第14話 祈る少女の石版

初めて入った屋敷裏にある倉庫は、どこか神聖な場所のように思えた。倉庫に置かれてある物は全て屋敷で使う物ばかりで見覚えがあった。

倉庫に入ってすぐにババロは、金貨を受け取り、契約解除を宣言した。その後、倉庫の奥へと慣れたように早足で進んでいく。


ババロは金貨を受け取ってすぐに今は必要ないと、倉庫の棚に置いた。

契約を解除すると、息をするのを思い出したように、ビブリオとの魔法のつながり、自分の体にの中にある、呪いという魔法の痛みに似た不快感を体に感じた。


「ようやく自覚したか。それがラムドの魔法を身に宿しているという感覚だ」


ビブリオの位置が、視界に入らなくてもわかる。

僕が胸に手を当てて立ち止まっていると、ババロがせかした。


「早くしないとふたりが死ぬぞ。開け、ついてこいアベル」

「ふたりを置いて逃げるの?」


壁に手をかざすと、暗闇に白い魔法陣が浮かび上がり、倉庫の床の一部が左右に開いた。ババロは開いた通路から、地下の暗闇に姿を消した。


「アベル、契約は解除した。だか、今日までは俺の使用人でいろ。俺に従え、地下に降りて必要な物を取りに行くだけだ。早くしろ‼」

「……はい」


急に新しい体になったような、感覚に戸惑いながらもババロの後を追った。


「こんなことになるなら、こんなに厳重にするんではなかったな。開け!!」


暗闇の中を、ババロが手にしたランタンの灯りだけを頼りについていく。焦げ臭いにおいはなく、ひんやりとした空気が下から吹き上げてくる。


ババロの背を見ながら、石の階段を淡々と降りていく。階段の終わり、最下層についた。


「開け、開け開け開け」


ババロは、魔法陣の現れた壁に、何度も拳を叩きつけている。

こんなに焦っているババロを見るのは初めてだ。


扉が開くと、室内の壁を探り始め、隠し扉を開く、階段をまたババロと下り、新しい部屋のい入る。その部屋の隠し扉からババロが先に進み、1枚のエメラルド色の石版を取ってきた。


「これはお前の母親がお前のために作った石版だ。これで悪魔を封じろ」

「悪魔を封じる、僕が?」

「そうだ。契約を解除した、お前は自分の体にある魔法の感覚が戻ってきたはずだ」

「でも、どうやって? それより母さんの話をどうして今」


「アベル!! 母親の話は後だ、今すぐ地上に戻れ。そして、悪魔を封じろ。お前がやらなくてはならんことだ」


ババロは僕の胸に、西国のカラーである、エメラルドグリーンの石版を強く押し付けた。


「アベル、今はこの男に従え。石版については私が説明しよう」

「できないよ」


ビブリオに話しかけた言葉に、ババロが反応する。


「確かに、急で悪いとは思っている。お前の母親とも決めていたが、こんな形になるとは思わなかった。本来ならお前は10歳の誕生日を向かえたら、ヴァルコフという、お前の母親と俺の共通の友人に、魔法を学ばせるために預ける予定だった」


