第12話 目を覚ます者

「痛いたたた」


初めに感じたのは、湿った土の匂いと、冷たい白い石の感触だった。目を覚ますとそこは薄暗い,知らない場所だった。


「僕は崖から落ちたんだよね」


見上げると空はなく、読むことのできない白文字が、びっしりと天井には書かれてあった。光が入ってこないのに、中が少しだけ明るいのは、天井にある文字が白く光っているからだと気付いた。


「どうして助かったんだろう? それより金貨の入った袋、あれがないと契約が」


当たりを見回しても、絶対に手放ないと決めた、金貨の入った袋とウェインさんにもらった折れた剣も落ちていなかった。


空間の縦横の広さは、大人が手を伸ばし、ジャンプすれば手が届くくらいの広さしかなかった。


「剣を無くしたら、ウェインさんに殺される」


剣と金貨の代わりに、ミッチェルさんとのツムリ平原の調査で見つけた、魔法で表面を加工された石が僕のすぐ近くに落ちていた。


「あれ? 持ってきてたっけ」


自分のテントに置いてきたつもりだった石を一応拾い上げ、変わった所はないかと見舞わっしてみたが特に変わった点はなかった。


「ここのことを調査隊の人に教えたら、もっと金貨もらえるかな?」


そう思うと崖から落ちたのは、運がよかったのかもしれない。


「とにかく出口を探そう。奥に道は続いてるし、外に出られるといけど」


遺跡の入り口の発見は金貨100枚だ。30枚払っても70枚は僕の手持ちに残る。

途中で酸素が無くならないことを願って先に進んだ。


*


「よくもまあ、個人でこれだけの量の石版をを集めれましたね」

「西国はだれも調査をしないからな。拾い放題だ」


西国は入国時に石版を探す行為などの調査を禁止する契約を交わさなければ、入国できない。


西国で生まれた者はこの限りではないが、石版を見つけた場合は国に報告する必要がある。西国の発展に貢献し、莫大な金を払えばこの限りではないが。誰にでもできたものではない。


世の中はやはり、金がものを言う。


「買取もされたのでしょ。このあたりはササノフィア作ですね」

「作者もわかるのか」


ガバリには石版についての知識がそれなりについていた。


「絵の特徴がそれぞれ違いますから。こちらはヨバルト、これはウィケンのすばらしい、それも5枚も。彼の動いている絵の石版は、現在管理局に3点だけのはず、この倉庫だけで管理局の保管庫と遜色ない」

「それは言いすぎだな、あそこはもっといろんなものが保管されてある、ここは石版だけだ」


さらに管理局の保管庫に出入りできるだけのコネと金が、この男にはあるらしい。


「そしてこちらが、ダスカーですね。ざんねんながらダスカーは、たくさん残っていますし省略しましょう。四大魔導士はすべて手にしておられるようで、次は何を見せていただけるんでしょうか? いよいよディスですか?」

「隣の部屋だ。開けろ」

「声帯認証の魔法ですか、またマニアックな魔法を。そうそういませんよ、こんな魔法使いたがる魔法使いは」


ガバリはかなり興奮している。


「そしてこちらがディスですね。いや美しい。悪魔を封ずる石版はこの西国ラストリアのエメラルドグリーンだけ。裏の番号もⅩですね。この透明感と艶、偽物ではありませんね。絵も動いていますし。この中に本当に悪魔がいると思うと、夜な夜な眠れなくはありませんか?」


