第16話 ローニャ・ランドロバーの見舞い
「起きろアベル、起きろ‼」
「ンッ」
目を覚ますと、ほっぺたがヒリヒリと痛かった。頬を手でさすりながら、ババロの指さすビブリオを見た。
「アベル、こいつはなんだ?」
「え?」
「アベル、起きたか。とにかく今はこの男に、詳しく話している場合ではない。その手に持っている
僕は持っていた石版を、開いたビブリオの中におさめた。石版は光を放ちビブリオの中に吸い込まれて行った。
「アベル、何をしている」
ビブリオの言葉までは、ババロには聞こえていないようだ。
「アベル、恐らく私も魔法を扱えるようになった。お前の主人とも話そうと思うが、信頼できる人物か?」
「うん、大丈夫だと思うけど? お願いなんだかクラクラする」
「わかった。話してみよう。初めまして、アベルの主人よ。私の名はビブリオ。魔導書だ」
初めて魔法を使ったからなのか、全身がだるい。
ババロは先ほどから急に見えるようになった魔導書が、今度は話し始めて、驚いているだろう。
「つまり、倉庫にあった悪魔の石版は、お前の中だと言うんだな。アベル、お前はこれをどこで見つけた?」
「ツムリ平原」
「どうして俺に早く相談に来なかった」
ババロに体を揺さぶられ、吐き気がこみ上げてきた。
「そんな事言われても」
「ふたりとも今はそんな話をしている場合ではない。 もうすぐ倒れている女が目を覚ます。そうなれば、この状況の説明を調査局に追求されるが。ババロよ、それは望んでいないのだろ?」
ババロは僕を掴んでいた手を素早く離し、ビブリオと会話する。
「それはまずい。ビブリオ、
擦り付けるという言葉は気に入らなかったが、ババロの判断は早かった。
ビブリオから石版を受け取るとカービスの足元に石版を置いた。
「アベル、地下に俺と戻れ、そして誰にも疑われないように、記憶を改ざんする。ビブリオできるか?」
「今の私なら可能だ」
「よし、それと女が目覚めた時に、カービスが封魔の魔法を放った様に見せかけろ」
「やってみよう。その後ふたりを気絶させ記憶を私が改ざんして終わりだな」
倉庫の地下に飛び込んだ後、後で強烈な白い光が放たれた。それからは記憶がない。
*
「旦那様!!」
「ん、ウェインか? アベルはどこだ?」
倉庫が崩れたのか、服には崩れてきた瓦礫が大量に着いていた。
「旦那さまより先に救助されました。悪魔は封魔されたようで、これからどうなさいますか?」
「誰が封魔した?」
「わかりません。カービスということになっております」
「そんなバカな!!」
アベル以外に、封魔の魔法を唱えられる者はここにいるわけがない。
何かがおかしいと思考をめぐらしたが、酷い頭痛に襲われ、思考が停止する。
「ック、頭痛がひどい。頭でも打ったか」
「旦那様今は傷の手当を、時期に調査局が我々を探り始めます。今は調査局の取り調べをどう乗り切るかを考えなくてはなりません」
ウェインの言う通り、何があったか調査局に尋ねられるのは間違いない。
間違いなく封魔とカービスの関係を聞かれるだろう。どこまで答えたものか。
「アベルと話さなくては」
「旦那様、酷い怪我です。動いてはいけません。今は治療を」
俺は立ち上がろうとして、再び意識をしなった。
「旦那様!!」
*
「お目覚めですね、バロ」
目は覚めたが、まだ意識は朦朧としている。部屋には知っている女の匂い、頬をなでる細い柔らかい指。澄んだ清らかなアリアの声とは違う、艶のある声。
「ローニャか、どうやってここに入った?」
「調査は中止と連絡を受けまして、お見舞いに。リンゴはお嫌いでしたか?」
「ウェインはどこだ?」
視界がはっきりとしてきた。部屋には今、俺とローニャしかいない。
「娘の相手を。バロ、口を開けて」
「ローニャ、アベルを呼んで来い」
「いやです」
ローニャは拗ねたように口を膨らませた。皿に切って置かれてあるリンゴをフォークで少し強めに刺し、ローニャは半分を自分で食べた。
俺はこの女が、今は苦手だ。いつも俺の邪魔をしてくるかと思えば、見舞いに来るなど、何を考えているのかさっぱりわからん。俺がまだ若いころ一度助けてやったことから交友関係を持った。医者を目指していた可憐な学生だった頃の話だが。
訳あって10年前から距離を置いている。
今回の遺跡調査でも、最高額の援助金を出す代わりに、俺が調査をするはずだった予定地をローニャに横から奪い取られた。ローニャの一番厄介なところは、一度キレると収まるまで手に負えんところだ。ローニャのせいで何度馬車を修繕したことか。アリアとは全く違う考え方を持つ女になった。
