探偵モノクロと阿呆の刑事

白と黒のパーカー

第1話 結成!探偵モノクロと阿呆の刑事

 僕たちは今大学の近くの大きな公園に、サークル活動をしに来ている。

 その名も薔薇園公園ばらぞのこうえんという、名前がとても個性的な公園なのだ(通称バラえんである)。

 そんなところに大学生の一サークル風情が何の用なのかと問われれば、正直なところ僕も首をかしげざるを得なかったりする。

 一応どんなサークルなのかを説明しておくと、僕たちの所属する私立薔薇園大学がある、薔薇園町の至るところで何か事件が起きていないか首を突っ込みまくって強引に解決していくサークルだ。そうだね、ミステリサークルだね。

 うん、説明してみたものの情報量が多すぎてまず理解されないだろう。

 というわけでこれは流してもらって構わない。


 さて、前置きが長くなったがここからが本題で、僕たちはついに事件を目撃(というか巻き込まれに近い)したのだった。

 公園のど真ん中に横たわる男性、しかも息をしておらず、身体に触れてみれば冷たいときた。確変キタコレ、とか言ってる場合ではない。

 死ぬほど怖いし逃げたいけれどもそうは問屋が卸さない。なんと僕たちが死体を発見した直後、とてもタイミングのいいことに警察がなだれ込んできたのだ。

 はあ、死体に直面して驚いているところに警察が来てくれて、これで解決さあ安心。なんて、それも問屋が卸さないんだなあこれが、チクショウ!

 死体の前にいる、得体のしれない大学生二人(ちなみにうちのサークルはこの二人しかいない)もう怪しさが満点レストランである。だから話を聞かれるのは当たり前で。


「して、オドレらの名前は何なんじゃい!」

(ちなみにこの質問は二回目である)。

「も、藻野綾人ものあやとです」

黒川真司くろかわしんじだ」

(ちなみにこれを答えるのも二回目)。


「お? おお、モノ? クロか、か、モノクロけ?」

「藻野と!」

「黒川だ」


「モノクロやないけ!」

「ああ、もうめんどくさいなあ、この人。なんで人の名前を一発で理解できないんだよ」

 頭を掻きむしりながら、どう説明したものかと悩んでいると、隣にいる真司がため息を一つこぼし、ポツリと呟く。


「諦めろ綾人。こいつは阿呆だ」

「そ、そんなご無体なこと言うなよ」


 警察に対して臆面もなく暴言を吐きだす真司に内心焦りながら彼のほうに向きなおると、一筋汗をたらり、驚いた表情でこちらを見下ろしてくる(この警察官は身長が馬鹿みたいに高いのだ)。


「な、なんでワレは俺の名前を知っとるんじゃ?」

「ええっと、は?」


 一瞬言っている意味が分からなかったが、黒川は合点がいったようで、少し目を見開いて驚いたような顔をしていた。


「俺の名前は阿呆鳥男あほうどりおっていうんじゃ。薔薇園署の刑事やっとる」

「ほう、変わった名前だな。名は体を表すというが、まさに阿呆だな」

「おう、阿呆やようわかったな。そんでもって刑事や」

「あ、阿呆さん。か」

 相変わらずの真司の物言いに苦笑いしながら、名前を覚えるために復唱すると、刑事が血相を変えて勢いよく振り向く。


「誰がアホじゃあ!ワレぇ!」

「ひぃ、ご、ごめんなさい!」


 え、なんで怒られたの俺?

 ただ癖で復唱してしまっただけなのに、え? なに、僕の時だけ普通にアホって聞こえている感じですか? めんどくさ!


 とは言え、こんな感じでは話が進まない。刑事にこのままペースを奪われているとそのまま流れで僕たちが疑われてしまいそうな悪い予感がしたから、無理やり別の話題を持ってくる。


「そ、それでその、アホ、いえ、鳥男刑事はなぜここに? やっぱり、この死体のことで通報を受けてとか?」

「ん? おう、せやせや、俺が今日署でのんびりとビール片手にくつろいどったら電話が掛かってきてのう。ここバラ園で人が死んどるっちゅうことでちぃっと見に来たんや。そしたらオドレらがおって、話聞いたろっちゅうこっちゃ」