ババロが押し付けた、石版の力が弱まる。


「この石版もその時に渡すはずの物だった」


石版は僕の胸を離れ、ババロは思い出深かそうに石版を見つめている。


「僕に隠していることを、すべて話さないと僕はこれを受け取らない」

「悪いが、すべてを話している暇もないし、話してやるわけにもいかん」

「どうして!!」

「それがお前の母親と交わした契約だからだ。ここで生き埋めになりたいか‼」


上での戦闘での衝撃が倉庫の地下にも響いてくる。地下の壁には亀裂が入り初めていた。


「なら、母さんのことだけ。悪魔を封じて終わったら、母さんの事だけ教えてよ!!」


ババロはすぐに返事をしなかった。


「いいだろう。お前がきちんと役目を果たせたならば、俺はお前の母親のことを語れる範囲で語ろう」


また、地震が起こったように激しく揺れた。

天井からパラパラと小さな石と土埃が降り注ぐ。


「約束したからね」

「ああ、俺の意志で結んだ約束を、俺は破ったことはない。先にいけ、俺も後から追いつく」


ババロはもう一度奥の部屋に、入っていった。

階段を1段飛ばしでぐんぐん進んで行く。鍛えているけれど、太ももが熱くなる。


「アベル、その石版は『封魔アレスト』の魔法が施された石版だ。悪魔を封じるために用いる」

「いろいろ思い出した? 詠唱がいるの?」

「ああ、少しずつだが魔法に関する記憶が戻ってきている。封魔する悪魔に合わせた詠唱が必要だ」

「どうするの? 僕にできるの?」 


初めて魔法を唱えるために、何をどうすればいいのか、何も知らない。魔法から遠ざけられ、自分からも遠ざかっていたのだから仕方ないが、腹立たしかった。


「心配ない。アベルには唱えられる。ただ」

「ただ?」

「肝心の詠唱が思い出せん」

「さっき自分が説明するって‼」


半分ほど登ってきただろうか。あと半分登り、倉庫から出れば悪魔に襲われる。それなのに頼りのビブリオは詠唱を覚えていなかった。


「そうだとも、できると思っていた。いや本来ならばできるのであろうが、今は記憶がないのだ!!」

「思い出してよ!! 記憶が戻っていてるんでしょ?」

「無理をいうな。……待てよ、私の中にある石版と話をしてみよう」

「話せるの?」

「魔法には意思が少しばかりだがある」

「早くしないと」


ビブリオがだまり、つながりが、一時的に薄くなっていくのを感じる。

自分の階段をかけ上る音だけが地下に響く。


「そうだったな。名前と数字が必要であったな。アベル、悪魔の数字を、ⅩⅢトレーズから私に続き順に唱えろ、行くぞ」

ⅩⅢトレーズ


ほんのりと石版から緑色の光が溢れ出した。おかげではっきりと石版の絵が見えた。


石版には白いワンピース姿の少女が祈りを捧げている。背景にアーモンドの花の蕾と太陽、ユリの花の蕾と月が絵が描かれている。


時間を少しおいて、再度確認すると石版に描かれている花たちも蕾から少し開花したように見えた。


「よし、今回の悪魔はⅩⅢトレーズのようだ。封魔の魔法も発動準備段階に入った。その光が充分になったら、あとは詠唱するだけだ」

「充分ってどれくらい」

「その時わかると言っておる」

「なんだよそれ」


地上に出た。屋敷は屋敷のど真ん中を撃ち抜かれ、残った屋敷の一部は燃えていた、さっきまであった倉庫の壁や荷物も全てなくなっていた。


「クゥ〜ン」

「ヴァーグ‼ なんで逃げなかったんだ」


ヴァーグが家畜小屋の方から駆けてきた。


「少しばかり遅かったか」


レナさん、知らない男、知らない小さな女性が屋敷の塀の隅に横たわっている。

レナさんに駆け寄って、息があるかを確認する。


「大丈夫、生きてる」


ビブリオが他の2人を確認する。


「こっちのふたりも無事なようだ」

「これが、結界」


今までは見えていなかった、ガラスのように半透明な壁がそこにはあった。


「アベル‼ 魔法が来る、ふせろ‼」


崩れそうな屋敷の中から、光線が放たれ3人の倒れている位置に降り注いだが、レナさんの結界のによって防がれた。崩れた屋敷の瓦礫の中から、悪魔が現れた。


『ようやく追い詰めたぞ、ビブリオ』

『お会いできて光栄だが、生憎だが、私にはお前とあった記憶がない』


ふたりの会話が頭の中に響く。


『何をいっている、あれだけ一緒に殺しあったよな?』


「悪魔の声が聞こえる」

「アベル、あまり耳をかすな」

『言葉がわかるか。封魔の魔法の発動段階に入ったかようだな、大魔導士の子孫め』

「そうだ、封魔されたくなければ、今すぐ逃げ帰るんだな」


ビブリオの言葉を聞いて、悪魔は笑い声をあげた。


『光が弱いぞビブリオ、記憶でも無くしたのだろ? お前なら私の名は知っているはずだ? 念のために隠れていたが、その様子では、まだ発動しまい。あの方がお待ちだ、ガキを殺してお前を持ち帰るとしよう。我々の準備は整いつつある』