「何が望みだローニャ、お前のせいで俺は望んでいた調査範囲を、お前に取られた。お前は俺の計画をいちいち邪魔するな」
「わたくしとの婚姻の約束を覚えています?バロ」
ローニャは俺の手を両手で握る。
「やめろ。若い頃の話は忘れろ。俺もお前もすでに一度結婚した身だ。そしてお前の旦那は今も健在だ」
「なら、あれを殺したら夫婦になってくれるのですか、バロ?」
急に声が冷たく悪魔の様に低くなる。皮をむいていたリンゴがはじけ飛ぶ。キレる寸前だ。いかれている。それが今のローニャに対する俺の評価だった。俺がこの女に手を出すことはない。手を出した日には身の破滅だ。
封魔できるのなら、ローニャの悪魔的な一面を是非とも封じたいと、ババロは思っていた。
「美味いリンゴだ」
ローニャが既に切ってあったリンゴを、一切れ手で取って口にした。
「アベル坊やの所には、うちの使用人が礼を言いに。はい、あーん」
ローニャは先ほど自分で食べた、食べかけのリンゴを俺に食べるように強制的に勧めてくる。片手で俺の顔をリンゴの方に向ける。
「ええい、離せ」
最近の女はどうなっている。両手でローニャの手をどかそうとするがびくともしない。
「旦那様‼ 調査局の」
「ウェイン、ローニャをつまみ出せ」
部屋に入ってきたウェインに、ローニャを追い出すように指示を出したのと同時に、ローニャは、すぐに俺を抑えていた手を放し、ウェインに向かって石版をかざした。
ウェインはそれを見て動くのをやめた。
「ランドロバー婦人、これ以上は旦那様の傷口が開きますので、ご退出願います」
「ふふ、ウェインは聞き分けが良くて好きよ。またね、バロ愛してるわ」
「ふん、口には気をつけろ」
ローニャは病室を出ていく際に、投げキスを俺に送っってきた。
そんなことはしない女だった。喜ばしくない友人の変化を、受け入れきれずにいた。
「もうちょっと時間を稼げないのかしら、この子わ。帰るよリーシャ」
「はい、お母様」
ローニャが出ていくのを横目で捕えながら、調査局の人間が病室にふたり入ってくる。ひとりは見たことのある顔だ、確かミッチェル・クレイグ先行隊副隊長そしてもうひとり。
「失礼します。魔法調査局局長補佐シャルロット・エスクローです」
「来たか、調査局」
左目に黒の眼帯、長い黒髪、確実に獲物を仕留められるという自身に満ちた態度、自分達に正義があると確信している、そんな表情だ。相手にするのが少々めんどそうな奴だ、こちらの意見など聞きそうにもない。
「お久しぶりです。封魔に関する記憶の調査をさせていただきます。こちらの契約書に同意を」
ミッチェル隊員が差し出した。契約書に目を通す。ひどい内容だった。記憶の提出の強制。監禁、尋問における魔法の仕様許可。同意すれば拷問されてもおかしくない内容だ。
差し出したミッチェル本人も納得していないようだった。
「拒否する。俺が作成したものでなければ、契約に合意しない」
「拒否権を認めません。封魔の魔法に関する情報の隠匿は重罪です。この場で捕えて連行しても構いません。ミッチェル副隊長、戦闘用意‼」
シャルロットはウェインが動く前に素早く黄色に輝く石版を出現させる。
「やってみろ。先に死ぬのはお前たちだ。魔法局とことを構える準備はできている」
ローニャとの緊張感とはまた別の、緊張感が部屋をつつむ。ウェインが剣を抜き、ミッチェルは、やる気がなさそうだが一様構えている。
「やめ‼」
「っは‼」
構えていたふたりは構えを解き、敬礼の姿勢を取った。
「お初にお目にかかる。ウィガロット殿」
「これはこれは、中央からなかなか出てこられないお方が珍しい。ササカタ・グルグバス管理局長」
グルグバスはエスクローの肩を叩き、こちらに一礼する。
「彼女は無理強いするのが得意でな、我々も困っとるんだ。心配してついてきたかいがあった。いや私も有名になったものだ。魔法局とことを構えるのは、やめていただきたい。ウィガロット商会の商品が魔法局に届かなくなるのは手痛い」
グルグバスは葉巻を加え火をつける。風魔法を駆使して煙はすべて窓の外に漂ってゆく。
「君の作成した契約書なら協力しえもらえるのであれば、我々はそれで構わない。こちらは破棄しよう。ミッチェル副隊長、悪いが再度作成したまえ」
「はっ‼」
グルグバスが契約用紙を指で弾くと、書かれてある文字は消え白紙の紙に戻った。