「さっきから言いたかったんだが、お前の喋り方は癖が強いな」

「ちょっと、ちょっとはいストップぅ。なんでお前は相手を怒らせるようなこと言うの? 馬鹿なの? 賢いけど、馬鹿なの?」

「ふむ、バカではない。俺の今回のテストは全教科満点だった」

「馬鹿ってそういうことを言ってるんじゃないんだよって、お前今なんて? 全教科満点ってすごいなお前、軽く引くわ」

「ふん、苦しゅうないぞ」


「ごちゃごちゃ、うるさいんじゃワレぇ!」

「ひぃ、ご、ごめんなさい」

「悪い」

 うっかり話が広がってしまう。こちらを立てればあちらが立たず、なんつって。

 と、そんなことはどうでもいい。とにもかくにもたぶんこの刑事は僕たちをこの場にいたから犯人だろうとかなんとか適当な理由で、頭ごなしに決めつけてくるはずだから先手を打たないといけない。


「あ、ええとその、お話を聞きに来たということですが、僕たちは今ここについたばかりで、ほんのついさっきにこの遺体も見つけてしまったんです」

「なぁにをべらべらと、よく回転する舌やのう。そない焦らんでも別にオドレらを犯人やとは思うとらんわい」

「ありゃ?」


 これは驚いた、思ったよりも物事の分別はつくらしい。

「おい、オドレ、なんか馬鹿にしとるやろ。頭ん中で」

「いやいや、全然そないなことは」

「綾人、言葉が移ってるぞ」


 一呼吸おいてから目をそらし、話を戻す。

「と、とにかく、そんなことよりもまずこの人です」

「そうだな、お前たちのコントにこれ以上付き合う気はない」

「じゃかぁしぃんじゃ。とはいえ、モノクロの言う通りや、まずはこの仏さんがどこで死んでもうたか調べなあかん」


 モノクロって、結局名前覚えてないし。

 まあ、そんなことはもうどうでもいい、さて、ややこしいことになる前にここから即退散しよう。


「おい、真司。ここにこのまま居たら刑事さんの邪魔になるし、もう帰ろう」

「なぜだ? せっかくのミステリサークルにふさわしい状況に出会えたんだ、この状況を楽しむ以外の選択肢はないだろう」

「お、おい、お前。人が死んでるんだぞ? なんだか今更な気もするが、そんな不純な動機でここに居座るのは不謹慎だろう」

「おいおい、ミステリにナンセンスはつきものだろう?」

「いや、別に? 物によるだろう」


 ぴゅうっと一陣の風が吹き、回転草が転がる。


「ま、それもそうだが、これはナンセンスばりばりの作品だと仮定してくれ。さあ、復唱しろ、俺たちは今ナンセンスありきの小説の中にいるのだ」

「俺たちは今ナンセンスありきの小説の中にいるのだ」

「ふん、つまりそういうことだ」

「そういうことか、なるほど」


 そういうことである。

 さて、気を取り直して先ほどから話半分に何やら遺体をくまなく調べていた真司に話を聞く。


「して、何か分かったのか?」

「まあ、大体わかった」

 なんだか通りすがりそうな感じのセリフを言いながら、両手についた砂をパンパンと叩き落とす。

 それから緩慢かんまんな動作でこちらに振り向いた後、説明しようと口を開く真司を押しのけ、鳥男刑事が割って入る。


「そういうもんじゃと言われたから、クロいほうが勝手に色々調べとったんは見逃したるけど、その先はまずいんとちゃうんか。先に俺が見当違いな推理をしてから、お前がビシッと決める。そしてモノい方がなんかいい感じにまとめるって工程がないとそもそも探偵ものとして成り立たんやろ」

