第一九話 謎の少女

――四月二七日。


「はぁ……負けちまった」


 十月とおつき風成ふうせいは肉体強化の類と言われる能力を行使して自身が所属する『神戸特区とっく能力所のうりょくじょ』を飛び出し倉庫街に出ると、倉庫の屋根上を飛び回り、人気の少ない道を通って跳躍すると海際にある公園に降り立った。


 彼は、じゃんけんで負けて晩御飯の買い出しをする事になったのだ。四日前、彼は快く本条ほんじょう啓子けいことレイ・ヴィスタンスの代わりに買い出しに行ったのだが、二人に買い出しが好きだと勘違いされたのだ。その為、お遣いを押し付けられそうになった。しかし、風成は「毎回、行くのはさすがに面倒」と言ったので買い出しに行く人はじゃんけんで決める事になった次第である。


「えらい静かだな」


 海際にある公園は『グリーンパーク』と呼ばれ石が敷き詰められた平面の道に正方形の広々とした芝生の広場が公園中に配置されてあった。


 風成は疑問に思った。


(人が少ないのは分かるけど、全く居ないのは不自然だな)


 気を取り直して歩き始め『グリーンパーク』の中心にあるカエデの木のひとつであるイロハカエデに近づいた。風成はイロハカエデの斜め前にある立て札を呼んだ。


(なになに、ムクロジ科カエデ属……うん、知らん!)


 小難しいと思った風成は途中で読むのを止めると後方から人の気配を感じて振り向いた。


「おっとっと」


 風成は振り向きざまに体の下の方に向かって両手を伸ばし何かを受け止めた。


「ぅ……はぁ……はぁ」


 風成の両手は一〇歳前後であろう息を切らしている女の子の両肩に触れていた。


「えっと、迷子かな」


 風成は手を離し戸惑いながら聞いた。


「ちがう……けど」

「けど?」

「なんでもないの」


 風成は、左手で頭を掻いた。


(参ったな、こんな時どうすればいいんだろ。おかしな格好してるし)


 女の子は背中まで届く奇麗な黒い髪をなびかせて、風成の目を見ていた。彼は少女の可憐な顔立ちが何処となく啓子と似てると思った。その上、身にまとってる衣服が白衣のみであり、丈も長く体のサイズに合ってないのが気になった。


(この辺の子かな……?)


 白衣の子は足をジタバタさせて思い出したように慌てる。


「あ、あの! 隠れたいの!」

「隠れたい? 家出か?」

「ちがう! お兄ちゃんお願い!」

「せっかちだな、しかしお兄ちゃんか、なんかだな」


 風成はしゃがんで女の子が身に着けてる白衣が気になり手で触れる。


「にしてもサイズ合ってなさすぎだろ、着てる方が目立つぞ」

「だっ! だめ! いやっ」

「せめて垂れてるとこの丈を結んでサイズを合わせないとこけるぞ」


 風成は白衣の前を広げると


「――――⁉」


 彼女の白衣の下は一糸纏わぬ姿だった。


 風成はすぐに白衣を直して立ち上がった。


「ぅ……ばかぁ!」

「ふふ、不可抗力だ! それ以前におかしいだろ! 育児放棄されてるのか? 後、俺は決してロリコンではない!」


 と自分に言い聞かせながら、彼は慌てた。


「ロリコンってなに?」

「そんな事知らなくていいぞ」


 風成は少女の問いをはぐらかすと前方から人が近づいてくるのに気付く。


「誰か来てるな」

「もしかして……」


 少女はおびえる様に風成の後ろに隠れた。


(この子の親族か? それに、あれは女の人か)


 風成は白衣を着て赤ぶちの眼鏡を掛けている人物を確認する。鋭い目付きが特徴的でダークブラウン系の髪色にショートボブの髪型をしていた。彼女は立ち止まって口に手を当てて考えこんだ。


「クソ、一般人がなぜいるんだ。情報統制したつもりだったんだが」

「お前、この子の家族か?」

「? ふふ家族だと笑わせるな」

「どういう事だ?」

「質問に答える必要はないかと、とりあえず後ろの物は君には不要だろ。回収させてくれ」

「……物とか回収だとか、どうも穏やかな言葉じゃないよな。お前は誰だ、それにこの子は一体なんなんだ?」


 風成の後ろに居る白衣の子は風成の袖を掴んで引っ張る。


「お兄ちゃん、逃げて」

「お前、こいつに追われているのか」

「もう大丈夫だから、もういいいの」


 と言ってる少女の手は震えていた。


 鋭い目の人はしびれを切らした。


「ほら、はやく渡してくれ」

「それは無理な相談だな」

「なんだと!」

「お兄ちゃん! なんで!」

「この子が嫌がってるのが目に見えて分かるしな、お前には渡せねーな」

「クソ面倒な事言いやがって、やれやれ、少し眠ってもらおう」


 風成は後ろにいる少女を庇う様にいつでも動ける態勢を整えると、鋭い目の人は右手の爪を相手に向ける。


「【四重よんじゅう鉄爪てっせん】」


 親指以外の爪を鉄に変化させて風成が居る場所まで伸ばす。相手の攻撃を視認した彼は声を荒げる。


「能力者か‼」


 と言いながら風成はすぐさま振り向いて後ろに居る少女を抱きかかえ後ろを向いたまま跳躍し、空中で後方宙返りをする。彼は女性の五メートル後方に着地した。鉄化した爪は地面に鋭く突き刺さっていた。


「なんだと! 君はまさか! クソ!」


 常人じゃありえない身体能力を目の当たりにした女性は伸ばした爪を元に戻しながら、対峙している少年が能力者だと悟る。


 風成は間髪入れずに足を踏み出し、女の子を抱えたまま女性の目の前まで距離を詰めると左足を軸にして右足で横蹴りを繰り出した。


「どりゃあ!」

「クソが、【鉄爪壁てっせんへき二手にしゅ】」


 鋭い音が響いたが風成が蹴ったのは鉄の壁であった。鋭い目の女性は両手の爪全てを鉄化させ両手の甲を相手に向けて、鉄化させた爪を拡げて壁を生成したのである。


「く! 固い!」


 と言って風成は後ろに跳躍し、距離を取って抱えてる女の子を下ろした。


 鋭い目の人は、掛けている眼鏡を放り投げた。


「クソ予定外だ……君は見たことはない、所属している能力所は何処だ?」

「言うと思うか?」

「やれやれ、説明してやろう」

「?」


 風成は警戒を解かず、相手の話に耳を傾けた。

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