鑑定具の使い方や手順もヴァルコフと同じ、しぐさに至っても、ヴァルコフに似たものを感じた。


「厳重に保管してある。そんなことで寝れなくなると、本部長なんぞつとまらんのではないか」

「おっしゃる通りで、ほかにはありませんか?」


嫌味をさらりと流し、そんなことよりももっと何かあるのだろと目で訴えかけてくる。


「後1枚で終わりだ。もうひとつ下に降りる」

「まだ、下があるんですか。その慎重さ呆れますね」

「何とでもいえ」


隠し扉をあけ、床からさらに下に降りる階段が現れる。


持って来たランタンを手に、下の階に降りていく。


「照らせ『ライト』」


下の階の石板を起動させ部屋に明かりがともった。

部屋の中央にガラスケースに入れて収納してある、一枚の石版を取り出した。


「これだ、これはだれの石版だ?」

「困りましたね、四魔導士ではありませんね」

「そうか」


誰がつくった石版かは、わかっているが、ガバリを試すために聞いた。


「これをどこで」

「秘密だ」

「そうですか、仕方ありませんね。少し手に取ってみせていただけませんか、記憶は消すことになりますので」

「好きにしろ」


ガバリが怪しい動きをしないか確認しつつ、鑑定の結果を待った。


「そうですね。可能性だけ申し上げますと、大魔導士がまだ2人残っています。名前もわかっておりませんが。そのうちの一人でしょう。ヨバルトの墓に、書物を開いて魔法を使う者の絵が描かれているのは、ご存じでしょうか? おそらく彼の師に当たる人物だと、我々は推測しています。もしかするとその師に当たる人物のものかもしれません。いえそうでしょう。黒の石版が見つかっている以上、これは彼の者としか考えられません。これは大変貴重なものになります。魔法局に管理を依頼されては?」


「ことわる」

「そうでしょうね。いってみただけです。この絵柄も見たことがありません。何という魔法名何でしょうか? 」

「さぁな、俺に聞くな」


知っているが教える気はない。そしてこいつの推測は外れている。

ヴァルコフはガバリに何も話していない事がこの質問でわかった。話す暇がなかったのか、話さなかったのか、どちらでもいいが。重要なのは、知らにということが確認できたことだ。