「あの、言ってることは本当にごもっともだと思うんですけど、モノい方ってもしかしなくても僕ですか」

「あん? 当たり前やろ。お前ら二人そろってモノクロやねんから、モノい方とクロい方っちゅうんが通りやろ」

「お前の言っている意味は全く分からんが、そもそも前提が間違っているぞ」


 真司の言葉に嫌な予感がして、僕たち二人の動きが止まる。

 ダメだ、真司。そこから先は言ってはいけない。


「これは探偵物じゃない」


 一呼吸置いてそれもう一度

「これは探偵物じゃない」


「こ、これも納得せなあかんのか?」

「そ、そういうものなのでしょう」


 これは探偵物じゃないらしい。


「というわけでさっきの話の続きに移らせてもらうが、この死体はまずここで殺されたものじゃないぞ」

「ええと、うん。言いたいことは色々あるけど、とりあえずそれは飲み込むよ。そっちより事件の真相のほうが重要だからな」

「ほう、ほな殺害現場はここちゃうっちゅうことなんやな? 因みにそれを俺らに納得させるだけの証拠はあるんか」


 急に真剣な顔つきになった(相変わらず酒臭い)鳥男刑事が真司に問いかける。


「ふん、簡単なことだ。綾人、彼の靴を見てみろ」

「わ、分かった」


 言葉に従ってとりあえず靴を注視してみると「あれ?靴紐がほどけてる」

「そうだ、靴紐だけではなく見てみろ。普段は踏んではいていたのか、踏みつぶされた跡がしっかり残っている踵の部分が、不自然に直されてしっかりと足に履かされている」

「ほんとだ。これってやっぱり犯人が履かせたってことなのか?」

「まあ、十中八九そうだろうな」


 なるほど、この短時間でよく気付いたものだ、元から目ざといとは思っていたけれどここまでとは脱帽だ。これからはプリンは冷蔵庫の奥のほうに隠しておかねば。


「綾人、残念だがお前がどれだけ巧妙にプリンを隠そうが俺は必ず見つけ出し、お前の絶対見つからない場所に消費期限が切れるその日まで隠しなおしてやるぞ」

「なんて絶妙な嫌がらせだ!無駄にしかならねぇ。フードロス問題考えろこの野郎!」

「仕方あるまい、俺はプリンが嫌いなんだ」


 話が横道にそれるそれる。鳥男刑事の咳払いによって一旦は話を戻す。

「続けるぞ。靴だけでは、ここが殺害現場ではないことを証明するには少しばかり心もとない。そこでだ、被害者の着ている服を見てほしい。これはカッターシャツだが、ボタンがかけ違えられているにも関わらず手の部分にあるボタンだけはしっかりと閉じられている。妙じゃないか」

「ああ、確かに。ボタンを掛け違えるほど急いでいたんだとしたら、手元のボタンなんて更につけてる暇なんてないもんな」

「そして極めつけに、口の端に少しだけついているパンくず。間違いない、彼の朝食はパンだ」

「な、なるほど。彼は朝はパン派だったのか」


 ここまで証拠がそろってしまえば鳥男刑事も反論できまいだろうと振り返って顔を見てみれば、案の定ぐうの音もでない表情をへばりつけている。

 別に僕が何かしたわけではないが、なんとなく誇らしい。


「な、なるほどぉ。一先ずそれに関しては納得じゃい。したらば、さっさと仏の家に突撃じゃ!ほれ、オドレらもついて来んかい」

「ふん、どこへ行くつもりだ。彼は身元がわかるよなものは何も身に着けていない。身元が分からなければ家に行くも何もないだろう」

「あ、それなら僕わかるかも」

「なに?」


「あれ、真司には話したことなかったっけ? 僕は幼いころから一度見たものを絶対に忘れないという特技を持ってるんだよ。ちょっと自慢なんだよね」

「そ、そうか。お前も何気なくすごいんだな。軽く引いている」

「うんうん、苦しゅうないよ」


「そんなコントをやっとらんで早よ教えんかい!」

「ひぃ、ご、ごめんなさい」

「り」

「き、気を取り直して。今の今までこの人の顔をよく見ていなかったから気づかなかったんですけど、たぶん彼はうちの大学の近くにある立派な一戸建てに住んでる人じゃないかな。と思うんだよね」

「なるほど、そういえば俺たちの通学路にあるな」

「そうそう、だからたぶんそこで彼の顔を見たことがあったんだよ。しっかりとは見たわけじゃないけど記憶の片隅に存在していてそれを掘り当てたって感じだね」


 ミステリ物の探偵の相方役としては、なかなかな働きができたのではないかと少し得意げになってしまうのは、ミステリファンゆえ仕方がない。

 ニヨニヨしつつも早速彼の家へと向かうために歩き出し、ほかにも何か思い出せることはないかと、先導しながらも頭を回転させていく。


 確か僕が見たのは、彼が大きな声で何かを叫んでいる場面だったと思う。

 時期としては一か月前ほどだったはずだ。

 でもどんな内容を叫んでいたのかはわからない。これは思い出せないんじゃない。そこから先は本当にしらないから思い出しようがないんだ。

 ならここから先は考えても仕方がない、別のことへとシフトしていけ。

 その場面にいたのは、何人だったか。窓から見えた感じではおそらく三人。

 その男女比は二対一。多分彼と奥さんと息子さんだろう。

 その時に何か行動を起こしていなかったか。彼が息子さんに向けてなにか白い紙のようなものを叩きつけていたのをみた。このことから考えると、叫んでいたのではなく、怒鳴りつけていたという可能性が高い。

