第13話 ⅩⅢ


『各員に通達、結界が破壊されました‼  森で野営している市民に直ちに避難指示と警報の発令を、……あ、悪魔が、うっうわぁぁぁぁぁぁぁ』


隊員の恐怖の叫び声と共に、通信は途絶えた。

その後一斉に、隊員たちに通信が入る。


『緊急指令‼ 各員直ちに持ち場に戻り、市民の避難誘導を開始せよ‼ 繰り返すこれは緊急指令である‼』


翌日は調査が中止ということもあって、各員ゆっくりと体を休めていたところだった。けたたましい緊急指令の音に起こされた隊員たちは、すぐに制服に袖を通し、キャンプ地から魔法を使い飛び立った。


「悪魔が来たぞ! 訓練どうり、市民の避難を最優先で動け‼」


日が完全に落ち、あたりが暗くなってきたころ、馬鹿うるさい警報の音が、調査中のエスペランサ一帯に鳴り響いた。


「ささっと街まで逃げろ‼ 死んじまうぞ!!」

「悪魔がこっちに来てる。助けてくれー‼」


逃げ惑う市民に、死の恐怖が伝染する。その中をひとりの隊員が、逃げてきた男の胸ぐらを掴んで、悪魔がいる方向を聞き出そうとした。


「おい、どこで悪魔を見た‼」

「離せ、離しやがれ‼」


男はパニックに陥り、会話にならなかった。隊員は舌打ちをし、仕方なく男から手放した。


薄い三日月が、流れてくる黒い雲に覆われて消える。星ひとつない空の下で、彼は悪魔がいる場所を目指していた。


『ジャン‼ そこから2時の方角から来てる、追いはらおう‼』

「ミッチェル、来るのが遅い‼ 他の奴らはまだ来ないのか‼」


ミッチェルから彼に通信が入った。上空を見上げると星のない空に、青色の光が夜空を駆けてきた。ジャンも駆けてきた光めがけて空を飛んだ。


「ちょっと空から見てきたけど。東から南にかけて、火の手が広範囲に森の各所であがってる。消火や救助に人手を取られてるんだ」

「ッチ。仕方ないか」

呪傀ラガドールも近くにいるかもしれない‼ ふたりでやるしかなさそうだね」


ミッチェルは、技術局の開発した双眼鏡で、悪魔の位置を再度確認した。彼は発見したのか、石版を何もない所から手に出現させ、通信を始めた。


「あれが結界を破った個体なのなら、僕らは死ぬね」

「それでもやるのが、魔法局の調査局員だろ」


ミッチェルの指さす方を、渡された双眼鏡でジャンも確認を取った。


「こちらミッチェルです。人型の悪魔を目視で確認、これよりジャンと戦闘に移ります。至急応援を」


ミッチェルは通信を切ると、空と悪魔に向かって赤色の閃光魔法を放った。


「悪魔への命中を確認。ミッチェル、詠唱を始めろ‼」

「我らを勝利に導く封魔の光よ、闇を縛る赤き日輪よ」


悪魔に魔法が命中すると、空に放った赤色の光は、悪魔の位置を示すように、上空で太陽を模した7つの光輪となり、輝き始めた。



*


「旦那様、到着しました」


息を切らして、カービスとハシェル、そして数分遅れてレナが到着した。


「ふたりとも早すぎ」


レナが到着する頃には、カービスとハシェルは息を整え終えていた。


「旦那様、火の手が広がっております。ここも燃えるかもしれません。我々の調査範囲に避難しましょう」

「おいおい、なんのために俺たちがいるんだよ。お前はあほだな」


レナの案を俺が却下する前に、ハシェルが却下した。


「お前たちはここで屋敷の死守だ。アベルの救助にはウェインが向かった。街にはレイゲルがいる、ジョアンヌのばあさんも何かあれば動くだろう。街については心配するな役所も手を打つだろうしな」


