プロローグ2

 乳首とは、燦然と輝くおっぱいの星。

 乳房で最も高い位置で在りながら、最も隠されるべき矛盾の部位。


 人類の叡知えいちがもたらした衣服の下に閉ざされた聖域とも言えよう。我ら男子諸君にとってそれは、洞窟に鎮座する宝箱のようだ。秘すれば花とは良く言った物だと思う。

 例えばグラビア雑誌で魅惑の肢体を見せつけるモデル。その水着の下にどんな乳首が隠されているのだろうかと妄想を馳せなかった男など居ないと、俺は断言する。

 日本が誇る偉大な富士山だって、絵葉書やカレンダーなどには頂上付近のイメージばかりでは無いだろうか。つまりはそういう事だ。

 もちろん山のふもと、中腹、9合目などにも趣深さがあるが……。


「……乳首の神?」


「はい……」


「……」


 正しく絶句である。


「で、でも!【神】だなんて凄いですよ! 私、この仕事を300年続けてきましたがいきなり神力を発現させた方なんて10人も居ません!」


「乳首のでも?」


「乳首のでも!」


 ポカンとする俺を必死にフォローしてくれる女神様。優しくて思わず好きになってしまいそうだ。


「まさか私もこんな事を告げるとは思いませんでした……」


「俺もです……秘められた才能の結果というヤツですか?」


「というよりも、貴方にはそれ以外の才能が無かったという事でしょうか?」


 意外にバッサリ言うなこの女神! おっぱい好きなのは間違いないけどさ!


「だったら乳首じゃなくて、おっぱいの神様とかにはならないんですか!? ピンポイント過ぎですよ!」


「うーん……これは予想ですけど、んじゃないですか?」


「……足らない?」


「貴方が思う以上に、乳房の神様は格が高いということですよ」


 女性の象徴たる乳房は、女性らしさをアピールするだけでは勿論無い。子供を丈夫に育てる……つまりは子孫繁栄や良縁、無病息災に五穀豊穣などを司る。それは愛しい命を想い、未来を想うとも言えるのでは無いか。

 おっぱいとは、なんて素晴らしいのだろう。


「ただ好きなだけ……邪なよこしま欲望や、趣向の対象だけでは神になど成れるわけがありません。逆に言えばやっぱり凄い事なんです。貴方はその域へと指先だけでも届いたのですから」


「神なるおっぱいの先っぽに届いたって事か……」


「そうは言ってません。ですから、あまり気を落とさないで……」


「気を落とす? 何を言ってるんですか?」


「へ?」


 そう、落ち込んでなど居ない。むしろふつふつと沸き上がるこの感情は、それとは遥かに遠いものだった。


「俺は今まで恥じることの無いおっぱい道を歩んできたつもりです。おっぱいの事を1日だって考えなかった時は無かった! その努力が報われた気分なんです!」


 何時からだったかとはもう解らない。物心ついた時からだった。


「それでも届かなかった……そうさ、俺のごときがアッサリにおっぱい様の神様になれるものか! まだまだ成長の余地がある! 登れる山がある! 目指せる物があるんだ!」


「うわぁ………………」


「やるぞ……! 俺はやってやる……! 異世界のおっぱいよ! 未熟な神様が今から行くぞ!!」


 俺はまだ歩き始めたばかりだったんだ、この果てなきおっぱい道を……!


「なんか変な人を転生者にしちゃったなぁ……」


 ・

 ・

 ・


「さて、その異世界に旅立つ前に自分のスキルとかを確認したいんですが」


「ああ、そうですね……とは言え貴方に宿ったものですから、使い方は私が教えるまでもありませんよ」


 言われて、俺は何気なく意識を集中させる。すると視界の右端にゲームのようなウインドウが現れた。

 スマホのソシャゲなどでも馴染み深いステータス画面のデザインに似ている。



灰屋宗人はいやむねひと

 称号『乳首の神』

 固有スキル『乳分析アナライズ』『』『』『』『』

 所有スキル無し



「随分とシンプルだ……もっと他に体力とか知力とか、表示されないのかな?」


 乳分析アナライズとか使い所がそのまま名前になったようなスキルがあるだけで、ほとんど空白だ。


「最初からビッシリと記載される例もありますが、そうで無い方もいらっしゃいました。慣れてくる頃には貴方の見えているステータス画面も変わってくると思います。かつて存在した転生者もそうでしたから」


「なるほど……まあ、スキルはまだ身に付けて無いってことか……」


 そう言って、俺は何気なく女神の顔……から視線を下げる。

 俺のステータスが消え去り、代わりに表示されるウインドウがある。


【女神】

 トップ88㎝(F)

 アンダー66㎝

 サイズ2.7㎝

 2736年9ヶ月21日物



 こ、これは……!?