 そのあと彼は、息子さんになにかしようとしていて、それと同時に奥さんが彼を必死に抑えていた。

 もしかして殴ろうとしていたのか。いや、だめだ憶測でものを考えてはいけない。それは真司の仕事だ。僕はただ自分が見た真実だけを思い出せ。そしてそれを正確に真司に伝えるんだ。

 そのあとはなにか、なにかないか。だめだ、頭が正常に回らなくなってきた。頭痛がする。目の前がチカチカして、息が正常に吸えなくなる。ふらふらして倒れ、る。


「おっと、あぶねぇ。なんだあ? モノいのが倒れちまったぞ」

「ああ、知恵熱だろう。あいつが何かを思い出そうと集中しすぎるとそうなるんだ。いつもは俺が受け止めるんだが、少し考え事をしていてな。代わりに受け止めてくれて助かる」

「ったく。相棒の悪癖を知ってるんだったらちゃんと見てろっての。つーか、こいつちゃんと飯食ってんのかよ。どえれぇ軽いぞ」

「ふむ、食生活には気を付けいているつもりだったんだがな、なるほど献立を見直すとしよう」

「あん? なんだぁオドレら一緒に住んでんのか」

「ああ、今流行りのルームシェアというやつだ」

「るーむしぇあ? へんっ、たくだから嫌なんだよ。横文字ばっか使えば賢いと思ってるやからはよぉ」

「いや、それは。ふむ、なんでもない」

「あ、今おめぇめんどくさいって思ったろ。思ったろ!」

「エ、エアロビクス」

「ワレぇ、また横文字に逃げやがったな!今のはどういう意味だコラぁ!」

「二人ともうるさいよ!」


 二人が大きな声で喧嘩するものだから思わず目が覚めてしまった。

 少しでも目を離せばこれだから嫌なんだ、真司には人づきあいの仕方を少しは学んでほしいものだと思う。

「というか、話のそらし方適当すぎるだろ。なんだよエアロビクスって」

「ふん、それに深く突っ込むな」

「ちょっと恥ずかしくなるなら言うなよ、そんなこと」

 顔を赤くして顔を逸らす真司に突っ込みながらも、負ぶってもらっていた鳥男刑事の背中から降ろしてもらう(というかよくよく考えたら、いい歳して背負ってもらってる僕も中々に恥ずかしいものである)。


 そんなくだらない会話をはさみながら、いよいよ目的地が見えてくる(ちなみに話の順番が前後するようだが遺体の彼はしっかりと鳥男さんが仲間を呼んで、対処してもらっている)。

「ええと、あとはここの角を右に曲がってから二つ目が彼の家だよ」

「ふむ、完全に思い出したか」

「うん、おかげさまでね」


 一度気絶したことで頭が冷やされたのか、思考はとても明瞭である。

 さてさて、いざ被害者の家についたとは言えこの状態から何の権力も持っていない僕たち大学生二人に出番はない。

 ここから先は鳥男刑事に道を譲る。

「では、ここまでは案内しましたのでここからはお願いします。鳥男刑事」

「おん、任せとかんかい!」


 僕からのバトンを受け取った刑事は意気揚々と玄関先に取り付けられているチャイムを鳴らす。

 ピンポーンと、軽快な音を以って中にいる人間に来客の知らせを送るはずのそれは、残念なことに不発に終わる。

「あら? 動かん。何故じゃ」

「お前、機械を壊す特殊能力保持者なのか」

「いや、そんなわけないだろう」

 冷静に真司のボケに突っ込みながらも試しに僕もチャイムを押してみる、が、やはりならない。


「うぎぎぎ、なんかイラだってきたのう。このままじゃ話が進まんやないか。もうええ分かった。そないに返事しとうないなら、この下らん玄関から下品な庭を通って、下種な窓ぶち壊して入ったるぞボケカスが!」