「手荒な歓迎は遠慮したい」

『お前は間違えなく気にいることを俺たちは知っている。おっと、私の手駒がすべて消えたようだ、時間がない、ガキには消えてもらおう』


悪魔の口から魔法が放たれる準備が始まる。


『****』


悪魔の口から、オレンジ色の光が強まりだす。唱えられた魔法名は、聞き取れなかった。母さんの残した石版を見ると、また少しだけ石版から光が強くなった。


「アベル、よけるぞ」


3人を巻き込まないようにと、走って回避する。悪魔の口から放たれた魔法は屋敷をかこっていた塀を吹き飛ばした。続いて尾からも連続で同じ光線の魔法が放たれる。


「うわぁー‼」

「アベル‼」


光線が地面にぶつかり爆発した衝撃で吹き飛ばされる。石版が手から離れ、全身に焼けるような痛みが走る。


「体中が痛い」

「支配の魔法だ。何度もくらっては痛みだけで済まない、操られるぞ」

「石版は? あった‼」


『させるか。****』

「アベル、避けろ‼」


魔法の光線が迫ってくるのに、僕の足は動かなかった。


「ック、間に合わない。すまない。私が無力なせいだ」



ビブリオがあきらめたのを感じた。


「ウ~、ワンワン‼」


ヴァーグが僕の体を勢いよく体当たりした。


「ヴァーグ‼」


ヴァーグは光線を伸びてきた黒い角で受けた。光線は角により二手に分断される。


「グルルル」


ヴァーグの角は光線を受けて黒色だった角が青くなっていく。


『俺の魔法を、角の成長に使うんじゃない』


ヴァーグの角はひと回り太く、深い青色の角になった。

尾から放たれた光線が、ヴァーグの真横に落ち爆発する。ヴァーグと一緒に家畜小屋の方に吹き飛んだ。


「ヴァーグ、どうして僕なんかをかばって」


ヴァーグは怪我はないようだが、気を失っている。石版の光は徐々に強まってきてはいるが、もう魔法が発動できる段階なのか、そうでないのかはわからない。


「ビブリオこれで、封魔の魔法は撃てるの?」

「それでは光がまだ弱い、撃てないだろ。今思い出したが、蕾が全て開花しきらなければ魔法は唱えられない」


空から雨が降ってくるように、僕らの逃げる後を悪魔の魔法が降り注ぐ。

石版の花を確認している間に、僕らの逃げる先に悪魔は、瞬間的に移動し、口から最大火力の魔法を放とうとする。


「これでは、避けようがないぞ‼」


右手には家畜小屋、左手には屋敷の壁。この場所に来るように誘い込まれた。


『終わりだ。****』


当たりの景色が何も見えなくなるほどの、光があたりを包み込んだ。

終わった。崖から落ちた時より、死に対する恐怖はなかった。


「坊っちゃまー‼」


空から僕の目の前に現れたのは、カービスだった。大きな盾を持って僕の代わりに光線を防いだ。


「グオオオオオー。坊ちゃまのためなら、なんの、こ、れ、し、きー‼ ……ご無事、ですか?」


光線に押され、後退してきたカービスは、何とか僕に向けて笑顔を取り繕った。

悪魔は立て続けに最大火力の魔法を放ち続ける。


「カービスやめて、死んじゃうよ」

「坊ちゃまのために死ねるのなら、くっ、このカービス、かまいませんとも‼ ぬ、グオオオオオオオオオ‼」


カービスの服は破れ、上半身は裸になり、筋肉が隆起する。今まではわからなかったが、カービスは今、肉体を強化する魔法を唱えた。


「どうしよう、カービス。僕が魔法を唱えないと、悪魔を封じないと、皆が死んでしまうのに。僕には唱えるだけだの、知識も経験もないんだ」


涙を流す僕にカービスは、優しく声をかける。


「坊っちゃま、魔法を唱えるのに知識も経験もいりませんよ。ただそうしたいと強く願えばいいのです。坊っちゃまはいつもどうしたいのか、カービスめにお話して頂いたではありませんか」


カービスにはいつも、仕事がつらい、屋敷を出たい、魔法なんか大っ嫌い、としか言っていなかったような気がする。


『っく、ただの人間がこれほどまで俺の邪魔をするか、ならば今度こそまとめて消し炭にしてやろう。獅子王の咆哮キングズロア


何故だか、はきっりと、悪魔が唱えた魔法名が聞き取れた。

すべての発射口から、魔法が一点にむけ放たれた。


「グッ、いい、ですか坊っちゃま。カービスめが、お話、するのは今日が最後と、お思いください、坊ちゃまならできます、勇気を出していつものように、ただどうしたいのかを、願いください。できるまで、ック、わたくしが何度でも防ぎ続けます」


