第17話 ババロ・ウィガロットの過去


目が覚めると、手を握っていた少女はいなかった。

ビブリオにババロの病室へ、呼ばれるまで、カービスの死に涙を流した。


「記憶の混濁はないか?」

「大丈夫だ」 


ビブリオがババロに、記憶に異様な点がないか確認をとった。


「乗り切れて何よりだ」


ビブリオが疲れたのか、宙に浮くのをやめ、僕の手元に戻ってきた。


「旦那様、これは?」

「魔導書だ。俺もそれしか聞いていない」


ウェインさんが僕の持つ魔導書に目をやる。


「アベルが魔導書の主人ですか」

「魔導書が見つかるとは踏んでいたが、まさかアベルが所有するとはな」


ふたりとも頭を悩ませている。


「ババロ、約束を守って」

「ん? あぁ、アリアの話か、仕方ない」


ババロは咳ばらいをひとつして、話し始めた。


*


アベルの母、アリアとの初めての出会いは、今から13前だった。

西国の商王と呼ばれるまでになりあがり、各国にも足を運び、残すとろは南国のみとなっていた。その南国へは薬学について学ぶために向う途中だった。


「ウェイン、あとどれくらいで着く?」

「まだ半日程かかります、旦那様」


友人からの急な通信がウェインに入り、ラダドムズのアーフェイルに目的地を変え、移動に2週間と3日、こちらが頼んでいたとはいえそれだけの時間を費やしても構わないと思えるほど、友人の招待は魅了的だった。


馬車に揺られながら、暇つぶしに販売されることになっている石版の値についても大まかな予想を立てた。


歴史的な価値と美術的な価値だけでも金貨40枚はくだらない、持っていればそのうち魔法が使えるかもしれない噂の価値を踏まえると、金貨70枚。

そこに大陸中の金持ちが買いに来ると考えれば、値は金貨100枚をゆうに超える可能性がある。


持参金の金貨は50枚、帰りの費用や中央での用事の件を考えても自由に使えるのは

せいぜい金貨30枚、買えるはずがない。まぁ買うつもりもないが。

安く譲ってくれないものかと、頼み込んでみるのも悪くないが、今が旬の商品を金に目がない友人が安くたたき売ることなどありえなかった。


今回の目的は、送られてきた封魔の石版の魔法『封魔アレスト』についての知識をえること。

どの国も今後、間違いなく悪魔の話は避けては通れない問題いなってくる。


封魔の魔法使いは魔法局に管理され残り15名のみとなっていた。その管理の目を盗み今回は話を聞くことになっている。ここで話を聞いておかなくては、悪魔の戦闘で死なれては話が効けなくなるのも困る。


魔法に関しての知識は未だ未知の部分が多かった。


帰りにうまい物でも食って、土産話のひとつやふたつ家の連中には持って帰ればいだろうと、俺は考えをまとめ、目をつむり眠りについた。


「招待状を拝見させていただきます」


友人の屋敷に入ってすぐに招待状と共に見たことのなかった、動く絵の石版を受付の女に渡した。女は招待状のリストを確認し、動く絵の石版の方を返してきた。


「ようこそおいでくださいました、ウィガロット様。1階が展示室になっております。2階の広間でフィレット様がお待ちしております。こちらはフィレット様にお渡しください」