「いや、ちょっと。さすがにそれは公権力持ちとはいえだめでしょ」

「ふん、いいぞやってしまえ」

「お前も乗り気なのやめろよ」


 このままでは本当に窓をぶち壊されかねないので、急いで何かないか探す。

 チャイムの代わりに音を鳴らせるようなもの、そんなものは当たり前だが見あたらない。

 今にも刑事は庭へと突入せんばかりで時間がないこともあり、ええいままよと玄関扉を引いてみればガチャリ。なんと開いた。


「あ、開いてる」

「開いてるな」

「開いとるんかい!」


 お手本通りの三者三様の反応。と、そんなことよりも、中に人がいるかどうか呼び掛けてみる。

「すいません。薔薇園署から来ました。少しお話を聞きたいのですが、だれかいらっしゃいますでしょうか」

 帰ってくるのは、静寂。本当に誰もいないのだろうか。中に入れば犯人が飛び出てきてジェノサイドされる可能性もゼロじゃない。

 それは恐い。怖いので鳥男刑事に先に行かせることにする。


「誰もいないみたいですね。とはいえ、僕たちが真っ先にこの家に入るのは色々とグレーだと思うので鳥男刑事、先に行ってくれますか」

 僕の言葉の裏に隠された本音を見抜いている真司からは、やれやれ見たいな顔をされたがそんなものは無視だ。僕は命が惜しい。

 それにこの阿保刑事アホは乗り気ですでに僕を押しのけガシガシと入って行っている。

 どうなろうと知ったことではないが、万が一があっては寝覚めが悪い(一日ぐらい)から僕らもその後を追って家に入り込む。


「おーい、大丈夫ですか? 鳥男刑事」

「ふむ、脇のほうに寄せられている靴は丁寧にそろえられているにも関わらず、真ん中にある普段使いされているであろう靴の部分は散らかっているな。」

「ほんとだ、それにみて、靴ベラがほっぽり出されてるよ。これはもう本当に殺害現場は自宅と考えて間違いなさそうだね」


 刑事の後ろを追いながらも何かおかしなところはないかと、真司と一緒に見回っていく。

 全体的に小綺麗に掃除されている家の中だけれど、それだからこそよく見れば何かが擦れた後だとか、倒れて割れてしまっている花瓶だとか、慌ただしく動いたであろう跡が目立っている。うん、見れば見るほど怪しさ満点だな。

 などとそんな風に各所に目を巡らせていたからか、真っすぐ廊下を歩いていった先にある半開きのドアに気づかずに真司が思い切り頭をぶつける。ガンっといい音を鳴らしていた。

 涙目で頭をさすりながら、なぜ扉があると教えないんだとこちらを睨んでくるが、僕も真司がぶつかるまで気付いていなかったのだから注意を促せるわけもないのでスルーする。

 あ、今のは別にスルーとするをかけたダジャレではないので、ブラウザバックはしないでほしい。


 そんなコントを繰り広げていると、真司がぶつかった音に気付いた鳥男刑事が半開きの扉から顔を出す。

「あん? オドレらなにやっとるんや。そんなところでイチャイチャしとらんとはよ来んかい。おもろいもんが見つかったぞ」

 僕たち二人を見て小ばかにした後、手招きしてこちらに来るように促してくる刑事にイチャイチャはしていないと反論するために、まだ頭を抱えている真司に追撃のチョップを一度かましてから扉の先へと入っていく。


 扉の先には一面の雪景色が、などということは勿論なくリビングとダイニングがつながった大部屋にでる。

 白と黒で統一されたとてもおしゃれな空間に目が奪われるが、その中でも一際目を引いたのはモノクロームの中に広がる場違いな赤、朱、紅。目の前に見える白い食卓机の上を彩るそれである。

 朝食の名残だろうか三つの皿にはトーストとイチゴジャム。そしてそのうち被害者のものであろう皿の上には追加トッピングの彼の体から漏れ出たいちごジャムが乗っている。

 これは暫くはイチゴジャムが食べられないな。


「ふん、白と黒の空間に異色の赤か。しばらく朝食にイチゴジャムは無しだな」

「同感だよ全く」

「ま、ショッキングな現場であることに違いはあらへん、その程度のリアクションですんどるなら及第点やな」

 とか何とか言いながら鳥男刑事はガハハと笑って背中をバシバシたたいてくる。

 いい加減殴ってやろうかと思っていると、真司が何かに気付いたのかお皿のところへ近づいていく。


「どうしたの? 何か見つけた?」

「ああ、ほらここを見てみろ。何か文字が書かれている」

 真司が指をさした方向に目を向けると確かに何か書かれているように見える。

 でも、なんだこれ。KYK?