「レナは旦那様と屋敷を、ハシェルと俺で屋敷周辺の火の手と敵がいれば排除する」

「楽で退屈な仕事だな」

「旦那様、そのお隣の方は?」

「遺跡調査部の新しい本部長だ」


記憶の流入が残り少なくなっていた。

石版から放たれる赤い光も消えかかっている。


「こんな時に、記憶に関する魔法なんか使ってよ、肝が太いな」

「ハシェル、口を慎め。眠っているが聞こえているぞ。契約上仕方ない処置だ」


「悪かった」


「お前たちには話しておくが、ヴァルコフの爺さんが4日前に死んだ」


屋敷から出ていこうとする、ハシェルとカービスの足が止まった。


「ほんとうですか?」

「本当だろうよ。ヴァルコフの爺さんがいない時点で、もしかするとと思ってたが、まさかな」

「ガバリはヴァルコフの弟子らしいんだが、信用できる男かどうかは、判断しかねている」


3人はヴァルコフの死を悼んだ。


「今後については、悪魔が片付いてから考える。行動を始めろ」


カービスとハシェルは屋敷の外にでていった。


「ハシェル、東側を頼む」

「おうよ」


*


上空に広がる赤い光輪は残りふたつ。

悪魔の動きは、鈍くなっては来たが、それでもジャンひとりでは苦戦していた。


「クソが‼」


ジャンの一振りをいとも簡単に、悪魔ははらいのける。

伸びてくる背中の触手を、ジャンはぎりぎりのところで切りりはらう。

赤色の光輪が悪魔の体を縛っているが、そんなものお構いなしに悪魔は腕を振り回す。


「その光は悪しき者には熱く重く、身を焼き滅ぼさん」


ジャンと初めて封じた悪魔は、この魔法で動かなくなった。けれどこいつには、自分の魔法が効いているようには思えない。


「ミッチェル、ダメそうか?」


ジャンの問いかけに縦に首を振る。残りの光輪はあと1つ。


「遊ばれてるうちに、とりあえず完成させちまおう。俺が見たときは獣の姿だったからわかあらなかったが、こいつはⅩⅢトレーゼだ。シングルじゃない。あの頭に載せてるのが王冠だ」


錆びきった、いつの時代の物かもわからない王冠を悪魔はかぶっていた。

人が集まるのを待っているのか、固有魔法を撃つ気配もなく、戦闘にも意欲的でない。


「天より賜いし聖なる光をその身に受けよ、この世の悪しき魔法を檻に封じよ。『封魔の聖域サン・サンクチュアリ』」


魔法は完成した。悪魔の体を縛っていた赤い光が、正方形の赤い檻に変わる。

檻は悪魔の体を押しつぶす勢いで縮小を始めた。


「どうだ、ちっとは効いたか?」

「Gisyaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」

「うるさ」


痛むのか、怒ったのかはわからないが、甲高い叫び声をあげた悪魔は、捕えられた檻を壊すために、暴れ始めた。


「ミッチェル、何分持つ?」

「一様僕の最大魔法なんだけど、あの様子じゃ、7、8分持てばいい方かな」


檻にはヒビが入り始めていた。


「僕ひとりだけの力じゃ、これが関の山だね。やっぱり普段通り4、5人で重ね掛けしないと。それよりいったん引く?」

「そうしたいところだが、本部がどういうかだな」


壊れていく自分の魔法を眺めていると、通信が入った。


「こちらカルト・エスクロー、ミッチェル・クレイグおよびジャン・パダレッキは存命なら現状を報告せよ‼」


珍しく慌てた様子のカルトの通信が入った。


「こちらジャン、聖域による一時的な拘束を試みたが。あと数分で魔法が破壊される。それと、今回南から侵入した悪魔はⅩⅢトレーゼだ。結界を破った悪魔は別の個体だと思われる」


本部に一時撤退の確認の連絡を入れようとしていた、ジャンが先に応答した。


ⅩⅢトレーゼの固有魔法は支配・洗脳系統の魔法です。おそらく各地の火災は支配された調査隊員や市民によるものでしょう。別個体の目撃情報などは、今のところ上がっていません。十分警戒してください」