他の客が1階の展示室に消えていく中、石版を受け取り右手の階段から2階へ上がり通路を通て、正面の広間の大扉を開ける。


「わが友よ!! よく来たなバロ」

「フィレット、久しぶりだな」


「香水の販売の時以来か」

「もう8年前になるな。あの商品は実にいい、香りもだがいまだによく売れる」


グリッターリリーという西の国のとある地域にしか咲かない花だ。

おかげで香水の大量生産は不可能だが。フィレットに卸すだけの量は作り続けてきた。フィレットには西国以外での販売権を売ってある。


「それより、今回の品の方がはるかに儲かりそうな気がするが」

「今は、向こうの部屋で競りをやってるところだ」

「元を回収しよってのか」

「少しばかりだがね」

「なにが少しばかりだ、あれは元が取れえる」


右手の部屋からは活気のある大きな歓声が上がっている。


「どうやって物を手に入れたんだ?」

「南の調査をしている男に多額の金を出資してやった見返りだ」


いくら南の調査が今話題を集めているからと言って、調査局の職員でもない男に、大金を投資するなど俺には考えれない。

フィレットの案内で左手の扉から屋敷のさらに奥へと案内される。


「参加したかったか?」

「見学するくらいならな」

「いくら持ってきた?」

「30枚だ」

「ははは、それは話にならんな」


白い壁に赤の絨毯、ダスカーの絵画が続く中、動く絵の石版をフィレットに返した。


「それより俺の頼みはかなえてもらえるんだろうな?」

「そっちは大丈夫だ。専門家を呼んである」

「この目で見ないと信じないたちでな」


廊下を左手に曲がり、廊下の突き当りの部屋の扉をフィレットが開ける。


「お初にお目にかかります。西の商王」

「こちらさんだ」


部屋にはバルコニーに続く大きな窓と木製のシックな丸机と椅子が二脚のみ置かれてあり、壁にはヨバルトの絵画が飾られてある。

フィレットは石版を、青いドレスに身を包んだ、仮面をつけた女に渡す。女の後ろには、従者の女が一人深く頭を下げたまま動かない。仮面をつけた女も軽く会釈し、かけるように促された。


「ババロ・ウィガロットだ」

「存じ上げております。アリア・ミミエルと使用人のジョアンヌ・アースウェンです。ヴァルコフ本部長よりお話を何度かお聞きしたことがあります」

「ヴァルコフのおっさんを知ってるのか」


フィレットとヴァルコフの紹介なら文句のつけようのない人物なんだろうと、思いながらも、女の素性をどう聞き出したものかと思案し始めた。


「ごゆっくり」


フィレットは早々に扉を閉め出ていった。

これが、アリアとの初めての出会いだった。顔は最後まで明かさなかったが、東のヨバリディアの出身だということがわかった。


再会は早いことに、3年後だった。


南での予定を終え、ウィガロット商会の新しい医薬品の販売を、5か国で始める準備を急いでいた。ローニャにも西国の医者を紹介してもらい、久々に再開した。


「元気にしていたか?」

「もちろんです、バロ」


ウェインからもそろそろ身を固めろと言われ、ローニャとの婚姻を考えていた。

この頃のローニャは、西国の王都でも、人気の女医だった。


事が起こったのは、夕食を一緒に取っている最中だった。


「ウィガロット様で、お間違いないでしょうか?」

「そうだが?」

「ヴァルコフ様より電話がありまして、上の階で人がお待ちです」

「俺にか?」

「はい」


定員に詳しく放せと、問い詰めると、ヴァルコフの爺の伝言で間違いないと確認が取れ、ローニャに詫びを入れ、席を外した。

定員の案内に従い、階段を上がり、上の部屋の扉を開ける。


「お助けください、ウィガロット様」


聞き覚えのある声だった。


「アリア・ミミエルだったか?」


アリアは、俺にヴァルコフからの手紙を渡した。

手紙には彼女が登録のない封魔の魔法使いとして、魔法局に追われていること。妊娠していること。ディスの封魔に成功したが未確認の悪魔に襲われ逃走してきた。夜明けの天使ヨムの生き残りだということが書かれてあった。


要求は、アリアの名を変え、子供と一緒にかくまってほしいということだった。


つまりこの女と婚姻関係をもって、その腹の子を俺の子とするということだ。


領地をもつ俺ならば、アリアのために本来ならば娘のいなかった家庭に、娘をひとり新たに偽装することは確かに可能だが。生まれてくる子供の名前が偽装できない。魔法で父親の姓で、役所に登録される。


俺がこの女と婚姻関係を結べば、俺のウィガロットの姓で登録されるが、下で待たせてあるローニャに、どう説明をすればいい。おそらく彼女は今日俺に求婚される日だと理解している。南国の宝石店で買った、俺の懐に入っている指輪が嫌に重たかった。


