第11話 先行調査隊 隊長 サミュエル・グルトブルー


「全員整列‼」


「半年間調査に参加してくれた諸君の協力を感謝する。残念だが本日ここで半数以上の者と別れなければならない」


サミュエル隊長は自分の後ろに隠してあった木製の掲示板を持ち上げた。


「この看板に名前が書かれてある者は本部に戻って銃と引き換えに報酬を受け取り、気を付けて帰るように。金貨の強奪事件を受け、報酬の受け取り場所を自身の町の役所に変更できるようにしてある。望む者は本部で申し出ろ」


そういうと両手で掲げていた白い紙のはった看板を、自分の前に突き立てた。


「なお、明日の調査は行わない。休日とする‼ 勝手に調査をしたものは、捕まえて罰則を与える‼ 明日は休めー‼」

「いやたぜ、休みだー‼」


捕まった人たちの末路は、報酬の剥奪、無給での調査参加。そんなことになったら、金貨30枚を稼がなければならない僕は絶望するしかない。


「隊長が持つとなんでも小さく見えるよな、アベル」

「うん、そうだね」


東の森の調査には4か月も要した。

とにかく広範囲だった。そして協調性がなくみんな好き勝手調査する。気が楽でよかったけどね。


「俺たちの名前はないようだ、よかったなアベル」

「そだね、頑張ったからね」


僕とアーサーの報酬額は、ふたり合わせて金貨123枚。

アーサーが85枚で僕が38枚。目標の金貨30枚を突破したのはつい先日である。


動く絵の石版を2人で3枚発見した。

おかげで黒い石版8枚だった僕は、金貨30枚を無事に稼ぎだせた。


「これからどうするんだ?」

「金貨30枚もらって、支払いに行こうかと思ってる」

「さっさと払っておさらばする気か?」

「そういうわけじゃないけど、先に払っておいた方が気が楽でしょ? 先払いに応じてもらえるか、サミュエル隊長に話してくる」

「踏みつぶされるなよ」

「大丈夫‼」


調査隊の人たちがどこでキャンプしているのかも地図でバッチし確認済みだ。


「すみませーん」

「僕ここは、調査隊のキャンプ地よ。迷子になったの?」

「セリナさん、俺の知り合いだ」


セリナ隊長補佐の後ろから、半裸のジャン副隊長が出てきた。


「あなたの知り合い? 珍しいわね、ジャン」


セリナさんはジャンの鍛え抜かれた体をまじましと見ながら、部屋の奥に戻っていった。


「金貨の受け取りを先にしたいんですが、構いませんか?」

「ようやく30枚稼いだか。ちょっと待ってろよ」

「はい」


ジャン副隊長がミッチェル副隊長を呼ぶ声が、扉が閉まる前に聞こえてきた。

ジャン副隊長の背中には大きな爪のひっかき傷の後が残っていた。


「待たせたな、ほら金貨30枚だ。気を付けてな」


ジャン副隊長はそっけなく渡して、僕が礼を言う前に扉を閉めた。


「あ、ありがとうございます」


明日は休みだし、みんな早く休みたいのだろう。


ジョアンヌさんからまたグリッターリリーの花を摘んでくるように言われていたのを思い出して、魔の山に登ってから帰ることにした。


*


「ジャン、誰だったんですか?」

「知り合いだ」

「ジャンにもお知り合いがいたんですね‼」


モーリーは口に手を当ててワザと大げさに驚いている。


「喧嘩売ってんのか、モーリー」

「やだなー、私と喧嘩始めたら、ジャンなんか一撃じゃない」


モーリーの自信を帯びた一言にジャンは馬鹿らしいと、相手にせずミッチェルに話しかけた。


「ミッチェル、お前のめんどくさい女をなんとかしてくれ」

「あ、ひど~い。ジャンこそ私に喧嘩売ってるんですか?」

「悪いな、俺がお前と喧嘩始めたら、一撃で終わるだろ」

「ミッチェル~、ジャンがいじめる」


共有スペースで、モーリーの代わりに経費の計算をするミッチェルは、ふたりのやり取りを、集中が途切れるので聞き流していた。


「仲がいいことで」

「よくないよ‼」

「よくないな」


ふたりの声量は、部屋の外まで聞こえるほど大きく、ミッチェルの作業の遅れの原因になったいた。


「これでさっきの金貨30枚を引いてと。できた~‼ 今日はもう後は本部に任せて、僕たちは休みましょう。明日もかってに調査する輩が出てきますから、忙しいですよ。僕は寝ます、お休みなさい」


