異世界でB地区の神様になったけど、誰にも言えない

ガイ4

渡る世間は乳ばかり

プロローグ

 俺は灰屋 宗人はいや むねひと。唐突な自分語りで恐縮だが、大のおっぱいが好きだ。

 世の中の男性諸君もきっと同様だろう。もしかしたら好きではない者も居るかもしれないが、少なくともそんな例外に出会ったことは無い。

 どんな大富豪もイケメンだって、おっぱいへの思いを胸に秘めているハズだ。胸だけに。

 未熟の身ながら俺もその末席にいる。

 成人向け雑誌や動画の99%は女の子の胸で決める。見出しやタイトルがおっぱいをメインに据えてる風なら、なお良い。

 漫画やアニメに登場するヒロインの中で、誰が一番の巨乳か慎乳(貧乳の別名、慎ましい乳房のこと。品乳でも可)かを真っ先に確認するし、スリーサイズだって基本バストの表記しか見ない。

 まあ、その程度にはおっぱい好きって事だ。


 そんな俺は宿願を果たそうとしていた。言わずもがな、生おっぱいを触りに行くのだ。

 社会人になって最初のお給料を握りしめ、そういうお店に予約を取った。あんなにバクバク脈打つ心臓と震える指は近年の記憶に無い。

 初任給の使い途は両親への孝行と決まっているらしいが、俺は既に天涯孤独の身だからそれは叶わない。だからという訳では無いが、この給金の行き先はずっと前に決まっていた。


 22歳で未だ女性と付き合った事の無い俺は、親孝行ならぬムスコ孝行をするというワケだ(笑)。


 時刻が迫り予約したお店へ急ぐ。期待と不安に胸が巨乳女子のように揺れるが、それはもちろん気のせいだ。


 夜の繁華街へ……いや大人の階段へ足を一歩踏み出そうとした瞬間――。


 俺は車にはねられ、命を落とした。



「残念ですがムネヒトさん、貴方は死にました」


「……………………え?」


 気がつけば俺は何も無い所に立っていた。

 本当に何も無いのだ。

 真っ白な地面に、真っ白な空? にただ阿保のように突っ立っている。今まであった繁華街の賑やかな喧騒は夢みたいに消えていた。

 むしろ今が夢なんじゃなかろうか?

 だって、ねぇ?


「あの……死んだって、俺が?」


 自身の置かれてる状況も何一つ解らないのに、いきなり死にましたって言われても混乱が深まるだけだ。


「はい。事実です」


 やや離れた所に立っている若い女性……中々の巨乳でかなりの美人だ。申し訳なさそうな表情は、何でも許してあげたくなる庇護欲を掻き立てる。


 でも死んだ事を受け入れらるかは別の話だ。


「ま、待ってください! 死んじゃったワケ無いでしょう! だってこうやって……」


「……ここは死後の世界と現世の間、貴方の国で言うなら三途の川に似通った場所です」


「そ……」


 そんな話があってたまるかと、俺は直前の事を思い出す。


 日の傾き始めた土曜日の夕方、これからが本番だったんだ。俺にとっては一生一代の大勝負、それこそ超有名な文化遺産から飛び降りるかの如くだ。

 念入りに歯磨きしシャワーも浴び爪も切り、普段は付けないようなフレグランス(しかも大手百貨店で購入したブランド品だ)を振り掛け、夜の街へと繰り出したのだ。


 そして目的の店まで、あと何100メートルも無いといった所で――。


「そこで貴方はトラックと衝突しました」


「!? 俺いま、口に出してた……?」


「いいえ、ですが私には貴方の心が読めます。こう見えても女神の端くれですから」


「……女神?」


「女神です」


 コクン、と僅かに顎を下げる自称女神。

 確かに人間離れした美人さんだが……。


 これはもしやアレか? プレイの一環か? 成人向け店に入った途端になりきり遊びが始まったパターン? 未だかつてこんな店に来たこと無いから、全く解らないがそういう事なのでは?

 正直そっちの方が納得がいく。だってこの女神サマ、おっぱい大きいし。


「違います!」


 顔を真っ赤にさせて女神(仮)は叫んだ。


「気が動転しているのは解りますが、本当なんです! 貴方は死んでいるんです!」


 やや興奮気味に彼女は言葉を繋ぐ。力んでいたからか、両の翼がバサリと羽ばたいた。


 ん……? 翼……?


