牛と牛飼いと○○の神
目を開ければ青々と茂った枝が見える。葉と葉の間からこぼれた日の光が眩しい。
「……ここは……?」
身体を起こし辺りを見回すと、森の中だった。
先ほどまでの記憶はある。という事は、ここが俺にとっての異世界ということだろうか?
往生際悪く、もとの世界で事故により死んでしまったというのもFカップの女神に逢ったというのも夢かと思ったが、違うらしい。こんな場所など知らないし。
サクサクと、落ち葉が積もり柔らかくなった土を踏みながら歩き出す。
360度どこを見ても木しかない。真っ直ぐ降りてくる日光から今は昼頃なのだろうと判断できるが、森の中は薄暗かった。
「おっ……ぱぁぁぁぁーーーーーいっっっ!!」
ぱーい……ぱーい…………ぱーい………………。
叫んだ。返ってくるのは静寂のみ。人の居ない天地の静けさというのは神聖さすら感じる。そよぐ風が木々を揺らし時々聞こえる鳥の羽音のみが森の音だった。
「……こういう所でのキャンプも楽しそうだ」
言ってみたものの、アウトドアセットはおろか水も食料も無い。というか服装も違っている。俺が着ていたのはデパートで購入したちょっと値の張るジャケットだったが、今は古びた外套にゴワゴワした生地で出来た服だ。
日本の服装が不適切と判断され、この世界に合った外見になったということだろう。勿体ない気もしたが、裸じゃなくて良かった。
しかしここが何処か分からない。転生後すぐに森で迷子、挙げ句の果てに餓死とか洒落にならない。
「転生って言われたから、もしかしたら生まれ変わって赤ん坊からやり直すかと思ったけど……」
体の様子は生前? と変化無い。等身大の
転生というより召喚、いや追放だったかな? まあ、その辺の解釈違いなんて大したことないか。今は森を出て身の安全を確保する方が大事だ。
とりあえず歩いてみよう。
迷った森でウロウロするのは危険と知りつつ、じっと出来なかった俺は拾った石で木に×と目印を付けながら足を進める。空腹では無かったが、なんの備えも無いのは不安だ。せめて水だけでも見つからないだろうか。
「おっ」
しかし俺は思ったより幸運だったようだ。
森を横切る草の生えてない地面、明らかに人が踏んでいる道だ。つまり少なくとも未開の地という訳じゃない。ほっと胸を撫で下ろし、道を踏んで歩みを再開した。
「ん……?」
ふと物音が聞こえた気がした。野生動物かと思い身を固くしたが、どうやら違う。上手く聞き取れないが人の声だ。
つくづくラッキーだ。道を教えてもらえるかも知れない。
嬉々として音のする方へ走ると、すぐに人影が見えた。声を掛けようとして慌てて踏みとどまる。様子がおかしい。
「喧嘩……?」
五人程の男が何か言い争いをしているようだ。いや良く見ると四人が一人を取り囲んでいる。
一人の方は牛らしき動物に荷車を引かせ、それを庇う様にして何か怒鳴っている。四人の方も物々しく喚き散らし、手には鈍色の……刃物だ。
盗賊……!?
慌てて木の陰へ隠れた。
「だからよぉ!? その積荷を牛ごと渡せば怪我なんてしねぇだろつってんだろ!」
「これには金目の物なんざ無いって言っているだろうが! 俺んとこの牧場で使う器具やらエサしかねえ! 何度言わせる!」
「そりゃコッチの台詞だよクソオヤジ! かんけーねぇんだよそんな事はよ! いいからとっとと失せやがれ!」
間違いなく盗賊か山賊の類いだ。四人ともバンダナのような布で顔を隠し頭にも外套を被っていた。牛を連れた方は四十歳から五十歳くらいだと思うが、遠目で見てもかなりの大男だと分かった。だが多勢に無勢だろう。
リアルな暴力の現場に遭遇し、情けなくも足が震える。
どうする? 助けを呼ぶか? 誰か来てくれる保証はあるか?
木に背中を擦りつけながら様子を伺う。脂汗が溢れてきて、呼吸も荒くなってきた。
仮に俺がハッタリで大声を出したとして、あいつらが逃げるとは限らない。逆に逆上して暴力の矛先を此方へ向けるかもしれない。
道は分かったし巻き込まれるのは御免だ。このままやり過ごせと、俺の中の弱い部分が叫ぶ。
だからといって、見捨てられるかよ!
異世界に渡った奴がこんな時に逃げ出したのを俺は見たことが無い。
・
「めんどくせーな……おい、もうやっちまおうぜ? 積荷はその後にすりゃあいいだろ」
「そうだな……予定とは違っちまうが悪く思うなよ、素直に言うこと聞かなかったテメェが悪いんだぜ?」
「このッ………!」
ナイフを握り直し、その得物と同じくらいにギラついた目を牛を連れた男へ向けた。
襲われる側は後退りし、その分だけ囲む輪が狭くなっていく。
あと一歩、チリチリした殺気が形になる瞬間――
「ちょっと待て!」
この場の誰でも無い声が五人に耳に届いた。
弾かれたように振り返る盗賊の一人に、硬い物がめり込んだ。
「がっ!?」
左胸の辺りへぶつかったのは、ちょうど拳大くらいの石だ。たまらずナイフを落とし地面へ蹲った。
「誰……」
問う前に次が来る。それも二人目の左胸にぶち当たり、メリィとイヤな音をさせた。残った男達は頭を伏せ、石の飛んで来た方へ目を凝らす。木の影に若い男が居た。
・
当たっちゃった……。
野球などキャッチボール程度の経験しか無いのに、一投目からストライクだ。当てるつもりは無かったが、注意を反らす事には成功した。
足元に用意した石を持ち上げ、ただ思いっきりぶん投げる。10メートル程度の距離だが、自分でも驚くほど勢い良く男の胸に命中する。
心臓を狙っているとか、そんな物騒な話じゃない。
俺の視界には五人の男が映り、そこに重なるように十個の青い点が見える。
一人につき二つずつ、胸のあたりで左右対称に浮かんでいる。ならばこれは間違いない無いだろう。
……なんて知りたく無い情報なんだ……。
ピコン、と脳内に響く音。それはスキル開放のお知らせだった。
『
・正確に乳首を攻撃する事が可能、また攻撃効果も上昇する。射程距離や攻撃力は使用者のレベルに依る。
なんだよこのスキル! というか別に狙ってねーよ!