モーリーの手をすり抜け、ミッチェルは自分の部屋の戸の鍵を素早く閉めた。


「ミッチェル〜、かまってよ~。経費の使い過ぎの件、私はまだ許してないんだぞ‼」

「脅さないで、寝さしてくださいよモーリー。僕もしんどいんですって。ちゃんとモーリーの所に手伝いに行ったでしょ」


モーリーの耳に、ミッチェルの疲れた声が扉の向こうから聞こえてくる。

モーリーはミッチェルの部屋の前で扉を叩いて叫んだ。


「ミッチェルのいけずー。金使い人使いの荒い悪魔めー!!」


彼女の赤い髪が何度も揺れたが、ミッチェルは出てこなかった。


「俺も寝るかな」

「いけいけ、そのまま永遠に目を覚ますな」


モーリーの八つ当たりをジャンは、今回は流さなかった。

モーリーもジャンの怒りが、本物であることに気が付いたが、口から出た言葉はもう彼女の口の中には戻ってこない。


「表にでろよモーリー、白黒つけようじゃねえか」

「一度でも私に勝てたことがあったかな? 脳筋君」


引くに引けず、モーリーはさらに強気に出た。

ジャンの脇差の斬撃を、モーリーは魔法の障壁で弾く。モーリーは後ろに数歩よろめいたが、ジャンを睨みつづける余裕はあった。


「ガルルルル」

「喧嘩ですか?」

「ふふ、いつもの夫婦喧嘩よ、ボズ」


キャンプに戻ったボズは、セリナに現状の報告を受ける。

ボズがもう一度ふたりの方をみると、顔がくっつきそうな距離でふたりは、ののしり合っていた。ボズはふたりにあきれると同時に哀れに思った。


ボズが帰って来たことを、モーリーがジャンより先に気が付き、結界班の仲間として声を掛にいった。


「ボズおかえり。ジャンの負け犬が吠えてるだけだよねー」


ジャンは無言のまま剣をしまった。


「雲行きが怪しくなってきました。夜は降るかもしれません。皆さん戻ってこられます。ほどほどに」

「やめだ」

「私の勝ちだな」

「勝手にいってろ」


ジャンは自室で眠る気分になれず、キャンプを出ていった。


「今回はモーリーが悪いわよ」


セリナに怒られながら、キャンプを出ていくジャンの背中をモーリーは反省した表情で見つめていた。


*


「うん、これくらいあればいいかな」


グリッターリリーを積み終え、あとは山を下って修道院によって花を渡すだけだった。

屋敷に戻って、レイゲルさんにババロの居場所を聞いて、教えてもらえなければ、金貨をレイゲルさんに預かってもらえばいいだろうと、アベルは思っていた。


「曇って来たなぁ」


山の天気は変わりやすい、早く下りないと降ってきそうだ。

案の定、アベルが下山を始めると雨がぽつぽつと降り始めた。


「急がないと」

「まちな‼」


登ってきた登山道には、いかにも悪党面した男たちが、松明を片手に武装して立っていた。


「その袋を俺たちに渡して無事に生きて山を下りるか、ここで死ぬか好きな方を選びな」


ざっと数えただけで10人はいる。隠れている奴もいるだろうから、もっと多いだろう。サミュエル隊長が言っていた金貨泥棒だろうか? 何でここに?