調査隊の人間が支配されているのなら厄介なことになる。生きたまま拘束して、支配を解かなくてはならない。

ジャンが確認に行った国境でも、警備にあたっていた、管理局の魔法使い13人が消えている。その人たちが敵に回っているなら。もうしばらくは応援は望めない。


「いったん本部まで引くつもりだが? どうすればいい?」

「ツムリ平原および本部一帯は逃げてきた市民であふれています。その場での戦闘継続を要請します。戦って時間を稼いでください」


ジャンと僕がいるのは北西の悪魔の森、この森で野営する市民はほとんどいないと聞いている。おかげで火災の影響はない。


「どれぐらい、時間を稼げばいい? 相手があまり好戦的ではないが、次は固有魔法を撃たれかねない。もってあと最大30分ほどだぞ」


「支配を受けている市民の拘束は大方終了しました。遺跡調査隊では手に負えない。呪傀ラガドールが複数体存在しています。その数残り10。そちらは、サミュエル隊長が隊を率いて殲滅に当たっています。後1時間もすればかたがつくそうです」


遺跡調査隊は戦闘に特化している人間が少ない。うちの隊がその部分を今回は補っている。


「封魔の準備は?」

「調査局長を通して議会に応援を要請していますが、返答はありません」


安全が確保されない限り、恐らく要請に答えない。僕らで一時的に封印するしかない。


「聖域の魔法を使うにも人が足りてない。カルトできたら現場に来てくれ」


「本部長不在のため、現在現場に急行できません。聖域の魔法を以外に一時的な封印は不可能だと断言します。戦闘をしながら足止めを、私はこれから森の鎮火作業と被害状況の把握で、どのみちそっちにまで手が回りません‼」


「クソが!! ミッチェルあれをやる。もう一回撃てるか?」

「限界まであと2回かな」

「ジャン、あれは許可しかねます。あなたが支配の影響下に置かれた場合、エスペランサ領自体が崩壊しかねません」

「お前の許可なんて求めてないんでな。とりあえず南まで吹き飛ばす、それで文句ないだろカルト」

「指揮系統が違うことを認めますが、推奨しません。成功したとしてどこに落ちるか調整できないのでは、サミュエル隊長に、どれほどの迷惑を」


ジャンは一方的に通信を切った。


聖域の魔法を使えるのは、隊長とモーリーにボズとその他数人。ボズとモーリーたち結界班は結界を急に破られた反動で気絶しているだろうから、あと数時間はたすけを望めない。


こんな簡単にボズとモーリーたちの結界が破られたことは過去にない。


「もう時間がないぞ? 隊長も他の奴らも来ない、やるしかないだろ」


ジャンは南の方角を確認し、邪魔になる背中の鞘を下ろした。


「ここから南の、どのあたりまで飛ばすつもり」

「さぁな、見当もつかん」

「だよね」


エスペランサから南は岩肌の山岳地帯が南国との国境を越えてからも続く、そのあたりに吹き飛ばせば、だれにも文句は言われないだろうが、それ以上の距離を飛ばせば、南国の小さな町がいくつか点在するあたりに落ちることになる。