「おいおい、ワレ、これがうわさに聞くダイイングメッセージというやつちゃうんけ!でかした、よう見つけたのう!」

「いや、これはダイニングメッセージだな」

 真司がそうこぼした瞬間時が止まる。いや別に本当に止まってはないけれど、およそ真司の口から出ないであろうボケが繰り出されたのだ。当然場は凍る。

「は? い、今なんて? ダイニングメッセージ?」

「ああ、そうだ。これは被害者が死の間際に食べたかったとんかつへの思いを馳せて書かれたものだろう」

「ああ、だからKYKって納得できるかよ!」


 確かにあそこは美味しいが、今はそんな小粋なボケを挟んでいる場合ではない。

 真司は普段から何を考えているのかわからないやつではあるが、こういうところでボケるような人間ではないはずだ。

 もしかしたら何か考えがあってのことなのかと、真司に向き直ってみれば、ヤツはいたってまじめな顔を崩していない。


「ふむ、なぜか俺が滑ったみたいな空気が出来上がっているが、今のは別に俺のボケではない。それを裏付けるためにほら、今度はここを見てみろ」

 いわれるがままに、先ほどよりもちょっと右側に視線を移してみればまだ何か文字が紡がれている。

「ええと。犯人は安、、、」

 読み上げようとしたところで鳥男刑事が早とちる。

「犯人はヤスだな!よっしゃ応援を呼んでヤスっちゅう人間を探させたるわ」

「ちょっとまて、まだ先がある。犯人は安、、、い日に買い物に出かける人間。つまり主婦。被害者の奥さんのことだ」


 うん、これを読んで理解した。被害者はボケなければいけない持病でも持っていたのだろう。

 あの鳥男刑事ですら口を大きく開けて唖然としている。ふと指を突っ込んでみたい衝動に駆られるのは昨日猫の動画を浴びるほど見ていたからに違いない。


「と、とにかく犯人が分かってよかったじゃないですか。さあ、犯人逮捕のために被害者の奥さんの捜索を始めましょ、うって。え?」

 微妙な空気が漂う現場から逃げ出したくて、入ってきたドアに近づくと、急に目の前に人影が現れて先のとがったものを突き付けられる。

 どこからどう見ても奥さんと包丁さんですねこんにちは!

