第五一話 変わらない状況

 地平線の彼方。薄っすらと太陽の光を感じ始める時間帯。


「くっくく」


 謎の人物が本条ほんじょう啓子けいこ赤塚あかづ音流ねるに近づき不敵な笑い声を上げた。

 

 赤塚あかづか音流ねるは背後から近づいてくる人物に声を掛ける。


「何者!」

「あんたの仲間じゃないの?」

「分からないし」


 そして謎の人物は視認できる距離にまで近づいて来た。その正体とは、


「俺でした」


 十月とおつき風成ふうせいだった。啓子は気が抜けて前のめりに倒れそうになる。


「もう! 脅かさないでよ!」

「まぁまぁ、落ち着けって」

「ここに居るって事は勝ったみたいね……」


 啓子の表情が明るくなる。


「えへへ、良かった」

「滅茶苦茶、嬉しそうだな」

「そ、そんな事ないわよ!」


 啓子は強がって否定したので風成は「それはそれで酷いからな」と言った。


 音流は風成の出現によって地面に座る。もはや戦意を失っていた。


「義安はどうなったのかしら」

「死んでいるかもしれない。確認してないから分からないけど」

「へぇ、容赦ないね……でその刀はなにかしら」


 風成は座っている音流に右手に持っている刀突きつけた。


「まだ、やるつもりか?」

「降参。今の状態で二人相手にするほど馬鹿じゃないからさ」


 音流は降参の意思表示として両手を上げた。


 啓子は戦いが終わった事を把握すると安堵感からへたり込む。


「駄目だ、もう限界よ」

「……ホムンクルスの子を追いかけなくていいの?」

「そうよ! まだ終わっていないわ」

 

 啓子は音流の言葉を聞いてすぐに立ち上がると風成が反応する。


「どういう事だ? ここに居ないのか?」

「あの白衣の女と何処か行ったのよ」

「何処かって何処なんだ」

「それは」


 風成と啓子は座っている音流を見ると、彼女は「な、何……」と戸惑った。そんな彼女に風成は声を掛ける。


「ねるねる、あの子がどこ行ったか教えてくれ」

「変なあだ名。ふふ、義安の結界にぶつかった時から思ってたけどさ、あなたって変な子」

「そいつは頭おかしいだけよ」

「ねるねるが?」

「あんた以外誰が居るのよ。もうっ! 今は一刻を争うのよ」


 二人のやり取りを見ていた音流は溜息をついて、風成の問いに答える。


「多分、もうこの島にいないわよ。……もう一人の東京十長じゅっちょうの所に助けを求めにいったかもしれないわ」

「「‼」」


 二人は音流の発言に驚く。


「もう一人いるのか!」

「一体何人加担してるのよ!」

「ちょっと、一辺に喋らないで」

「「……」」

「急に黙るのもおかし過ぎるからさ……ま、いいわ。そいつは『ロイヤルガーデン』に居るわ」


 風成と啓子が船着き場でレイ・ヴィスタンスと会うまでに『ロイヤルパーク』という商業地区を通っている。その商業地区の最南端にある小規模な遊園地の事を『ロイヤルガーデン』という。


 啓子は問い詰める。


「で、結局誰なのよ」

「それは……」

「仲間が売れないってわけ? まぁ、なら仕方ないわ。直接行くから安心――」

「違うし! 言ったら。あなた達が……ホムンクルスの子を諦める事になるかもしれないわ」

「どういう事よ!」


 啓子は音流に詰め寄った。


 音流は啓子と風成の顔を順に見て意を決したように口を開く。そして、震えながら言葉を発する。


「……二階堂にかいどう……龍牙りゅうが

「なっ‼ 嘘でしょ……そんな事」


 音流と啓子の瞳が恐怖に染まっていった。当然、新入りの風成には龍牙がどんな能力者なのかは知らない。


「そんなに凄い奴なのか? ビビりすぎだろ。なんせ俺達、東京十長を倒して――」

「そんな次元じゃないわよ!」


 啓子は食い気味に風成の言葉を遮った。


「本条?」

「ごめん、でも戦ったら確実に死ぬ事になるわよ」

「お前が断言するほどのやつなのか」

「東京十長じっちょうの一人で、その上、五人いる最高能力者の一人よ。」

「……そいつの能力は?」

「詳しい事は知らないけど、あいつは原子レベルで斥力せきりょくを発動出来る……と言われているわ……どういう原理なのかは知らないけど、多分、二階堂本人と二階堂の能力を研究した人しか知らないと思う」

「……なぁ、本条」

「なによ」

「斥力ってなんだ?」

「え、もう知っててよー」


 風成と話しているうちに啓子の瞳はいつも通りになる。


「斥力ってのは反発作用の事よ。あんた風にいうと、二階堂はどんな物でも吹っ飛ばせるのよ。地面を吹っ飛ばす事も空気だろうと吹っ飛ばせる。あんたの腕にあいつが触れたら腕は吹き飛ぶ。頭に触れたら頭が吹っ飛ぶわ」

「え、つよっ! 最強じゃねぇか! 確かに次元が違うな」

「だから最悪なのよ」

「なるほど、勝てる気がしないな。じゃあ行ってくるわ」

「うんそう。…………は?」


 風成は啓子に背を向けて場を去ろうとしたので啓子は追いかける。


「ちょっと待って」


 啓子の声を聞いて風成は振り向く。


「お前はあの子を助けたいんだろ」

「そりゃそうよ、でもみすみす、あんたを死なす訳には」

「え? 矛盾してない?」

「違うわ。瞬也さん達を待つのよ。皆で集まってから、敵を叩くの」

「それじゃあ、遅すぎる気もするぞ。敵が待ってくれるとは思えない」

「それはそうだけど……嫌よ! 死んでほしくないもん!」

「もんってなんだよ……そんなキャラだっけ?」

「うっさい、馬鹿」


 啓子が涙目になっていたので風成は場を和ませる為にふざけ始めた。


「うっさくないもん、馬鹿じゃないもん」

「~~! ふっっざけんな! うざい!」

「その調子で居てくれよ」

「むかつく」

「なんでだよ、とりあえず行くわ」


 風成は再び、その場を去ろうとするが、啓子が後を追いかけて風成の服の裾を掴む。啓子は俯き、風成は振り向かずに啓子の言葉を聞く。


「私も連れていって」

「駄目だ陸に着くまでだ。『ロイヤルガーデン』には来るな、能力使えない状態なんだろ」

「変な所鋭いわね……じゃあ今度こそ約束して。生きて帰ってくるって」

「……努力はします」

「ふふっ、なによそれ……」

「とりあえず、今は早く、この島を脱出したい」

「うん」

「という事で、ねるねる。お前の出番だ」


 音流は「え、私?」と言ってきょとんとした顔を見せた。

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