そうなればジャンは責任を問われるだろう。


「お忙しいところ申し訳ないのですが、銀髪のアベルという少年を見かけませんでしたか?」

「誰だ‼」

「ウェイン・エルゴートと申します。彼の指導係です」


足音も気配も感じさせず、暗闇から不意に現れた老人にジャンは刃を向けた。

アベル君の指導係、ということはウィガロット家の執事だということを、ジャンも理解し、剣を下ろした。


「アベル君なら金貨の受け取りに来ましたが、その後は見てないですね。東の森でテントを張って拠点にしていたんですよね、ジャン?」

「ああ」

「そうですか」


ウェインさんは東の方角を眺めたが、残念ながら魔の山が邪魔でここからでは、東の様子は、何も見えない。


「悪いが、あんた腕が立つなら少しばかり手伝ってくれないか? 今からあれを南に吹き飛ばそうと思う。悪魔との戦闘経験はあるか?」


「近いものでⅥ《シィス》ぐらいでしょうか」


あれと戦ったことがあるなんて、ジャンと似たような人なのかもしれない。


「どこも人手不足のようで」

「対悪魔用の武器はあるのか?」


ジャンは予備の剣をウェインさんに渡そうとするが、断られた。


「ご心配なさらず、私の剣は対悪魔用です」


ⅩⅢトレーゼは聖域の魔法を破壊し、雄たけびを上げた。

刀身が緑色の剣をウェインさんは鞘から抜き、悪魔に向かって切りかかった。


*


アベルは金貨の入った袋と、使い物にならなくなってしまった剣を拾い、暗い谷底でどうやってここから脱出しようかと考えていた。


「私の主人はどうやら君のようだ。アベルが魔法が嫌いなのはわかったが、どうか私に手を貸してほしい」

「僕は何をすればいいの?」


崖に手を添えながら足場の悪い道をとりあえず、北に進んだ。

ビブリオはアベルの少し後ろをふわふわと宙に浮きながらつけていた。


「66枚の悪魔の石板を私に収めてほしい。今私の中には13枚の石版が回収されてある。残り53枚を集めてほしい」


ビブリオは必死に願い出たが、アベルとしては、魔法とはあまりかかわりたくはなかった。


「出口があると思う?」

「200メートル先に何か仕掛けのようなものがある」


アベルは少し駆け足気味で、200メートル進んだ。


「どうしてわかったの?」

「わからない。そこに何かあると私は知っていたようだ」


落ちた先で見た、読めない言語が彫られていた。

ビブリオが文字の書いてある崖に突撃すると崖の中にビブリオは吸い込まれていった。後を追う様にアベルも額に向かって突っ込んでいった。


「どうやら上に続く階段のようだ」


長方形の螺旋階段をアベル達は登っていった。


「Gisyaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」


甲高い声が階段の中に響いた。


「なんだろう」


アベルの階段を上る速度が上がる。

最上段まで登ると、天井まで登るはしごが備え付けられてあった。


「待て、アベル」


アベルは、ビブリオの言うことを聞かずに登り始める。


「アベル、わかっているのか? さっきのは悪魔の雄たけびだぞ」

「ほんとに‼」


アベルははしごを登り切り、天井に手を伸ばすとそこにも何もなかった。

ゆっくりと頭を出し、周囲が安全であることを確認する。


「待て、アベルなにをするつもりだ」

「悪魔を見に行くんだよ」

「よすんだアベル。お前は魔法を使えないのだろ」

「うん」

「悪魔に襲われても私もお前を守ってやれない」

「遠くからこっそり見て、見えたらすぐに逃げるよ」


ビブリオはアベルのお腹に張り付き懸命に押し返すが、アベルに押し切られてしまった。


「なんという非力さ、これが今の私なのか」


ビブリオは、今の自分を徐々に受け入れようと決意し、若すぎる主人の後を追った。



*