「調査局の魔法使いどもに追われて、山にこもってたのに、思わぬ収穫ですねお頭」

「調査員を早々にクビにされたが、これでしばらく金には困らないな」


なるほどね。でもここは旦那様の私有地だからなぁ。

あとでサミュエル隊長にでも報告しておこう。


「おら、さっさと渡さねえか」


集団を率いていると思われるお頭という男が、松明を掲げると、奥の茂みから松明の炎をかすめて弓が飛んできた。

弓は僕のほほをかすめ、頬に熱さと痛みが走った。放たれた矢は、後方の地面に突き刺さった。


反応できなかった。殺そうと思えば今の一矢で殺されていた。僕は傷口を手で押さえながら、腰が抜けたようにわざとしりもちを着いた。


「おねがいします、命だけはとらないで」


手を伸ばし、怖がっているふりをする。


「見ろよビビっちまったぜ」

「ここに、金貨は置いていきますから命だけは」


僕は摘んだ花が入ってある袋を岩陰に置いて、ゆっくりと右足から下がりながら左の鞘に納めてある剣に手をかけた。


「よし、いい子だ。だが調査隊の奴らを呼ばれたら厄介だ、やっちまえ」


予想どおり、僕を殺しに来た。

同じ位置から放たれた矢を、今度は剣で弾き、茂みに入り危険なルートで山を下りることにした。


「逃げたぞ、調査局連中を呼ばれると面倒だ追え」

「お前はひとまず金貨を回収だ」

「お頭、これ金じゃないです」


花の入った袋の中を確認したお頭は、怒ってその袋を地面に叩きつけた。


「ガキが、馬鹿にしやがって。殺しちまえ‼」


大人たちの怒声が後ろから聞こえる。


「せっかく稼いだ大金で、使用人を辞めれそうなのに」


この金を手放すわけにはいかない。


「探せぇ、生死は問わねえ」

「ハァハァハァ」


額から目に雨が流れ落ちてくる、雨がひどくなってきた。

地面はぬかるみ滑りそうになる。


大人が通れないような木々の間を抜け、急な崖を降り、追手の影は次第に消えた。


「魔の山に、僕以外に人がいるなんんて」


もし、相手に魔法使いがいれば、僕はすぐに捕まり殺されていただろう。

無事に帰れたら、金貨を渡してこの街からすぐにでも出ていってやりたい気分だ。


「全部、旦那様のせいだ」


一度立ち止まって、藪の中で休息をとった。周囲を確認し、雨の音の中、耳を澄ませ大人たちがいないことを確認する。


雨が弱まった隙に、動き始め、逃走ルートの広い登山道を横切ってしまえば

、急な斜面はなくなり、逃げ道も多くなる、そうすればも捕まることはないだろう。

広い登山道までは、大人たちの姿はなかった。


「よし!」


逃げ切れたと確信して藪を抜けた。

広い登山道に出るとそこには男たちが集団で待ち構えていた。


「そんな」

「いたぞ!! ガキだ!! やっちまえ」


疲れた足で急ブレーキをかけ、ルートを変更し登山道を上った。

登った先にも大人たちが数人待ち構えていた。


「クッソ、どけぇー」

「調子に乗るなよ、ガキがー‼」


楽に倒せそうな、細めの男に体当たりし、急斜面に突き落とした。


「おわぁああああー」


転げ落ちていく男を見て他の大人たちは抜刀する。僕も仕方なく抜刀し、大人3人相手に、切り抜けるために切り合う。大人の重い剣戟に耐えながら、相手の力を利用して男の体勢を崩し、足を払った。男たちは態勢を崩し、登山道の斜面を転げ落ちていく。


「うおおおおお、とめてくれー」


後ろの男たちの集団が仲間を受け止めている間に、距離を稼ぐことはできた。


「ガキのくせにやるな、次は俺が相手だ‼」

 

茂みから急に、矢を背負った男が飛び出し、上段から勢いよく剣を振りかざしてきた。

僕はそれを紙一重で交わし、身長差を少しでも埋めるために男より上の位置を素早くとった。


「多少は訓練されて、あるようだな」


男の剣は見慣れない赤い刀身の剣だった。ウェインさんの剣は刀身が青い物と刃に後から魔法で緑の刃をつけた二本をよく扱う。対悪魔用の剣だ。おそらくこの男の剣もそのたぐいだろう。