 そのままいともたやすく羽交い絞めにされて、首に包丁をあてがわれる。

 あら、薔薇の香水かしらいい香り。などと言っている場合ではない。


「あなたたち人の家に勝手に上がり込んで何をしているのかしら」

「ああ、それは済まないと思っている。済まないついでにそいつを放してやってくれないか」

「あら、それを了承するとほんとに思っていて?」

「流れで放してくれることに期待くらいはしていた」

「ぼ、僕の人質騒動を流れ任せで解決しようとしないでくれよ!」


 こんなふざけた雰囲気で話しているが実際今とんでもないピンチである。

 よくピンチはチャンスだ、などと言っている人がいるが、この状況でもそれが言える人がいたらそいつはサイコパスだ。つまり全然チャンスじゃないってこと。


「ふむ、少し待ってくれないか。まだそいつ保険に入っていないんだ。お金が入ってこないだろう」

「ああ、確かに。え? この状況からでも入れる保険があるんですか? ってセリフを実体験で言うとは思わなかったよ」

「オドレら、意外に図太い神経しとんのう。まあ、なんにせよ奥さん。それ以上罪を重ねてもええことなんかあらへんで。はよ放しぃや」


 鳥男刑事が半ば呆れたような視線をこちらに向けながらも奥さんへの説得を始める。

 ううん、でも背中から感じる鼓動的に焦ってる様子が微塵もないんだよなあ。これは色々と振り切れている側の人間かもなあ。


 人間というのは不思議なもので、自分が命の危機かもしれない状況に陥ってるにも関わらず意外と冷静でいられる。

 例えるならば、めちゃくちゃ怒っている人間を相手にすると逆にこちらは冷めていくみたいな感じが一番近いと思う。

 なんてことを考えていると、首の薄皮一枚が切れて赤い血が一筋流れだす。

 ああ、服についちゃったよ。これクリーニングで落ちるかなあ。


「あ、そうだ奥さん。少し聞きたいんですけどいいですか」

「あなた、人質にされているのに随分と落ち着いてるわね」

「あ、もうその流れはモノローグで語ったのでいいです。で聞きたいことなんですが、息子さんはどこにいるんですか」


 そう、公園には被害者、殺害現場には犯人。でもここの家族は三人構成だ。一人足りない。そこがさっきから気になっていたのだ。

 よく聞いた、みたいな顔をしているから多分真司も同じことが気になっていたんだろう。反面鳥男刑事はさらに微妙な顔をこちらに向けている。


「お風呂場に沈めたわ。もう耐えられなかったのよ」

「なるほど、それでか。いや綾人から三人家族だと聞いていたから、ここにいない時点で息子さんも死んでいるとは思っていたんだが、風呂場か。ベタだな」

 これから説明しようとしていた奥さんの言葉を食い気味に奪い、真司が一枚の紙をこちらに見せてくる。


「これは息子さんの携帯の支払申請書です。ここには、まあそれはそれはな値段が書かれていますが、今回の事件はこれが発端と言っても差し支えないでしょう?」

「なぜ、それを」

「綾人から聞いたんですよ、一枚の紙きれを息子さんに叩きつけ怒鳴る被害者の姿、そしてそれを諫めるあなた。さらにはそれに対する悪びれた表情の全くない息子さんの姿を」

 この家にたどり着くまでの間に思い出した記憶の内容はすべて、二人に話している。

 真司が饒舌に話し出したということは知りたいことは全て分かったのだろう。

 なにより真司が生き生きとしていて僕もうれしい。


「この子から聞いたって、あれはもう一月も前の話、なぜそんなことを知っているのよ。まるで見ていたみたいに言わないで!」

「いやぁ、なんちゅうか驚きますわな。実際みとったんですわ、そこのモノいのが。一月前のその家族喧嘩の現場を通学中に」

「だからって、そんな細かく覚えているのはおかしいわ」

「いや、そのくだりはもう済んだ」

「え、いやその」


 戸惑う犯人を置き去りにして真司は話し出す。

「ここにあるのは先ほども言った通り携帯の請求書、ではなぜこれが事件の発端になったのか。明細を見てみれば何やら課金のし過ぎでこうなったらしい」

「課金は沼だよな。ガチャは当たるまで回せば確定なんだよ」

「ま、その理論は置いておき。どうやらこの課金はとある一つのサイトにつぎ込まれているらしい」

「あん? なんでそんなことが分かるんや」

「簡単な話だな。ここにurlが書き込まれている。字を見るにおそらく被害者が書き起こしたものだろう」

「なるほど」


「いざこのサイトに飛んでみれば、なんと女装専門のサイトのようで、ここからお気に入りの服を買うために課金をし続けていたらしい」

「なるほど、女装家だったのか。思い返せば綺麗な顔をしていたし、それもあって嵌っちゃったんだろうね。趣味に良し悪しなんてないけど浪費はだめだね」

「大方、そこに理解のなかった被害者が息子さんを怒鳴りつけてという流れだったのだろうが、それだけでは奥さんが二人を殺す理由には乏しすぎる」

 話がさらに本題へと進んでいくが、覚えているだろうか。僕は今首に包丁があてがわれているのだ。この体制って結構キツいんだよねそろそろ放してくれないかしら。


「ではなぜ、あなたが二人を殺すに至ったのか。それはこのサイトに書かれている」

 真司が今度はスマホをこちらに掲げる。というか、あれ? 真司の携帯ってあんな色だったっけ。

「ふむ、綾人の疑問も最もだ。これは俺の携帯じゃないからな。奥さんのものだ」

「うん、答えてくれるのはありがたいけど、さらっと心を読んでくるのはやめてくれないか」

「それはさて置き、この携帯には何日も連続でログインされている日記投稿サイトがある。さっきざっと眺めてみたがそれはそれは物凄い家族に対する怨嗟えんさの声。夫の稼ぎが少ないという定番から始まり、息子の女装趣味のことまでこき下ろしている。外面は高級住宅街に住むおしとやかな隣人でも、内面は醜悪しゅうあく怨嗟の鬼えんさのおに。まあ、まとめるならば今回はただそれが表面化されてしまったというところだろうな」