ウェインさんと悪魔が切り合いを始めてしばらくたった。加勢のおかげで戦闘はらくになり、詠唱も半分ほど終った。相変わらず悪魔はこちらとの戦闘意欲は低いままだった。


シィスより弱い悪魔に後れを取るわけにはいきません」

「Gaga!!」


ウェインさんの剣を悪魔はひどく嫌がっていた。


「Gru?」


悪魔は僕ら3人に急に興味をなくしたように、違う方向に体を向け移動を始めた。


「どこを見ている」

「逃げましたかな?」

「いや待て、ミッチェルあいつはどこに向かっている?」

「どこって言われても」


双眼鏡で悪魔の向かう先を確認する。


「ウェインさんアベルくんの方に悪魔が」

「どうして!!」


ウェインさんは魔法で再度肉体を強化して、悪魔の後を追いかけ始めたが、どんどん距離を放される。


「忌ま忌ましい呪いなれど、この身を対価に我力を欲す『呪装 Ⅷラムド』」


ジャンの背中に銀翼の翼が生え、全身銀の鱗でおおわれる、手足も鋭い爪が生える。


「ジャン‼」


呼び止めに応じず、地面を蹴ると、ジャンは一瞬にして悪魔を追い越した。

ジャンが悪魔をアベル君のいる場所とは逆方向に蹴飛ばし、悪魔は物凄い勢いで森の木々をなぎ倒しながら吹き飛んで行った。


「アベル逃げるぞ。わからないが、悪魔の狙いはお前だ‼」

「ジャンさん?」

「この姿にも限界がある。はやく捕まれ」


ジャンはアベル君を抱えて、こちらまで空を飛んだ。


「すごい、飛んでる」


空から降りるとジャンは、アベル君を怒鳴りつけた。


「馬鹿野郎‼ 何で悪魔なんかを見に来た‼」


ジャンに怒鳴られ、アベル君は落ち込んでいた。


「ジャン、それくらいに。彼も怪我をしてる、なにかあったんだ」


ウェインさんがボロボロのアベル君を怪我がないか確認する。

頬の傷や、泥だらけの服を見てウェインさんも、何かあったと判断し、怒るより先に何があったかをアベル君に問いかけた。


「アベル、この怪我はどうしたのですか?」

「魔の森で金貨を狙った盗賊に襲われて、逃げてきました」

「よくぞ無事で、相手は?」

「まだ生きています。赤い刀身の剣を持っていました」


アベル君はウェインさんの緑の刀身の刀を指さしてそう答えた。

ウェインさんは心当たりでもあるのか、難しい顔をした。


「わかりました。ここにお前がいては危険です。屋敷に向かえますね、アベル? 旦那様がカービスといます。金貨もその時に渡しなさい」

「わかりました」


ウェインさんに背中を押され、アベル君は屋敷に向かった。途中何度かこちらを振り返っていたのは、心配してくれているのだと思いたい。


「戦力になるなら、俺たちも屋敷に合流するか」

「あれを屋敷に近づけさせたくありません。ここで足止めをした方がお仲間にも位置が分かっているのでしょ?」

「悪魔が呪の子を襲う話は、聞いたことがないんです。見逃したならよく聞くんですが」

「悪魔の考えることは理解できねえよ」


悪魔は辺り一帯を破壊しながら、こちらに向かっているのか、木々がなぎ倒される音が大きくなってくる。


「おっと、こっから先は行かせねえぞ」


ジャンは悪魔の姿を確認すると、一瞬にして悪魔の背後を取り切りかかる。


「『****』」


ⅩⅢトレーゼがオレンジ色に発光し始めた。


「ジャン、離れろ!! 固有魔法だ、支配系統の魔法だよ‼」

「ッチ」


ジャンは羽を広げ、上空え回避する。


「我らを守る盾となれ『障壁アースウォール』」


ウェインさんと自分の前に大きな土の壁を作った。


「Guraaaaaaaaaaaaaa」


悪魔の雄たけびとともに、辺りは昼にでもなったのかと思うほど、オレンジ色の光で包まれた。


「くそが、羽が動きやがらねえ」


光が収まって来たので、壁に隠れたまま悪魔のいた位置に火の魔法を放ち牽制する。

上空からぎこちない飛び方でジャンも戻ってきた。