喉前あたりで相手に突き刺すように剣を構えた。僕にはその構えも見たことがあった。


「東の流派の構え」

「ほぉ、よほど剣術に詳しい師にでもついているのか」


男は地面をけり、長い腕を素早く伸ばし、剣を突き刺す。

男の剣を僕は自分の剣で受け、後ろに吹き飛んだ。


「俺の一撃を受けて折れないとは、いい剣だ」


男はすぐに追撃を加えない。遊ばれるほど実力に差があることを、受けた一撃で理解した。


「そうだ、立て。そして構えろ」


手に持っている、金貨の袋が今は邪魔で仕方なかった。


逃げの手を考えながら、男の剣を受けさされた。

何度も剣が折れるのではないかというほどの重い剣を受けては、吹き飛ばされる。

登山道から外れ、山の斜面を転がり落ち、男がそれを追ってくる。


「ボロボロがもっとボロボロになったな」


剣の刃がかけ、あと数度受けたら剣が折れるだろう。


「金貨が目的じゃ」

「あいつらはな、俺は違う」


じりじりと間合いを男が詰めてくる。

男の目的が何であるかはわからないが、次の一手で決めることにした。


「そろそろ、終わりにするぞ」


男の刀身が赤黒く輝き始めた。

その現象をすでに知っている。何が来るか大方予想がついた。


「来い、悪党め」

「そう死に急ぐな、ガキ」


離れた位置から男が上段から剣を振るうと、赤黒い魔法の斬撃が飛んでくる。

僕は斬撃を交わし、男に向かって突撃していく。


「知っていたのか」


男は少し驚いた様子で二撃目三撃目を放った。斬撃を交わし男の間合いの内側まで潜り込んだ。


「うおおおおー」


刃は男の体を深く捕えたが、肉を断った感触はない。敗れた服の隙間から服の内側に何か着込んでいるのが見えた。


「いいぞ‼ だが、やはりしまいだ」


僕はまた重い男の一撃を受け吹き飛ぶ。刀身にはヒビが入り、次の一撃で確実に剣は折れる。

吹き飛んでいる間にも男の斬撃が飛んでくる。斬撃が体に当たると爆破し、斜面を転がり落ちる速度が加速された。


「ッグァ」


金貨の入った袋だけは、絶対に離さないようにと抱きかかえた。

転がり落ちながら、自分が落ちている先が、崖であることに気づき、剣を地面に突き立てるが止まらない。


「クッソォオオー。とまれー‼」


剣は地面をえぐりながら、徐々に斜面を落ちていく速度が弱まる。

何とかなると思ったその時、剣が中央で折れた。


「落ちやがったか」

「うぁあああぁぁぁー」


夢でみたまんまじゃないか。

落ちていきながら、見た夢のことを思い出した。


「これは夢じゃない。ほんとに死ぬ」


もがいてじたばたしても落下は止まらない。

どうしようかと、思考をめぐらしてあたりを見たが、もうすぐそこまで地面が迫っている。


「魔法なんて使えないし、ああああああ嫌だいやだー。死にたくない、死にたくないよ‼」


目をつむって地面への激突を覚悟した。


*


「アーサー調査員‼」

「何でありますでしょうか、グルトブルー隊長‼」


しっかり俺もここのルールが染みついちまったなと思いながら、姿勢を正し、力のこもった敬礼で返事を返す。

その姿を見てグルトブルー隊長も満足したようだ。


「君をスカウトしたい」

「  ‼ 急にスカウトと申されましても」

「調査局で働かないか? 聞いたところによると無職なのであろう? 待遇はそうだな魔法使いではないので、少し低いが月に銀貨120枚でどうだ?」


普通の無職なら喜んで飛びつく額だ。


「安く見ないでください。今はこんななりですか、昔は月に銀貨200枚は稼いでました」


穴の開いたズボン、伸び放題の無精髭、ぼさぼさの髪型。いい大人が良くこんなだらしない姿で働いてるもんだ。アベルはよく嫌がらず、俺と接してくれている。


「そうか、少し安くみすぎたか。といってもこれ以上はだせんのが現実でな」


隊長は大声をあげて笑った。


「そうですか、グルトブルー隊長も大変ですね」

「そうか、断るか」

「いえ、考えさせてください。今後のことは恥ずかしながらまだ何も考えていないのです」

「うちは、いいぞ。遊び惚けなければ給料は十分足りる。危険な任務は魔法使いの我々に任せたまえ。後方支援してくれるだけでも助かる。信頼できる人間しか、私の隊にはおらん。その分人手不足でな」

「悪魔も追うのですか?」

「仇討ちか?」

「とんでもない、自分の非力さは痛感しております」


誰かから俺の話を聞いているな。


「我々先行調査隊は特殊な隊だ。各部門からのプロが集まっている。要請があれば専門の部隊と合同で悪魔の調査、遺跡の調査、魔法による事故の調査、人探し、何でもやる。魔法局の組織の中でも異質だ」

「どうして私なんですか?」

「そろそろミッチェルとジャンを中隊長にでも据えて、3つに今の隊を分けようと思っている。そこで私の部下の大半はジャンとミッチェルの下につける。人が欲しいというわけだ。なぜ君かと言われると。『魔法の石版を見つけられた数は、その人物が優秀であるかないかの判断材料だ』、と私の師がいっていてな。それいらい石版を見つけた数が多い、信頼できる者には声をかけている」


「そんな馬鹿な」


黒い石版なら20枚ほど見つけだが。そんなジンクスは聞いたことがない。


「南の調査で石版を一番発見したのはミッチェルだった。ジャンは対悪魔戦闘のプロだが今回の調査では、君と同じ枚数をすでに見つけておる。私の目には狂いはないぞ、アーサー・イールドネス」

「そんなにほめないでくださいよ、隊長。今はこの有様です」


サミュエル隊長はアーサーの身なりを上から下まですべて確認した。


「謙虚なことだ。銀貨200枚稼いでいたころのお前はどこへ行ったんだ? 心配するな、魔法を使えない者の方がうちの隊は多い。君が入ってもそう苦労はしないはずだ。君は私の隊に入ってもらう。ミッチェルとジャンにはもう話している」

「わかりました。遺跡調査を終えるまでには結論を出します。それまでは考えさせてください。構わないですよね」

「構わないとも」


隊長はじっと俺の顔を見つめる。


「良い返事を期待しておる‼」

「お気をつけて‼」


また敬礼を返し隊長を見送った。


「アベルにも話してみるか。っと雨が降り始めやがった」


テントに入って今日はもう休むことにした。


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