「大変貴重なものを見せていただきました。ありがとうございます。本部長になったのも、案外悪くありませんね」


「地上に戻るぞ」

「なごりおしいです」


今後の身の振り方を決め終え、ババロはガバリの背中を見つめた。


*


「出口がない」


通路を抜けた先の部屋には、大人ひとり入れる大きさの石櫃が部屋の中央に置かれ、その左右に祈る少女の像がおかれてある。

石櫃の周りにはグリッターリリーの花が咲いていた。

落ちた部屋よりも暗く、石像の足元と、石櫃の左右にロウソクを灯す、台が置かれてあった。


「日光が当たらないのに咲いてる、なんでだろ?」


石櫃の蓋にも、読めない文字が書かれている。


どこの言葉だろう。

文字を目で読み終えると、平原で拾った石版のような魔法で加工された石が白く輝き始めた。


「うわ‼」


熱くなったのとびっくりして手放すと、そのまま蓋の閉まってある石碑の中に、石は消えていった。


その数秒後に地面が激しく揺れた。


「地震? 崩れないで」


その場に頭を抱えて小さくなった。しばらく、揺れは続いた。


「少年、何をしている」


地震が収まりゆっくりと頭を上げるとそこには、1冊の灰色のが、閉じた状態で空中に浮かびあがり、石櫃の上に浮いて言葉を発していた。


「私の名はビブリオ。石版の魔導書、魔法の叡智である」

「はい?」


僕は喋る本を見てただただ驚いた。


「少年今は何年だ」

「今はラストリア暦1413年だけど」

「それは何を基準として数えた年だ?」

「西国ラストリアの建国からだよ」

「………少なくとも1413年後の世界だというのか」


ビブリオという魔導書は、石櫃の上空を往復していた。


「私はどうして、いやしかし有り得ない。……思い出せないというのか私が。魔法も使えない。それではただの保管庫に。…………悪いが少年よ、私の質問にいくつか答えよ」



*


「地震です」


ガバリが倉庫から出ると、大きな横揺れが起こり、倉庫の中の資材が何点か棚から落下した。


「地下にいなくてよかったな」

「いえほんとに、倉庫の中で下じきになってつぶれるのは、生涯の終え方としては避けたいですからね。では記憶を私の中から取り出して、お渡ししましょう」


俺が倉庫から出てすぐに、ガバリは詠唱を始めようとした。


「ここではなんだ、屋敷にでも入れ」

「では、そうしましょうか」


ガバリを連れて屋敷の扉を開ける。屋敷の1階の広間で、ガバリは石版を両手の上に乗せ、胸の前で構え、瞳を閉じた。


「忌まわしき過去も、栄光なる過去も、すべては記憶の欠片。我はこれを形に残し、後世に伝えん、抽出せよ。『記憶の欠片ピースメモリー』」


ガバリの周囲全体が赤い光に包まれる。

石版は赤く輝きながら、その上に白いひし形の結晶を作り上げ、中にうっすらと赤い何かが注ぎ込まれていく。


「何かと思えば、これはこれは」

「ウェイン、ガバリが自分の記憶を抜き取っている」

「興味深い魔法ですな」


魔法が作り出す景色を眺めていると、ガラスが割れた音に近い衝撃音がした後、馬鹿でかい音量の警報音が屋敷にも鳴り響いた。


「なんだ、爆発か」

「わかりません。調査隊の結界が破られたのかもしれません」

「そうだとしても、まずはガバリの魔法が終わらんと動くに動けんぞ」

「どれぐらいかかりますでしょうか?」

「あの中に記憶が注ぎ込まれるまでだろうな」


がバリの手の中で輝く赤色に染まりつつある結晶は、まだ3分の1にもみたない。


「ウェインお前は、カービス達を呼べ。レイゲル‼」

「緊急事態ですか、旦那様?」


コックの服装ではなく、休日の普段着でレイゲルは旦那様の招集に応じた。


「そうだ、屋敷に居る者は?」

「今は私だけです。皆調査に出ております」

「屋敷の周囲に結界をさらに展開しろ。もしあの警報音が悪魔の襲来なら、ここに来る可能性も高い。お前はその後、修道院と街の方にも結界を展開しろ」

「俺の結界で持ちますかね?」

「そんなに強度はいらん、時間を稼ぐだけでいい、あとは調査隊や役所に任せろ」

「わかりました」


レイゲルは屋敷から、急いで出ていった。


「旦那様どうやら悪魔が来たので、間違いないようです」

「どこに向かっている」

「ハシェルからの報告によると、北側から侵入して周囲の街は気にせず、魔の山を目指しているようです」

「狙いが分からんな。屋敷を狙ていると思うか?」


魔の山を越えて南下してくれば、ここに到着する。


「わかりません。旦那様アベルは今どこを調査していますか」

「わからん。狙いがアベルだというのか?」

「わかりませんが、グリッターリリーを山に取りに行くか、一人で鍛錬しているのはいつも魔の山です。本日の調査話終えていますし、あの子が鍛錬をさぼることは考えにくいので。狙われているにしろいないにしろ、悪魔に殺されては、旦那様の命まで危ない恐れがあります」


アベルが死ぬと俺も死ぬことになってはいる。


「確かにあいつに死なれては、俺も死にかねん。といってもここからも動けん、ガバリは使い物にならんしな」


タイミングが悪すぎる。この男ひとりいるのといないのとでは、今回の調査の損害が大きく違ってきたはずだ。今後の調査にこれは影響が出る。


「カービスたちが近くまで来たら、私がアベルを探しに行きましょう」

「敵は悪魔だけとは限らんぞ」

「承知しております」


*


「全員戦闘用意‼」


キャンプ場にサミュエル隊長の怒鳴り声が響いた。

各隊員が部屋から飛び出した。


隊長はすでに3体の呪傀ラガドールと交戦していた。


「セレナ‼ モーリーとボズを守れ、結界が一撃で破られた、意識が飛んでいる‼ 火の回らないところに運んでやれ‼ ライオット、敵に気を付けながら魔法の仕えない者を指揮して消火活動に当たれ火に囲まれた‼ ミッチェル、お前はここを放っていけ‼ ジャンのもとに急行しろ‼ 悪魔を見つければ奴はそこにいる、いけー‼」


「はい‼」


飛び上がってあたりをみると、火の手がものすごい速度で上がっていく。

遠くからも煙が見える、ほかの場所でも仲間が戦闘しているのだろうか。

助けに行きたいが今は命令に従い、ジャンを探し回った。


「どうしてここが我々のキャンプ地だと知っている。うぉおおおおお‼」


隊長の雄たけびが遠く離れても聞こえた。


*


「これにて質問を終える」

「落ち着いた?」

「いや見苦しいところをみせた」


ようやくビブリオは動きを止めた。


「できたら、ここを出たいんだけど」

「何を言っている、もうすでに外だ」


周囲を見渡すと谷底に僕が落とした金貨の入った袋と剣が地面に落ちていた。


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