「これは困りましたな」


ジャンは離れる時に広げた羽を、ウェインさんは左手が動かないようだ。


「ふたりとも、まだやれる?」

「腕一本なら問題ありません、やるしかありませんからね」

「まだ、こっちの姿の方が体が動く。アベルの奴はいったか?」


ジャンは呪装を解除する。


「まだすぐに追いつかれる距離だよ」

「もうひと踏ん張りか、奴は?」

「わからない、後ろに抜かれてはないはず」


周囲を警戒するが、あたりには見当たらない。


「ミッチェルは固有魔法の時に、隠れる壁を作ってくれ」

「そうだね。その変わり聖域の魔法は撃てないよ」

「ネタはわれた、気を付ければ問題ないだろう。俺の魔法を撃つまで、呪装が持たない。隊長が来るまで踏ん張るしかねえな」


森からさっきほど放たれた光が何本もの光線となって、僕たちを襲ってきた。

その場から後ろに飛びのく、地面に着弾した魔法は、爆発しひどい砂煙を上げる。


「来ましたか」


「姿が変わっていますね」

「百獣の王にしては不格好だろ」

「ようやく、向こうも本気というわけですか」


四足歩行に変わり、速度重視に切り替えたようだ。しっぽが13本その全てから支配の光が光線となって、先程より早い速度で放たれる。


「曲がるぞ!!」

「また、来ますよ。『障壁アースウォール』」

「『《****》』」


ジャンを白とオレンジ色の光線が追尾する。ジャンは障壁の魔法を展開し振り切るが爆風で森の中に飛ばされた。


「ジャン‼」


止めを刺すように、固有魔法の集中砲火がジャンのいるところに向かって、放たれた。


*


真っ暗な夜道を、屋敷の明かりを目印に進んできた。


「アベル、最近封じられた悪魔の番号は何番だ? 」

「また質問? えっと14?」


いや、15番だったかな、はっきりと覚えていない。


「もうそんな数か。アベル、お前は封魔の魔法は使えるのか?」

「そんな魔法聞いたことないよ。それに僕は魔法を使っちゃいけないんだ」

「なぜだ?」


ビブリオは質問が多い。1413年も眠っていたのなら仕方ないのかもしれないけれど。


「契約の魔法でそう決まってるんだ」

「困ったものだ。それで、その身に受けているのは何番の呪いだ」

「知らないよ」


そういえば、母は何番の悪魔に呪われたのか聞いたことがなかった。


「知らずに生きているのか、それは危険だ。すぐに解明しなくてわ。下手をすると死ぬことになる」


ビブリオの心配もわかるが、今まで生きてきてなんの問題もなかったのだから、大した呪いではないと思っている。


「みんな無事だろうか?」

「難しいだろうな。3人で挑むなど私の基準からすれば無謀に近い」

「Graaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa‼」


後ろから悪魔の声が聞こえてきた。


「どうやら、3人では抑えきれなかったようだぞ」

「そんな、……3人は死んだと思う?」


できればみんな生きていてほしいけれど。


「3人を相手にせずに私たちを襲いに来たことを考えれば、ひとりは生きている可能性が高い。それより自分の心配をした方がいいぞ、アベル。もし悪魔が私を狙っているのならば、お前は最も殺される可能性が高い」 


ビブリオから脅されても、崖から落ちた方が怖かったためビビることはなかった。


「なにか、僕が生き残れる方法は?」

「屋敷についたら、契約の魔法をいち早く解除すべきだ。魔法が使えなくては悪魔には対抗できない」

「この剣でも」


鞘から取り出してから気が付いたが盗賊の男の戦闘で剣が折れていたことを思いだした。


「腕に自信があるのは大いに結構だが、その剣ではなぁ。それに体を有していない悪魔に物理的干渉は無意味だ。相手は自立型魔法の一種だ。魔法で加工した武器と、魔法の知識を有していないと魔法を断ち切ることは難しい」


