第11話 三次 二

 本来なら罪人と話す場合、牢の中に入ることが多いそうだが、さすがに健吾さまを牢に入れるのはためらわれるのだろう。

 佐野さまは、三次を出すと、番屋へと向かった。

 番屋は本来、牢に勤めるものたちの居室なのだが、他に場所がないということなのだろう。

 番屋は狭いが畳がしかれていて、囲炉裏もあった。

 障子窓で、明かりもさしている。

 佐野さまは三次を畳に座らせると自分はその隣に立った。

 万が一でも間違いが起こらないように、十分に目を配る、そんな気合いがひしひしと伝わってくる。久谷さまは、部屋に入らず、入り口の外に立たれることになった。

 三次の逃走を防ぐためなのだろう。

 健吾さまが無防備に三次の前にどんとお座りになろうとなさるので、さすがに少し離れていただくようにお願いした。

 健吾さまは帯刀していて、三次は丸腰であるけれど、絶対の安全などはない。

 とはいえ。何故、私が健吾さまよりにいなければならないのかは、不思議なのだが、健吾さまに命じられてしまっては仕方がない。

「それで、おぬしはなぜ、あの男が犯人だと思ったのかね?」

 健吾さまは、ゆったりとした口調で三次に話しかけた。

「すみません。全くあっしの勘違いでとんでもないことをしてしまいました」

 三次は床に頭を擦り付ける。もともとが善良な人間なのであろう。見当違いの人間を傷つけてしまったことを心から悔いているようだ。

「そのことは奉行からいずれ仕置があるであろう。俺はそのことを咎めるために来たのではない」

 健吾さまは柔らかく微笑まれた。三次は、おずおずと顔を少しだけあげて、健吾さまを見つめる。

「木梨龍太郎は、二枚目役者で女性に人気がある。そして、おみつはあの一座をひいきにしていた。だから、木梨を狙った、というような単純な理由ではないのであろう?」

「へ、へえ」

 三次は小さく頷いた。

「おみつがいなくなった日、芝居小屋の近くでおみつの姿を見たという話を小屋のすぐそばで奉公してた男からききやした」

 その男は、『いっぷく』の常連で、おみつや三次と顔見知りだったらしい。

「その時、木梨といっしょだったのかね?」

「いえ。そうではありません。ただ、最後に見かけたのが芝居小屋だったというだけです」

 三次の声は苦い。短慮だったと、反省しているのだろう。

「それで?」

「あちこち聞いて回ったところ、おみつの他にも行方不明になった娘が何人もいることがわかりました」

 ふうっと三次は息を吐いた。

「娘たちに共通しているのは、木梨龍太郎をひいきにしていたことでした。それで、木梨龍太郎という男を調べていくと、女癖が非常に悪いのと、素行の悪い連中と付き合いがありまして」

「素行の悪い連中とは?」

須長町すながまちの荒れ寺に住み着いているやつらです。調べてみると、木梨はかなり金に困っていて、座長に給金の前借を無心していたとか」

「金ね」

 健吾さまは片眉を上げた。

「へえ。それでどうやら、木梨はやつらに借金があるらしいのです」

 三次は少し肩をすくめた。

「あっしは、もうそれを聞いたら、木梨が娘たちをあいつらに売ったんじゃないかと思い込んでしまって」

「なるほどな」

 健吾さまはふむ、と頷かれた。

「つまり、証拠があったわけではないのだな」

「へえ。申し訳ございません」

 三次は首を振った。

「たとえ証拠があったとしても、それはお上の仕事。大工のお前がひとを傷つけて良い事にはならぬ」

 健吾さまは三次に優しく言って聞かせる。

「今後、このようなことを二度とせぬように」

「へえ」

 三次は頭を再び畳に擦り付けた。

「どういう経路で調べたか、参考までに教えてくれぬか?」

 健吾さまの問いに、三次は頷く。

「まずは、木梨をひいきにしている娘たちに話を聞きました。そこで何人かが行方不明になっているという話を聞き、いなくなった娘について調べました」

 三次はゆっくりと指を折りながら話す。

「四人ほど調べましたが、いずれも芝居を見に行ったあとの消息が知れません」

「ふむ」

「まずは、芝居小屋に出入りしている弁当屋に役者連中の人となりなどを聞きました」

「それで?」

「木梨という男が、しょっちゅう女をとっかえひっかえしているって聞いて。たまたま、木梨の女だった『ひな』に会いました」

 ひなという女は、芝居小屋の近くの『たぬき』という食堂をきりもりしているらしい。

 ひなと木梨が付き合っていたのは、一年ほど前。ひなの話では、木梨に捨てられたわけではなく、どちらかといえばひなが愛想をつかしたということらしい。木梨は、人気役者であるから、とにかく横柄で、金にもだらしがなかった。ひなに金をせびることもあったらしい。

 そして芝居さながらの大人物を気取りながらも、小心者のところがあったという。

「もちろん、『ひな』の話を聞いて、なにがわかったというわけでもなかったけれど、木梨をつけてみることにしました」

「なるほど」

「木梨と同じ長屋の住人たちに話を聞いたり、つけてみるうちに、木梨の借金のことを知り、すっかり犯人と思い込んでしまいました」

 それにしてもわずか十日ばかりで、ずいぶんと効率的に調査できたものである。三次というこの大工は、ある意味、調査上手だったのかもしれない。

 とはいえ、捜査にをつけるのは、大事なことだが、結論を勝手に作ってはダメである。

 それに、三次の話を聞けば木梨が怪しくは見えるけれど、木梨はおみつをさらっていなかったのは間違いなく、三次は完全な勘違いだったのだ。

「須長町の連中とは、話をしたのか?」

「いえ。ただ、奴らと話している木梨の話をこっそり聞きました」

「どんな話だ?」

「酒場で話をしたのを漏れ聞いたので、はっきりとはわかりませんが、賭場の借金を木梨が重ねていたようです」

「なるほどな」

 健吾さまは顎に手を当てて、頷かれた。

「わかった。手間をかけたな。これは、手間賃だ」

 健吾さまは懐から、竹の皮で包んだものをとりだした。

 三次は目を丸くする。

「たいしたものではない。握り飯だ」

 おずおずと手をのばした三次が皮をめくる。

「牢では食いにくいであろう。ここで食べ終わってから戻るといい」

「ありがとうございます」

 三次は頭を下げた。

 牢の中でも上下関係がある。三次はいわば『新入り』だから、いろいろと肩身は狭いに違いない。三次は握り飯にかぶりついた。

 牢にも食事は出るが、量はそれほどない。飢えは当然だろう。

「すまんな、佐野どの」

「いえ、問題はございません」

「世話になった」

 健吾さまはゆっくりと立ち上がった。

 このまま、城に帰る……ことはない気がする。私はほんの少しだけ肩をすくめたのだった。

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くのいちは、若さまを守りたい 秋月忍 @kotatumuri-akituki

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