下から掌で持ち上げた。素晴らしい。その仕草はアウト寄りのアウトです。
「やっぱり……これ、ですかぁ……?」
オフコース。オフコースってなんだよ。
「な、なななにを言ってるんだ! しかもやっぱりって!?」
「だってムネヒトさん……おっぱい好きなんでしょう?」
「!?」
はい大好きです。と馬鹿正直に言う訳もなく往生際悪く平静の仮面をつける。
「ま、まあそりゃあ……健全な男だし人並みには興味あるっていうかなんていうか……なんでそんな事言うのさ?」
「初対面の時から……ずっと見てましたし……」
「!?」
「それからも一日に30回は見てましたし……」
「!?!?」
ふぇぇ、モロバレだったよぅ……。
もう泣きたい。
大変な目にあったばかりのミルシェにエロい視線を向けてしまった。
パルゴアに説教してミルシェにクサい能弁垂れたクセにこれだよ。自己の節操の無さに消えてしまいたい。
心の中で滝のような涙を流しながら、ミルシェにどんな謝罪(既に土下座は確定)をしようかと思案する。
「…………よし!」
そんな俺をよそにミルシェは決意したように言い、腕を今度は胸の下で組みソコを強調するように突き出した。息を大きく吸って、吐いて、吸って、吐いて彼女は口を開く。
「……どうぞ…………」
ミルシェの顔は真っ赤だった。
……。
…………。
………………。
「……えっと?」
今どうぞって言いました?
「…………っ」
彼女の朱の差した頬は緊張に強ばり、ミルシェはただ胸をズイと俺に寄せる。ゆっさ、と不可視の擬音が聞こえてくる。
……触って良いって事か?
「待て待て待て! そんなこと出来る訳無いって!」
お礼を体で支払わせるとか、俺最低じゃないか! パルゴアに負けず劣らずだ!
「……は、はやくお願いします……人が来ちゃいます」
震える声と胸は催促する。ミルシェは目を閉じて待つ、いや覚悟している。
ごくり……。ごくりでもねぇよカス!
モタモタしていればいずれ人は来るだろう。けど、モタモタするくらいならモミモミすれば良いじゃない? とはならんだろ。
いやミルシェが良いって言うなら良いのか? 合意の上なら触っても合法? ラッキースケベじゃなくてハッピースケベならOK?
馬鹿か落ち着けそんな場合じゃないTPOをわきまえろ。
だが目の前10センチには念願のおっぱいだ。しかもメートル突破の規格外、正直超触りたい。贅沢言うなら顔ごとダイヴしたい。
でも駄目だ。
俺に礼をするために勇気を振り絞ったに違いない。
それは俺が悪い。普段から俺がアホ面を晒しておっぱいガン見していたからミルシェは気を使ったのだ。じゃないとおっぱいを差し出す筈が無い。
(ここは断るのが正解だ)
非常に、血涙が出るほど非常に惜しいが男として当然だ。据え膳など保留だ保留、ヘタレと言いたければ言うがいいさ。
『魅力的な提案だが、駄目だよミルシェ。女の子がそういう事をしちゃあいけない。さっきも言ったように、いつかミルシェが本当に好きになった人に……君を本当に大事にする人にしてあげるんだ』
――これだ。
ミルシェの勇気を受け止めつつやんわり断り、俺の紳士株回復も兼ねた完璧な台詞だ。
またしても歯の浮くようなクサい言葉だが言え、言ってやるんだ。
「むぃりょ、みにょきゅってくぃ」
盛大に噛んだ。
クッソ全然駄目じゃねぇか! 俺は呂律まで童貞なのかよ!!
「――――もうっ……!」
はっきりしない俺を、一瞬咎めるような目で見た彼女は徐に、俺の右手首をとった。そのままぐいっと強く引き寄せ――
「じれったい……です」
自身の左胸に深く押し当てた。
「――――――――」
時が止まる。いっそ心臓も止まってしまえと思った。
脳細胞が焼けるとこんな感じなのだろうか。
ウルトラ柔らかい、今ミルシェが自分から手を? おっぱい。Oh! 異世界にブラジャーってあるのかな? 温かい。おっぱい。何が起こった? おもーい。101センチかぁ……。めっちゃ気持ち良い、早くこの屋敷から逃げないと、大きいな、おっぱい。この年の女の子ってこんな大胆なのか? これは神。契約書も回収しておきたい。おっぱい。手とか洗っとけば良かった。さぞ肩凝るだろうな。ボイン。ふっわふわのぷるんぷるんや。人の争いのなんて虚しいことか。おっぱい。おっぱいおっぱい……。
「ひゃぁっ……」
指の微動にミルシェがくすぐったそうに喘いだ。
プリンのようだとか、ゴム鞠のようだとか、二の腕のプニプニとか、時速60キロの風力だとか、俺の陳腐な経験や想像力は意味を為さない。
「――――――――」
おっぱいはおっぱいだ。おっぱいは常におっぱい未満では無く、おっぱい以上におっぱいなのだ。何物にも替え難い奇跡だ。そんなおっぱいは俺をどこまでも、どこまでも――……。
「……あ、あのぅ……ムネヒトさん。なにか、言ってくれないと……逆に恥ずかしくって……んっ……」
「……ぅ、ぐぅ、ぬぅっ……ぉうぅ……ひぐっ!」
「え?」
「生まれてぎで……良がっだぁ……」
「そこまで!?」
こればかりはミルシェには分かるまい。だが世の男性諸君はきっと理解を示してくれるだろう。
大願の一つを、果たしたのだ。
いつか土に還るまで、この日のこの瞬間を俺は一生忘れない。生涯、胸に刻もう。おっぱいだけに。
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