「見えた屋敷だ」


木造の屋敷にはいつもより少なめに明かりがともっていた。しばらく屋敷を見ていなかったからなのか、何処か寂しい雰囲気が漂っているように思えた。


後ろでガラスが割れるような音が響く。


「結界が破られたぞ。あと3枚だ」

「結界?」

「そうか、今はそれも感じれないのか」


屋敷に駆け込むと、旦那様は何かを手に取って眺めていた。


「ババロ‼」

「アベル?」


旦那様は僕が屋敷に飛び込んできて、驚いていた。


「金貨30枚を持ってきた。契約の魔法を解除してほしい。早く‼」


またガラスが割れる音がする。


「悪魔が来てるんだ、早くしてよ‼」

「悪魔が来ている? ウェインはどうした‼」 


ババロが眺めていた何かを、急いでポケットに忍ばせたのを見逃さなかた。


「アベル、あれは人の記憶だ。それもかなり強力に保護されてあるが、今はどうでもいい品だ」


ババロ達にもやはりビブリオは見えていなかった。


「生きてるかわからない」


それを聞いて額に手を当て表情を隠した。


「…………ウェインが、…………いや、そんなはずはない。稼いでくるのはいいが、よりによって今か!!」


ババロは杖先を床に強く叩きつけこちらに歩いてくる。


「何やら、騒がしいようだね。カルト? ここはどこだい?」


ババロはこちらに来ようとしたのをやめ、椅子に座らせてある、今さっき目を覚ました男を、激しく前後に揺さぶり始めた。


「しっかりしろ、ガバリ。記憶がまだ混乱しているのか。悪魔が攻めてきている、なんとかしてくれ‼」

「それは大変だ。揺さぶるのをやめてもらえないだろうか。私がどうしてここにいるのかという疑問は、後回しにして何とかしよじゃないか。『交信コネクト』カルト」


ババロが手を離すとガバリという男は石版を出現させ通信を始めた。


「アベル!! 付いてこい来い。契約の魔法を解除してやる。レナ、ガバリを守れ、こっちは気にするな」

「かしこまりました」


ババロは急いで2階に上がった。レナさんは結界の詠唱を始めた。


「寄せ付けるな、悪意を阻め、敵意を退けろ、我が盾となりて、私の憎むすべてを拒め!!『結界レジティム』。屋敷を守りました。これで数分は持ちます」


ハバロを追って僕は階段を一段飛ばしで上がる、ババロは自室に入り、鍵を持って出てきた。鍵をもったま、非常時に屋敷の2階から屋敷の裏庭に通じる扉の鍵を開けた。


「カルト、悪いが準備でき次第すぐに来てくれ。今の私では死にそうだ。場所はウィガロット邸だ」


ババロはどこに向かうつもりなのだろうか?


*


「ガバリ本部長、魔法はお得意ですか?」


レナは悪魔の叫び声が聞こえる中、ガバリにそう尋ねた。


「いつもなら期待してもらっていいんですが、今は使おうにも、私は何か大きい魔法を先ほどまで発動していたようで。申し訳ないが、もうしばらくは反動で魔法が使えない」


予想通りの答えに、レナは肩を落とす。


「先ほど通信していた応援が到着するまで、何分でしょう?」

「10分あれば来るとは思います」

「わかりました。10分ですね。10分たちましたらそのお仲間とここを離れてください」


ガバリは何も答えなかった。レナは屋敷の扉を開けはなった。

扉からはⅩⅢトレーゼがようやく敷地内に入って来たことが確認できた。

レナは膝をつき祈る姿勢をとった。


「我は誓願する。我は不動を誓い、堅き意志を持ち、決して崩れぬ礎となしたまえ。我は誓願する。我は盲目を誓い、堅き意志を持ち、決して崩れぬ壁となしたまえ。我は誓願する。我は沈黙を誓い、堅き意志を持ち、決して崩れぬ城となしたまえ。『誓願の城シャトール』」


レナは聖女の修行を積んだ魔法使いにしか発動でいない守護魔法を唱えた。


「これはまた、美しい城だ」


城の形をした結界が、すでにはってある結界の外側に展開される。

誓う内容によって結界の強度が変わり、誓いは魔法の発動中のみ、守らなければならない。ガバリがこの魔法を見るのは4度目であり、強度のほどは申し分ないと判断していた。


5分が経過したころ、レナの耳には、聞きなれない少女の声を耳にした。


「カルト・エスクロー現着しました。本部長の守護を開始します」


レナより小さい彼女は、自分の体が隠れてしまうほどの大きな盾で、悪魔を払い飛ばした。


*


「カービスどうする?」

「加勢しよう」

「やめとけ、あれは化け物どうしの戦いだ。俺たちが行っても邪魔だ」


結界の割れる音を聞き、急いで鎮火を終え、屋敷の屋根にハシェルと戻って来ていた。


「ウェインが負けたのか」

「ウェインの爺さんもそりゃ、あれに単独では流石に勝てんだろ。あの光は食らえば支配を受ける。今戦ってる女みたいに、盾でもないと秒で焼き殺されて死ぬだろうよ」


小柄な少女は屋敷の外で悪魔相手にひとりで奮闘していた。

レナは結界で屋敷に飛んでくる熱線を防いでいる。


「あの女が支配の影響を受けないカラクリは、わからんが。俺たちが支配されたら、あの女の足を引っ張る。ウェインの爺さんの救助に行こう。魔の山を越えた先で銀龍が暴れて手におえないと連絡が来た」


ハシェルの石版からは、龍の叫び声と火の燃える音が聞こえた。


「レナや彼女を見殺しにする気か?」

「カービス、難しい状況になったが、俺達が優先すべき事を間違えるな」

「…………そうだな。彼女には悪いが、ここは耐えて貰おう」

「アベルは旦那様といるし、旦那様がうまくやるだろう。急いでウェインの爺さんを連れて戻るぞ」

「すまない、もう少し耐えてくれ」


カービスは後ろ髪を引かれながらも、ウェインを助けに行くことを決めたのだった。


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