「今、俺にかくまえと言うのか、ヴァルコフの爺」


夜明けの天使ヨムには、確かに支援してきた。今でなければこの願いもすんなりと受け入れただろう。


人生で一番迷った。俺が迷っている間、アリアは心配そうに俺を見つめていた。


「わかった。引き受けよう。ただし条件がある、俺と契約の魔法を交わせ、これが条件だ」


アリアはそれを承諾し俺と契約を結んた。

10か月後、アリアはアベルを産んで1週間後に死んだ。


「アリアはお前を産んだ1週間後に死んだ。契約に従いお前を11歳になるまで面倒を見ている。ざっくりと話したがこれがすべてだ。詳しく話すと契約の魔法に違反し、俺が死ぬ」

「僕が11歳になる迄の間」


アベルは自分が11になるまでの月日を数えているのか指を折っていた。

ヴァルコフが生きていれば、今頃ここにアベルの姿はなかったはずだ。


「来年からお前を魔法学校に通わせる」

「僕も魔法を学びたいと思いました」


アベルと初めて互いの意見があったきがした。

今さら父親面をするつもりはないが、アベルが成長することがアリアの願いである以上、魔法学校に行かせるのが今後のためだ。


「そうだ、それが今後に向けて一番最善だと俺も判断した」

「魔法だって習っていたら、カービスは死ななかったかもしれない。どうして、今まで魔法を教えてえくれなかたんだ‼ 」


いろいろとあったが、今までカービスはよく仕えてくれた。あいつをアリアの世話役に当てた判断は、今も間違っていないかったと思っている。


「魔法を教えなかったのは、お前が魔法を使えば、ラムドがお前に干渉し、お前をを殺したからだ。お前の母親はユヌに呪われた。お前は10歳になる迄の間、魔法を使えば死んでいたんだぞ」


アベルの罰則が、思った以上にひどい効果になってしまうのも、ラムドせいだ。

アリアの死に方は悲惨だった。思い出したくもない。

アリアの願いで、アベルには生まれてすぐに、魔法を感知できないようにするための誓願の魔法を、ジョアンヌ達がかけた。


「ババロの言うことは間違っていないぞアベル。Ⅰ《ユヌ》の呪いは幼い子供には耐えがたい物だったはずだ。お前の中のラムドを刺激しないために、魔法の干渉を抑える必要があったはずだ。そうなるとアベル、お前の罰則は実はもっと緩いものなのかもしれない」


ビブリオはアベルに理解するように求めた。カービスの後任にいい面倒見役が付いたものだ。


「だけどそうだとしても、もっとやり方が、僕にもっと説明してくれればよかったじゃないか、そうすれば」


アベルは食い下がらない。無理もない、俺に比べるとこれまでに至る、情報量が圧倒的に少ないのだから。


「なかった。これがもっとも最善に近かったと自負している。お前が魔法を自ら嫌い、使わないと強く願うようにしなければならなかった。いくら契約の魔法で魔法を使うことを禁じてもお前に使う意思があれば、お前はどこかで魔法を使っていた。そして、俺もお前も死んで終わりだ」


言い聞かせても無駄だろうが、話せる範囲でアベルに情報を与えてやる。


「アベル、今さらお前の父親面をするつもりは俺にはない。今までも契約を守って来ただけだ。もうすぐその契約も終わる」


半年後にアベルとの契約は解除される。倉庫で解除したのはジョアンヌ達の誓願の魔法と、更衣室に張ってある契約だ。

11歳まで面倒を見るというアベルと結んだもう一枚の契約の魔法は、アベルには見せていない。


アリアとの契約の魔法は、俺が死ぬまで解除されない。


「魔法学校に行くのなら、入学までは面倒を見てやる。その後俺は、今後お前に何も望まない。好きに生きろ。俺の責任はそこまでだ。俺には俺の使命がある。お前にはお前の使命がある。それを果たせ。行かないなら俺に協力するか、ラムドとうまく付き合って生きろ」


もしもアベルが今後魔法局に捕まれば、記憶を調べられ、俺も捕まることになるだろう。ここでどう突き放したところで、最後まで面倒を見なくてはいけないことはわかっているが、それをこの場で言うことは避けたかった。アベルには、少し嫌われているぐらいが、俺にはちょうどいいのだ。


封魔の魔法使いとして管理される人生は、監禁され、一日中監視が付きまとう。人の人生とは、ほど遠い生活が待っていると聞く。


「さぁ、決めろアベル。お前はどう生きる?」


俺の問いかけに、アベルはすぐに答えなかった。

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