 間違いない! この女神様のバストデータだ! これが固有スキル『アナライズ』なのか! スリーサイズのうち俺が優先的に見る数値……オマケにアンダーバストまで記載されるとは嬉しい誤算だ! へぇー……Fかー……へぇー……。

 けどなんだろう?下の二行がよく解らない。


「2.7センチ……?」


「……? ……ッ!!」


 疑問をそのまま口に出した俺に、俺の考えを読んだのだろう女神は急に自分の胸を両手で隠す。その恥ずかしげにバストを隠す仕草、ドストライクだ。


「な、な、な、何を見てるんですか貴方ッ!! よりによってっ!!」


「は? え? あの……」


 顔を真っ赤にさせ、怒鳴り散らす女神に困惑するばかりだ。確かに出会って間もない女神の胸をガン見してた俺が間違いなく悪い。

 あまり馴染みの無い数字だけど……ん? まさか……まさか……!!


「女神様の乳r」


「言うなぁーっ! 私だってそんな所、測ったこと無いのにーっ!!」


 わっ! 胸を抑えていた手を顔へ持っていき泣き出す女神様。

 ど、どうしたものか……バストサイズから乳輪のサイズまでを知られてしまった女性を慰める方法など知る訳も無い。どんな状況だよ今更ながら。


「これほどの屈辱……2200年生きてきて初めてですよ! 誰にも知られたこと無いのに!!」


「にせ……!? 女神様ってそんなに長生きなんですか!!」


 そう言えばこの仕事を始めて300年とか言ってたな……神ともなれば人の寿命の範疇に収まらないということか。

 おや? てことは、この最後の~~年物とワインみたいに表記されたこれは……


「2736年って、女神様の年齢ですか?」


「うわぁぁぁあん! 実年齢までバレたぁぁぁ!」


「500年もサバ読んでたのかよ!?」


 なんて人間味の溢れる……というか残念な女神なんだ。わんわん泣く女神様。悪いことしちゃったな……


「もう我慢なりません!! 貴方は! 即! 異世界へ! 追放します!!」


「追放!? いま追放って言いました!?」


 キッ! と彼女が涙目を俺に向けた瞬間、足元からサラサラと光の粒子になる我が肉体。


「き、消えていく! ああー!? 感覚も無くなっていくぅー!?」


「知りません!! ムネヒトさんが向かう世界がどんな所か、もう教えてあげません!!」


 そ、そんな!? おっぱいの事ばかり考えるべきじゃ無かったか!?

 サラサラと、もう胴体の半分まで無くなってしまった。ここに居る時間も残りわずかだと分かった。


「あの! 色々とすいません! 後、ありがとうございました! とても良いおっぱいでした!」


「いったい何に対してお礼を言ってるんですか!?」


 焦っていても、謝罪とお世話になった感謝は忘れてはならない。


「女神様のお名前を伺っても良いですかー!?」


「貴方のような不届き者に名乗る名などありません!」


 とりつく島も無いぜ!


「だったら、乳首は何色ですか!?」


「答えると思ってんのかーッ!!」


 テンパってつい本音が出てしまった! 訊きたいことより、訊くべき事があっただろうに!


 ピコン


【女神】

 トップ88㎝(F)

 アンダー66㎝

 サイズ2.7㎝

 色→薄桜色

 2736年9ヶ月21日物


 俺の希望にスキルが応えたのだろう。新たに色の欄が追加され、色の記載と見本として、美術本にありようなカラーチャート画像が表示された。

 とても良い薄桜色でした。


「エクセレント……!」


「とっとと行けぇーっ!!」


 女神の噛み付いて来そうな顔を最後に、俺の意識は体と共にバラバラにほどけていった。今までお世話になった人、建物、ブックマークしてた動画サイトが浮かんでは消える。


 さようなら、日本。今までありがとう。


 そして最後に、俺は22年間過ごした母国へ別れを告げた。

 女神の乳首の色から、桜の花びらを連想しただけでは無いと言い訳しておこう。

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