「やっと気付きましたか……私の胸ばかり見てるから目に入らないんですよ……」


 彼女の真っ白な翼を、図星を言われてようやく気付いた。

 風も無いのに軽やかに揺れる純白の羽は、目利きじゃない俺の目から見ても作り物じゃないと分かった。あまりに美しく現実味がわかないほどに。


「落ち着きましたか? では説明させて頂きますね」


彼女が説明するにはこうだ。といっても改めて説明されるほど複雑な話じゃ無い。


 居眠り運転をしていたトラックにぶち当たり、敢えなく昇天。犠牲者は奇跡的に俺のみ。


「マジかよ……」


 いつまで経っても醒めない夢のようなこの状況に、もはや項垂れるしか無い。


「……マジかよ……」


 二度言った。


「あの……お気の毒です……」


「もう少しで……」


「え?」


「もう少しで生おっぱいと色々出来る所だったのに!!」


「……は?」


「俺がっ……俺が今日までいったいどんな想いで日々を過ごしてきたか………なのに………それなのに!」


 たまらず崩れ落ち地面を強く叩いた。脳裏に浮かぶのは遅れてきた走馬灯だ。

 女の子にキモがられないように筋トレに明け暮れたり、柔肌の触り方をネットで調べまくったり、イメージトレーニングに勤しんだり、店を選ぶ為に風俗雑誌を買い込んでリサーチに休日を費やしたり、本番でヘマしないよいに一人遊びを月単位で我慢したり……etc.etc.etc.etc.……


「こんなのって……こんなのって……あんまりだぁ……ッ! ぐぅっ、う、ぉぉおおおん……!」


「うわぁ…………」


 スマホのデータはどうしようとか、家賃はどうなるんだとか、見られて恥ずかしい遺品は無かったかとか、会社はどうしようとか……それらは一切頭に無かった。まだ見ぬおっぱいの後悔だけが胸を占めていた。胸だけに。

 みっともなく蹲りうずくま男泣きする俺に、女神のドン引きするのみだった。


「今度こそ落ち着きましたか?」


「……はい……」


 落ち着きはしたが、まだ現実を受け止める事が出来ない。だがもう夢とも思えない。


「ようやく本題に移れますね……おほん。ではムネヒトさん、貴方は異世界へ転生します」


「……はい……?」


 なんか今日は呆けてばかりだ。


「よく聞きません? 異世界転生とか召還とか……そういうアレですよ」


 道半ばに不幸にも命を落としたしまった生を救済する措置だと、彼女は言った。


「私には生き返るらせる事は出来ませんが、別の世界にて本来まっとうする筈だった命にチャンスを与えます。流行りのスキルも授けましょう」


「本当ですか!?」


 涙に曇っていた目を擦り、女神様のご尊顔を……胸部あたりで一時停車してから拝む。

 トラックに衝突し死亡し女神に出会い異世界へ行くとか……なんと古式ゆかしいのだろうか。おまけにスキルとな。

 普段から愛読しているライトノベルやネット小説のような展開に、沈んでいた気持ちが浮かび上がる。


「では貴方の適正スキルを授与します。頭をこちらへ」


「はい!」


 言われるまま女神様に頭をお辞儀のようにして下げる。彼女はふわふわと飛んで近づいてきた。その翼は使わないの?


「貴方の肉体や魂の才能、そして今までの人生から最も相応しい能力を選びます」


 そう言って女神は両手を俺の頭の上へかざす。


「異世界へ行く者は皆こんな手順を? おおぅ……」


「他の神やその眷属けんぞくが私と同じ方法とは限りません。中には逆に神と取引してスキルを得る転生者も居ました。……出来れば目を閉じて下さい」


「す、すみません! 因みに今までどんなスキルがあったんですか?」


「十人十色でしたね。無限の魔力だったりあらゆる武器を使いこなしたり、一度見たスキルを瞬時にコピーしたりというのも有りました」


「おお!」


 聞くだけでもチートなスキルだと分かる。これは俺も、と期待してしまう。


「お待たせしました。転生者スキルの授与、確かに終了です」


「早いですね! そんな簡単に出来る物なんですか!?」


「貴方自身の才能から呼び起こすと言ったら分かりやすいですか? 私は元々有ったかも知れない可能性を、神の力を与え目覚めさせるお手伝いをしただけでなんです」


「へぇー……」


「一部の例外として、世界を救う役目を担う場合とかにはより強力なスキルやアイテムをしたりします」


 異世界の勇者とか英雄とかがその類いなのだろう。その一人に成れなかったのは少しだけ残念だが、これで良かったと安堵する方が大きかった。世界の行く末を担うとか俺には重大すぎる。


「それで! 俺にはどんなスキルが目覚めちゃったんですか!?」


「はい、それはですね……ん? あれ? おや? あら?」


 不都合でも有ったのだろうか? 俺をみていた女神の表情が戸惑いの色を帯びた。


「…………女神様?」


「あ~……その~……訊きたいですか?」


「ハハハッ! 訊きたいに決まってるじゃないですか! 勿体ぶらずに教えて下さいよ~!」


 何故か気まずそうに視線を泳がせる女神。


「では……言いますね……」


「はい!」


「貴方は……」


「はい!!」


「…………の神です……」


「え!? 何ですって!? 良く聞こえなかったのですが!?」


「……ちくびの……神です」


 ……


「えっ」


「……」


「もう一度、仰って貰っても良いですか?」


「……貴方は乳首の神です」


「…………」


「…………」


「わんもあぷりーず」


「You are God of nipple」


「………………」


「………………」


「やっぱり大人向けなお店のそういうプレイ?」


「だから違いますって!」


 乳首の神様になってしまったそうです。


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