カービスは魔法の勢いに押され、徐々に後退し始めた。


『なぜだ!! あの女といい、なぜ倒れない。なぜ支配されない。ふざけるな、ふざけるな!! いいだろう魔法を変えてやろう。盾など無意味、よけなければ死ぬぞ』


ⅩⅢは姿を変える。黒い獣の姿のまま二足歩行で立ち上がりる。長い爪、鋭い牙、右手首には王冠をモチイフにした金のブレスレットにⅩⅢの黒い文字が見える。


『1600年間、誰もこの姿を拝んではいない。光栄に思いながら死ね』


右手を前にかざし、その前方にオレンジ色の球体が輝きだす。

カービスは前方を向いて地面に盾を食い込ませた。


「我は盾、主人を守る最後の砦なり、『シルド』」


カービスは石版を盾の裏から取り出した。カービスの体を中心に、魔法の障壁が前方に盾の形で展開される。


「駄目だ、アベルあれは避けさせろ。避けれるかも怪しいが、魔法の威力が、今までの魔法と異なるぞ」

「カービスあれはよけて」


カービスはその後、大盾の後ろで衝撃に備えた。カービスは前を向いたまま話し始めた。


「いいですか坊ちゃま。今後どんなに、呪いや人の言葉に苦しまれても、このカービスが、あなたを愛していた事を、けして忘れてはいけません。約束ですよアベル様。貴方にお仕え出来て私は光栄でした」


一度だけこちらに笑顔をむけ、カービスはすぐに正面を向き直った。


「アベル、やはり駄目だ。あの男が防げなければ、ここも危ない」

「カービス‼」


「お前の魔法など我が主に届かせはしない。わが身ひとつで打ち砕いてくれる‼」

『できぬくせに、大口をたたくな人間が。服従せよ、さっもなくば死を‼ 我が王威をその身に受けよ。王威一閃フルバースト


大きく膨らんでいた、球体が一瞬で小さくなり、細い光線がカービス向けて放たれた。

悪魔の魔法はカービスの展開した魔法を一瞬で破壊し、カービスの構える盾に直撃した。


「我はここに、契約を果たす。うおおおおおおおおおおおおおー‼」


カービスの雄たけびが、衝撃波で吹き飛んだ、僕の耳に聞こえ続けた。僕とビブリオは後方に飛ばされ、すぐに起き上がてカービスのいた位置に駆け寄った。


「カービス? カービス‼」


辺りは前が見えないほど煙が立ち込み蒸し暑くかった。カービスのいた位置に行くと、盾は凹み、カービスの体は1ミリも後退した後はなく、体は煙を上げ、全身黒く焼け焦げたていた。


「アベル、聞こえているかアベル?」


カービスの鍛えられた黒く焼けた背中を触ると、脆く簡単に砕けて風に乗って飛んでいった。


『ふん、あの一撃でも引かなかったか、褒めてやろう』


ⅩⅢトレーゼは2、3度手を叩いて、カービスを称えた。


「カービス?」


自分の中の『ラムド』の魔法がざわつく、肉体が熱くなる、感情の大きな波が押し寄せてくる。


「許さない。許さないぞ、僕は魔法を許さない‼ 苦しみを与える魔法があってたまるものか。こんなにも悲しみを広げる魔法が、あってたまるものか。人の命を奪う魔法が、この世にあってたまるものか。僕が、僕が魔法を終わらせる。この世界から魔法を消しさってやる‼」


石版は今ままでに見たこともないほど、緑に光り輝いた。

石版の絵が動く、花は咲き乱れ、目をつむっていた少女が目を開き、何かを口ずさんでいる。


「日にあたるアーモンドの花、月明かりに輝くユリの花よ開け」


僕には不思議とその少女が何を口付さんでいるのか理解できた。


支配の獣王トレーズ


咲いた花びらが散り、石版の中を流れていく。


『何を今さらわめきちらそうがもう遅い、お前もここで死ぬ。獅子王の咆哮ギングズロア


口から光線の魔法を発動する。


「黙れ、もうお前の名は彼女から聞いた。これ以上もう、お前の魔法を、僕は感じ取りたくもない」


目をつぶって彼女が口ずさんでいた詠唱を唱える。


「日にあたるアーモンドの花、月明かりに輝くユリの花よ開け。黒き魔法よりいでし、憎しみを抱えた王たちの骸、高慢の果の罪深き姿よ。支配の咆哮しかしらず、民を苦しめる愚かしい悪しき王よ。理性を忘れ、獣と化したその身を我が封じる。白き少女の祈りに眠り、この魔法に鍵をかけよ‼『封魔ⅩⅢアレスト 『支配の獣王トレーズ』」


悪魔の放った魔法と、僕の放った魔法が、激しくぶつかり合う。


「バカな、どうして俺の名を‼ それに『封魔アレスト』の魔法は緑のはず。これはちがう、なんだ‼ この魔法はなんだ‼ ッグ、ぐぁあああああー」


均衡はすぐに崩れ、悪魔は白い光に包まれた。


僕はそこから何が起こったのか覚えていない。落ちてくる瞼に抗える力もなく、石版から放たれた光がゆっくりと消えゆくのと同時に、ただカービスが静かに眠れることを願いながら、地面に崩れ落ちた。


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