第二三話 ゲノム情報

―――四月二八日。


「……っ」


 日付が変わる頃。十月とおつき風成ふうせいは目を覚ました。両手のひらと左腕に包帯が巻かれており、右頬には絆創膏が貼ってあった。


(ベッドの上……ここは……能力所のうりょくじょの治療室だな)


 治療室にはベッドが並んでいて、部屋を囲むようにある棚には基本的な医療道具が置いてある。学校に配置されている保健室のような雰囲気だ。


 風成が上体を起こすと、


「よかった……」


 とホムンクルスの少女が風成に寄りかかってきた。そんな少女の服は白衣から白色のスキッパーシャツの上にキャメル色のサロペットを着た格好に変わっていた。


 彼女の姿を見た風成は安堵する。


「無事だったか……良かった」

「それは、私の台詞よ」


 彼は聞き覚えのある声が聞こえたので顔を上げると少女の横には本条ほんじょう啓子けいこが居た。


「本条……啓子」

「なんでフルネームなのよ」

「い、いや久しぶりだから、なんて呼べばいいか分からなくて」

「あんたが買い出しに行く前に会ったでしょ……」

「……悪い、心配かけたな」

「ほんとそう、皆心配してたわよ」


 風成は申し訳なさそうにしていたので啓子は元気付けようとする。


「安静にしてよ。お腹空いたなら冷蔵庫に入ってる炒飯温めて食べてね。買い出しは後から城ケ崎さんとレイが行ってきたから安心して、後、傷は瑠那さんのおかげで塞いだから安心して」

「安心のオンパレードだな」

「はいはい」


 彼が軽口を叩いた様子を見て彼女は心の奥底で安心した。なお、少女は二人の顔を交互に見ながら聞いてた。


 風成は自身に巻かれた包帯をさすりながら水菜みずな瑠奈るなの能力で治癒できる事を疑問に思った。


「ってか瑠那さんって、水を作る能力じゃなかったけ?」

「そういえば知らないんだっけ、青龍せいりゅうの力が半分使えるのよ」

「?? ……何を言ってるんだお前は」

「詳しい事はデータ室で調べなさいよ」

「分かった……それでこの子どうするんだ」

「この子の事は東京本部と瞬也さんが話し合わない事には始まらないわよ、さっき東京本部に問い合わせてたけどこの子についての情報が無いみたいだし」

「……?」


 風成は啓子の発言を疑問の思った。


(東京本部に情報が無いのは分かる……この子は開発能力部が秘密で作ったホムンクルスだからだ。でも本条がまだ何も知らないという事は、皆、この子からなんの事情も聞いてないのか?)


 と思案しながら、少女の方を見た。


 風成と目が合った女の子はパチパチと瞬きをした。


(この子は自分の事を『本条家のゲノム情報を使って出来たのが私なの』と言ってた。本条家ってのが俺の知っている本条なら、この二人は関係があるかも知れない)


 風成は駿河するが腕合わんごうの言葉を思い返す。


『あのガキはでな、能力者としては異質なんだよ』


 思案していた彼だったが、


(分からない事を考えても仕方ない)


 ずっと風成と目を合わせていた少女は上体ごと首を傾げる。


「どうしたの?」

「皆に何も伝えてないのか? 隠してる感じ?」

「そういうわけじゃないの。それに細かい事は金髪の人に話した――」

「なによ、二人して秘密の話?」


 啓子が口を挟むと風成が反応する。


「まぁ、色々と積もる話が」

「なによそれ」


 と彼女が呆れながら言い、話を続けた。


「とりあえず、この子の事、私達はまだ何も聞いてないから明日聞く予定よ。いきなり問い詰めるのも可哀想と思うし」

「あ、そうなのか?」

「そうよ、あんた怪我してたし。東京本部の桐宮きりみやセツって人と戦った事ぐらいしか聞いてないわよ」

「そーいう事か」

「にしても可愛い子ね」


 啓子は少女を背後から抱き寄せて風成から引き離した。


 女の子は俯いて照れる。


「なんか、恥ずかしい……」

「あんた大きくなったら、絶対、美人になるわよ」

「そうかな? ありがとお姉ちゃん」


 啓子はお姉ちゃんと言う響きが気に入り、よしよしと少女の頭を撫で始めた。


 二人の様子を見て風成はゲノム情報の件の事もあり、本条が自分自身を褒めている様にも見えた。


「うわ……自画自賛してやがる」

「は?」

「いや、なんでもない」

「なんか、凄いあんたに引かれた気がするんだけど」

「いや気にするな! 頼む! 今日は見逃してくれ! ぶたないで!」


 風成は、いつも通りぶん殴られると思い目を瞑って両手のひらを合わせて懇願した。そんな彼の様子を見た啓子は、


「なによそれ……馬鹿!」

「えぇ……」


 治療室から出て行った。


「お兄ちゃん……馬鹿」

「えぇ、お前まで」

「お姉ちゃん、傷ついたんだよ」

「う、後で謝っとく……」


 と反省の意を込めて言った。


 少女が啓子に対して言った『お姉ちゃん』という言葉が風成の中で木霊こだまする。何故なら、同一のゲノム情報を持っているかもしれないのに血の繋がった家族や姉妹ではないという歪な関係だと思ったからである。


 そして彼は「お姉ちゃんか……」と呟いた。

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