なんとも言えない気持ちを燃料に石を投げ続けた。
「今のうちに早く!!」
俺の意図を汲んだのだろう、牛を連れた男は一瞬の躊躇いも無く盗賊の男を殴り倒した。えぇーっ!?
「!? このクソジジィ!」
「
「ぐがぁっ!?」
一人を伸した後、続けざまにもう一人を殴り倒した。丁寧に俺の投石で苦悶していた男の頭を蹴り飛ばしてだ。なんだこのオッサンメチャクチャ強いぞ!?
(俺は今のうちに逃げてって言いたかったのに……)
いや、よく考えれば荷を繋いだ牛が早く走れるとは思えないし、荷を捨てて逃げるような事もしなかったし……結果オーライかな?
モォーッ!
「!?」
突然、牛の鳴き声が響いた。
「てめえ! 何をしてやがる!」
四人目が隙を見て積み荷の方に回り込んでいた。そして手に持っていたナイフを牛の背に突き立てた。
耳を突いたのは先ほどよりも大きな牛の叫び声だった。
刃の部分が隠れてしまうほど深く、渾身の力を持って刺したに違いない。
牛飼いの男が言葉にならない怒号を上げるが、四人目は止まらなかった。血にまみれたナイフを引き抜きもう一度、今度は横腹へ。目を覆いたくなるような残酷な行いだ。
「―――ハナ……ッ!!」
男の口から吐き出されたのは、恐らく牛の名前だろう。
ハナはついに脚を折り、牛繋ぎの棒を壊しながら倒れた。
「貴様ぁ……! よくも、よくも……!!」
男は牛に駆け寄り、怒りに満ちた目で盗賊を睨む。盗賊は振り返りもしない。意識のある者が無いものを肩に担ぎ、道を外れ逃走していく。
積み荷にも怪我をした牛にも見向きもしなかった。
「待てっ……待ちやがれ!! くそ……! くそ……!」
憎々しげに逃げる男を目で追うことしか出来ない。彼は牛の側から離れようとしなかった。
「ハナ……! すまねぇ……! しっかりしてくれ……!」
自分が血に濡れるなど構わず、引き裂いた布で必死に傷を抑える。止まらないおびただしい血液の流失は、そのまま牛の命の流失だ。
横たわるハナの息が弱くなっていくのが素人にも分かった。
「おじさん、これを!」
こんな光景を見て、いてもたってもいられる訳が無い。
俺も走り寄って身に帯びた服を引き裂きおじさんに渡す。
「すまねぇ……すまねぇ……!」
俺の手から布の切れ端を受け取りハナにあてがうが、あっという間に真っ赤に染まる。血の止まる気配は無い。
「薬とか無いんですか!?」
「……俺の農場にはある。だが、ここからじゃ……それにどの道この傷は……」
「そんな……」
おじさんの悲痛な呻きに、言葉を失う。
目の前の消えゆく生命に対して、何も出来ない無力感が胸を噛む。
クソッ……!
この人の接し方を見れば、ハナと呼ばれるこの牛がどんなに大事にされていたか分かる。
(それをアイツら! なんでこんな……!)
あの賊が刺した傷を睨むように見た。見て気が付いた。
【ハナ】
トップ 322㎝
アンダー 測定不能
サイズ 5.3㎝
38ヶ月物
状態 外傷による出血多量
人以外にも俺にスキルは適用されるらしく、ハナのステータスが表示されていた。だが、見つけたのはそこじゃない。
『
乳房に触っている間に限り、その持ち主を治療することが可能。接触箇所が乳首に近いほど効果は増大。
いつの間にかスキルが増えていた。そしてこれは――!
「おじさん、ちょっとごめん!」
「お、おい!?」
彼とハナの間に割って入り、ハナの乳房に手を当てた。刺された箇所を触る訳では無いが、なるべく痛くないようにそっとだ。
「なにを――」
「――頼む……!」
どうすればスキルが発動するかなんて、無意味な心配だった。
自然に……生まれた時から備わっていた機能のようにごく自然に使えた。音もなくハナの体が青白い光を帯びる。
「――なっ………!」
後ろから驚愕に息を飲む気配が伝わるが、俺だって信じられない。傷がまるで動画の逆再生のように塞がっていくのだから。
両手から彼女の乳房へ何か流れ込み、やがて無残に裂かれた皮膚を癒していくのが自覚できる。二ヶ所あった傷口はみるみる小さく薄くなっていく。
五分くらい経っただろうか。
「……ぷはぁっ……!」
緊張から解放され大きく息を吐いた。額に滲んだ汗を拭う余力も無い。
「ハナ!!」
呼び掛けるご主人の声に、ハナはのそりと立ち上がりモォーッ! と元気な声で応えた。
「ハナ! 良かった……ッ!」
しがみつき肩を震わせる彼を見ると、胸に突き上げるものがあった。
……乳首の神様って、やっぱり悪くないじゃん。
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