ミッチェルはグルグバスから紙を受け取り、契約の魔法を詠唱し始める。
「 御神の前に誓う聖なる契約なり、これを破る者は報いを受ける。『
ウェインは剣を黒い鞘におさめ、俺の横に控えた。
「どうぞ」
渡してきた白紙の契約書を、俺は受け取らなかった。
「やり直せ、俺は赤い契約書からでないと契約できない」
「命賭けか」
「珍しくもないだろう」
「そうだな、ただの愚か者か、あるいは本当に何かをなそうとする者にはな」
*
目を覚ますと何処かで見た顔が、こちらをのぞき込んでいた。
「アベル、起きた」
「起きたか」
こちらをのぞき込んでいた、顔の前面を黒い布で隠した銀髪の少女は、ハシェルの横の椅子にちょこんと座った。
「ハシェル」
「カービスが死んだ。どこまで覚えている。面倒な状況になっててな」
「噓だよ。カービスがそう簡単に死ぬわけないよ」
「ほんとに死んだのよ。アベル」
松葉杖をついたレナと、右腕が折れたのか包帯でまかれてあるハシェル達の表情は嘘をついているようには思えなかった。
涙が一筋、まだそんなにも悲しくもないのに右目から流れた。
病室の扉を3回ノックする音が、室内に響き、全員の視線が扉に向かった。
「デル・キャンダムと申します。封魔の魔法の調査の一環で記憶の調査をさせていただきにまいりました」
「来たか」
ハシェルは立ち上がり、部屋の扉の鍵を開けた。
「失礼します」
入ってきたのは、男がふたり、そのうちひとりはボズという先行調査隊の人だった。
「ボズお前はシャルの契約が完了次第、子供達の方を担当しろ」
「悪いが、こっちの嬢ちゃんは俺たちの仲間でなくてな」
少女は、椅子から降りて深く一礼した。
「ボズ、間違えないか?」
「はい、間違いありません。調査が始まる前に一度会ったことがありますので」
ボズが話し終えると、キャンダムの石版が青く光り、知らない女の声が、室内に響いいた。
『こちら、シャルロット。契約がまとまった。記憶の抽出は事件当日の記憶のみ。それ以外の情報については口頭で質問せよ。回答については、拒否や虚偽の発言をすることは許可せよ。肉体および精神的な苦痛を与えることの禁止。薬・魔法・言動による自白の強要、誘導尋問の禁止。罰則は死だ。ぬかるなよ、デル』
「お前の方が死なないか心配だ。では、お聞きになった条件で、これより3名の記憶に関する調査を始める」
僕が混乱する中、キャンダムはハシェルとレナを連れて別室に移った。
「では、アベル君。記憶を抽出させてもらう。事件当日のことを思い出してほしいい」
僕は目をつむり、事件当日のことを思い出した。
調査が終わってから、魔の山に登り、花を摘んで、帰りに盗賊に襲われて、逃げた。捕まって何とか逃げ出したが、逃げた先には悪魔がいて、ウェインさんたちに言われて屋敷に避難した。悪魔が追ってきたので、屋敷の倉庫の地下に、旦那様と避難した。戦闘が激しく、地下が崩れ、がれきの下敷きになり今に至る。
これで間違いないはず。
「協力をありがとう」
ボズさんは、記憶を思い出している間に詠唱を終え、手には記憶の欠片を持っていた。それを大事そうに小さな箱にしまい。リュックにしまった。
「カービスという執事とはどういう関係だったんだい?」
「僕の世話係でした」
ボズさんは紙に魔法のインクでメモを取っていく。
「外に彼についって知っていることはありますか?」
「う~ん」
カービスのことを思い出しても、自分がカービスにつてそんなに深くは知らないことを思い知るだけだった。
「何も」
「……そうですか。では、質問を終わります。お早い回復をお祈りしております」
ボズさんは僕に、深く追求することなく、丁寧に頭を下げて部屋を出ていった。
部屋には、宿で助けようとした少女と、ふたりっきりだ。
彼女は何も語らず、ただ椅子に座っている。黒い布のが顔の前にたれているので、どこを見ているのかさえ分からない。
「アベル聞こえるか?」
「だれ?」
急に声を出した僕に、椅子に座る少女も驚いていた。
「私だ、ビブリオだ。記憶を戻すぞ」
何かがはじけるような音がして、急に頭が痛み始めた。
「ックああああああああああ。頭が痛い」
両手で頭を抱え、うずくまる。罰則よりも強烈な、頭が割れるような痛みがどんどん強くなる。少女は椅子から立ち上がり、僕の片手を握る。
最近は意識を失いすぎだと思いながら、また意識が飛んだ。
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