「知った風な口を利かないでよ!あんたは何? 私の家族なの、違うでしょ!関係ない人間がグダグダといちいちうるさいのよ!」

 これは不味い、犯人が激昂している(あたりまえだけど)。

 包丁の刃がどんどん食い込んできて痛い。幸い押し込まれているだけだから切れはしていないけれど、少しでも横に引かれればもう一瓶いちごジャムが開封されることになるだろう。

 などと考えていると、後ろから急に現れた鳥男刑事が奥さんを思いきり殴る。

「ええ、良いんですか? それ。主にコンプライアンス的に」

「俺も女だからそこんところはいいだろう別に」

「そっか」

「おいちょっと待て、女だったのかお前」


 何か真司が出会ってから一番の驚いた声(二番目はプリンを好んで食べる人間がいると初めて知ったとき)を出しているが今は無視だ。

 鳥男刑事に殴られ見事に気絶した犯人を、呆然としている真司を除いた二人で押さえながら手錠をかける。

 これで見事犯人逮捕である。よかった、よかった。


 そのあとはとんとん拍子で話が進んでいき、最後には鳥男刑事と連絡先の交換をしてから僕たちは日常の生活へと戻っていった。


 ☆

 あの事件があってからもう一月が経った。

 時が流れるのは早いね、などと真司と話していると電話が震える。

 画面をのぞき込んでみるとそこにはアホの文字。どうやら鳥男刑事が僕たちを呼んでいるらしい。

 彼女の行きつけだという喫茶店「方舟」は、僕たちの通う薔薇園大の生徒たちからも知る人ぞ知るという感じで受け継がれてきた老舗であった。

 そこで、今日の午後五時に落ち合おうと約束したのだが、三十分待っても来ない。


「遅い。何をやっているんだあいつは」

「ま、まあまあ、あんなのでも一応刑事さんだから忙しいんでしょ」

 などと話しているとカランカランと入店を知らせるベルを鳴らして、件の刑事が入ってくる。

「あんなので悪かったなあんなので」


 肩を怒らせながら僕の髪の毛をぐしゃぐしゃとかき回してくる。

「うわは、ごめんなさい、ごめんなさい」

「全く、オドレらはホンマに神経の図太い奴らだよ」

「ふん、で、用事とはなんだ阿呆刑事」

「まあ、待てや。折角方舟にこれたんやからノアじぃの特製コーヒー飲まなあかんやろがい」


 そう言って刑事は大きく手を振り上げて注文をする。

「おーいノアじぃ、特製コーヒーを三つよろしく頼んます」

「ふふ、かしこまりました。久びりに会えてうれしいよ鳥男ちゃん。元気だったかい」

「おう!元気やったで。特に直近でこいつら二人という便利なお供が増えたからのう。ガッハッハ」

「おいおい」

「ふふ、それは何より。綾人君も真司君も、分かってくれているだろうけど、彼女はそんなに悪い子じゃないんだ。これからもよろしくお願いするよ」

「な、なにを言うんじゃノアじぃ!」


 顔を赤らめながら怒る鳥男刑事は何というかレアで面白いが、(客が僕たち以外いないとは言え)喫茶店であまり大きな声ではしゃぐのも良くないだろう。

 刑事を落ち着かせるために本題の話を促す。


「ああ、そうじゃった忘れるとこや。とは言え、まあ簡単な話が新しい事件が起きたから手伝えっちゅう話やな」

「ほう、面白い。薔薇園大のミステリサークルの名を轟かせるいい機会じゃないか綾人、受けるぞ」

「はぁ、まあ、お好きにどうぞ。僕は部長に従うよ」

「よし、じゃあ決定やな!ここに探偵モノクロと阿呆の刑事のパートナー結成を宣言するで!」

「ふむ、探偵モノクロと」

「阿呆の刑事ぃ!?」

「これが俗にいうタイトル回収っちゅうやっちゃ」


 そんなこんなで僕たち三人はこれから沢山の事件と出会うこととなる。

 そこには辛いお話や面白いお話も色々あるんだけれど、それはまたの機会にと言うことで、今回はこれでおしまい。


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探偵モノクロと阿呆の刑事 白と黒のパーカー @shirokuro87

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